5 多様なニーズに応じた教育内容・方法,教材開発・利用について

(1) 現状と問題

 国内外の日本語学習者の増加に伴い,日本語学習の目的の多様化に適切に対応していくことがますます重要となってきている。このため,学習目的にきめ細かに対応した教材制作等を迅速に行うことが望まれているが,制作に係わるノウハウや労力,更に採算性の問題など,実行上難しい問題も多い。
 こうした中,日本語教育に関係する国内外の大学や機関等においては,学術的な研究成果と実践的な教授活動から生み出された理論・技術を基盤にして,多様なニーズに応じた教育内容・方法の改善及び教材の開発・流通,利用法の研究が行われている。
 例えば,国内においては,昭和51年度以降,国立国語研究所に設置された日本語教育センターにおいては,日本語教育の教育内容・方法等に関する基礎的な研究のほか,日本語学習辞典,日本語教育映像補助教材等の各種の日本語教材の開発・流通,利用法の研究が行われている。
 また,昭和61年度以降,東京外国語大学の留学生日本語教育センターにおいては,学内外の教科の専門家と日本語担当教官がプロジェクトを組み,各種の教材開発に当たっている。
 さらに,平成元年7月に開設された国際交流基金日本語国際センターや平成9年5月に開設された関西国際センターにおいても,各国の要望に応じた日本語教育の教材開発に当たるとともに,海外における教材制作に対する助成や教材の寄贈,教育内容・方法の研究などを行っている。
 一方,文化庁においては,大学や日本語教育機関等に対して,日本語教育の内容・方法の改善等の調査研究(開発)を委嘱している。
 これら以外にも,(社)日本語教育学会,(社)国際日本語普及協会,(財)日本語教育振興協会やその他多くの国内外の日本語教育機関等が,それぞれの分野で自主的に教育内容や方法等の改善のための調査研究や教材の研究開発に当たっているほか,民間の日本語教育施設や地域の日本語教育機関においても,教育現場の経験を生かして,教材開発を行っているところもある。
 このような教育内容・方法や教材開発については,これまで分野別にコースデザイン(教育課程構築)が分かれ,対象者別の日本語教育が発展してきている。一方,そこに横断的な共通性が生じていることも事実であり,中国帰国者やインドシナ難民,そして国際結婚の配偶者等に対する対象者別教育内容が,日本社会に適応するための日本語教育として収斂してきているという現状もある。
 また,学習目的が多様化しても,特に緊急時に必要とされる最低限の語彙を含む,生活の基本的な場面で必要とされる日本語能力には,最大公約数的な共通要素が含まれるものと考えられる。そうした共通して必要性の高い日本語に関する教材についても現在必要とされている。

(2) 多様なニーズに応じた教育内容・方法及び教材の開発・利用の推進

ア 多様なニーズに応じた教育内容・方法等の開発・利用の推進

 これまで見てきたとおり,現在,様々な学習目的を持った日本語学習者がおり,日本語学習に対するニーズにも多様なものがある。
 しかし,少なくとも日本に在住する日本語学習者の学習目的には,日本社会において生活する上で最低限必要となるコミュニケーション手段としての日本語能力を習得することがあると言える。したがって,このようないわゆる生活レベルでの学習ニーズに対応した教育内容・方法等の開発が積極的に進められるべきであるが,これまでの日本語教育の研究開発においては,このような地域社会における日本語学習支援の分野については比較的軽視される傾向にあったと言える。
 また一方で,留学生や日本語教育施設の学生などに対して専門の教育機関で行われる日本語教育の分野があるが,このような教育機関において行われる日本語教育については,例えば留学生の文系・理系の専門分野の違いや漢字圏・非漢字圏の出身の違いなどに応じたきめ細かな教育内容・方法の開発・利用を進めることが求められている。
 したがって,現在,日本語教育を推進していくに当たっては,あらゆる日本語学習者を共通した教育対象として考えるのではなく,学習者の属性や多様なニーズに対応して,より個別的に教育内容・方法の開発・利用を進めていくことが強く求められていると言える。

イ 多様なニーズに応じた教材開発・利用の推進

 現在,地域においては,日系南米人や外国人配偶者など,日本語を母語としない外国人等が増加しており,地域住民として生活上必要とする日本語を習得するための学習機会を充実していくことが求められている。このような地域住民である外国人等に対する日本語教育においては,地方自治体が今後より一層重要な役割を担っていくことが期待されるが,現状においては,地方自治体においてこのための組織体制が設けられている例は少ない。また,国と地方自治体との間,及び地方自治体間においてこのような日本語教育推進のための連絡協議等の場は設けられていない現状にある。さらに,地方自治体と地域において活動する日本語教育関係団体(ボランティア団体等)との間において連携協力関係を築いている例も一般には稀(まれ)であると言える。
 このような推進体制の現状では,たとえボランティア団体等が個々に日本語教育の支援や教材の開発を試みたとしても,地域に生活する外国人の学習ニーズに十分にこたえることは難しい状況になっている。また,日本語教員を地域における人的資源として,このような地域の日本語教育に幅広く活用する体制の確立もまだ不十分であると言える。

ウ 海外における日本語教育推進事業の現状と問題

 アの教育内容・方法等と同様,教材に関しても,日本語学習者の属性や学習目的,そのニーズに応じた多様な教材等の開発を進めていく必要があるが,現在,特に次のような教材等が不足しており,その積極的な開発・利用が求められている。

(ア)
地域の日本語教育において活用できる日常生活に必要なコミュニケーション能力を身に付けるための教材,補助教材,解説書等
(イ)
外国人児童生徒が学校教育活動において必要とする日本語能力修得のための多様な教材
(ウ)
特に海外における学習者向けの日本文化や日本事情を紹介した教材
(エ)
用例付きの母語別日本語辞典及び技能別,職業・専門別の日本語学習辞典
(オ)
メディア利用の教材

 さらに,これまで日本語教材は完成品として教育現場に提供されることが一般的であったが,個々の学習者の属性や学習ニーズに適合した教材として利用されるためには,必ずしも完成品の形ではなく,現場の教員によって適宜加工できる余地を残した教材や指導書を提供していくことも求められている。また,そのような教材の応用が教育現場で行えるようにするためには,一人一人の日本語教員が教材制作の能力を身に付けられるよう,必要な研修を行っていくことも大切である。

ページの先頭に移動