研究成果の概要
(1)研究主題
創造性と知的財産マインドを醸成する著作権教育に関する研究
(2)研究のねらい
権利教育に重点が置かれる事の多い著作権教育において、平成18年度から本校では著作権教育を知的財産教育の一環と位置付け、知的財産の創造・保護・活用の重要性を理解し、知的創造サイクルの社会的必要性を自覚できる知的財産マインドを持った人材育成のために必要な授業のあり方を探った。平成18年度の知的財産教育の具体的目標は、以下の3点であった。
- 体験的な活用を通して、知的創造の楽しさやおもしろさを理解させる
- 知的創造物を尊重することの重要性と知的創作に関する社会的なルールを理解させる
- 知的創造物の活用が豊かな社会構築に貢献していることを理解させる
これらの内容をしっかりと身に付けさせることで、知的創造サイクルの社会的意義を認識できる人材育成を目指した。
知的財産が豊かな社会を構築するために必要不可欠である事は周知の事実である。「産業財産権」に関連する成果は目に見える形として現存し易いため、豊かな社会の構築に必要な事は生徒達の実感を伴い、比較的理解させやすい。しかし、「著作権」に関しては、著作物が社会に対して貢献している成果としてわかりづらい形で現存する事が多いため、どのような形で豊かな社会の構築に関与しているかが、生徒の実感を伴いにくく、理解させにくい現状にある。このような中で、権利教育に重点が置かれた授業が展開された場合、「著作権制度」の存在に対してスキルとしての重要性は十分に理解させる事ができても、モラルと乖離したコンプライアンスの精神形成に繋がりかねない。極端な場合、著作権教育が知的創造物の独占やそれに対する権利のみを主張するといった、社会性に反する思想を培う事にもつながりかねない。
よって、はじめに「著作物」は文化の発展に寄与し、人々の心を豊かにするために必要なものと位置付ける事とした。そして、「著作権制度」は「感性豊かで文化的な社会構築」に必要な制度であり、この観点から「著作権制度」によって著作物の権利が保証されなければ、豊かな社会の構築がなされないとの視点で授業を展開した。
平成19年度は平成18年度に引き続き、「物質文明」の発展に寄与している「産業財産権制度」と「精神文明」の発展に寄与している「著作権制度」の両制度が、バランス良く機能することで「豊かな社会」が構築されている事を理解させると同時に、生徒個々の創造性を伸ばしながら、自分達が学習した著作権制度の重要性を社会に発信できる力、すなわち「知的財産の活用」を十分実感できる授業を展開した。
(3)研究の概要
各学年で実施した著作権教育授業の詳細を報告する。なお、各学年とも「総合的な学習の時間」を利用して11月〜2月の期間内で10時間の授業を展開した。
【第1学年】
授業テーマ:大阪の起業家から学ぼう ー知的財産の社会的貢献を知ろうー
はじめに、大阪の著名な起業家11人から、各班に1名を割り当てて、その起業家について、
A.企業名 B.略歴 C.事業内容 D.経営倫理 E.企業の社会的貢献
をインターネット等を利用して調べる「調べ学習」を行った。続いて、本校独自で作成したワークシートに従って調べた資料をパワーポイントにまとめさせ、最終時間にその成果のプレゼンテーションを実施した。この著作権教育授業を展開するに当たり、第1学年では以下の4観点の目標を設定した。
- グループ活動を通した内的起業家精神の育成(グループによる知的創作活動に必要な協調性・チャレンジ精神・リーダー性・マネージメント能力等の育成)
- スライド作りを通した知的創作の楽しさや素晴らしさの体験と著作物保護の基本的考え方の理解
- スライド作りを通した著作権に関するルール(引用の方法、出典明示の義務、著作物の使用許諾の必要性)の理解
- プレゼンテーションを利用したコミュニケーション能力と情報収集・発信能力の育成
次に、具体的な取り組みを表1に示す。
表1.中学1年生における授業概要
実施日 | 内容 |
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11/1(木) | 学年ガイダンス<視聴覚教室にて講演会形式の授業>東海大学知的財産教育研究プロジェクト制作パワーポイント『知的財産って何?』《別紙資料1に提示》を利用して、知的財産に関する基本的な内容を理解させた。 |
11/8(木) | クラスガイダンス<各教室にて担任が授業>仰星高等学校知的財産教育推進委員会制作パワーポイント『大阪の起業家から学ぼう』を利用して、以下に示す4項目を説明した。
説明後、班分けを行い、調べる起業家を各班に振り分けた。 |
11/15(木) 11/22(木) 11/29(木) |
ワークシートを用いた調べ学習仰星高等学校知的財産教育推進委員会制作のワークシート《別紙資料3》を用いて、以下に示す6項目についてインターネット等を用いて調べ、プレゼンテーション資料を作成させた。なお、本校では一人1台ずつノートパソコンが貸与され、無線LANによってホームルーム教室で調べ学習が可能な環境にある。
調べ学習が終了した時点で、生徒達で「企業の成功要因」を考えさせて、プレゼンテーション時に発表するよう指導した。 |
1/17(木) 1/31(木) 2/7(木) |
プレゼンテーション用パワーポイント・スライドの作成ワークシートに記載された資料に従って発表用のスライドを作成させた。パワーポイントは「技術」の時間に履修済みであり、担任は個別に作成時の質問に答える程度であった。 スライド作成に当たり、以下に示すプレゼンテーション手法と著作権法に対する2点の内容を各担任が指導した。
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2/14(木) | プレゼンテーション準備とリハーサルプレゼンテーションの意味・具体的な方法・留意点を説明し、リハーサルを通して具体的な指導を行った。 |
2/21(木) | プレゼンテーションの実施と著作権教育授業のまとめ生徒にプレゼンテーション評価をさせ、担任が講評・まとめを実施した。 |
【第2学年】
授業テーマ:クラスのシンボルマークを作ろうークラスへの想いを形にしようー
1年間の学校生活を通して得られた友情や思い出を各クラスオリジナルのシンボルマークとして表現し、クリアフォルダーに印刷して記念品として残す授業を展開した。クラス内のグループで1つずつシンボルマークを作成させ、クラスの代表となるシンボルマークの選定をプレゼンテーションによって決定した。この著作権教育授業を展開するに当たり、以下の6観点の目標を設定した。
- グループ活動を通した内的起業家精神の育成(グループによる知的創作活動に必要な協調性・チャレンジ精神・リーダー性・マネージメント能力等の育成)
- シンボルマーク制作を通した知的創作の楽しさや素晴らしさの体験と著作物保護の基本的考え方の理解
- 知的創作を通した創造性や個性の重要性とその価値を尊重・保護する著作権制度の必要性の理解
- プレーン・ストーミング法を用いた発想技法の習得
- プレゼンテーションを利用したコミュニケーション能力と情報発信能力の育成
- 知的創作物が実際に社会へ出ることの喜びとそれに伴う責任の理解
次に、具体的な取り組みを表2に示す。
表2.中学2年生における授業概要
実施日 | 内容 |
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10/25(木) | 学年ガイダンス<メディアセンターにて講演会形式の授業>昨年度、先述の『知的財産って何?』を利用して、知的財産に関する基本的な内容を理解させているため、仰星高等学校知的財産教育推進委員会制作パワーポイント『クラスのシンボルマークを作ろう』とワークシート1を利用して、以下に示す4項目を説明した。
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11/8(木) | シンボルマークの考案班分けの後、仰星高等学校知的財産教育推進委員会制作のワークシート2《別紙資料6》を用いて、マークに込める想いや図案化する内容を決めさせる指導を行った。ここでは、数多くのアイデアを引き出すために、プレーン・ストーミング法を利用して、シンボルマークに込める内容の整理を行わせた。 |
11/15(木) | シンボルマークの決定ワークシート3《別紙資料7》を用いて、シンボルマークに込める想いや概念を具体的に図案化し、各班でのシンボルマークを決定させた。 |
11/22(木) 11/29(木) 11/17(木) 11/31(木) |
プレゼンテーション準備昨年度学習したプレゼンテーションの意味・具体的な方法・留意点を復習し、ワークシート4《別紙資料8》を利用してプレゼンテーションの準備を行わせた。模造紙を用いて発表を希望する班が多かったが、図案をスキャナーで読み取ったり図形描画ソフトを用いて作成したりしたものをパワーポイントで発表を希望する班もあった。 |
2/7(木) | プレゼンテーション・リハーサル以下に示す3項目について、担任がリハーサルを通して具体的な指導を行った。
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2/14(木) | クラスプレゼンテーションの実施と担任による著作権教育のまとめクラス内での発表を通して、プレゼンテーション内容をワークシート5《別紙資料9》を利用して生徒に評価させると同時にクラスのシンボルマークとして相応しい作品の投票を行った。この投票からクラスのシンボルマークを決定した。 |
2/21(木) | クラス代表によるプレゼンテーションの実施と著作権教育の総括各クラス代表の発表を通して、それぞれのクラスがどのように自分達の想いをシンボルマークに込めたのか、また、どのようにデザイン化したのかを全生徒で理解し合った。 |
【第3学年】
授業テーマ:著作権啓蒙ポスターを作成しようー著作権制度の大切さを社会に発信しようー
中等部3学年では、今までの著作権(知的財産)教育の集大成として「著作権啓蒙ポスター」を作成し、広く社会に著作権制度の果たす役割や重要性を訴える学習を通して著作権制度をより深く理解させた。この「著作権啓蒙ポスター」の作成を通して、著作物(知的財産)に関する創造・保護・活用の重要性と他者のアイデアを尊重する知的財産マインドの醸成を図り、更に著作物は社会で活用されることが重要で有ることの理解を目標とした。すなわち、著作権教育を単なる知識注入型の教育で展開するのではなく、著作物の作成を通して創造的な活動の中で必要な知識を理解させる活動を柱とした実践内容とした。また、生徒が作成した全てのポスターを校内掲示し、著作権制度や内容の校内啓発の機会を作った。この著作権教育授業を展開するに当たり、以下の6観点の目標を設定した。
- グループ活動を通した内的起業家精神の育成(グループによる知的創作活動に必要な協調性・チャレンジ精神・リーダー性・マネージメント能力等の育成)
- ポスター制作を通した知的創作の楽しさや素晴らしさの体験と著作物保護の基本的考え方の理解
- 知的創作を通した創造性や個性の重要性とその価値を尊重・保護する著作権制度の必要性の理解
- ブレーン・ストーミング法を用いた発想技法の習得
- 自分達が学習した内容を的確に伝えることのできる情報発信能力の育成
- 知的創作物が社会生活で役に立っていることを体験を通して実感
次に、具体的な取り組みを表3に示す。
表3.中学3年生における授業概要
実施日 | 内容 |
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11/1(木) | 学年ガイダンス<視聴覚教室にて講演会形式の授業>昨年度、先述の『知的財産って何?』を利用して、知的財産に関する基本的な内容を理解させているため、仰星高等学校知的財産教育推進委員会制作パワーポイント『著作権啓蒙ポスターを作成しよう』《別紙資料11》を利用して、以下に示す4項目を説明した。
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11/8(木) | クラスガイダンス<各担任がホームルーム教室で実施>各クラスの担任が文化庁監修の「中学生のための著作権教育コンテンツ『豊かな社会って?』」を利用して、著作権制度の基本理念と重要性を理解させた。この際にコンテンツ内のある「指導案」《別紙資料12》と「ワークシート」《別紙資料13》を利用した。 |
11/15(木) | ポスターのテーマ設定各クラスで班を編成し、班毎に(財)消費者教育支援センター編集・発行・文化庁監修の「インターネット時代のまんが著作権教室」ならびに文化庁監修の「中学生のための著作権教育コンテンツ」を利用して、著作権について学習してポスターのテーマを決定した。 |
11/22(木) | ポスターデザインの決定著作権啓発ポスターを図案化するにあたって、表現に必要な内容を抽出するためにブレーン・ストーミング法を用いた。ブレーン・ストーミング法によって出てきた内容を整理し、ワークシート《別紙資料14》を用いて各班でラフスケッチを描き、図案を完成させた。 |
11/29(木) 1/17(木) 1/31(木) 2/7(木) 2/14(木) |
ポスターの作成ポスターデザインを決定後、ポスターに書き込む語句や標語を決めた。各班に4切の画用紙を配布し、絵の具によって手書きでポスターを描かせた。また、完成したポスターの下にはポスター作成のコンセプトがわかるように、400字程度のコメントを作成してつけさせた。 |
2/21(木) | 校内掲示の実施と著作権教育授業のまとめ校内掲示前にポスターを回収し、担任がまとめの授業を行った。その後、校内で生徒達が自由に利用できる空間であるチャットホールに作品を展示して、校内で自由に閲覧できる環境を作った。ポスター作成に関わった3年生だけではなく、下級生や高校生も中等部3年生の活動を知ることができ、また、学校全体で知的財産教育に携わっていることから、校内全体の著作権制度の啓蒙に活用した。 |
(4)研究の成果
4−1.成果の検証
【第1学年】授業テーマ:大阪の起業家から学ぼう −知的財産の社会的貢献を知ろう−
第1学年では前年度と同じテーマで取り組んだため、教員側も指導の完成度が高く、教員自身が授業に対して積極的に取り組めた。昨年度の結果から、著作権教育では授業テーマの設定が活動の成否に大きな影響を与えることがわかっており、今年度も調べる対象を生徒達が身近に感じられる企業を意識して設定したため、生徒達も楽しみながら授業に取り組めたようであった。生徒達が調べた起業家を表4に示す。なお、この表は「大阪商工会議所人材開発部 大阪起業家ミュージアム」編集・発行の「大阪起業家ミュージアムガイドブック」を引用している。
昨年度は初めての試みであったことから、全クラス担任が起業家の名前を発表後に各班に調べる人物を割り当て、各班が割り当てられた人物についてインターネットを活用しながら創業社名を調べさせる取り組みであった。今年度は昨年度の基本的な流れは踏襲しつつ、担任の工夫によってさまざまな導入の方法が見られた。興味ある取り組みとしては、担任が全ての起業家について ①起業家名→②写真→③業種→④製品の順にスライドを作成し、それぞれの段階をクイズ問題として提示し、生徒の興味・関心を喚起させる授業を展開していた。昨年度、日常生活を送る上で身近な商品を販売している企業について調査した生徒達は、調べ学習に対するモチベーションが上昇している傾向が見られたが、KINCHOやヤンマーディーゼルのように教員側から見て有名な企業であっても、日頃から生徒の生活に密着しにくい企業に関してはモチベーションが上がりにくい傾向が見られた。この結果から、生徒達から見て興味・関心のあまりない企業や商品・サービスに対しても、クイズを導入する等の工夫をすれば興味・関心が得られるのではないかと考えた結果の導入であった。
授業後のアンケートでは「今回の授業で、全ての起業家に共通することを1つ見つけました。それは『人々のため』というのが1番であるということです」や「今回の授業で、さまざまな社長を見ましたが、一人一人にいろいろな経営理念があったけど、すべて地球のことや人々のことを考えているのがわかりました」という意見が多く、生徒が興味・関心を持って授業に望めたことがわかった。
次に生徒達が作成したプレゼンテーション用スライドの一例を別紙資料に示す。すべての班のスライドでしっかりとした出所明示がなされており、自然に著作権を尊重する態度が養われた。権利教育に重点が置かれる事の多い著作権教育において、著作権に関する最低限の内容をルールとして教え、自分達の学習の過程でルールを守らせることで自然と理解できることを検証することができた。特に、スライド作成中に班の中で生徒達が自然に「出典を必ず控えておいて」と声を掛け合っており、特別に著作権教育の時間を設定するのではなく、日頃の授業の中で最低限守らなければならないルールとして適時指導することで自然に身に付けられることも検証できた。
表4.中学1年生の著作権教育授業で調べた起業家一覧
No | 起業家名 | 企業名 | 特徴 |
---|---|---|---|
1 | 上山 英一郎 | KINCHO | 除虫菊栽培の普及に尽くし、長時間使用できる「渦巻き型」線香の開発に成功 |
2 | 山岡 孫吉 | ヤンマーディーゼル | 「燃料報国」をモットーに経済性に優れたディーゼルエンジンの普及に貢献 |
3 | 水野 利八 | ミズノ | スポーツを生活文化として確立し、その大衆化に力注ぐ。「カッターシャツ(勝ったシャツ)」考案 |
4 | 黒田 善太郎 | KOKUYO | 和式帳簿からスタート、事務・オフィス近代化をリード。1913年からの洋式帳簿が現在まで主流 |
5 | 鳥井 信治郎 | サントリー | 「やってみなはれ」の精神で国産洋酒のパイオニアに。世界に通じる「利益三分主義」を導入 |
6 | 江崎 利一 | 江崎グリコ | 「おいしさと健康」を基本理念に子どもたちを思う心が「グリコ」を生む |
7 | 吉本 せい 林 正之助 |
吉本興業 | 大衆演芸を組織化し、「笑い」をビジネスに。漫才の質向上を目指し「文芸部」を創立 |
8 | 松下 幸之助 | 松下電器産業 | 物作り・人作り通して、生活文化の向上に貢献。世界を視野に電化ブームを牽引 |
9 | 井植 歳男 | 三洋電機 | 鋭いマーケティング力とフロンティアススピリッツで家庭電化時代を開く。洗濯機開発が有名。 |
10 | 早川 徳次 | シャープ | シャープペンシルを発明。独創技術で総合エレクトロニクス企業への道を拓く |
11 | 安藤 百福 | 日清食品 | インスタントラーメンで新たな食文化を創る。チキンラーメン、カップヌードルの発明 |
<大阪商工会議所人材開発部 大阪起業家ミュージアム 編集・発行、「大阪起業家ミュージアムガイドブック」より引用>
【第2学年】授業テーマ:クラスのシンボルマークを作ろう ークラスへの想いを形にしようー
昨年度は第3学年が実施したテーマであるが、今年度は第2学年で導入することにした。当初は中学校生活3年間の集大成として企画したテーマであったが、創造性を発揮してクラスへの想いを形にするのであるならば、各学年においてもその年度内の学校行事等を通して思い出を形にできるのではないかとの考えで、第2学年のテーマとした。
第3学年の場合であれば、実際に創作したクラスのシンボルマークを卒業アルバムの背表紙に印刷して、思い出として残すことが可能であるが、第2学年の場合はどのような形で生徒たちに思い出として残すことが可能であるかを決めることが難しく、学年団との協議を重ねた。候補としては、マグカップ、ペーパーウェイト、下敷き、ノートの表紙、ペン等のシンボルマークが印刷しやすいものが挙げられたが、長く使用でき更に印刷面を大きく取れる文房具が良いのではないかとの意見が多かったため、クリアフォルダーに印刷して配布しようとの結論に達した。生徒達に1時間目のガイダンスでその旨を説明したところ、学習に対するインセンティブが高くなった。
実際に授業が始まると、生徒のインセンティブが高い反面、ブレーン・ストーミング法で出てくるクラスの特徴が「明るい」「元気」等の抽象的なものが多く、中には「うるさい」「落ち着きがない」等のネガティブなイメージも出てきたため、生徒達だけでは形に表現する事が困難な場面が見られた。指導内容を担任および学年団で協議しながら、昨年度指導した教員からもいろいろなアドバイスをもらい、抽象的なイメージが多く出た班に対してはそのイメージに対応する色や具体的な形は何かを考えさせる指導を導入した。その結果、生徒の作業効率が大幅にアップした。
各クラスで決定されたシンボルマークと生徒達が込めた想いを表5に示す。この作品は各クラスにおいてプレゼンテーションを行った結果選ばれた作品である。プレゼンテーションの内容は、このシンボルマークの説明とそれに込められた想いを発表するものであった。
まとめの授業で自分達の作品には「著作権」があり、他人の作品は承諾なしに勝手に利用できない、また、自分の作品が勝手に使用されたらどう思うかを考えてもらいたいとの話をしたところ、殆どの生徒が自分達の問題として著作権制度の重要性を理解できた。これは苦労して作った作品に対する想いが著作権制度の主旨と一致したためであり、創作活動の際に著作権教育を導入することが理想的であることを検証できた。生徒のプレゼンテーションの際に、アニメやゲームのキャラクター等をスライドに入れている班が見られたが、これについても「著作権」の観点から見てどう思うかを聞いたところ、殆どの生徒が「意味のない引用であり、問題がある」「軽い気持ちで使ったけれど、作者の立場に立てばいけないことであった」等、自らが問題点に気付けた点も教育効果が高かったと思われる。各担任からはプレゼンテーション準備段階で指導を入れた方が良いのではないかとの意見も出てきたが、生徒の気付きを重視するためにはあえて失敗をさせて自ら是非を考えさせた方が良いとの判断で最後のまとめの段階での問いかけをした。いろいろなことにチャレンジさせ、失敗事例を利用して生徒に考えさせる事が重要であり、著作権教育に関しては気付きの視点を取り入れた学習を展開すべきであるとの結論を得た。
【第3学年】授業テーマ:著作権啓蒙ポスターを作成しよう ー著作権制度の大切さを社会に発信しようー
今年度から新たに設定したテーマである。第1学年、第2学年では起業家に関する調べ学習やコンテンツ作成等の体験を通しながら、ルールとしての著作権を学習してきた。中等部最終学年として著作権教育を完成させるのにあたって、生徒達が2年間学習した著作権制度の重要性を自分達のスキルにのみ止めるのではなく、自分達が理解した内容をどうすれば広く社会に発信できるのかを考えさせることを目的としてテーマを設定した。
今回、著作権教育を展開するにあたっては文化庁監修の「中学生のための著作権教育コンテンツ『豊かな社会って?』」を利用して、はじめに著作権制度の基本理念と重要性を確認した。知的財産が「豊かな社会の構築」に必要不可欠であることは周知の事実であるが、産業財産権は「発明」に関わりが深いため、生徒に実感させやすい。それに対して、著作権が「豊かな社会の構築」に対してどのように貢献しているかは生徒が実感しにくいため、このコンテンツを利用して、著作権制度の基本理念と重要性を理解させた。3時間目の著作権制度理解の授業についても担任が中心となって文化庁監修の「中学生のための著作権教育コンテンツ」と「インターネット時代のまんが著作権教室」を利用して授業を展開した。この時間は生徒自らが著作権制度についての理解を深める時間に充当し、自らが何を伝えたいかのイメージを膨らませる時間とした。この時間を設けたことで、自分達がわかっていることとわかっていないことをはっきりさせることができたために、後の感想では非常に有意義であったとの結果が出た。
生徒達が作成したポスターの作品例を別紙資料16に示す。自らが理解した内容を発信することで、自分自身の理解が深まるばかりではなく、生み出された知的財産は活用されて初めて有意義なものになることの体験もすることができた有意義な活動であった。
4−2.成功点
前年度同様に著作権教育においては「体験型重視の授業」を導入することによって、
(1)体験的な活動を通して、知的創造の楽しさやおもしろさを理解させる
(2)知的創造物を尊重することの重要性と知的創作に関する社会的なルールを理解させる
(3)知的創造物の活用が豊かな社会構築に貢献しているということを理解させる
という知的創作サイクルの社会的意義を認識させるという、当初の目標に関しては十分に到達できたといえる。すなわち、著作権教育においては、スキルの向上を目的とした知識重視型の授業を展開するより、体験を重視して適時必要に応じた知識を織り交ぜて説明する方が、生徒の著作権制度や知的財産制度の精神や重要性の理解度が高くなり、文化的に「豊かな社会」を構築することに対する著作権制度の役割を理解させやすいといえる。この試みによって、特に体験を通して(1)「知的財産の創造」と(2)「知的財産の保護」に関する内容の充実を図ることができた。
今年度は(3)「知的財産の活用」を重視した授業計画を導入し、自分達のアイデアがどのように社会で活用されるのかを理解させる授業計画に力点を置いた。また、創造力を発揮して創作されたものが「豊かな社会」の構築に役立っていることを実感させることが、学習へのインセンティブにつながるかの試行実践も行った。中等部2年生がクリアフォルダー作成で自分達の作品が実物として手元に残る体験、中等部3年生が著作権制度啓発ポスターを作成して全校生徒に見てもらう体験であった。両者とも目に見える成果物の作成であり、この活動は他者から認められる「自己有能感」「自己効力感」へと繋がり、十分に学習へのインセンティブとなり得た。このことは、特別に授業時間を設定しなくても、体育祭や文化祭をはじめとする学校行事におけるクラス活動でも、著作権教育(知的財産教育)の導入が可能であり、十分な効果が挙げられることを示している。教員側の指導の方法によって、授業のみならず学校活動全般での著作権教育が可能であることを示すことができた。
4−3.今後の課題
昨年度の著作権教育においては「体験重視型の授業」を導入する際、グループ活動を通した内的起業家精神の育成も考慮して授業を展開したため、生徒一人一人の得意分野において個性を発揮できる知的創作活動の環境整備ができないままで授業を展開したとの反省点が挙げられた。また、授業テーマ設定に当たっては、生徒の持つスキルの現状分析・調査を十分に行った上での選定が不十分だったため、一部の生徒が授業についてこられない状況も生まれた。よって、今年度は中学校における学習活動全般において、生徒の学力・能力の把握を行った上でテーマを全教員で検討したため、大きな混乱は見られなかった。
しかし、中等部の先生方からは第2学年で実施したテーマは第3学年に戻した方が良いとの要望が出てきた。これは、第3学年は学校生活経験が長いため、学校行事に対する思い入れや思い出が豊富なので、より良い作品にできたのではないかとの意見である。
来年度への課題としては、生徒のスキルから実行可能であるかの検討と共に、完成させた作品の完成度について、どの程度のレベルまでを求めるのかを授業担当者と協議する必要性を感じた。
4−4.今後の展望
今年度は第3学年で文化庁監修の著作権教材である「中学生のための著作権教育コンテンツ」および「インターネット時代のまんが著作権教室」を利用して、全担任が同じ内容で授業を展開した。これら教材は生徒自身の自学自習用としても優れたものであり、教員自身にとっても非常にわかりやすい資料であるが、教員が授業で用いることで、著作権教育では何を教えることが大切なのかのポイントが明確に理解することができた。特に、これらの教材を用いて授業をするにあたっては、教員は授業準備の段階で自らも理解できている内容とできていない内容が明らかになるため、著作権教育が展開できる教員養成のための活用価値も高かった。著作権教育においては、生徒の活動も重要であるが、それ以上に授業ができる教員の養成も重要である。その観点から、文化庁監修の著作権教材が充実し、それを用いて授業を展開することで教員養成にも役立つことがわかった。今後は、授業実践を行いながら著作権教育ができる教員の養成にも取り組んでいきたい。