2022年5月25日
文化庁 地域文化創生本部 研究官 橋本紀子
これまで2回にわたり、令和2年度の「文化に関する世論調査」の結果から、2020年1年間における文化芸術イベントとの関りを、それ以前に比べてどうであったかを見ました。性別や年齢によらず、多くの人が文化芸術イベントを直接鑑賞する機会を減らしたこと、その理由をコロナ禍と答えた人が多数に上ったことなどがわかりました。
さて、それでは、このような文化芸術の鑑賞状況の変化は私たちのくらしに影響したでしょうか。影響したとしたら、何に、どのような影響を与えたでしょうか。
「文化に関する世論調査」では、令和2年度の新設問として、Q1SQ3で、この1年間の文化芸術の鑑賞状況の変化により、次の8つの項目
(1)楽しみ、(2)幸せ、(3)共通の趣味を持つ人との交流、(4)家族との時間、
(5)文化芸術に使うお金、(6)人と話すときの話題、
(7)文化芸術について学ぶ意欲、(8)心身の健康、
について、どのような影響があったか、それぞれ5段階で問うています。
回答者は、この1年間の直接鑑賞の増減を尋ねたQ1SQ2と同様で、この1年間の直接鑑賞の有無を尋ねたQ1で何らかの直接鑑賞を行ったと答えた人と、直接鑑賞をしなかった理由を尋ねたQ1SQ1でその理由にコロナ禍を挙げた人、合わせて2,121人です。
Q1SQ2より、回答者の多くが従来と比べ2020年に文化芸術の直接鑑賞の機会を減らしましたが、その結果、回答者全体の傾向で見ると、家族との時間は増え、それ以外の7つの項目(楽しみ、幸せ、共通の趣味を持つ人との交流、文化芸術に使うお金、人と話すときの話題、文化芸術について学ぶ意欲、心身の健康)は減ったことがわかります。(以下紹介する数値等は文化庁のHPから閲覧いただけます。
表1 2020年の文化芸術の鑑賞状況の変化による影響
(単位は%、「減少-増加」は%ポイント。▲はマイナスを表す。)
ただ、増加あるいは減少の度合いは、項目により異なります。たとえば、家族との時間、人と話すときの話題、文化芸術について学ぶ意欲、心身の健康は「変わらない」の回答が半数を超えており、直接鑑賞の機会減少による影響はさほどは大きくなかったようです。
一方、表1の右端に、以前より減少した(大幅に減った+やや減った)比率から増加した(大幅に増えた+やや増えた)比率を差し引いた値を求めてみたところ、楽しみ、文化芸術に使うお金への影響が大きく、続いて、共通の趣味を持つ人との交流が影響を受けたことが見てとれます。
そこで、8つの項目のうち、直接鑑賞の機会減少によりもっとも大きな影響を受けた「楽しみ」と「文化芸術に使うお金」について、回答者の動きをより詳細に見てみましょう。
年代別では、弱いながらも高年齢層ほど楽しみが減ったとの回答が増える傾向が見られました。「減少―増加」は最若年層(18歳~29歳)では54.8%ポイント、最高年層(70歳上)では72.1%ポイントで、その間、おおむね年齢が上がるにつれ楽しみの減り方が増大する傾向が見られました。ただ、40代で「大幅に減った」が30代や50代に比べ少ない、50代での楽しみの減り方が60代以上に大きい、といった動きも見られます。
図1 2020年の文化芸術の鑑賞状況の変化による「楽しみ」の増減(年代別)
また、いくつか特徴的な動きはあるものの、緩やかにではありますが、年齢が上がるほどに文化芸術に使ったお金が減少したとの回答が増えており、「減少―増加」は最若年層(18歳~29歳)では50.9%ポイント、最高年層(70歳上)では70.3%ポイントでした。
図2 2020年の文化芸術の鑑賞状況の変化による「芸術文化に使ったお金」の増減(年代別)
その他、「文化に関する世論調査」ではQ1SQ2で文化芸術の直接鑑賞の機会の減少傾向を聞いていますので、そこでの回答と文化芸術の鑑賞状況の変化による影響の大きさをクロスしてみることもできます。
たとえば「楽しみ」については、Q1SQ2で「鑑賞の機会は変わらなかったと答えた人」では「変わらなかった」との回答が大半を占めましたが(72.3%)、「やや減少した人」では楽しみも「やや減った」が57.1%、「大幅に減少した人」では楽しみも「大幅に減少した」が50.1%と、直接鑑賞の頻度減少具合に応じて、楽しみも減少していたことがわかります。
図3 2020年の文化芸術の鑑賞状況の変化による「楽しみ」の増減(文化芸術直接鑑賞の頻度別)
「芸術文化に使ったお金」も全く同様の傾向が見られました(数値は順に、76.5%、59.3%、47.9%)。
図4 2020年の文化芸術の鑑賞状況の変化による「芸術文化に使ったお金」の増減
(文化芸術直接鑑賞の頻度別)
ところで、「文化に関する世論調査」ではあくまで回答者の考えや判断を尋ねています。増減の向きが異なることはなくても、増減の度合いは回答者により判断が異なるかもしれません。また、増減の度合いはわかっても、元の水準は回答者により異なるでしょうから、楽しみや支出金額の変化の大きさ自体ははっきりとはわかりません。
そこで、文化芸術に使うお金について、平均的に見てどれくらいの金額が減少したか、他の調査の結果を用いて見てみることにしましょう。
ここでは、総務省統計局が全国約9千世帯を対象に、さまざまなタイプの家計についてその収入や支出などについて調べた「家計調査」の結果を用いてみます。
「文化に関する世論調査」の回答者プロフィールを見ると、職業では数は少ないながら農林漁業に携わっている方もおられます。また、家族形態を見ると、ひとり暮らし世帯が19.3%を占めていることがわかります。そこで、家計調査の結果のうち、しばしば使用されるのは二人以上の世帯の「勤労者世帯」ですが、今回は農林漁家世帯を含む、総世帯(二人以上世帯と単身世帯を合わせた世帯)のデータを用いて文化芸術に対する支出額を見てみることとしましょう。
収支項目のうち、教養娯楽の教養娯楽サービスの中に「映画・演劇等入場料」や「文化施設入場料」といった項目があります。その内容は、それぞれ「映画、演劇、コンサート、落語などの入場料」、「美術館、博物館、動物園、社寺などの文化施設の入場料、拝観料」となっており、直接鑑賞の対象の一部となっていることが分かります。
過去5年間にわたるそれら2項目の1世帯あたりの年間支出額の推移は図5の通りで、2016年から2019年までの水準が2020年に激減していることがわかります。2020年の支出額は、映画・演劇等入場料で2019年の37.4%、文化施設等入場料で40.8%と大きく減少しており、増減率で見るとそれぞれ-62.6%、-59.2%といずれも前年から約60%減となっていました。
2020年、不要不急の外出の対象とされ、多くの芸術公演等が取りやめとなったり、文化施設が休業したりしました。ここではそのごく一部の影響を見てみましたが、この結果から、文化芸術全体への支出額が落ち込み、そのことが消費支出に対して影響があったことを予測することができます。
図5 文化芸術項目への1世帯あたり年間支出額の推移
さて、これまで3回にわたって、2020年の行動について尋ねた令和2年度「文化に関する世論調査」の結果を紹介してきました。まとめると、コロナ禍による影響が文化芸術を鑑賞する機会を大きく減らし、その結果、楽しみや文化芸術に使うお金も減ったことが分かりました。
2021年に入ってもコロナ禍はまだまだ猛威を振るっていましたが、一方でそれへの対処法が徐々にわかってきて、少しずつコロナ禍と共存する「新しい生活様式」が実践されるようになってきました。そのような中で、文化芸術と私たちとの関わりに変化はあったでしょうか。
2022年1月末から2月初旬にかけて、2021年の行動について尋ねた令和3年度の「文化に関する世論調査」が行われました。まもなくその結果が公表されます。次回以降は、この新しい、2021年について尋ねた世論調査の結果を紹介していきます。