2018年1月10日
近代絵画と能
国立能楽堂企画制作課 諸貫洋次
国立能楽堂の2月公演は2年前からの人気企画,〈月間特集・近代絵画と能〉です。これは,近代の画家たちが,能やその基となった古典文学等から着想を得て描いた名画のイメージを,逆に補助線として能を楽しむという企画です。調べてみると近代の画家たちには結構そうした絵画があることに気づきます。多くの能を題材にした上村松園,能役者の家柄出身の下村観山,そのほか橋本雅邦,菱田春草,小林古径,安田靫彦,速見御舟と枚挙にいとまがありません。今回は,安田靫彦の「宇治合戦図」と能「頼政」,上村松園の「花がたみ」と能「花筐」,下村観山の「熊野観花」と能「熊野」,青木繁の「わだつみのいろこの宮」と能「玉井」です。いずれも名画の誉れ高い近代の絵画ですが,一つだけ他と異質な絵があります。そう,絵画に詳しい読者の皆様はお気づきですね。他がみな日本画のところ,「わだつみのいろこの宮」だけは洋画です。これまで〈近代絵画と能〉では,すべて日本画と能の特集としていましたが,今回初めて洋画と能に焦点を当ててみます。

夭折の天才画家・青木繁が描いた「わだつみのいろこの宮」(明治40年,上のチラシ御参照)は,能ではなく,その基となった日本の神話を題材にしています。「古事記」や「日本書紀」の海幸彦と山幸彦の物語を題材に,兄の大切にしていた釣針をなくした山幸彦(彦火々出見尊)が綿津見(海底)の魚鱗の宮で,海神の娘・豊玉姫と出会った一瞬を捉えた大作です。極端に縦長のキャンバスに色彩豊かに描かれた美しい作品は,まるでギリシア神話を想起させるようです。明治37年,青木は21歳のとき,代表作「海の幸」で彗星のように画壇に登場しますが,その後は不遇をかこちます。そして明治40年,乾坤一擲この「わだつみのいろこの宮」で再起を図ります。しかし画壇の評価を得ることなく,ついに放浪生活の果て,28歳で死去します。夏目漱石が小説『それから』の中に,「青木といふ画家が海の底に立つている背の高い女を画いた」と書くなど,生前に才能を認める人もいましたが,大きく評価されたのは死後のことです。そして今では,この「わだつみのいろこの宮」は,国の重要文化財に指定されています。
この「わだつみのいろこの宮」のイメージを手掛かりに鑑賞いただくのは,能「玉井」です。この能は昨年本誌「ようこそ劇場へ」030で御紹介した戦国乱世の能作者・観世信光の作品です。

能「玉井」
見た目に派手な“風流能”と呼ばれるジャンルを確立した信光らしく,この能でも作り物を多用し,シテ(主役)だけでなく多くの人物が登場して活躍します。ただし,この能は現在,脇能という能の分類に従って,格式と重々しさを重視した演出に拠っています。今回はこの演出を見直し,基の物語に則した,より信光らしい華やかでにぎにぎしい作品を目指します。特別に小書(特殊演出)「龍宮城」と名付けられた山幸彦の冒険たん,能「玉井」を是非御覧ください。
「玉井」の他,「頼政」「花筐」「熊野」いずれも名曲揃い,2月の月刊プログラム「国立能楽堂」では,4点の絵画をカラーで掲載して,御鑑賞の手掛かりとします。さあ,絵画と能,そのイメージは同じか違うか,是非能楽堂で確かめてみてください。
国立能楽堂 2月公演〈月間特集・近代絵画と能〉
(住所)〒151-0051 渋谷区千駄ヶ谷4-18-1
- お問合せ
- 《国立劇場チケットセンター》(午前10時~午後6時)
0570-07-9900,03-3230-3000[PHS・IP電話] - 交通
- JR〈総武線〉千駄ヶ谷駅下車・徒歩5分
都営地下鉄〈大江戸線〉国立競技場駅下車A4出口・徒歩5分
東京メトロ〈副都心線〉北参道駅下車出口1又は2・徒歩7分 - 公演日時と演目
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- 定例公演 平成30年2月7日(水)午後1時開演
狂言「無布施経」/能「頼政」 - 普及公演 平成30年2月10日(土)午後1時開演
解説・能楽あんない/狂言「棒縛」/能「花筐 筐之伝」 - 定例公演 平成30年2月16日(金)午後6時30分開演
狂言「痩松」/能「熊野 花之留」 - 企画公演〈近代絵画と能 水底の彼方から〉平成30年2月28日(水)午後6時30分開演
復曲狂言「浦島」/能「玉井 龍宮城」
- 定例公演 平成30年2月7日(水)午後1時開演
- 御観劇料金
- 定例公演・普及公演
一般 正面4,900円/脇正面3,200円/中正面2,700円
学生 脇正面2,200円/中正面1,900円
企画公演
一般 正面6,300円/脇正面4,800円/中正面3,200円
学生 脇正面3,400円/中正面2,200円