平成15年4月24日 映画振興に関する懇談会 |
12本の柱 | ||||||||||||||||||||||||
時は2002年の5月,場所は文化庁の一角。 ファーストシーンは,五里霧中,暗中模索の霧の中から始まった。 登場人物は,映画をめぐって立場を異にする様々な人々。 映画監督・シナリオライター・映画会社幹部・独立プロ代表・カメラマン・俳優・映画館経営者・ジャーナリスト・大学教授・・・ ありとあらゆる方面の人々が,かつてない規模で委員として迎えられ,そこに総務省・経済産業省・国土交通省・文化庁の担当者も加わる。 世代も個性も服装もマチマチ。立場も意見もマチマチ。 日本映画を愛す―――ただ,その一点が共通しているのみだった。 こんなに集まって,いったい何をしようというのか。 結局は今まで同様の,形だけの会で終わるのじゃないか。 皆が不安と不信を抱えながらも議論が始まった。 何よりも製作資金を援助して欲しい! そうだ,現場スタッフの労働条件も改善して欲しい! いや,重要なのはむしろ新人の育成ではないのか? いや,根本は観客の養成だ,つまりは学校教育の問題だ! 作る側と見せる側の対立。過去と現在の対立。 各人各説。話は食い違い,迷走し,噛み合わない。 話せば話すほど,映画の社会的地位の低さが身にしみるばかりだ。 人材養成,製作,配給・興行,保存・普及。 4つの分科会を設けたところから,議論に幹が立ち始める。 それぞれに委員を増やし,定期的に会合を持つに従ってメンバーの間に微妙な空気のぬくもりが生まれ始めたのだ。 たしかにいろいろ問題はある。 が,外国映画の圧倒的な力の中で,日本映画は健闘しているのではないか。 日本映画を再生させていくためには国も民間も互いに一緒になって何かをしていくべきではないのか。 そのことがあらためて認識され始め,具体的なものが見え始めてくる。 懇談会は14回,分科会は12回。 ほぼ1年,実に26回にわたって継続された。 ホームページや映画雑誌を通して,関係団体にもヒアリングし,観客からのユニークな意見にも耳を傾けることができた。 そして,すべての試行錯誤と討議の果てに・・・ 日本映画の明日のために,12本の大きな柱が立てられた。 |
||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||
どの柱も「みんなで,しよう」との強い意味が含まれている。 立場の違いを超えてつくられた,これら12本の施策。 それらの柱を組み合わせ,そこに大きな帆を張るのは,これからだ。 議論は,まだまだ終わったわけではない。 日本映画を愛する情熱に,エンドマークは永遠に出ることはない。 |
第1 映画振興の検討に当たって
第1 映画振興の検討に当たって |
1.映画の今日的意味 |
ア.総合芸術としての映画 |
映画は,それまでの芸術とは異なり,文学や演劇,音楽,美術,建築等の諸芸術を包含する総合芸術である。また言うまでもなく,映画は,メディア芸術の原点であり,百年を超える蓄積を有する映像表現の中心である。 複製し大量に 映画は,ある時代の国や地域の文化的状況の表現であるとともに,その文化の特性を示すものである。 |
イ.国民生活における映画 |
近年の経済の停滞により,国民生活においても,予期し得ない困難や苦境を強いられる局面が少なからず出現している。このような状況の中にあって,暮らしの中での喜びや励ましを求める場合,幅広い世代に対して,映画は極めて有効なメディアであると言うことができる。映画は比較的身近な場で鑑賞が可能であり,優れた作品が与える感動は,心の糧となり明日への活力となるからである。 一方,急速に高齢社会を迎えた我が国では,中高年のレクリエーションや生涯学習,またそれらを実現する場・機会なども重視されるようになってきている。そのような場・機会として,映画鑑賞は有益な体験を与えてくれるものである。映画は,鑑賞者に対して様々な感動や安らぎ,楽しさを与えるとともに,見知らぬ世界を疑似体験させることにより,様々な興味と関心を喚起してくれるものだからである。中高年においては,青春時代の映画を改めて鑑賞することで,自らの人生を振り返り,心の |
ウ.IT時代の有力映像作品としての映画 |
IT(情報通信技術)の進展に伴い,取り扱われる映像作品の中心は,次第に双方向型のものへ移行していくこととなるが,現在の映画等の映像産業は,未来の映像作品を生み出す重要な母体であると同時に,それ自体,将来にわたって根強く作品価値を維持していくものと考えられる。 映画,すなわち大スクリーンで他の鑑賞者と体験を共有しながら鑑賞する定時間単方向映像作品は,現代の多様な映像作品の中で最も基礎的なものであると同時に,最も応用性の高いものである。我が国の映像作品の生産力を考える時,優れた映画を生み出す力が持つ意味は今も,そして将来にわたっても大きい。 このような意味で,現在製作されている映画はもちろん,過去に作られた膨大な量の映画も新たな価値を帯びて見直されてくる可能性も大きいことから,作品を広く収集し,後世のために保存していくことが重要と考える。そこに集められているのは,我が国の様々な芸術を総合し,映像として表現した固有の文化であるからである。 加えて,映画は著作権によって保護される知的財産であり,その製作が促進されることにより,より多くの知的財産価値を創出し,それを世界に向けて発信することが,知的財産戦略の一翼を担うこととなる。 |
エ.海外への日本文化の発信手段としての映画 |
世界の各地で対立や紛争が頻発し,その原因がいかに根深いものであるかを示す例には事欠かない今日であるが,このような状況であればあるほど,相互の文化を理解し尊重することが求められていると言える。米国映画を世界に発信することで,これまで米国文化がどれだけ世界に浸透し,米国発の商品流通にどれだけ効果的であったかを考えれば,海外への文化発信手段としての映画の能力の大きさを理解するのは容易である。その意味で,映画は我が国の伝統と今を世界に発信し,国際間の相互理解を促進するための,言わば「顔の見える日本」を築くための,極めて有効な媒体である。 |
今日,映画は上に述べたような多様かつ大きな意味を,国民全体に対して持っている。その認識に立ち,我々は,今後の映画の振興について,映画界自身の努力を前提としつつも,国が一定の役割を担い,施策の適切な評価を行いながら,必要な措置を講じるべきと考える。 |
2.日本映画の状況 |
(1)長期的傾向 |
〔映画館入場者数等〕 |
我が国では,昭和30年代半ばに映画館入場者数や映画館数が最高値を記録した。(映画館入場者数は昭和33年に11億2,745万人,映画館数は昭和35年に7,457館,邦画の封切本数は昭和35年に547本であった。洋画を含めた封切本数全体に対する邦画の割合は約72%,興行収入では約78%を占めた。)その後,テレビの急速な普及やスポーツ,旅行等の愛好者の増加など国民生活が多様化していったことなどから,映画は「娯楽の王様」から余暇の過ごし方の一つへと,位置付けが大きく変化し,映画館入場者数は10年間で4分の1,20年間で7分の1に激減した。 |
〔新たなメディアの登場〕 |
昭和50年代に入ると,家庭用ビデオテープレコーダ,貸ビデオ店が出現し,映画館入場者数の漸減傾向が進んだが,一方では,家族や友達同士での気軽な映画の楽しみ方を提供し,映画製作に伴う二次利用収入の道が広がった。 |
〔大手製作会社の製作動向〕 |
このような状況の中,大手映画製作会社は自社製作作品を減らし,中小の独立プロダクションの作品の配給を行ったり,テレビ放送やその後のビジネスを見込んだ共同出資者による製作委員会方式を採用した製作を実施したりする事業形態が主となってきている。その結果,撮影所の閉鎖という事態も生じた。 |
〔大手配給会社の系列による配給の仕組み〕 |
我が国では,配給大手3社ごとに系列の映画館との間でブロック・ブッキング(映画館に1系列の配給会社の映画のみを購入させる取引)が結ばれていたことや,また映画館の地域的偏在状況があることから,多様な映画作品が広く上映される機会は限られている。 |
(2)近年の特徴的な傾向 |
〔映画館入場者数等〕 |
全盛期以降低下を続けていた映画館入場者数は,平成8年に1億1,958万人,映画館数は平成7年に1,776館,邦画封切り本数は平成2年に239本で底を打った。その後微増傾向に転じ,平成14年においては,それぞれ1億6,076万人,2,635館,293本となっている。 映画館数の増加要因は,一か所に多数のスクリーンを設けて観客サービスを提供する「シネマコンプレックス」型の映画館の増加によるところが大きい。この種の映画館は,平成5年に初めて我が国に登場し,その後,急激に増加して平成14年末には174サイト(か所)1,396スクリーンとなり,全スクリーンの過半数を占めるに至っている。 |
〔メディアの多様化〕 |
近年,新たな映像メディアとして,DVD(デジタル多目的ディスク)が急速に発展,普及してきている。高密度の情報集積力を持つDVDは,映像に加えて実演家の情報等を収録することが可能となっており,購入者数は平成9年の約9万人から平成14年には約270万人と激増した。また,ビデオカメラによる家庭での映像創作やホームシアターシステム(家庭用簡易映画上映装置)による新たな映画の楽しみ方も広がりつつある。 |
〔上映の動向〕 |
これまで,配給大手3社系列の邦画ロードショー館では,ブロック・ブッキングにより3社系列の作品のみが上映されている状況であったが,シネマコンプレックスの展開が一つの大きな契機となり,大手映画製作会社のブロック・ブッキングからの転換の試みや鑑賞料金の多様化など,製作から上映に至る流れの中で新たな状況も生まれ始めている。 |
3.検討の経緯 |
〔これまでの懇談会報告〕 |
映画に関しては,文化庁に置かれた懇談会において,これまでにも「映画芸術の振興について」(昭和63年),「映画芸術振興方策の充実について」(平成6年)と二度にわたり報告が出され,その中の施策は適宜事業化され,一定の成果を上げてきている。 |
〔文化行政をめぐる最近の動向〕 |
平成13年12月に文化芸術振興基本法が制定された。同法においては,「国は,映画,漫画,アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術(以下,「メディア芸術」という。)の振興を図るため,メディア芸術の製作,上映等への支援その他の必要な施策を講じる」と規定されている。平成14年12月には,メディア芸術の振興を含め,「文化芸術の振興に関する基本的な方針」が閣議決定された。 |
〔本懇談会の基本姿勢〕 |
本懇談会は平成14年5月に文化庁長官の裁定により開催されることとなったが,実施に当たっては,文化庁のみならず,総務省,文部科学省,経済産業省,国土交通省等関係省からの参加も得て,省庁別の行政分野に拘泥することなく,国として取り組むべき施策の検討を行った。すなわち,映画の製作,上映等が文化活動であるとともに産業活動であることを正面からとらえ,映画界の構造や枠組みも見据えて,横断的な視点から議論を進めてきた。また,映画振興の原点は,映画界としての自助努力であることを再三確認しつつ,その自立・発展を下支えするために国がなすべきことは何かという観点を明確にして検討を行った。 |
〔検討経過〕 |
本懇談会は,第1回から第4回までの会合において,主に諸外国の映画の現状及び振興施策について有識者からのヒアリングを中心に討議を行った。その後9月から2か月間は,本懇談会の下に,「人材養成」,「製作」,「配給・興行」,「保存・普及」をテーマとする四つの分科会を設置し,それぞれ3回ずつ計12回の集中討議を行った。各分科会ごとの報告を受けて,第5回・第6回の懇談会会合で審議の上,中間まとめを作成し,平成15年1月31日に公表した。 この中間まとめについては,文化庁ホームページ上の掲載,映画雑誌での全文紹介と読者からの意見募集,情報誌の協力による広報が行われた。また,映画関係団体にも送付の上意見を求めた。これにより,多くの意見・要望が寄せられたが,懇談会の会合においても,第7回から第11回まで5回にわたり,映画関係団体等からヒアリングを行った。最後(第11回会合)のヒアリングにおいては,雑誌に意見を寄せた読者の代表3者から,映画の鑑賞料金の問題など,鑑賞者の立場に立って,文化庁及び映画関係者に対する問題提起がなされた。 本提言は,このような経緯により,映画関係者のみならず,幅広い観点からの意見を採り入れることに努めて作成されたものである。 |
第2 国の映画振興の基本的方向
第2 国の映画振興の基本的方向 | ||||||
(1)文化遺産としての映画フィルムの保存 | ||||||
映画はその作られた時代の文化状況,社会状況を映す鏡であり,その蓄積は国として継承すべき文化遺産と言えるものである。 東京国立近代美術館フィルムセンター(以下,「フィルムセンター」という。)は,我が国唯一の国立の映画に関する専門機関であり,かねてより映画振興の中枢となる総合的な映画保存所を目指しているものの,劇場公開された日本映画のフィルムの一部しか収集・保存できていない状況にある。 なお,国立国会図書館法には,国立国会図書館へ納入を義務付けられている出版物の一つとして映画フィルムが掲げられているが,同法附則により,映画フィルムの納入は免除されている。 劇場で公開された日本映画のフィルムのほとんどは製作会社において保存されているが,保存のための負担は一企業としては重く,このままでは修復不能に陥るフィルムも発生し得るため,我が国の文化遺産保護の観点から問題である。このため,国は,国内で製作され公開された映画作品を文化遺産として保存・継承を行う必要がある。 |
||||||
(2)映画界における自律的な創造サイクルの確立 | ||||||
日本映画の振興のためには,日本映画の創造活動を活性化させ,多様で優れた日本映画作品の生産を継続し得る,製作と上映の創造サイクルの確立を目指すことが基本である。 したがって,国の製作支援策,上映支援策は,事業者の自助努力を前提としたものとすべきである。一方,支援を受ける映画界においては,製作者に対して適切な収益配分が行われることが,映画の拡大再生産の推進,そして自律的な製作と上映の創造サイクルの確立のために必要不可欠である。 国が支援を行うに当たって,支援する側はもちろん,支援を受ける映画製作者が不断に意識すべきことは,現在及び将来の納税者たる国民全体へ成果を還元するということである。国民の広い支持なくして国が映画への支援を行うことは,自律を促すための過渡的なものであっても困難と言えよう。 さらに,海外は,上映のための映画配給についてだけでなく,ビデオ等の販売等による二次利用についても巨大市場であることから,日本映画が海外に展開していくことは,その継続的な製作を可能にし,我が国映画産業を自律発展させるために必要なものである。 |
||||||
(3)人材養成の重要性を踏まえたシステムの構築 | ||||||
我が国の映画人材の養成を担っていた撮影所が減り,そのシステムが弱体化した今,新たなシステムとして,新人発掘から始まり,その人材が一人立ちし,以後成長を続けていけるような環境を構築することが必要である。 特に,日本映画をより優れたものとし,世界市場での競争力を高めていくためには, |
||||||
|
||||||
となり得る優れた個性や才能を持った人材を早期に見いだし,国際舞台で活躍できるようなプロに育てるとともに, | ||||||
|
||||||
などを養成することが求められている。 このような人材養成については,民間だけでは及ばない部分もあり,国として目配りを行う必要がある。 |
||||||
(4)映画という芸術分野への適正な評価 | ||||||
美術,音楽などの芸術分野に比べ,映画は,それらを包含する総合芸術でありながら,国の顕彰を含めその評価が適正でない面がある。一例を挙げれば,税制面でも,他の産業分野とは異なり,映画製作団体等に対しては報酬等への源泉徴収制度が設けられていたこと(文化庁の制度廃止要望により平成15年度から廃止された。)などがある。 今後映画界が多くの有為の人材を引き付け,また映画界に身を置く人々が自信をもって世界に発信するためにも,映画及びその製作・上映にかかわる者への適正な評価について,国が果たす役割は大きいものがある。 また,映画製作にかかわる者が,他の産業分野の一般勤務者並みの保障の下に,安心して仕事ができるよう,国は,環境の整備に努める必要がある。 さらに,映画の振興にとって,著作権(「著作者の権利」及び「著作隣接権」)の適切な保護・活用は,極めて重要である。映画に関係する著作権の課題について,今後とも,関係者間での合意形成努力が行われる必要がある。 |
第3 明日の日本映画のための施策
「第2 国の映画振興の基本的方向」の考え方にのっとり,国は,次のような施策を推進することが適当と考える。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
おわりに
映画の振興方策の実現のためには,まず映画界自らの決意と努力が最も重要であることを重ねてここに記したい。また,国の機関である文化庁・文部科学省,総務省,厚生労働省,経済産業省,国土交通省など関係府省庁,他の関係する国の機関,映画・映像の関係機関が十分な連携の下に力を尽くすことを望むものである。特に,フィルムセンターには,我が国で唯一の映画専門機関として,大きな期待が寄せられていることから,その期待にこたえられるよう,文化庁をはじめとする関係者の着実かつ強力な支援を願う。さらに,これらの取組は究極的には国民各層の幅広い理解と支援があって初めてその成立と持続的な発展を見ることができるものであることを銘記したい。