実施内容

事業内容(外国人に対する実践的な日本語教育の研究開発)

群馬県 外国人に対する実践的な日本語教育の研究開発に関する運営委員会
代表者 伊藤健人(群馬県立女子大学)

1 事業の目的・要旨

【目的】

群馬県内の外国人の生活環境向上を目指し,ボランティア教室での日本語教育支援を想定した日本語教育・学習環境の整備,及び,シラバスやカリキュラムデザインに役立つ実践的な研究開発

これは,群馬の地域性(日本語学校等はほとんどなく,生活者としての外国人が日本語を学べる機関は,地域のボランティア日本語教室に限られている)を考慮し,ボランティア日本語教室での日本語教育支援を想定したものである。

<課題> 群馬県多文化共生支援室や群馬県観光国際協会などのこれまでの調査から

  • 1) ボランティア日本語教室の運営・管理に関するトラブル,特に意見の相違や対立
  • 2) ボランティア日本語教室の講師が授業でしたいことと受講者のニーズとのズレ
  • 3) 2極化する受講者(日系人・日本人の配偶者と研修生・技能実習生)とそれぞれのニーズへの対応
  • 4) 授業内容,特にどんな学習・教育項目を扱うべきかという講師の迷い
  • 5) 生活に必要な日本語を扱った教材があまりないこと
  • 6) 文法や漢字・語彙のペーパー試験では測れない,口頭運用能力の測定方法

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このように,地域のボランティア日本語教室を中心とした生活者としての外国人に対する日本語教育は,教育内容,指導法,教材などの研究開発だけではうまく機能するとは言えない。どんなに良い教育内容であっても,ボランティア教室の運営・管理といったシステムの問題や,受講者(外国人),講師(ボランティア),運営担当者(国際交流協会)の三者の思惑の違いなど,授業以外の課題が山積してるからである。従って,より広い視野に立ったカリキュラムを考える必要がある。本事業では,このような課題を解決すべく,以下の3つの柱を中心に研究開発を進めた。

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【要旨】

本事業の3つの柱

  • (1) ボランティア教室の運営に関して-それぞれの「理想の教室」インタビュー-
  • (2) ボランティア教室の内容に関して-生活に必要な日本語表現アンケート-
  • (3) 日本語能力の評価に関して-OPIを応用した口頭能日本語能力の評価と教育-

(1)は,課題の1)「ボランティア教室の運営・管理に関するトラブル,特に意見の相違や対立」と2)「ボランティア教室の日本語講師が授業でしたいことと受講者のニーズとのズレ」に対応する。運営・管理などで問題を抱えるボランティア教室では,それぞれのビリーフ(信念)のズレの把握,受講者のニーズと授業内容のねじれの修正が必要と思われる。そこで,ボランティア教室の運営に関して,受講者(外国人),講師(ボランティア),運営担当者(国際交流協会)の三者にそれぞれの描く“理想の教室”に関わる共通した質問項目を作成し,インタビューを行った。この結果をそれぞれが共有することで運営・管理などの改善が図れる。

(2)は,課題の3)「2極化する受講者とそれぞれのニーズへの対応」,4)「授業内容,特にどんな学習・教育項目を扱うべきかという迷い」,5)「生活に必要な日本語を扱った教材があまりないこと」に対応する。これは,生活に必要な日本語及びその場面を客観的に選ぶことを目的とし,外国人受講者,ボランティア講師,国際交流協会の担当者の三者に対して,重要だと思う項目に得点を付けるアンケートに回答してもらい,それを集計,分析するものである。配布したアンケートで取り上げた項目は,AJALT「リソース型生活日本語」を基にしており,この点でも恣意性の排除をはかっている。

(3)は,課題の6)「文法や漢字・語彙のペーパー試験では測れない,口頭運用能力の測定方法」に対応する。日本語能力試験のように単なる出題基準のある文法項目と語彙項目がどの程度定着しているか,といったタイプの評価基準では,生活者の日本語能力は測れないと思われる。特に,音声言語を中心に自然習得的に身についた日本語能力の測定は難しいと思われるが,構造面ではなく,コミュニケーション面を重視した評価の基準を検討した。

※これらの研究成果ついては,下の3で触れる

2 運営委員会の開催について(事業の実施体制)

本事業は,群馬県立女子大学,群馬県観光国際協会,群馬県新政策課多文化共生支援室の3機関からの計6名の委員により構成される運営委員会での審議・決定に基づいて進められた。

<運営委員>

群馬県立女子大学: 伊藤健人(委員長),篠木れい子,高橋顕志,ヤン・ジョンヨン
群馬県観光国際協会: 町田奈美
群馬県多文化共生支援室: 太田祥一

◆群馬県外国人に対する実践的な日本語教育の研究開発に関する運営委員会

第1回 2007年10月31日

出席者:伊藤健人,高橋顕志,篠木れい子,ヤン・ジョンヨン,太田祥一,町田奈美

【議題】
(1)4つの項目(領域)の班長を決め,内容を検討,(2)ニーズ分析について,(3)フィールドワークについて,(4)地域の日本語教室との連携について

【決定事項】
(1)各機関の役割分担の決定,(2)外国人の「トラブル場面」を抽出,(3)視覚情報(パンフレットなど)を調査,(4)事務局設置→群馬県立女子大学と交渉

第2回 2007年11月9日

出席者:伊藤健人,高橋顕志,篠木れい子,ヤン・ジョンヨン,太田祥一,町田奈美

【議題】
(1)生活場面調査・目標言語調査について,(2)ボランティア日本語教室との連携について→参与観察の必要性/方法,(3)ボランティア日本語教室の選定,(4)ボランティア日本語教室の参与観察内容の検討

【決定事項】
(1)生活場面調査(生活スキーマ調査),(2)生活日本語調査(目標言語調査),(3)ボランティア日本語教室との連携(国際交流協会の協力)

第3回 2007年12月26日

出席者:伊藤健人,高橋顕志,篠木れい子,ヤン・ジョンヨン,太田祥一,町田奈美

【議題】
<計画の見直し・変更>膨大な「場面」をどのように扱うか,(1)生活場面調査について→数ある場面の中でどのようなものを取り上げるか(その選定基準/優先順位),(2)(AJALTリソース型生活日本語を利用した)生活日本語使用場面の調査方法について

【決定事項】
(1)ニーズ調査に関する方法の決定,→AJALT「リソース型生活日本語」の子項目をアンケート形式にリヴァイズ→優先順位を抽出するため,日本人を対象にアンケートを実施,(2)アンケートの翻訳(言語数)を依頼,(3)アンケートの実施と窓口を検討

第4回 2008年1月30日

出席者:伊藤健人,高橋顕志,篠木れい子,ヤン・ジョンヨン,太田祥一,町田奈美

【議題】
(1)ボランティア研修の実施機関の選考,(2)ボランティア研修の内容の選考,(3)外国人・講師・運営者のそれぞれの認識

【決定事項】
(1)ボランティア研修の内容を検討,(2)研修の実施場所→玉村町ボランティア教室の視察,(3)外国人・講師・運営者への聞き込み調査を検討

第5回 2008年2月14日

出席者:伊藤健人,高橋顕志,篠木れい子,ヤン・ジョンヨン,太田祥一,町田奈美

【議題】
(1)ボランティア研修の内容・手順の確認,(2)インタビュー項目の選考,(3)外国人の日本語能力の判断について→どんな基準で,どのように図るか

【決定事項】
(1)ボランティア研修(玉村町),(2)外国人のニーズ,支援者・運営者のビリーフをインタビュー→評価インタビュー項目を選定,(3)外国人の日本語能力の判断→OPIを検討

第6回 2008年3月6日

出席者:伊藤健人,高橋顕志,篠木れい子,ヤン・ジョンヨン,太田祥一,町田奈美

【議題】
(1)OPIの研修(実習の含む)の進め方について,(2)大泉町のボランティア日本語教室の参与観察及び評価インタビューの実施について,(3)アンケートの配布及び集計について

【決定事項】
(1)OPIの研修に関する確認,(2)大泉町のボランティア日本語教室の参与観察及び評価インタビューの実施,(3)報告書の分担

※なお,それぞれの調査・研究開発・実践等は,上記の運営委員の他,佐藤弘枝,森沙耶佳,一ノ瀬寛子,西山恵美を中心とする群馬県立女子大学の学生・元学生(カリキュラム実践,事務補助など),群馬県庁の職員(翻訳など)のご協力のもとに行われた。

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3 事業の成果

本事業の成果は,地域のボランティア日本語教室を中心とした生活者としての外国人に対する日本語教育は,教育内容の研究開発だけではうまく機能しないということをあらためて指摘し,その実情にあった研修やシラバス開発などを進めたことである。本事業の3つの柱は,このような非常に制約の多い地域の日本語教育・学習環境において,現時点で可能な研究開発の成果である。以下では,本事業の3つの柱ごとに成果の有効な活用方法について述べる。※それぞれの詳細は報告書を参照されたい。

(1)ボランティア日本語教室の運営に関して-三者それぞれの「理想の教室」インタビュー-

ボランティア日本語教室の運営に関して,受講者,講師,国際交流協会の担当者の三者に共通したインタビューを行ったが,そこで用いた3種の「“理想の教室”チェックシート」はインタビューアーがいなくても自己診断できるように作成した。従って,運営・管理などで問題を抱えるボランティア教室での研修会等でも,それぞれのビリーフのズレの把握,受講者のニーズと授業内容のズレやねじれの修正等に利用可能である。

(2)ボランティア教室の内容に関して-生活に必要な日本語表現アンケート-

このアンケートも受講者,講師,国際交流協会の担当者の三者に対して行った点が特徴である。この三者から回答のあった約150のデータを基に,生活に必要な場面の順位をつけた一覧表を作成した。これは,それぞれのボランティア日本語教室でのシラバス作成の際の有用な資料となる。生活に必要な場面は,従来,ボランティア講師の判断,或いは,受講者のリクエストにより選ばれていた。しかし,本資料により,より客観的,統一的な項目選定が可能になるであろう。

(3)日本語能力の評価に関して-OPIを応用した口頭日本語能力の評価と教育-

ボランティア日本語教室で口頭能力の測定を行った際の音声データを文字起こしたが,これは,外国人の日本語表現の生データとして,他の観点からの分析や研究にも応用可能であり,有用なデータとなるであろう。

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4 地域連携に関する計画など

本事業の特徴は,群馬県立女子大学,群馬県観光国際協会,群馬県新政策課多文化共生支援室の3機関が密接な連携をはかって事業に当たった点である。これは,地域の日本語教育においては,行政的な協力なくしては(場所や人材,財源の確保など運営に関するハード面が整っていないと),効果的な日本語教育・学習は実現されないからである。そして,そのボランティア日本語教室の継続的な運営には,物的・人的・財政的な面での県や市町村の協力,運営や情報交換に関する県観光国際協会の働きが欠かせないのである。本事業は,これらの点を3機関で話し合い,それぞれの役割を以下ように定めた。

群馬県立女子大学 研究・開発・調査,カリキュラム実践,情報分析,研究開発,調査の方法や手順の考案
群馬県観光国際協会 市町の国際交流協会等のボランティア日本語教室への連絡,日本語教室の現状と課題の整理
群馬県多文化共生支援室 生活者としての外国人が抱える問題のヒアリングとその解決に向けた関係機関との調整

また,カリキュラムの実践にあたり,玉村町国際交流協会・玉村町ボランティア教室,及び,大泉町観光国際課・大泉町国際交流協会・大泉町日本語ボランティア教室の職員,運営管理担当者,ボランティア日本語講師,受講者の皆さんにご協力いただいた。そのほか,県内12の市町の国際交流協会とそれぞれの管轄するボランティア日本語教室の皆さんにもアンケートやインタビュー,ヒアリング等でご協力いただいた。

【提言】

本事業を通じて地域のボランティア日本語教室の日本語指導内容・方法はもとより,組織運営の困難さ,さらに,受講者(生活者としての外国人)の日本語に対する意識など多くの課題が確認された。そのいくつかを基に以下のような提言を行いたい。

  • (1) ボランティア教室の日本語指導内容,方法に関して必要な事項
  • a. ボランティア講師の指導法等に関する技術的な研修
  • b. ボランティア講師のビリーフに関する話し合い(講師側のニーズとレディネス)
  • c. 対処療法的・応急処置的な日本語教育からの脱却
  • (2) ボランティア教室の組織運営・管理に関して必要な事項
  • a. 市町の国際交流協会の日本語教育における位置付けの明確化
  • b. 市町の一機関である国際課等,財団法人である国際交流協会等,及び,ボランティア教室講師の良好な関係構築(それぞれの「理想の教室」の違いの把握)
  • c. ボランティア教室の受講者の変化(受講者の中心は,いわゆる生活者としての外国人(定住者)ではなく,技術研修生や留学生が主な構成員である現状)
  • d. (上記に関連して)ボランティア教室における研修生の受け入れに関するガイドライン
  • (3) 受講者(生活者としての外国人)の日本語に対する意識に関して
  • a. 生活者としての外国人に対する日本語教育の必要性の啓蒙
  • b. 特に日系人の親と子どもの共通言語としての日本語の重要性
  • c. 特に日系人にとって,日本語がほとんど必要ではない現在の生活環境の是非

(1)のaは言うもでもなく,bとcは時間はかかるであろうが重要なものと思われる。
(2)に関しては,授業の担当者であるボランティア日本語講師と組織運営の担当者である国際交流協会との関係,そして,国際交流協会と市町村の一機関である国際課等の関係,さらに,ボランティア教室内での日本語講師同士の関係など,受講者である外国人が直接関わらない部分での意見の相違や対立が多いことが懸念される。本事業でも,日本語教育研究者や県や国際交流協会の担当者が,ボランティア日本語講師のビリーフについて,その真偽や修正・改善を要求することは難しく,計画の変更を余儀なくされた。
(3)ボランティア教室の受講者(外国人)の意識に関する課題も解決に多くの時間を費やすであろう。特に日系人にとっては,日本語をほとんど使わず,ポルトガル語・スペイン語だけで生活できる環境が整っている中で,日本語学習の動機をどう持ってもらうかは最も大きな課題である。例えば,群馬県内で外国人の割合(約16%)が最も高く,中でもほとんどが日系人(約70%)が占めている大泉町が現在の状況を最も反映していると言える。それは,大泉町の日本語ボランティア教室の受講者に占める日系人の割合は極めて低く,特に中・上級のクラスにはほとんどいないという状況である。

【今後の計画-群馬モデルの構築に向けて-】

上記の「提言」で挙げたように,群馬県という限られた地域での日本語教育においても非常に多くの課題がある。今後,我々は,上記のような課題を,時間はかかるであろうが,少しずつ解決していきながら,本事業での成果を足がかりに群馬県外にも応用可能な日本語教育・学習支援のためのカリキュラム等に関する「群馬モデル」を築き上げたい。当面は,以下のような活動を計画している。

  • ・ 既存のボランティア教室とは別の日本語教育機関の設立(縦割り的なボランティア教室の区画を越えて,大学等が積極的に関与する)
  • ・ 自然習得に近い定住外国人の会話能力・口頭能力の評価に関する研究・開発
  • ・ 災害時を想定し,通訳者を介した情報伝達の精度と速度に関する大規模調査
  • ・ マイノリティの外国人に対する言語政策的な問題(群馬県内の少数言語話者への対策)

また,本事業の研究開発の内容等に関して,群馬県内のボランティア日本語教室や国際交流協会等のさまざまな機関からの問い合わせがあり,今後,本事業の成果をそれらの機関に普及・還元するために,講演会やワークショップ等の機会を設ける予定である。

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