2022年8月12日
文化庁 地域文化創生本部 研究官 橋本紀子
「数字で見る文化芸術活動」では、これまで3回にわたって、令和2年度版「文化に関する世論調査」の結果から、2020年1年間における私たちと文化芸術との関りについて見てきました。
先日、令和3年度の「文化に関する世論調査」の結果が公表されました。今回はこの結果から、2021年における文化芸術と関わる行動や意識について見ていきましょう。
なお、調査結果の詳細は文化庁のHPから閲覧いただけます
この調査は、例年と同時期(1月末から2月頭)に、同形態(ウェブ・パネルを用いたインターネット・アンケート調査)でこの一年間の行動や意識について尋ねました。前年度の結果から、2020年の私たちの文化芸術に関連する行動や意識がコロナ禍により大きく影響されたことがわかりましたので、2021年の動きをより詳細に把握するため、いくつかの新たな工夫を行いました。まずはその点をご紹介しましょう。
最大の変更は、例年3,000(人)だった調査のサンプルサイズを、今回は20,006(人)へと増やしたことです。これは、従来、性別・年齢階級別・地域別(11分類)での標本分布を2015年国勢調査と同様にしていたものを、性別・年齢階級別・都道府県別で同様とするためです。これにより、従来調査では困難だった都道府県別の特徴がとらえやすくなっています。
また、回答者に、従来以上に属性を詳しくお聞きしました。性別や年齢、職業、家族形態、健康状態に加えて、より細かい年収区分を設定し、新たに最終学歴や子供のころの習い事についても尋ねています。また、より詳細に地域の状況を把握するために、都道府県に加え、居住地の都市区分についても回答いただきました。
質問項目も、いくつかの新設項目(例えば、1時間半で行ける文化施設の有無を問う)に加え、コロナ禍の影響を見るために令和2年度の新設問として設定したウェルビーイングや間接鑑賞(テレビやDVD、ネット配信等の視聴による鑑賞)に関わる項目は引き続き、さらに内容を充実して質問しています。なお、ウェルビーイングと文化芸術活動の関連する結果については、他の質問項目とは別の報告書として、閲覧いただけます。
(参考)文化に関する世論調査‐ウェルビーイングと文化芸術活動の関連‐報告書
○繰り返される感染の波
さて、回答内容について検討する前に、2021年がどんな年だったか、特にコロナ禍の状況について思い出しておきましょう。
日本では2020年1月に初めて感染者が確認され、「第1波」「第2波」と続き、4月から5月にかけては1回目の緊急事態宣言が発出されました。その後も感染の波は繰り返し生じ、2021年にいわゆる「第3波」(2020年11月~2021年3月頃)、「第4波」(3月~4月頃)、「第5波」(7月~9月頃)、さらには2022年にかけて「第6波」(9月頃~22年3月頃)を経験することとなりました。この間、3度の緊急事態宣言、さらにはまん延防止等重点措置により、私たちのくらしは大きく自由度を妨げられました。
2021年のコロナ禍の大きな特徴は、一つには強力な変異株の登場です。第4波ではアルファ株、第5波ではデルタ株が猛威を振るい、2020年以上に感染者数が増加しました。(その後、第6波ではオミクロン株が大きな比重を占めました。)
一方、2月中旬から医療従事者へ、4月中旬から高齢者へのワクチン接種が開始されました。他国に比べ開始は遅れましたが、その後の接種スピードは速く、8月23日には国民の4割が2回目の接種を完了しました。この結果、夏以降、感染者に占める高齢者の比率が低下していきました。感染の拡大に伴い第5波では医療崩壊に近い状態に陥った自治体も見られたものの、重症化率は少しずつ下がる傾向が見え始めました。
このような中で、私たちは文化芸術に関連する活動をどのように行ったでしょうか。直接鑑賞、間接鑑賞、鑑賞以外の文化芸術活動の3点から、全体(全国)のアンケート結果を見ていきましょう。
○直接鑑賞率は復活せず
図1は2021年の1年間に、コンサートや美術展、映画、文化財、アートや音楽のフェスティバル等の文化芸術イベントなどを直接鑑賞したかに関する回答結果です(複数回答)。
ぶんかるNews 008では、実際に出かけて鑑賞を行う直接鑑賞の行動比率は、2019年(コロナ前)に比べ2020年(コロナ後)に大きく下がったことを見ました。ほとんどのジャンルで行動比率は半分以下に落ち込み、中には4分の1程度にまで落ち込んだものもありました。
2021年、直接鑑賞の行動比率は前年よりは回復するのではとも期待されましたが、残念ながらごく小数の項目*を除いては、さらに行動比率は下がる傾向が見られました。
*有意に2021年の行動比率が2020年を上回ったのは、「ポップス、ロック、ジャズ、歌謡曲、演歌、民族音楽など」と「オーケストラ、室内楽、オペラ、合唱、吹奏楽など」の2項目のみ。
逆に、ほぼすべての項目で行動比率が下がったので当然ですが、「直接鑑賞したものはない」の回答率は、2019年は29.8%であったのが、2020年は55.2%に、さらに2021年には60.3%へと上昇しました。

図1 2021年に行った文化芸術の直接鑑賞
注)「現代美術」は2021年から、「食文化の展示、イベント」は
2020年から新設。グラフの数値の詳細はこちらでご覧になれます。
○直接鑑賞しない理由とは
では、直接鑑賞しなかった理由は何だったのでしょう。図2に、それぞれの年に「直接鑑賞したものはない」と回答した人に理由を尋ねた結果(複数回答)をまとめました。
比率そのものの数値ではなく比率の順位を見た場合、コロナ前後に関わらず多くの項目の並び順にはほとんど変化がありませんが、年により動きに特徴が見られる項目が3つあります。「新型コロナ感染症の影響」、「関心がない」、「(理由は)特にない、分からない」です。例えば2019年は、コロナ禍前ですので「関心がない」が34.7%、「特にない」が21.0%という回答でした。
2020年には「関心がない」の回答は23.2%、「特にない」は8.9%といずれも大きく下落し、「コロナ禍」を理由とする人が56.8%に上りました。一方、2021年については直接鑑賞を行わなかった人はさらに比率が上昇しましたが(図1)、その理由を「コロナ禍」とした人は37.6%と1/3以上を占めるものの、前年に比べ19%ポイントも下落しました。「関心がない」の比率は2020年とほぼ変わりがなかった一方、「特にない」の回答比率は2019年を大きく上回り、全体の28.2%となっています。コロナが理由でも、関心がないわけでもないものの、よく分からないが、特にこれといった理由はなく、文化芸術の直接鑑賞に出かけはしなかった、そういう人が全体の3割弱を占めるに至っています。
2021年は文化芸術についてあまりアクティブになれなかったともとれる結果ですが、では、直接鑑賞はしなかったとしても、それを間接鑑賞(テレビ、ラジオ、CD・DVD、インターネット配信等による視聴)で埋め合わせる行動はとられたのでしょうか。また、鑑賞ではなく、自身が文化芸術活動(創作、出演、習い事、祭、体験活動など)を実践したり、それらの活動をボランティアなどとして支援したりしたことがあったでしょうか。
○間接鑑賞率はコロナ1年目に比べて低下
まず、間接鑑賞について見ていきましょう。
従来、「文化に関する世論調査」では文化芸術イベントの鑑賞について、直接鑑賞の有無のみを尋ねてきました。しかし、近年では、テレビやラジオ、CDやDVD、さらにはインターネット配信等での視聴による鑑賞も増えており、コロナ禍ではその重要性がいっそう高まったと考えられます。このため、令和2年度調査から間接鑑賞に関する設問が設けられました。残念ながら2019年に関する調査はありませんので、コロナ前に比べ間接鑑賞が増加したかどうかを見ることはできませんが、2020年、2021年に文化芸術のどのような項目に対し間接鑑賞が行われたか、図3にまとめました。
図3を図1と見比べてみると、例えば映画や音楽鑑賞のように間接鑑賞でかなり高い行動比率がみられる項目もある一方、美術や歴史的な建造物の鑑賞などのように間接鑑賞の比率がさほど伸びない項目もあることがわかります。その背景には、近年のテクノロジーの進歩は非常に大きいものの、ジャンルによっては少なくとも現段階の間接鑑賞の媒体では、実際に訪問して鑑賞する体験をまだ完全にはカバーできていないことがあるのかもしれません。
一方、図3で2020年と2021年の間接鑑賞比率を見比べてみると、直接鑑賞(図1)でも同様の傾向が見られましたが、間接鑑賞比率は全ての項目で不変または下がっており*、「間接鑑賞したものはない」の比率は2020年に22.2%だったのが2021年に36.7%と上昇しています。
*2021年の行動比率が2020年を有意に上回ったジャンルはありませんでした。
なお、ここでは詳しく取り上げませんが、令和3年度調査では、インターネット配信について、「有料のオンライン配信で鑑賞したものがあるか」についても問うています。「有料の」と限定した場合、もっとも高かった「映画(アニメーション映画を除く)」でも11.1%(間接鑑賞の行動比率は38.8%)と、鑑賞したとの回答率はいずれのジャンルにおいても非常に低く、「(有料のオンライン配信を)鑑賞したものはない」の解答率は79.5%に達していました。(数値の詳細はこちらでご覧になれます。)
○文化体験率も復活せず
続いて、ここでは文化体験と呼ぶことにしますが、鑑賞以外の文化芸術活動、文化芸術活動の実践や支援の行動比率についても見ておきましょう(図4)。
鑑賞に比べて文化体験の行動比率はコロナ禍以前から全般に低く、最も高かった「作品の創作」でもコロナ下では更に低くなりました。行動比率の推移の傾向は直接鑑賞や間接鑑賞と同様で、全ての項目で2020年に行動比率は大きく下がり、2021年にさらに下落*を続けました。
*2021年の行動比率が2020年を有意に上回った項目はありませんでした。
その結果、文化体験を「特にしていない」比率は、2019年は72.3%、2020年は81.6%、2021年は90.0%と上昇を続けています。
以上、直接鑑賞、間接鑑賞、文化体験の3つの側面から、私たちの文化芸術に対する行動が過去3年間どのように推移してきたかを見てきました。
2020年と2021年の状況を比較すると、例えば映画館が閉まった日数や様々な公演・イベントの開催数、さらには映画館やイベントでの販売された席数は2020年の方がより厳しい制約下にありました。その一方、冒頭にも見たようにコロナ禍は2021年にもまだ克服はできておらず、緊急事態宣言が解除されてもまん延防止等重点措置が課され、様々な行動制限が求められました。それらが文化芸術に関する行動比率に影響を与えたと考えられます。加えて、コロナ禍により大きく経済活動が損なわれた結果、各世帯の収入、あるいは消費支出に大きなダメージが生じました。今後、文化芸術に関する活動が順調に回復していくためには、そういった背景要素にも着目が必要でしょう。