2022年12月16日
文化庁 地域文化創生本部 研究官 橋本紀子
「数字で見る文化芸術活動」では、前回、令和3年度「文化に関する世論調査」の結果から、2021年の私たちの文化芸術活動についてみました。
コロナ禍により、2020年は、2019年までに比べ私たちが文化芸術と関わる機会は大きく減少しました。そして、2021年の直接鑑賞や文化体験の度合いは、2020年の水準よりは多少回復したものの、コロナ前には大きく及びませんでした。間接鑑賞の度合いも、その落ち込みを埋め合わせるほどの水準ではありませんでした。コロナ禍による文化芸術に対するダメージは、まだまだ回復途上です。
さて、今回は少し視点を変えて、大人ではなく子供の文化芸術活動に関わる調査結果を、次の観点から見ていきましょう。
・回答者と同居している小中高校生はどのような文化芸術活動を行ったでしょうか。
・大人は、子供と文化芸術活動についてどのように考えているのでしょうか。
・子供時代に習い事をしたことは、その後の文化芸術活動に影響するのでしょうか。
なお、下記に掲載する調査結果の詳細は文化庁のHPから閲覧いただけます。
○2021年の子供の文化芸術活動を、2019年(コロナ前)、2020年(コロナ禍)と比較
「文化に関する世論調査」では、毎年回答者に対し、「あなたと同居しているお子さんの中で最も下の年齢のお子さん」はこの 1 年間に、どのような文化芸術を直接鑑賞(テレビ、ラジオ、CD・DVD、インターネット配信等での視聴を除く鑑賞)をしましたか、あるいは、どのような文化芸術に関わる活動をしましたか、と問うています(いずれも複数回答)。その2021年の結果を、2020年、2019年と比較して見てみましょう。
なお、この「お子さん」は小学生、中学生、高校生に限定しています。その結果、回答者数は2021年が2,702人(20,006人中)、2020年が270人(3,000人中)、2019年が280人(3,000人中)でした。
*2020年、2019年は未就学児も対象としていました。このため、以下の、条件に合わせて集計し直した数値を用いたため、それぞれの年の報告書の数値とは異なっています。
○子供も、2021年の文化芸術の直接鑑賞や文化体験の行動比率は、2020年と同じく、2019年に比べ落ち込んだ状態が続く
まずは、(先に説明した条件の)子供が、1年間にどのような直接鑑賞を行ったか、見てみましょう(複数回答)。コロナ前(2019年)、コロナ禍1年目(2020年)と2021年では回答者数が大きく異なるので、比率で比較することにします。
図1から、前回見た大人の行動と同じく、ほとんどの項目でコロナ前(2019年)に比べ2020年の鑑賞率が大きく落ち込んだこと、2021年の鑑賞率は2020年を上回ることはほとんどなく、ほぼ同水準で、中には下落していることもあったことがわかります。
*「鑑賞したものはない」を含むすべての項目で、2021年の鑑賞率が、誤差の範囲を超え有意に2020年を上回ったのは「ポップス、歌謡曲、民族音楽など」のみで、有意に下回ったのは「アニメーション映画」のみでした。
このため、「鑑賞したものはない」の比率は2020年と同様に高く、45.6%と過半数近くの子供が2021年に直接鑑賞を何もしていませんでした。

図1 子供が、2021年に行った文化芸術の直接鑑賞
では、文化体験についてはどうでしょうか(図2)。こちらも、ほとんどの項目で2021年の水準は、コロナ前と比較して伸び悩むかまたは落ち込んだままでした。とりわけ「地域の伝統的な芸能や祭りへの参加」は、2019年が16.1%に対し、2020年は4.1%、2021年は2.4%と大きく落ち込んでいます。
*2020年と2021年の参加率の違いは誤差の範囲内にあり、有意ではありません。
その結果、「特に行ったことはない」は2019年が48.2%と約半数であったのが、2020年は61.9%、2021年は77.8%といずれも前年に対して有意にその比率が上がりました。

図2 子供が、2021年に行った文化体験
○子供にとって重要な文化芸術活動について「学校での鑑賞体験」と答えた大人が多い。
ところで、大人は子供の文化芸術活動についてどのように考えているのでしょうか。令和3年度調査では他の設問が増えたことから問うていませんが、令和2年度まで、全回答者への設問として、「あなたは、子供の文化芸術体験について、何が重要だと思いますか(複数回答)」、「子供の文化芸術体験について、あなたが期待する効果は何ですか(複数回答)」の2つについて聞いています。回答結果を見てみましょう。
図3より、2019年、2020年ともに、約7割の回答者(全体から「特にない・わからない」と回答した比率を差し引いた)が、何らかの文化芸術体験が子供にとって重要だと考えています。中でも、両年ともに「学校における公演や展示などの鑑賞体験を充実させる」の回答率が高く、2019年35.4%、2020年38.8%と3分の1以上の人が学校における公演や展示について重要と考えていることがわかります。
また他の8つの選択肢、たとえば、学校における創作や体験、歴史的な施設についての学習機会、地域との密接な連携などについても、いずれも2割強から3割の回答者が重要と考えています。

図3 大人が考える、子供の文化芸術体験で重要なこと
○文化芸術活動による子供への効果は「創造性等が高まること」と回答した大人が多い。
では、大人は子供が文化芸術を体験することにより、どのような効果があると考えているのでしょう(図4)。
最も期待されている効果は、両年とも過半数の人が期待した「創造性や工夫をする力が高まる」でした。続いて、4割超の人が「美しさなどへの感性が育まれる」や「日本の文化を知り、国や地域に対する愛着を持つ」を、3割強の人が「コミュニケーション能力が高まる」「他国の人々や文化への関心が高まる」「他者の気持ちを理解したり思いやったりするようになる」と期待していました。「特にない・わからない」の回答は2割前後のみであり、多くの人が、子供が文化芸術に親しむことにより何らかの効果があると期待していると考えることができます。

図4 大人が期待する、子供の文化芸術体験の効果
○「子供の頃に習い事をしていたか」の状況は。-女性の方が男性より比率が高い。
これらのことから、多くの大人は子供の文化芸術活動に意義を見出していると見ることができそうです。今後は、子供の時の文化芸術活動が実際に何らかの効果をもたらしているかどうか、たとえば、子供のときに直接鑑賞や文化体験を行った(あるいは、行っていない)人がその後、大人になってからどのように文化芸術と関わったかについての追跡調査なども行っていくべきかもしれません。
「文化に関する世論調査」では直接そういったデータを収集していませんが、令和3年度調査では全回答者に対して、「あなたは、子供の頃に習い事をされていましたか」と聞いていますので、その回答と大人になってからの直接鑑賞体験がどのように関連しているか、見てみましょう。
回答の選択肢は9つあり(複数回答)、20,006人の回答状況は表1のとおりです。「ピアノ・バイオリン等の楽器」「茶道・華道・書道等の生活文化」「学習塾・そろばん等」「水泳・体操・野球等のスポーツ」「していない」の比率が大きくなっています。また、「スポーツ」「していない」のみで男性の比率が女性を上回っています。
表1 子供の頃にした習い事

文化芸術に関わる習い事のうち比率の高い項目に着目し、「ピアノ・バイオリン等の楽器」「茶道・華道・書道等の生活文化」と、習い事を「していない」について、より詳細に見てみましょう。男性、女性それぞれについて、さらに年代別に比率を見てみると(図5)、「楽器」や「生活文化」ではどの年代でも女性の比率が高いのですが、「楽器」では70代の比率は低い一方、その他の世代(60代以下、1953年以降に生まれた人)では世代による差はあまり見られません。他方、「生活文化」は高齢層でも習い事をした人の比率は高い一方、若年層(10-30代、1983年以降に生まれた人)では比率が低くなっていることが観察されます。

ピアノ等の楽器 茶道等の生活文化 していない
図5 男女別、年代別の子どもの頃の習い事
○子供の頃の習い事経験があると、大人になった時の直接鑑賞率が高い。
では、2021年に直接鑑賞を行ったかどうかと、子供の頃に習い事をしていたかは関係があるでしょうか。
習い事の回答ごとに見た、Q6で何らかの直接鑑賞を行ったと回答した比率は次のとおりです。回答者全体では何らかの直接鑑賞をした率は39.7%でしたが、子供の頃に何れかの習い事経験がある人の直接鑑賞をした率は全てそれより高く、一方、習い事経験がないと回答した人の直接鑑賞をした率のみは回答者全体の比率39.7%より低いという結果になりました。
習い事の経験ごとに見た、直接鑑賞をしたと回答した比率 | |||
---|---|---|---|
ピアノ・バイオリン等の楽器 | 48.80% | 学習塾・そろばん等 | 44.46% |
コーラス・声楽 | 61.08% | 水泳・体操・野球等のスポーツ | 48.88% |
ダンス | 63.23% | その他 | 42.05% |
茶道・華道・書道等の生活文化 | 46.52% | していない | 28.32% |
絵画・彫刻、陶芸・工芸 | 53.39% |
○子供の頃の習い事経験があると、大人になった時の文化芸術活動の行動比率が高い。
同様に、習い事の回答ごとにQ9で何らかの文化芸術活動を実践と回答した比率を見てみましょう。回答者全体では何らかの文化体験をした率は10.0%で、直接鑑賞ほどの差はありませんが、習い事をしていなかった人の文化体験をした比率は5.38%で一番低く、唯一、10.0%を下回っていました。
習い事の経験ごとに見た、文化芸術活動の実践をしたと回答した比率 | |||
---|---|---|---|
ピアノ・バイオリン等の楽器 | 14.16% | 学習塾・そろばん等 | 10.41% |
コーラス・声楽 | 36.23% | 水泳・体操・野球等のスポーツ | 11.94% |
ダンス | 32.96% | その他 | 10.87% |
茶道・華道・書道等の生活文化 | 12.37% | していない | 5.38% |
絵画・彫刻、陶芸・工芸 | 21.93% |
それでは、ある習い事をしていた人はどのような直接鑑賞を行ったのでしょうか。また、その習い事をしていなかった人と行動比率に違いはあったでしょうか。表2に子供の頃に「ピアノ・バイオリン等の楽器」および「茶道・華道・書道等の生活文化」の習い事をしていたかどうかと、2021年1年間に行った直接鑑賞の行動比率をまとめてみました。
この結果から、習い事をしていた人の行動比率はしていなかった人よりも高く*、子供の頃の習い事の有無が大人になってからの文化芸術の直接鑑賞行動に影響を与えている可能性が高いことがわかります。
*ただし、「楽器」を習っていた場合の「地域の伝統的な芸能や踊り」、「生活文化」での「日本舞踊」と「アニメーション」での差は有意ではなく、その差は誤算の範囲であった。
表2 子供の頃の習い事の有無と、2021年に行った直接鑑賞

*は習い事をしていた人としていなかった人の行動比率が有意水準5%で異なることを、
**は有意水準1%で異なることを示しています。
同様の方法で文化体験の行動比率を比較した場合、直接鑑賞ほど明確な違いは出ませんでしたが、たとえば楽器の習い事をしていた人はしていない人に比べ、高度に有意に音楽に関する創作や演奏、習い事を行っていました。また、総じて音楽祭等の開催のための支援活動を行っている人の比率は非常に低いのですが、楽器の習い事をしていた人はしていない人に比べ、高度に有意に支援しているなど、子供の頃の習い事が現在にもつながる形で影響しているのが見られました。
○まとめ
―子供時代の文化芸術体験は、大人になった時の文化芸術に関する行動等に、プラス方向への影響を与える。―
このように見てくると、総じて子供の時の習い事は、現在の文化芸術に関する鑑賞行動、体験活動さらには支援活動にもプラス方向への影響を与えていることがわかります。
子供の頃の習い事を、「子供時代の体験」「子供時代に何らかの形で文化芸術に親しむこと」と広げて考えると、子供時代の各家庭での鑑賞や文化体験、さらには図3でも指摘されている学校等での鑑賞や文化体験が重要であることがわかります。
そのことは、文化庁がおこなっているアートキャラバン(さまざまな地域への、とりわけ若い世代への、質の高い文化芸術体験を供与できるようする仕組み)や、「子供たちの伝統文化の体験事業」「伝統文化親子教室事業」といった制度、補助が重要であることを示しています。