資料3 第3回企画調査会

世界文化遺産特別委員会における調査・審議の結果について

平成19年1月23日
文化審議会
文化財分科会
世界文化遺産特別委員会

はじめに

 世界文化遺産特別委員会(委員長・藤本 強國學院大学教授。以下、「本委員会」という。)は、顕著な普遍的価値を持つ可能性が高く、世界遺産一覧表に記載されることが適当と思われる文化資産で、我が国の世界文化遺産の暫定一覧表に追加記載すべきものの選定をはじめ、世界遺産条約の実施に関して必要とされる様々な事項について調査審議を行うために、平成18年9月15日の文化審議会文化財分科会において設置された(別紙1)。
 本委員会は、これまで計5回にわたって開催され、主として当面の課題である我が国の世界遺産暫定一覧表に追加記載すべき文化資産の選定について調査・審議を行った。その間、文化庁が世界遺産暫定一覧表の充実について地方公共団体から提案を受け付け、それらの内容について本委員会としての調査・審議を行った。その結果、現時点において、我が国の世界遺産暫定一覧表への追加記載が適当とされるものと、さらに継続して本委員会が調査・審議すべきものとに整理し、本委員会の意見を次のとおりまとめたので報告する。

1.世界遺産暫定一覧表を取り巻く現状

 ユネスコ世界遺産一覧表への文化遺産の記載は、我が国の貴重な文化財の価値が国際的に評価されることを意味するとともに、登録を目指す過程で地域における総合的な文化財保護の取組が格段に充実するという点において、大きな意義を持つ。本委員会では、この点を深く認識し、以下に掲げるような世界遺産を取り巻く国内外の現状を踏まえつつ、世界遺産の候補となる文化資産を我が国の世界遺産暫定一覧表に追加記載し、その充実を図ることが喫緊の課題となっていることについて共通の認識を得た。

(1)世界遺産暫定一覧表の定義

ア. 平成16年に「世界遺産条約履行のための作業指針」(以下、「作業指針」という。)が改訂され、世界遺産一覧表への資産の登録推薦に先立って各締約国が作成し、世界遺産委員会に提出すべき世界遺産暫定一覧表の性質が明確化された。それによると、各締約国が顕著な普遍的価値を持つ可能性が高いと考え、世界遺産一覧表へ登録推薦する意思のある資産について、当該国の世界遺産暫定一覧表に記載し、世界遺産委員会に周知することにより、他の締約国及び関係諮問機関等が同種の資産間における比較研究の母胎として活用すべきことが明記された。
イ. 世界遺産一覧表へ資産を登録推薦する場合には、通常、推薦に先立って少なくとも1年前までに世界遺産暫定一覧表を提出することとされている。また、少なくとも10年ごとにその再審査と再提出を行うことも同時に求められている(「作業指針」第65節)。
ウ. 世界遺産暫定一覧表への文化資産の記載に当たっては、文化資産の直接の保存管理担当者、地方公共団体など、広範囲にわたる関係者の参加が呼びかけられている(「作業指針」第64節)。したがって、我が国の世界遺産暫定一覧表に文化資産を追加記載する場合には、これらの関係者をも含め、地域における合意形成を踏まえた新たな手法を導入することが必要となっている。

(2)世界遺産委員会における文化遺産の登録に関する傾向

ア. 最近の世界遺産委員会では、世界遺産の登録総数に制限はない(「作業指針」第58節)とする一方、世界遺産一覧表を管理可能な規模とするために、各年における新規の登録遺産数を極力抑制する施策が採られている。平成18年の第30回世界遺産委員会における登録審査から暫定的に適用された方針によると、(1)1締約国からの登録推薦書の提出は年間2件(1件は自然遺産)までとすること、(2)登録資産を持たない締約国からの推薦資産を優先させること、(3)全く代表されていないか、比較的代表されていない分野における資産登録を優先させることなど、新規に資産の登録を推薦する場合の厳しい条件が定められた。このような傾向は今後さらに拡大する可能性があり、これに伴って登録の審査は一層厳しさを増すことが予想される。
イ. 最近の文化資産の登録審査に当たっては、単体として顕著な普遍的価値を持つもののみならず、一群の構成資産が相互に関連性・連続性を持ち、総体として独特の文化を表しているようなものをも含め、資産の内容・構成が多様化する傾向にある。日本の世界文化遺産についても、「古都京都の文化財」(平成6年登録)、「古都奈良の文化財」(平成10年登録)、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」(平成11年登録)などは、それぞれの主題の下に一群の建造物群や遺跡が一つの遺産を構成する形式を取っていた。さらに「紀伊山地の霊場と参詣道」(平成16年登録)では、広域にわたる山岳・森林景観とも融合しつつ、神道・仏教・修験道の下に複数の霊場が参詣道によって結ばれ、構成資産の相互の関連性・連続性がより明確化された。このように、一つの主題の下に複数の構成資産を組み立てる手法は、文化と文化資産を総体として捉える上で有効であり、今後、世界遺産暫定一覧表への文化資産の追加記載を進める上でも十分考慮すべき手法であると考えられる。
ウ. 平成6年に世界遺産委員会が採択した「世界遺産一覧表における不均衡の是正及び代表性・信頼性の確保のためのグローバル・ストラテジー」(以下、「グローバル・ストラテジー」という。別紙2の別添2を参照のこと。)においては、登録遺産数に見られる地域的不均衡をはじめ、資産が属する時代の不均衡(歴史時代の資産と先史時代又は20世紀の時代の資産との間にある数的不均衡など)、遺産の種別間に見られる不均衡などが指摘され、それらの是正のために、特に(1)人類の科学技術の発展を示す産業遺産、(2)新しい時代の遺産である20世紀の建築、(3)人類と自然との共生を示す文化的景観などの遺産について比較研究が進みつつあることが報告された。
エ. 各国の世界遺産暫定一覧表については、現在、183ヶ国の締約国のうち154ヶ国が提出しており、その中でもアメリカ合衆国(72件)、中国(58件)、イタリア(41件)、フランス(37件)、メキシコ(37件)、エジプト(30件)、フィリピン(28件)など、多くの資産を追加記載している締約国がある一方、我が国をはじめノルウェー、オーストラリア、ニュージーランドなど、5件以下の記載数にとどまる締約国がある。また、イタリア、アメリカ合衆国などにおいては、既に地方政府等による提案に基づき、審査を経て資産を暫定一覧表に追加記載する方法を採用している。

(3)国内における世界文化遺産の登録推薦に係る情勢

ア. 平成13年には、我が国の世界遺産暫定一覧表に3件の文化資産が追加記載されたが、これらのうち「紀伊山地の霊場と参詣道」が平成16年に世界遺産一覧表に記載されたのをはじめ、「石見銀山遺跡とその文化的景観」については平成18年1月4日に、「平泉-浄土思想に関連する文化的景観」については平成18年12月26日に、それぞれ登録推薦書の提出を完了した。すなわち、我が国の世界遺産暫定一覧表に残された4件の文化資産のうち、2件の文化資産については既に登録推薦書を提出しているという現状を踏まえ、世界遺産暫定一覧表に新たに文化資産を追加記載することについて、検討を開始すべき時期に来ているものと考えられる。
イ. 上記の3件の事例においては、世界遺産一覧表への登録推薦の作業を積極的に進める過程で、構成資産の史跡等への新指定又は追加指定を最大限に行い、保護範囲の拡大を図るとともに、文化資産の全体を視野に入れた包括的な保存管理計画を策定し、複数の関係地方公共団体間での連携の取れた運営体制を促進するなど、当該地域における文化財保護施策の飛躍的な前進が見られた。このような成果を活かし、世界遺産の保護と関連させつつ、文化財保護に関する広範な取組を進めることが重要な課題となっている。
ウ. 全国各地において、自薦・他薦に係る多くの文化資産が世界遺産の候補として名乗りを上げており、それらに対する正当な評価と適切な保存管理に関する考え方を示すことが必要となっている。また、上記の候補地を含め、地域に固有の歴史・文化を発見し、その物証として一定の地域に群として存在する文化財を総体として捉え、その周辺環境も含め一体の保全措置を講ずることは、地方における文化財行政上の重要な課題となっている。

2.調査・審議の目的と手法

 本委員会は、以上に整理した現状を踏まえ、当面の目的として以下の3つの項目に基づき、我が国の世界遺産暫定一覧表に追加記載すべき文化資産に関する調査・審議を行った。

(1)審査の手続き及び基準の明確化

世界遺産一覧表への文化資産の記載を展望し、我が国の世界遺産暫定一覧表への文化資産の追加記載を行うにあたり、審査の客観性及び透明性を確保するため、審査の手続き及び基準を体系的に示すこととした(別紙2)。

(2)地方公共団体が作成した提案書に基づく調査・審議

 先述のとおり、「作業指針」においては、地方公共団体をはじめ広範囲にわたる関係者の参加の下に暫定一覧表の作成を行うことが推奨されていることから、我が国の世界遺産暫定一覧表に追加記載することが適当と考える文化資産について地方公共団体からの提案を募り、本委員会が定めた審査基準に基づく調査・審議を経て、当該文化資産を我が国の世界遺産暫定一覧表に追加記載することができる新たな手法を導入した。

(3)調査・審議の対象とする文化資産の態様

 世界遺産一覧表への登録推薦の母胎となる文化資産として、国内における文化財の総合的な保護を推進する観点から、種別を越えた一群の国指定文化財を中心に、地域に独特の歴史・文化の様相を総体として示し、以て日本の歴史・文化の重要な一端を担っていると判断できるような連続性のあるものを対象とすることを原則とした。

3.地方公共団体からの提案に対する調査・審議

 文化庁は、別紙2に示す審査手続きに基づき、平成18年11月30日を日限として、各地方公共団体から我が国の暫定一覧表に追加記載すべき文化資産の提案を受け付け、本委員会は、審査基準に基づき厳正なる調査・審議を行った。また、平成19年度においても文化庁が新たな文化資産の提案を地方公共団体から公募することとし、本委員会はそれらの調査・審議を行うこととした。今後の調査・審議の予定については、後述するとおりである。  今回、提案のあった文化資産は24件を数え(別紙3)、本委員会は、その中から現時点において我が国の世界遺産暫定一覧表に記載すべき文化資産として4件を選定し、それ以外の20件については、暫定一覧表への追加記載に関する調査・審議をさらに継続することが適当との結果をまとめた(別紙4、5)。

(1)暫定一覧表への追加記載が適当とされた文化資産

 このたびの調査・審議において、我が国の世界遺産暫定一覧表に追加記載することが適当とされた4件の文化資産は、いずれも現時点において顕著な普遍的価値を持つ可能性が高く、審査基準を充足していると考えられるものである。
 ただし、これらの4件についても、今回の提案書に示された内容では、世界遺産としての資産構成等の観点から十分ではなく、さらに改善を必要とする。この点は、これまで世界遺産暫定一覧表に追加記載した文化資産についても、世界遺産一覧表への登録推薦に至る過程で、構成資産の保護状況をさらに完全なものとすべく様々な追加措置を講じてきたことと同様である。したがって、今回選定した4件についても、今後、世界遺産一覧表への登録推薦を進める過程においては、以下に示す点に十分留意し、資産構成等に関する改善・充実に努めることが必要である。

ア. 国内外の同種資産との比較研究を行い、本資産が持つ顕著な普遍的価値を確実に証明すること。
イ. 資産全体の完全性を満たすために、構成資産に過不足がないか否か再確認すること。
ウ. 個別の構成資産について、重要文化財及び史跡等への指定又は追加指定、重要文化的景観又は重要伝統的建造物群保存地区への選定又は追加選定を行い、確実な保護措置を講ずること。
エ. 資産の全体を対象とする包括的保存管理計画を定め、一体的な保全を図るべき周辺環境の範囲及びその保全手法、開発・観光等の側面から将来的に想定される資産への負の影響の防止対策、適切な公開・活用等の方針、保存管理体制の在り方について示すこと。
オ. 包括的保存管理計画の下に、個別の文化財について保存管理計画(史跡等の保存管理計画、重要文化財の保存活用計画、重要文化的景観又は重要伝統的建造物群保存地区の保存計画)を策定し又は再整理すること。

 なお、個別の文化資産に関する審査結果については、別紙4に示すとおりである。

(2)継続審議とすることが適当とされた文化資産に関する課題等

 今回提案のあった文化資産のうち、世界遺産暫定一覧表への追加記載が適当とされた4件を除き、その他の20件については、さらに審議を尽くすために継続審議とする。今後、それぞれの資産について主題及び構成の熟度を高めていくためには、課題として以下に示す点を念頭において調査・審議を進めていくことが必要である。また、提案の各地方公共団体においても、これらの課題を踏まえて、主題及び構成について引き続き検討していくことが必要である。

ア. 提案書において、資産の全体像を説明する上で基本となる主題又は考え方が明確化され、それに基づき、資産の範囲及び網羅すべき諸要素等に過不足がないか。
  • 資産の真実性に関しては、形態・意匠、材料・材質、位置・環境のみならず、用途・機能、精神・感性、技術の継承及び担い手の育成などの観点から総合的に判断することが必要である。
  • 資産の完全性に関しては、資産の主題が拡散することのないよう留意するとともに、代表的な構成資産の選択に努めつつ、それらの相互の関連性及び連続性をも十分尊重して資産構成とすべき諸要素を特定することが必要である。
  • 不明点又は不足事項が認められるものについては、提案した地方公共団体において再検討及び提案書の内容変更を要する。
イ. 世界的な観点から、提案資産の位置付けをどのように評価するのか。
 
  • 国内外の視点から比較研究を行い、提案資産が持つ顕著な普遍的価値の可能性について検討することが必要である。
  • (1)縄文文化の諸相を表す考古学的遺跡、(2)近世文化を背景に発展した城郭・城下町・街道・宿場町などの都市及び集落関連の資産、(3)宗教・信仰に関係する山岳・島嶼及び巡礼道・参詣道等の資産、(4)近代の重鉱工業に関する資産など、主題が共通する複数の資産については、相互の比較又は統合に関する議論を通じて、世界的な観点からの位置付けを明確化することが必要である。
  • 提案した各地方公共団体においても、上記の調査研究及び検討を行う必要がある。
ウ. 構成資産が多様で数多に及ぶものについては、それらの規模・性質に応じて十分な保護措置を行う準備があるか。
 
  • 国宝又は重要文化財、特別史跡名勝天然記念物又は史跡名勝天然記念物への指定及び重要文化的景観又は重要伝統的建造物群保存地区への選定等を進める上での手順を簡潔に整理し、示すことが必要である。
  • 包括的保存管理計画の策定のみならず、個別の文化財に関する保存管理計画の策定に関し、今後の方針・方向性・手順等を簡潔に整理して示すことが必要である。
エ. 既登録の文化遺産との統合又は再整理が可能であるか。
 
  • 新規の登録遺産数を抑制しようとの最近の世界遺産委員会の傾向に鑑み、既登録の文化遺産との統合又は再整理の視点を十分視野に入れ、資産構成について検討することも必要である。

 なお、各提案資産の個別課題については、別紙5に示すとおりである。

おわりに

 本委員会は、これまでの議論及びその過程で明らかとなった課題等を踏まえ、平成19年2月以降においても、世界遺産の保護に関する事項について調査・審議を継続することとする。その中で、今回、継続審議が適当とされた提案について調査・審議を継続するとともに、新たに提案を受け付け、調査・審議を行うこととする。
 なお、今後の調査・審議の過程では、既に世界遺産一覧表に記載された文化遺産への構成資産の追加の在り方についても検討の対象とする。

4.本委員会における今後の調査・審議の予定

 今回の提案書の募集に当たっては、地方公共団体の意思及び複数の地方公共団体間の合意形成を前提として、種別を越えた一群の国指定文化財を中心に、地域に独特の歴史・文化の様相を総体として示し、以て日本の歴史・文化の重要な一端を担っていると判断できるような連続性のある文化資産を対象とした。これに応募のあった文化資産の総数は計24件と数多に及び、こうした多様な文化資産の捉え方及び包括的な保護の在り方が、今や各地で注目されつつあることを示している。
 さらに、提案資産の中には、都道府県の境界を越えてまとめられたもの又はその可能性を秘めているものなども複数存在し、今後、一連の文化資産として保護すべきものの範囲が拡大しつつあることを示している。
 本委員会は、今回の提案資産に見られるこれらの先進的傾向に注目しつつ、各地において同様の取組を推進することが重要であると認識し、今後、世界遺産の分野のみならず、日本の総合的な文化財保護の在り方を検討する上でも十分考慮すべきものであると考える。
 また、暫定一覧表に文化資産を追加記載し、さらに世界遺産一覧表への登録推薦に向けて努力を重ねていく過程は、日本の文化と文化資産をどのように捉え、それを世界に向けてどのように発信していくかについて、議論を集約する過程に他ならない。したがって、こうした議論の集約を確実に行うことが、その後の遺産の望ましい保存と活用を進める上で極めて重要な鍵となることを強調したい。
 本委員会は、世界遺産暫定一覧表への資産の追加記載の作業を通じて、以上のような新たな視点からの文化資産の保護が前進することを切に願うものであり、各地域においては、このたびの取組の趣旨をより着実に発展させるべく、不断の努力が期待される。審査の結果、我が国の世界遺産暫定一覧表に追加記載することが適当とされたもののみならず、継続的に審議することが適当とされたものも含め、提案のあったものはすべて日本の歴史・文化を理解する上で欠くことのできない文化資産である。したがって、各資産が所在する地域においては、地域住民・行政等の関係機関を含め広く国民が各資産の価値を共有し、その保護の施策を確実に進めるとともに、まちづくりや地域づくりに総合的に活かしていく視点が重要である。本委員会においても、これらのすべての案件について引き続き経過観察及び検証を行い、必要に応じてそれらの保護に関する助言を適切に行っていくこととしたい。
 また、既に世界遺産一覧表に記載されている文化遺産についても、現在の保存管理状況を正確に把握し、それらの将来的な方向性について議論を進めるべき時期に来ている。この点においても、今後、本委員会が果たすべき役割は大きいものと考える。

別紙1 文化審議会文化財分科会世界文化遺産特別委員会の委員名簿
別紙2 世界遺産暫定一覧表追加記載のための手続き及び審査基準
別添1 世界遺産一覧表に文化資産を登録する場合の評価基準
別添2 「グローバル・ストラテジー」について
別紙3 世界遺産暫定一覧表に追加記載の提案があった文化資産の一覧
別紙4 世界遺産暫定一覧表に追加記載することが適当とされた文化資産
別紙5 継続審議とすることが適当とされた文化資産
参考資料 世界遺産について
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