文化庁主催 コンテンツ流通促進シンポジウム「著作物の流通・契約システムに関する研究会」の成果報告
コンテンツビジネスの未来は輝いているか?

2004年6月28日 国立オリンピック記念青少年総合センター(カルチャー棟大ホール)
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特別講演
浜野 保樹 (はまの やすき)
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授

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撮影:小池 良幸
ID:HJPI320100000590
現在、コンテンツ産業で議論されているのは、周辺まで含めて議論しようよということです。著作権で守られた産業、コンテンツビジネスとかコンテンツインダストリーを「C」とします。その周辺に著作権では守られてない広い部分の文化資源を使った、それからまた文化資源をさらに生み出していく産業として料理とかファッションとか観光みたいなものがあります。

実は私の肩書の中で一番好きなのは、社団法人日本料理研究会顧問という肩書です。料亭や旅館などの料理人さん達の会の顧問なんです。日本料理のレシピというのは著作権で守られないわけです。現在、アメリカに高級日本料理店というのは7,000店ぐらいあって、年間20%ぐらい伸びているとのことです。そういった著作権では守られていないものの、文化資源にかかわる産業がある。これをガルブレイスの言葉を使ってエンジョイメント産業を「E」とします。ガルブレイスが言う充実感に基づく産業として、仮にエンジョイメント産業と呼ぶことにします。CとEを足したものを、クリエイティブ産業と呼ぼうと思います。

カーネギーメロン大学のフロリダという教授も2002年にクリエイティブ産業を提案していますが、それとの整合性も高いと思います。彼がクリエイティブ産業の観点からアメリカの雇用を調べています。これまで第一次産業、第二次産業、第三次産業というクラーク先生の分け方がありましたが、フロリダ先生はそうじゃなくて、マニファクチャリング(製造)、サービス、クリエイティブという3つの分け方で産業構造を再分析して、アメリカではそこから4,000万人以上の雇用がこのクリエイティブ産業から生まれていて、他の産業の給料の1.5倍から2倍クリエイティブ産業の人は得ているというデータを2002年に発表して話題になりました。『The Rise of the Creative Class』という本です。

この先生は都市計画の先生ですので、クリエイティブな都市のランキングを出したり、クリエイティブな都市の規定要因とかを出しています。ゲイの人の多さが、その街がオープンであるかということを示しているとか、おもしろいデータが出ています。コンテンツ産業の周辺にはさらに大きな産業があるということです。

イギリスは前からクリエイティブ産業に注目をし、農業予算を2%削って、その予算をクリエイティブ産業育成につぎ込みました。その結果2001年にはクリエイティブ産業で195万人の雇用を生み出すことができました。

これまでは著作権で守られたものしか目がいかなかったわけですが、著作権で守られない文化資源の産業にも非常に豊かなものがあるということにぜひご注目いただきたいと思います。

日本は科学技術立国を標榜していますが、科学技術は言語に依存しないグローバル性がありますから、どの国でもそれにとりかかるチャンスを持っています。日本がかつてヨーロッパやアメリカを追いあげ科学技術で肩を並べたように、ほかの国が日本と肩を並べて追い抜くことがないとは言えないわけです。しかし、文化というのは、その文化圏にいる人は誰もが持って誰もが奪えないものです。ですから、私は文化資源こそが最大の経済資源だと思っています。文化的なフレームワークを変えられてしまえば人々は違う行為を行わざるを得ないわけです。

日本が占領されていたときに大豆の配給の決定権を持っていたのが、GHQのアップルトン博士です。彼女は大豆を牛の飼料に優先的に配分し、醤油にあげなかった。そのため醤油会社の代表が、アップルトン女史に会いに行って、日本文化の非常に味の大事な部分だからぜひ大豆を醤油に回してほしいと嘆願しましたところ、彼女はこう言ったと伝えられています。「日本人の味の好みぐらい変えられる」と。その後、パン食中心の学校給食が始まり、醤油味の料理はあまり出ませんでした。そういったことで1500くらいの醤油工場がつぶれました。私は味の好みを変えられてしまった人間です。彼女の言ったとおり、日本の食文化って変わってしまったわけです。

一旦文化のフレームワークが変わると、全部変わらざるを得ない。彼女は国益のためにやったのでしょうが、文化は産業を根本から変えるように働くわけです。

そういったコンテンツとか文化を担うというのは機械でもなければ何でもなくて、人しかいない。アメリカの労働統計局の発表では、映画産業ではここ10年弱で雇用が倍近くふえています。これに対応するために、南カリフォルニア大学のフィルムスクールは、10年ほど前には1,000人弱しか生徒をかかえていなかったのに、50%ぐらいここ10年でふやした。コロンビア大学のフィルムスクールでもやはり1.5倍に人々をふやしています。

東大でもやっと今年の秋からコンテンツ関連の教育を先行的に開始し、数年後には正式な学科にしたいと計画しています。アメリカには既に、映像のことが学べる大学が400校くらいあり、博士課程のある大学が37校もあります。それなのに、今ごろ日本ではやっと始まったばかりです。研究者としては非常に恥ずかしいとばかりです。アメリカでは雇用増に対応して大学もどんどん改変を重ねていろいろなことをやっています。

それで、労働統計局では今後成長が望める産業だけを抜き出して雇用の増加の比率を出した結果、大体平均16%の増加を見ています。コンテンツの領域はすごく伸びて、今後8年間、31%の増加が期待できるそうです。これにはモバイルコンテンツなどは入っていないのですが、それでもこれぐらいの数がふえると予想しています。

アメリカがこれだけ強いというのは、世界的に見て一人勝ちしているということがあります。アメリカのグローバルコンテンツといったものが、世界の市場を席巻しています。表現の多様性を維持し、今後一層、文化の多様性を守っていかななければならないといわれているときに、実際に起こっていることはアメリカの一人勝ちです。音楽の国際流通もアメリカが中心とする流通にほぼ制覇されてしまい、そういったグローバルメディアによってどんどん収斂していく形になっています。
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