法隆寺金堂壁画
写真原板

重要文化財

法隆寺金堂壁画写真
ガラス原板

重要文化財

文化財写真の意義を今日に問う
~昭和10年法隆寺金堂壁画撮影

昭和9年(1934)、文部省法隆寺国宝保存事業部による法隆寺の修理事業(昭和の大修理)が開始されると、翌年から金堂外陣壁画12面の撮影が着手されました。東アジア仏教美術の至宝と評価された壁画の保存は、明治からの古社寺保存行政の大きな課題でありつづけました。そのため、まずは現状の正確な記録をとることとしたのです。
撮影は巨大な壁画を微視的かつ客観的に記録するために、全紙判ネガ(縦557㎜、横455㎜)を使用した原寸大撮影分割としました。写真のようにカメラを上下左右に平行移動できる装置を壁画前に設営し、大壁で42分割,小壁で24分割撮影を行いました。撮影の技術主任は京都・便利堂の佐藤浜次郎。壁には微細な凹凸が無数にあり、ピント合わせに多大な時間を要するなど、昭和10年(1935)8月1日から開始された撮影が終了したのは10月半ばのことでした。この優れた文化財写真は現在に至るまで壁画の保存・活用に大きな役割を果たすことになります。

金堂壁画撮影の様子(第2号壁)

写真の記録性の価値
~全紙判ガラス原板による原寸大分割撮影ネガ363枚

写真はこの時に撮影されたガラス原板(ネガ)の1枚で、阿弥陀浄土図(第6号壁)の主尊阿弥陀如来像である。画像は壁画と同寸で撮影されたため、ネガは最も大きな全紙判が用いられました。当時、これらのガラス乾板ネガは国内で調達できなかったため、英国・イルフォード社製のものを使用しましたが、発注時に同社から「注文数を間違えているのではないか」と確認があったという逸話は、本撮影事業の空前絶後の規模を物語ります。
仏の肉身に用いられる的確な鉄線描(針金のような太さ一定の線)に画家の技術の高さを窺うことができるほか、着衣の衣褶(衣のひだ・しわ)をあらわす凹凸技法の様子や、螺髪中に渦巻形の髪の線描が確認できることなど、緻密な描写の記録に成功しました。
昭和24年(1949)1月26日朝に発生した金堂火災で壁画は焼損し、写真の阿弥陀如来の面相は壁画の損傷で失われてしまいました。この不慮の事件により、本ガラス原板に記録される情報の価値が増してしまったのです。

ガラス原板(ネガ画像、阿弥陀如来像面相部、第6号壁)

スマホ画面から壁画にズームイン
~高精細デジタル化の可能性の提示

平成27年(2015)、昭和10年撮影の法隆寺金堂壁画の写真原板2件が重要文化財に指定されました。このことをひとつの契機として、所有者や関係者により、原板の保存・活用の取組が推進されました。
保存については、原板1枚ごとにクリーニングと機密性の高い保存容器の作製を中心とする保存修理事業(国庫補助事業)が所有者により実施されました。原板は、修理事業後、奈良国立博物館に寄託され、保存に万全が期されています。
活用については、法隆寺・奈良国立博物館・国立情報学研究所により、原板の高精細画像デジタル化とインターネット上の公開が行われました(「法隆寺金堂壁画写真ガラス原板デジタルビューア」)。画像の容量は大壁で300億画素、小壁で170億画素を超える大きなもので、PCやスマホで壁画の細部の描写を味わうことができます。あまりにも手軽で、海外からのアクセスも多いといいます。高精細デジタル化とインターネット上の公開は、写真の活用の可能性を示しつつ、昭和10年撮影の文化財写真の意義を明らかにします。

法隆寺金堂壁画デジタルビューアの画像(第1号壁部分)

文化財情報

  • 名称 法隆寺金堂壁画写真ガラス原板 363枚/法隆寺金堂壁画写真原板 83枚
  • 種別 重要文化財(美術工芸品(歴史資料))
  • 指定年月日 平成27年9月4日
  • 所在地 奈良県/京都府

参考リンク