荻外荘は、昭和2年(1927)に大正天皇の侍医頭であった入澤達吉の別邸として建てられ、昭和12年(1927)に近衛文麿が譲り受けて、その住まいとなりました。
昭和15年(1940)の第二次近衛内閣組閣の際には、この家が組閣本部となり、連日報道されました。昭和16年(1941)には、日米開戦前に開戦に関する重要な会議がここで行われました。終戦後、近衛はここで亡くなります。昭和前期の政治史を物語る史跡です。
近衛文麿は荻外荘に大臣就任予定者を呼び、組閣を行いました。上の写真は、左から近衛文麿次期首相、松岡洋右次期外相、吉田善吾海相、東條英機次期陸相が、客間で会談している場面をとらえています。
戦後、荻窪会談が行われた客間を含む棟は移築されましたが、平成26年(2014)に荻外荘が杉並区の所有となってから復元が進められ、客間も元の位置に戻されることとなりました。
復元は令和6年(2024)に完了し、現在は一般公開されています。復元に当たっては、建築を手がけた伊東忠太による意匠や、当時の室内の調度品が、専門家や職人の手により丁寧に再現されました。