荻外荘(近衛文麿旧宅)

史跡

昭和前期に内閣総理大臣を三度務めた近衞文麿の旧宅

荻外荘は、昭和2年(1927)に大正天皇の侍医頭であった入澤達吉の別邸として建てられ、昭和12年(1927)に近衛文麿が譲り受けて、その住まいとなりました。
昭和15年(1940)の第二次近衛内閣組閣の際には、この家が組閣本部となり、連日報道されました。昭和16年(1941)には、日米開戦前に開戦に関する重要な会議がここで行われました。終戦後、近衛はここで亡くなります。昭和前期の政治史を物語る史跡です。

荻窪会談の様子。(昭和15年(1940)7月19日)出典:杉並区教育委員会

政治の舞台となった客間

近衛文麿は荻外荘に大臣就任予定者を呼び、組閣を行いました。上の写真は、左から近衛文麿次期首相、松岡洋右次期外相、吉田善吾海相、東條英機次期陸相が、客間で会談している場面をとらえています。

荻窪会談が行われた客間の再現出典:杉並区教育委員会

令和に再現された歴史舞台

戦後、荻窪会談が行われた客間を含む棟は移築されましたが、平成26年(2014)に荻外荘が杉並区の所有となってから復元が進められ、客間も元の位置に戻されることとなりました。
復元は令和6年(2024)に完了し、現在は一般公開されています。復元に当たっては、建築を手がけた伊東忠太による意匠や、当時の室内の調度品が、専門家や職人の手により丁寧に再現されました。

文化財情報

  • 名称 荻外荘(近衞文麿旧宅)
  • 種別 史跡
  • 指定年月日 平成28年3月1日
  • 所在地 東京都杉並区

参考リンク