旧志免鉱業所竪坑櫓の保存修理

旧志免鉱業所竪坑櫓の保存修理

重要文化財
福岡県糟屋郡志免町
建築年:昭和18年(1943)5月10日
構造:鉄筋コンクリート造

極度に劣化した鉄筋コンクリート造建物の補修

竪坑櫓は海軍省が計画し戦時下に竣工した鉄筋コンクリート造打ち放しの建物で、高さ48mの石炭巻揚げのための炭鉱施設です。竣工から大規模な修理を受けないまま75年が経過し、各所でかぶりコンクリート(内部の鉄筋を覆っている表面のコンクリート)が剥落し、内部の鉄筋が露出するほど激しい破損状態でした。そのためコンクリートの劣化部は補修材で充填し、腐食が進行した鉄筋は切断して新しい鉄筋を溶接して取替える必要がありました。一方で鉄筋の取替を行うには、鉄筋に接している健全なコンクリートも削り落とさなければならず、この削り取る量が増えれば建物崩壊の危険性も考えられました。そこで健全なコアコンクリート(鉄筋より内側のコンクリート)の削り落としを最小限にすることを優先し、柱・梁の面ごとの主筋(材軸方向の太い鉄筋)の断面積の合計で20%までの断面欠損を許容し、それを超える欠損がある場合に取替を行うという本建物独自の基準を設定しました。そこには、現状で建物が持っている構造的な安定性を極力保持するという意図もありました。これにより、安全に配慮し、かつオリジナルの鉄筋コンクリートをより多く残した補修を行うことができました。

修理前の破損状況
修理前の破損状況
腐食した鉄筋の取替が完了
腐食した鉄筋の取替が完了
鉄筋コンクリート柱の補修イメージの図
鉄筋コンクリート柱の補修イメージ

耐久性と見た目の違和感との折り合い

竪坑櫓の既存躯体コンクリートは施工ムラが大きく、かぶり厚さについても現代工法の基準の40㎜に満たない箇所が多くありました。そうした箇所では鉄筋を保護するコンクリートが薄いため鉄筋の腐食が進んでおり、補修が必要な状態に達しているものがほとんどでした。補修する際に現状を踏襲してかぶりが薄いままに修復することは可能ですが、短期間で再劣化につながる恐れがありました。一方で文化財の価値を維持する観点から、既存コンクリートは極力いまと同じ状態で保存し、かつ補修部の外観の変化は最小限でなければなりません。長く残していくために耐久性を持たせながら、見た目の違和感を最小限にすることを考慮し、できる限り補修部位のかぶり厚さを薄くすることを考えました。使用する補修材料の性質に合わせて劣化の速度を計算し、撥水効果のある表面保護塗料を採用することで早期の再劣化を予防しながら、耐久性50年を今回の目標に、雨掛かりか否かの条件も加味して、かぶり厚さを圧入工法10㎜(雨掛かり部で18㎜)、左官工法6㎜(雨掛かり部で14㎜)と決定しました。

表面のコンクリートの剥落
表面のコンクリートの剥落
かぶり厚を増した補修
かぶり厚を増した補修

当時の歴史を伝える痕跡を残す

今回の志免竪坑櫓の修理工事中には、修理と並行して当時の施工技術に対する調査も行いました。そのなかで、梁の調査において、写真に見るようなZ字型に折れ曲がった打ち重ね目(コンクリート打設の継ぎ目)が見つかりました。当時の技術書では梁の打ち重ね目は垂直とすることが指示されているにもかかわらず、木造の継手のようにも見える本建物の梁の打ち重ね目は特徴的です。コンクリートポンプ車がまだ存在せず、コンクリートの材料分離による施工不良等も今より起きやすかった当時、それを構造上の弱点としないよう施工方法の工夫で克服しようと試みた結果のようにも見受けられます。こうした既存コンクリートの施工時の痕跡・施工ムラや、操業時の機械の痕跡には、当時の状況を示す歴史的な価値があると考え、現時点で浮き等の劣化がない、もしくは今後深刻な劣化が進行する恐れのない限りは、後の資料となるよう現状のまま残す方針としました。

梁のコンクリート打ち重ね目
梁のコンクリート打ち重ね目
作成:公益財団法人 文化財建造物保存技術協会
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