新田体育館は、日野自動車工業健康保険組合によって従業員の福利厚生のために建てられた。鉄骨造(体育館に立体トラスを使用)、平屋建(一部2階建)、延床面積1,588㎡の建築で、バスケットボールコート一面と観客席の小規模な体育館とクラブ棟(更衣室・シャワー室・浴室・研修室・娯楽などに使用する和室)がある。設計は木曽三岳奥村設計所、施工は竹中工務店により、1983(昭和58)年10月に竣工している。
設計者の奥村昭雄は、1928(昭和3)年東京都で生まれ、東京美術学校建築学科を卒業し、吉村順三設計事務所勤務後、木曽三岳奥村設計所代表、OM研究所所長、東京芸術大学教授・名誉教授を務め、OMソーラーの考案者としても知られる。OMソーラーは奥村のOとマルモ中村住宅のMから名づけられ、その後奥村氏の希望からOは「おもしろい」Mは「もったいない」に変更された。OMソーラーシステムの原型は1979(昭和54)年に試みられた空気集熱式ソーラーシステムで、その後約8年奥村氏と仲間の建築家や研究者が実験研究を繰り返し、1987(昭和62)年にシステムが生まれている。新田体育館はその研究過程で建設され、OMソーラーシステムの考えが設計に盛り込まれている例である。
北北西の空っ風(赤城おろし)を防ぐ防風壁のように体育館を配置し、東南を低層のクラブ棟で囲み、陽だまりの中庭を設けた構成は、設計者の「クライマティックデザインー建物は外界と応答しているー」というコンセプトを具現化したものである。屋根集熱面は風速の影響を受けるため、棟部に設けた整風フラップ板により南側の集熱面がゆるやかな逆流域になるように計画された断面や、東西壁の下部トラスを利用して日射遮熱の庇を付け室内温度の上昇を抑える工夫や、天井面などの室内温度を下げるために北面に二段の高窓を設ける手法など、一貫したコンセプトで全体をまとめあげ、奥村氏の設計理念の展開を考察するうえで重要な作品であり、構造躯体をそのまま現しながら空間としてデザインしている点は意匠性に優れた作品である。
体育館では、できるだけ軽微な設備によって室温を調整する試みから、パッシブソーラーシステムを導入している。通常は午後5時から9時頃が中心となる使用時間の特性から、蓄熱・放熱による時間の遅れを利用して、室温を昼間は15℃、夜間の使用時間帯は10℃前後を目標に建築的工夫を凝らしている。蓄熱のためには南面からの日射を床に蓄えるダイレクトゲインが最も単純で効率が良いが、アリーナの床面に直接光があたることは好ましくなく、また木質床では熱容量が小さいため、南面に設けた観覧席とその下の器具庫と通路を蓄熱体に利用し、不足する分は屋根面集熱空気を立下りダクトでアリーナの床下土間コンクリートに蓄熱させ、木質床を通して徐々に放熱させる手法を採用している。また夏の屋根面の排熱のために、棟頂部に設置した排熱ダンパーに新素材の形状記憶合金(チタン・ニッケル系合金)を用いるとともに、動的解析にコンピュータを初めて使用している。このように新しい材料やその後の設計に取り入れられるようになる温熱環境設計のシミュレーション・プログラムを開発するなどの技術の発展を例示する作品でもある。(林 美幸)