群馬県024

美喜仁桐生文化会館(桐生市市民文化会館)

  • 1997年竣工
  • 設計/建築:株式会社坂倉建築研究所、構造:松井源吾+O.R.S事務所、設備;株式会社総合設備計画、音響:東京大学生産技術研究所、 舞台:株式会社C.B.C.メソッド
  • 施工/建築:株式会社熊谷組、設備空調:新菱冷熱工業株式会社、電気:日本電設工業株式会社、外構工事:株式会社熊谷組、新菱冷熱工業株式会社、日本電設工業株式会社、桐生建設株式会社、坂本建設株式会社、株式会社小川建設、桐生水道株式会社、星野管工株式会社、株式会社渡良瀬電気工業所、三興電気株式会社、下山園芸有限会社、株式会社久保造園
  • 構造形式/鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造、鉄骨造 地下1階・地上4階・塔屋2階 アスファルト外断熱防水・ステンレスシート厚0.4・溶接防水工法
  • 用途/文化施設
  • 所在地/群馬県桐生市織姫町

桐生市市民文化会館は、市民文化活動の中心施設であった旧桐生産業文化会館(略称:産文)の老朽化に伴い、桐生市の掲げる未来像「ハイテクとファッションのまち桐生」の実現にむけた街づくり構想に呼応するものとして計画された。大ホール(シルクホール)、小ホール、レセプションホール(スカイホール)、国際会議場などからなり、多目的な使用が可能となる市民のための公共建築である。丹下健三や磯崎新といった著名建築家も参加した指名コンペの結果、坂倉建築研究所が設計を受注した。鉄筋コンクリート造(一部鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄骨造)、地下1階、地上4階、塔屋2階の建築、熊谷組の施工によって1997(平成9)年に竣工した。十分な広さを持たず、道路を挟んで二分されている敷地の特性に合わせ、建物機能を積層化して集中させ、もう一方の敷地を二層の駐車場としている。
「桐生が絹織物から発展したことを象徴している」とされる繭形の大天井が、外見上の最大の特徴である。この大天井は、短辺方向約50m、長辺方向約90mの規模で、会館4階部分を下から支える形で造られ、地上からは「繭」に、遠望からは浮遊する階に見えるように意図されている。繭形の先端を支える6本の柱と4階外周の柱にはFR鋼を用い、軽やかに見えるように計画されている。薄い皿状の繭形の大天井は宇宙工学権威である三浦公亮東大名誉教授(1930-)によって考案された特殊な三次元曲線で構成され、仕上げのアルミパネルのパターンはイギリスの科学者ペンローズ博士(1931ー)が発見した「ダートとカイト」を援用し、鼓型のパターンを加えてアレンジしたものである。この形状を実現するために、等高線状に下地を組み、ステンレス板を総張りした三次曲面のベースパネルを造るという新しい化粧パネル工法が開発された。繭形大天井断面は、人工土壌、特殊排水層、耐根シートを使用することによって構造材への負荷を減らし、片持ち梁を櫛形に配置して薄い先端部を支えるなど、鉄骨構造部でも工夫を加えている。このように、特徴的デザインの繭型大天井を浮遊して見えるようにするため最先端の技術や素材を駆使し、独特の曲面形状や仕上げのパターンを用いるなどの工夫を凝らしており、当該建築は意匠性及び技術性において高く評価できる。
上層部である繭型天井上部の4階には、スカイホール、国際会議場等を配置し、ガラス越しの屋外は芝生の屋上庭園となっていて、赤城山や市域が見渡せる。他方、低層部にはエントランスホールであるアトリウム、シルクホールと小ホールなどがある。アトリウムは、短辺約12m、長辺約36mの規模で、屋根は張弦梁構造を採用し、階段状のガラス屋根を用いて3階まで吹抜けさせている。シースルーエレベーターは繭形大天井と4階を貫通している。シルクホールには、新たに開発した「音響シェルター」と名付けられた昇降式音響反射板を設置し、クラッシック音楽専用舞台以外にも用いることができる昇降式二重舞台としている。また、演目ごとに適正な残響時間を得るために昇降式の「残響可変タペストリー」を設置し、地場産織物を表面化粧材として用いるなど、ここにも技術的なこだわりが垣間見える。屏風型壁面は、ラスター釉磁器タイル張りながらも、中世日本の陣羽織の「寄せ裂文」を用いて、絹織物的な感触を表現し、後方の吸音壁も磁器タイル模様張りの意匠を連続させることによって「絹織物の町」桐生をデザインに組み込んでいる。千鳥配置とされた客席も、絹の裂地を地元で新製作するなど、桐生の地域性を充分意識した建築になっている。小ホールは市民文化活動の発表の場として計画され、迫り昇降装置によりフラットフロアーから段床、椅子配置などで多目的に用いることができるようになっている。また、床には旧産文の舞台床材(桧無垢材)を再利用し、記憶を引き継ぐことを企図している。アトリウムやホワイエの壁面、芝庭などには、織物の町らしく布や糸を使いアートワークを飾っているが、コーディネーターは桐生市出身の山崎稔(1954-)東京工芸大学助教授(当時)で「未来からの要請」をテーマに、内外の10作家13作品のアートワークを選定した。 (板川多惠子)