群馬県026

別邸 仙寿庵

  • 1997年竣工
  • 設計/建築:羽深隆雄・栴工房設計事務所 構造:織本匠構造設計研究所
  • 施工/建築:前田建設工業北関東支店 左官:西沢工業
  • 構造形式/木造、鉄筋コンクリート造、鉄骨造 地下1階 地上3階 (鉄板葺、ポリカーボネート)
  • 用途/商業・事務所建築
  • 所在地/群馬県利根郡みなかみ町谷川

「別邸 仙寿庵」は谷川岳南麓にあり、みなかみ町のほぼ中央、水上駅の北西に位置し、谷川岳を借景に谷川の渓流沿いに佇むプライベート空間を擁する旅館である。「旅館たにがわ」の創業者久保富雄が、世界的建築家・羽深隆雄氏の代表作「四季彩一力」に魅せられ、設計を依頼した。規模は敷地面積25,463.62㎡、建築面積2,493.92㎡、延床面積3,335.11㎡、構造は鉄筋コンクリート造、地下1階、地上3階。谷川岳を北西に、北から東へ折れ曲がる谷川を背にしている。配置は東に駐車場、北に仙寿庵、南にガーデンテラス、南西にある庭園を北へ進むと、周囲の木々に囲まれた読書ルーム、更に奥へ進むと谷川に面したステンレス貼り外観のプライベートサウナがある。平面は玄関、フロントを抜けると全面ガラスのロビーとラウンジ、高さ8mの曲面ガラスの廊下がある。ロビー脇の組子障子の入口から入ると個室の食事処、廊下の中央付近に浴室、廊下を通り過ぎると客室が枝分かれしている。曲面ガラスの廊下の奥に個室の食事処・乍茶屋がある。客室は全室から谷川岳の大自然が展望でき、全室源泉かけ流しの露天風呂付きとなっている。全室露天風呂付きは国内初であった。2000(平成12)年に羽深氏の設計で食事処・乍茶屋を増築している。2020(令和2)年にドライサウナがリニューアルされている。また2024(令和6)年に売店、大浴場、客室等の改修が行われている。
玄関、ロビー、ラウンジは一体空間となっており、玄関式台には縦糸横糸にステンレスを用いた編み畳、ステンレスの畳織が7畳敷かれている。ラウンジの内外壁はスサ入りの京土壁になっている。曲面ガラスの廊下は、高さが約8m、厚さ12㎜のDPG工法の強化ガラスを使用、解放感に溢れ、自然の中を歩いているような空間を作り出している。壁面は漆喰、金銀箔、京土壁鏝模様と櫛引や和紙絵、裂地で職人の手業が光るデザインで仕上げている。川原信子氏の描いたカリグラフィーアートも華を添えている。川原氏は、広島を拠点に活躍するアーティストで、インテリアデザインやプロダクトデザインを制作、伝統工芸品とコラボレーションした作品も手掛けている。また谷川岳に対して各客室を雁行させることで独立性の高い、露天風呂の眺望とプライバシーに配慮した配置となっている。館内は、夜になると幻想的にライトアップされる。食事処入口には組子障子、江戸墨流しの手法を取り入れた天井や漆喰と京土壁など、匠の技による様々なデザインが施されている。
羽深隆雄氏は、新潟県上越市(旧高田市)で製材所と材木屋を経営する羽深昇の長男として生まれた。幼少の頃から父親に連れられて山に入り、木を伐採する現場を数多く回って歩いた体験から、羽深氏が創る建築はそれまでに培ってきた感性を表現している。使用する材料は木をベースに土、紙、鉄など和の素材を使用し、壁や建具は技巧を凝らしている。日本の伝統的な建築手法・素材を、館内各所に取り入れている。羽深氏の主な作品は、1994(平成6)年「四季彩一力」、1990(平成11)年「貴祥庵」、2005(平成17)年「大和の湯」、2006(平成18)年「銀座久兵衛 別館」である。群馬県内では1990(平成2)年に研修宿泊施設のアイチコーポレーション アイチテクノプラザ(現みなかみ町)、1997(平成9)年に「別邸 仙寿庵」を設計している。
敷地は行き止まりの立地で、その先へ通り抜ける道はなく、完全プライベートになっており、谷川岳の大自然の眺望を館内の至るところに取り入れた建物構成で宿泊客が静かに自然を満喫できる。建物内外の左官工事は地元高崎市の西沢工業で、担当者は海老沼和夫、南雲賢一。西沢工業は「温故知新」をテーマに伝統ある左官文化に新技術を取り入れ、次世代に継承している。南雲賢一氏は建築当初より壁の修理を手掛けている。館内の壁面は地元群馬の土を使用し、土壁の中にはワラ・スサ・部分的に鉄錆のチップが入っており、職人の高度な技術により、様々な鏝模様が描かれている。
別邸 仙寿庵は、「旅行業界のアカデミー賞」とも称される権威のある賞、"World Luxury Hotel Awards"を2016・2017・2018・2019・2023と受賞している。また世界的権威を誇る会員組織の「ルレ・エ・シャトー」に加盟する上質な旅館である。接客に対し社員を尊重し、働くことの喜びを感じさせ、丁寧なもてなしは、訪れた人、そこで働く人、両者の満足感を高めている。国内初の全室露天風呂付きの施設は、建設当時、先進的であった。和風モダン建築デザインとし、床はステンレスを用いた編み畳、壁は左官の技術を多用し、天井は江戸墨流しの和紙、組子障子の建具に至る細部まで手を抜かずデザインされている。現代では銘木を使いこなせる建築家や大工が少なくなっている中で、職人たちの技を活かし、お客様の喜びのために尽くせるだけの贅を尽くした建物であり、客室・露天風呂や個室の食事処は、同じ部屋は二つと無い。現代建築と伝統技術の融合した建築であり、後世に伝えていきたい職人の手業を凝らした唯一無二の建物として評価できる。(森田万己子)