■概要
本物件は沖縄県における戦後のコンクリート造住宅の普及に大きな影響を与えた外人住宅(米式住宅とも呼ばれる)が55戸建ち並ぶ建築群である。1950年代末から、在沖米軍人軍属家族向けに、民間資本によって建てられた基地外の賃貸住宅が「外人住宅」である。1970年までに沖縄本島各地に12,000戸あまりの外人住宅が建設されたが、その後、基地外住宅の需要が激減すると、外人住宅のほとんどは一般に賃貸されたり売却されたりした。本物件の建物も当初は住宅として賃貸されていたが、1990年頃から近隣小学校の学童や個性的なカフェや雑貨店が入居したことを皮切りに、2009年、本建物群を所有する不動産会社により「港川ステイツサイドタウン」としてプロデュースされ、商業スペースとして賑わいを見せている。
■建物の特徴
国道58号線に繋がる北側道路から枝状に伸びる10本の路地に沿って55戸の外人住宅が並ぶ。2009年当時は61戸を数えたが、6戸は解体されて駐車場となっている。路地は直線で見通しが良く、各戸に庭があり、敷地を囲う境界塀が低い為、開けた印象を受ける。建物構造は基地内の住宅に準拠しており、補強コンクリートブロック壁式構造の平屋建てで、薄いコンクリートスラブのフラット屋根が長方形平面の外周に延び、水平ラインが強調された独特のデザインを構成している。間取りは2LDK・3LDKの 2タイプがあり、土足で直接入るリビングルーム、モザイクタイル張りのバスタブとトイレが一体化したバスルーム、キッチンに隣接する家事室など、当時としては珍しい間取りや設備がみられる。こうした建設当初の間取りと形状は、賃貸契約による制限のために、改築されずにそのまま残っている物件が多い。軒先や雨戸・木製ガラス戸などの塗装はカラフルに塗り替えられているが、建物群に個性を与え、このエリアの魅力につながっている。港川ステイツサイドタウン一帯が不動産会社による一括管理の為、改修保全方法が統一されており、全体としての統一感が保たれている。
■評価
1940年代末の大型台風による甚大な建物被害と朝鮮戦争への機運を背景に、沖縄における基地の恒久化が1949年の米議会で決定されたが、これを受けて基地施設の建設にコンクリートが使用され始め、基地外の外人住宅にもコンクリートが使用された。沖縄のRC造建築技術は、このような米軍基地施設や基地外外人住宅の建設に従事した地元の技術者を通じて発展した。外人住宅は、台風に強い構造を採用しつつ、気候にあわせてコンクリートブロック壁式造からRCフレーム造コンクリートブロック帳壁へと改良を加えながら発展してきた沖縄のRC造建築技術の源流であり、戦後沖縄を象徴する建築類型として重要である。また、本建築群は沖縄県で多数建てられた外人住宅のなかでも、初期のものである。1960年頃の米軍人軍属の住宅としての間取りや設備から暮らしの一端を知ることが出来る。県内にはまだ外人住宅が数多く残っているが、本物件はエリア全体が一体的に管理され、建設当初の建物をよく残している。
■現在の活用状況
2010年代から観光ガイドブックやテレビなどで取り上げられはじめたこともあり、現在は県民だけでなく国内外の観光客にも人気があり賑わっている。外人住宅特有の外観デザインに加え、外履きでの利用のしやすさや、単純な間取りによる部屋用途の使い分けのし易さから、テナントの満足度が高い。第一種中高層住宅地域に位置すること、床面積が100㎡を超えないので用途変更の確認申請が不要であることが、店舗利用を後押ししている。また、これまでに6戸が老朽化のため解体されたが、こうしてできた適度な空地は駐車場となり、来客にとっての利便性が増す結果となっている。なお、以前から住宅として借りている借家人はそのまま住んでおり、こうした住戸が10数戸ある。