■概要
美榮は、1958年に那覇美栄橋町で創業された琉球料理の老舗である。1960年に現在地に移転し、店舗兼住宅として建てられたのが現在の建物である。創業者古波藏登美(こはぐらとみ)は、琉球料理研究会に所属して琉球料理の研究を続け、その成果を伝えていく実践の場として美榮を開業した。琉球料理研究会は、最後の琉球国王尚泰の四男、尚順男爵に所縁のあるメンバーで構成されていた。
■特徴
那覇市中心部の一角に位置する木造二階建ての建物である。敷地は高層ビル群に囲まれているものの、周囲を一部土塀で囲み、入口は料亭に相応しい瀟洒な門構えで、庭には黒木、寒緋桜、クロトンなどの植栽を配して趣のある佇まいを見せる。アプローチの前庭と住宅部の前庭を除いて、建物は敷地境界に近接して建つ。赤瓦葺きの寄棟屋根に下見板張りの外壁で構成されたL型平面の建物だが、Lの内側は平屋となっており、したがって2階のL型寄棟屋根と1階のL型寄棟屋根が並行した複雑な形状となっている。1階は、玄関から廊下を挟んで左手側に客間があり、右手側に客間、調理室、住居が配置される。玄関に隣接する階段をあがった2階は、廊下を挟んで左側に客間が3室、右手側に客間が1室ある。内部仕上げは、床は1階部が板張り、2階部が畳敷き、壁は漆喰仕上げ、天井は客間が料亭や数寄屋建築で多く見られる舟底竿縁天井となっている。内部意匠は数寄屋を基調としながら、現代的で洋風なディテールが床の間や窓の形状などに配されている。
■評価
戦前の那覇の都市景観を指す言葉として「ニケーヤー」という呼称があった。銀行や興業所などの近代建築と併せて大門前通りの商業街や辻遊郭(チージ)などでは、赤瓦葺き木造2階建ての商業建築が建ち並び、地方と大きく異なる景観をみせていた。戦後も、那覇市中心部の小規模旅館・宿舎、飲食店などはニケーヤーで建てられたが、近年の都市再開発によって、この時代の都市型建築の典型であるニケーヤー建築は急速に失われつつある。こうしたなかで、美榮は、かつての那覇の景観を想起させる建物のひとつである。また、二重のL型屋根によって構成される独特の外観と沖縄と和風の建築が融合した内部意匠は、ニケーヤー建築のなかでも特に意匠性に優れている。また、美榮では、琉球漆器や壺屋焼で料理が供され、室内は沖縄の染織品や民具等の工芸品や沖縄を題材に描かれた絵画でしつらえている。登美と毎日新聞社の論説委員も務めた兄の古波藏保好の民藝運動についての造詣が反映されており、琉球料理文化を包括的に伝承する場となっている。
■現状
2016年から沖縄美ら島財団が設立した琉球食文化研究所が事業を引き継いでいる。琉球食文化研究所は、美榮の建物や漆器、焼き物などの工芸品の管理とともに、登美の残した料理レシピの記録保存など、琉球料理の継承と研究の拠点として運営されている。