沖縄県014

国立沖縄戦没者墓苑

  • 1979年竣工
  • 設計/谷口吉郎建築設計事務所
  • 施工/鹿島建設株式会社
  • 構造形式/石造、鉄筋コンクリート造 地上1階
  • 用途/文化施設
  • 所在地/沖縄県糸満市摩文仁

■概要
沖縄県戦没者苑は、沖縄戦終焉の地である糸満市摩文仁の県営平和公園南側にある「摩文仁の丘」の中央に位置している。本墓苑は、沖縄県で戦没した人々を永く追悼するために1979年(昭和54年)2月25日に国立の墓苑として創建された。鉄筋コンクリート造及び石造で、敷地面積8,528㎡、建築面積210,77㎥(内訳:参拝所110㎡、納骨堂141,69㎡)である。設計者は、千鳥ヶ淵戦没者墓苑など数多くの記念碑を手掛けてきた谷口吉郎である。設置管理者は、厚生労働省社会・援護局、施工者は鹿島建設である。

■建物の特徴
正面から見る建物は、太平洋の海と沖縄の空を背景として切り取るような整然とした祈祷空間となっている。建築計画は、北西方向を軸に参拝所・石棺・納骨堂から構成されている。参拝所は6m四方の45度に振られた4本の柱に沖縄伝統の赤瓦を採用した方形屋根、前方吹き抜け土間、側方は格子壁で閉じられており正面の石棺および納骨堂と向き合う構成となっている。墓苑の中心となる石棺は、黒御影石(福島県産)である。その後方の納骨堂は、千個の沖縄産の琉球トラバーチン石を古来の工法で積み上げられている。

■評価
建築が根源的に持つ葬礼の象徴性が顕著に表現されている。千鳥ヶ淵戦没者墓苑が豊かな緑に囲まれた清浄な空間であることとは対照的に、正面から見る沖縄戦没者墓苑は、高い空と海の水平線が広がる岬の先端を静謐で澄み切った祈りの空間となっている。参拝所は村々の霊域に設けられた祭祀用建物「神アシャギ」を想起させ、石棺は王家の陵墓である「玉陵」に着想を得たとされており、沖縄の祭礼空間が意識された意匠であることが読み取れる。悲惨な戦争により犠牲になった人々の御霊が安らかに眠る場所として、設計者が目指した風土や伝統の調和と真摯な祈りの対象として「形」の持つ力や空間の象徴性が結実した建築である。墓苑は、谷口が最晩年に図面を引いた計画で、1979年2月1日に竣工した。谷口吉郎は工事を見届けるかのようにその翌日死去している。

■現状
築後46年、海に接した過酷な環境に位置するが、ひび割れ一つなく良好である。6月23日の沖縄慰霊の日を中心に参拝者は絶えない。