■概要
宮古島市総合博物館は、平良市街地から東方の大野越山林の西端に立地する。深緑の丘陵を背に、宮古島市熱帯植物園と隣接して建ち、西に広がる平坦でのどかなサトウキビ畑の景色を望む。建物の設計は宮古島出身の建築家 洲鎌朝夫(1943-2008)による。民俗、歴史、自然科学、美術工芸の4部門の常設展示室と企画展示空間からなる当博物館は、1988年3月に着工し同年11月に竣工した。2005年の5市町村合併に伴い、平良市総合博物館から宮古島市総合博物館へと名称が変更された。
■建物の特徴
当建物は、地上1階地下1階の鉄筋コンクリート造である。平屋の建物が丘陵の稜線に沿って直線的に配置され、大野越の樹林に迫り出している。道に沿った長い簡素な石積みの塀越しに、小ぶりな赤瓦の方形屋根をふたつ載せた、彫りの深い平面形状をした建物がみえる。石積み塀に長い一枚岩をのせた中央のゲートをくぐるとエントランスにいたるが、その両側のファサードは、階段状に重ねられたコンクリート平板で構成されており、平板と平板の間には色鮮やかな琉球ガラスが嵌め込まれている。建物中央のホールを企画展示空間とし、左右に4部門の展示室を配置する。中央ホールのドーム天井には、島在住の画家数人が宮古人の気概や情熱を表現した「渦流」と題するフレスコ画が描かれ、それを中心とした同心円状に円柱が配されている。
■評価
島の丘陵に沿って伸びやかに配置された建物、青い空に突き出した赤瓦の屋根、長い簡素な琉球石灰岩の石塀とそれに絡む島胡椒の蔓、芭蕉や月桃などの島固有の植物群を植えた前庭が集落の風情を醸し出している。階段状のコンクリート平板は、古き時代に宮古を統治した首長を祀る国指定重要文化財「豊見親墓」をモチーフに計画され、石積み塀にのせた一枚岩のゲートは、狩俣集落に残る市指定史跡「四島の主の墓」の正面門を想起させる。
洲鎌朝夫は沖縄本島で多くの作品を残しているが、当建物の設計において、現代建築における表層的な琉球懐古の建築表現に距離を置き、島の環境や敷地条件に馴染み、島の歩んできた歴史を含めて、郷里の宮古島で「風儀ある建築」のあり方を示そうとした。洲鎌朝夫の多数の建築作品の中でも重要な位置を占める建物である。
■現状
宮古島市総合博物館は、例年多くの市民や観光客が訪れ、宮古島を体系的に学習する場となっている。趣向を凝らした企画展は島に因んだテーマで定期的に更新され、宮古島の文化活動と情報発信の拠点としての役割を担っている。一方で、年月が経ち収蔵庫が手狭になっている。また、コンクリート打放しの外壁の傷みは顕著で、塗装などメンテナンスを施す必要がある。