■概要
浦添市美術館は、市中央部にある浦添カルチャーパーク西側一角の起伏に富んだ小高い丘に建つ。浦添市が、本土へ渡っていた琉球漆器の名品約180点を沖縄に集めて昭和58年に開催した「琉球漆器の美展 ― 帰ってきた琉球漆器の精華」が県民の大きな反響を呼んで漆芸美術館建設の機運が高まり、当時の比嘉昇市長が掲げた「文化都市構想」のもとに計画された当建物は、内井昭蔵の設計により、16世紀から現代までの優れた琉球漆器および周辺諸国の漆芸品の収蔵・展示・研究の拠点として、平成元年に竣工した。翌年2月に開館した当館は、日本初の漆芸専門美術館、そして沖縄県初の公立美術館であり、初代館長は宮城篤正(元沖縄県立芸術大学学長)が務め、平成4年に石川県輪島漆芸美術館と友好提携を結んでいる。
パーク内には、内井昭蔵設計の浦添市立図書館や、浦添市てだこホールなどの文化施設があり、市民文化の拠点地域である。平成元年に全建賞、平成8年に第5回公共建築賞(優秀賞)を受賞している。平成27年には建築時より成長した周りの木々に囲まれた佇まいから「杜の美術館」として浦添八景に選定された。
■建物の特徴
正八角形の2重屋根に半球形のドーム屋根を載せた11の塔が林立する外観が目を引く。塔内部は重なり合う屋根の構造が現しの吹抜けとなっており、空間に求心性を与えている。中庭を囲むように分散配置され回廊でつながれた建物の外壁には、正方形に45度傾けた正方形を重ねた形状の特注炻器質タイルが深目地で貼られ、沖縄の強い日差しを受けて、建物に彫りの深い表情を与えている。45度傾けた正方形のモチーフは、室内サインやエントランスドア、手すりなどにも用いられ、視覚上のアクセントとなっている。平面には、正方形と正八角形の構成が多用される。
主な建物の屋根は銅板平葺、柱は化粧型枠によるコンクリート打放仕上げであり、外部階段や窓台・床などに沖縄本島南部産のトラバーチンが用いられている。壁面には西洋建築調の円形窓や円形アーチの造形が見られる。最も規模の大きなエントランスの屋根の支えには持ち送りとスクィンチアーチを用いる。エントランスホールから展示室まではブリッジで繋がり、中庭の窓沿いに作り付けのベンチが設置されている。
■評価
内井昭蔵は、当建物の設計におけるコンセプトを「珠玉の琉球漆器を天下にせしめる」こととしており、世田谷美術館で培った起伏のある地形への応答としての建物の分散配置と、蕗谷虹児記念館で初出した八角形の塔の表現をさらに高め、複数の塔を回廊で結ぶ回遊性の高い計画とした。また、彫りの深い外装を選んだ理由を「琉球漆器の黒漆の螺鈿の如く光と影が綾をなすように」としており、設計者自身に所縁のある正教会のイメージと、沖縄の地形・風土・琉球漆器とを、建築形態と装飾によって融合させた。当建物は、内井の唱えた「健康な建築」「塔と回廊」「建築と装飾」の要素を余すところなく取り入れ、特に「塔と回廊」のコンセプトが最も明確な形で表現されていることから、内井の設計手法の展開を示す上で重要な建物である。
■現状
建物に大きな改変歴はなく、什器や造作も建設当初のまま利用され、良好に維持されている。開館から令和6年末までに収集された収蔵品は漆芸作品を中心として2,700点を超え、総入館者数は260万人を超える。漆芸作品の常設展示のみならず、広く県外・海外の優れた美術品の企画展示、講座やイベント、グループ展の開催など、身近な美術館として市民の豊かな人間性と情操を育み、沖縄の文化芸術の発信拠点としてあり続けている。近隣施設との連携も図られ、市民の文化活動の拠点としてこれからも期待される。