■概要
平良市営馬場団地は、中心市街地に位置する宮古島市営の集合住宅団地である。築40年近く経った団地の建替え事業として、1988年にHOPE計画の一環として計画が開始され、1991年2月から1996年3月にかけて順次竣工した。建設戸数は従前の80戸から倍の160戸(最終的に177戸)が求められ、第一種低層住居専用地域内での高密度な配置となった。当初の2棟は沖縄県の標準タイプが採用されたが、その後の住棟は設計・監理をHOPE計画の策定委員も務めた伊志嶺敏子が担当している。建設は第1期(1991年2月)から第6期(1996年3月)まで、約10年かけて実施された。13号棟のみ別予算により1997年に竣工している。
■建物の特徴
壁式鉄筋コンクリート造(RC造)の地上3階(6棟)および4階(4棟)で構成された集合住宅である。階段室型住棟(3号棟から12号棟)は、各階4戸が中庭を囲んで配置された。配置計画は、従来の公営住宅に見られる南面平行配置から脱却し、主開口部を東西方向に振る配置が採用された。さらに平面計画に大きな特徴を持つ。住戸の入口にはポーチ(住戸外中間領域)と半戸外のエントランステラス(住戸側中間領域)という二段階の中間領域が確保されており、中庭を介して住戸が向かい合っている。住戸内部は、玄関という明確な空間がなく、テラスから直接リビングに入り、奥に行くほどプライベートな空間となる。また、当初の計画予定外であった13号棟では、ラーメン構造によって外廊下からペデストリアンデッキを経てアクセスすることにより中間領域を実現している。
■評価
伊志嶺敏子は、沖縄・宮古島の風土に根差した住空間のあり方について、建築、敷地から地域空間レベルまで拡張して捉えることを重視している。本団地の設計では、宮古島の気候風土を居住空間に翻訳し、コミュニティ形成に寄与することを試みている。沖縄県の公営住宅の標準設計として開発された南島型住宅プランの考え方を、さらに独創的に発展させた計画であり、伝統的な暮らしの知恵を近代的な低層高密度の公営住宅という現代的な形式に落とし込んだ、沖縄におけるリージョナリズム実践の象徴的なプロジェクトとして特筆される。
伊志嶺敏子は、台風や高湿度などの厳しい気候風土に対応した沖縄の伝統的な民家や集落から着想を得た「閉じつつ開く」というコンセプトや、「プライバシーのグラデーション」、「緩衝帯」といった手法を提唱しており、それらは当建物によく反映されている。このコンセプトは、東日本大震災後に、孤立を防ぐためのリビングアクセス型の集住空間モデルの検討にあたって、先駆的な事例として取り上げられた。また、当建物で試みたペデストリアンデッキからのアクセスによる中間領域の実現は、その後の沖縄県営平良団地、宮古島市営平良北市営住宅へと発展する空間構成モデルの端緒となった。
■現状
団地は、市営集合住宅として継続的に活用され、比較的良好に維持管理されている。半戸外テラスやポーチには居住者によるすだれ設置や花鉢による飾り立てなど、設計者が意図した生活の「表出」がみられ、テラス越しに向かいの住民どうしの近所づきあいもさかんである。