電力
発電所
P003

佐久発電所

  • Saku Power Station
  • 所在地/群馬県北橘町分郷八埼
  • 構造形式/水路式発電 最大出力78,200kW(利根機71,000kW、吾妻機7,200kW)/【利根機】綾戸ダム:重力式ダム、堤長118.636m、堤高14.452m/利根導水路:延長12,050.9m、吾妻導水路:延長3,580m/真壁ダム・調整池:堤高26m、有効貯水量700,000m3 /水圧鉄管 本管:長さ1,343.6m、内径4.3~4.6m/条管:長さ138m、内径2.7~3.0m/サージタンク:高さ75.2m(地上高81.4m)、内径12.5m
  • 事業者/関東水力電気株式会社(当時)
  • 着工/竣工年月/1925.9/1928.11(利根機1~3号機)、1939.3(吾妻機4号機)
  • 設計者/関東水力電気株式会社(当時)
  • 施工者/不明
  • 所有者/関東水力電気株式会社(当時)、1951年5月東京電力に移管
  • 受賞/文化財/-

建設経緯

佐久発電所は、1925(大正14)年に浅野財閥の関東水力により建設が開始され、1928(昭和3)年に完成した。建設時は東洋一の発電所といわれ首都圏などへの送電を行った。佐久発電所の特徴であるサージタンクは、日本初の差動式(ジョンソン差動型)のサージタンクであった。繭型のタンクを柱で支える独特の形状であり、当時世界一の高さ(H=83.45m)を誇った。このサージタンクは、鋼製のスタンドパイプを有するものであり、D.S.W.L(最低下降サージング水位)以下の水は、サージタンクの機能に関与しないことから、D.S.W.L以下のタンク径を本管と同じ径(約4.6m)とし、鋼材および水の重量を減らす経済的な設計がなされていた。

その後、水圧鉄管、サージタンクならびに水車などの主要設備の更新のため改修工事が行われた。改修工事は1985(昭和60)年から1988(昭和63)年に実施され、現在のサージタンク、水圧鉄管に改修された。本稿で取り上げるのは新しいサージタンクおよび鉄管路である。

施設概要

新サージタンクは、高さ75.2m、内径12.5mの制水口型のサージタンクである。改修設計にあたっては、スタンドパイプ式と自立式のサージタンクについてそれぞれ単動型、制水口型および差動型の場合の比較解析が行われ、比較検討の結果、自立式の制水口型が採用されるにいたった。

一方、水圧鉄管路は調整池から長さ約1,300m、勾配約1/25の本管1条で導水され、サージタンクを経て約140mの条管3条に分岐していた。旧水圧鉄管は、本管は内径4.572mで、上流部約300mは地中埋設の鉄筋コンクリート管、下流部約1,000mは鋲接の露出鉄管となっており、支持はリングガーダーのスライド支承となっていた。改修にあたっては、埋設鉄筋コンクリート管については目地部からの漏水が進んでいたため、既設の鉄管の内部に一回り小さな鋼管を挿入し、モルタルで充填する二重管構造が採用された。

また、改修工事全体については、発電所の停止時期を非かんがい期(10月~3月)に限定して3年間に分割実施することとされ、工期短縮のため、大型門構式クレーン(45t吊)を設置し、旧施設の撤去、新施設の据え付けが行われている。

戦後土木施設としての特徴・評価

旧サージタンクは建設当時世界一の高さを誇り特徴的な形状もあり地域のシンボルとして親しまれていた。発電所としての機能維持のため主要発電施設などの大規模改修にあたり、合理的なサージタンク形式に更新されているが、地域のシンボル性を継承し、今なお地域のシンボルとして親しまれ続けている。(岡田一天)

-参考文献-

1) 東京電力リニューアブルパワー株式会社:佐久発電所のごあんない、2020

2) 平井憲、白井喜一郎:佐久発電所水圧鉄管取替工事の概要について、電力土木、No209、1987

3) 北橘村歴史民俗資料館:第3回企画展示会展示資料図録 佐久発電所とともしび、1993

4) 鶴田勝三:利根川筋佐久発電所工事概要、電気学会雑誌、1929