電力
発電所
P011

俣野川発電所

  • Matano-gawa Power Station
  • 所在地/鳥取県日野郡江府町、岡山県真庭郡新庄村
  • 構造形式/純揚水式:最大出力1,200,000kW、有効落差489m/俣野川ダム:重力式コンクリートダム、堤高69.3m、堤頂長185.0m/土用ダム:フィルダム、堤高86.7m、堤頂長480.0m
  • 事業者/中国電力
  • 着工/竣工年月/1980.3/1986.10(1号機)、1987.10(2号機)、1995.6(4号機)、1996.4(3号機)(発電開始)
  • 設計者/中国電力
  • 施工者/土用ダム他:熊谷組・鹿島建設共同企業体/導水路・サージタンク他:飛島建設・大林組共同企業体/発電所他:大成建設・奥村組共同企業体/俣野川ダム:前田建設・フジタ工業共同企業体
  • 所有者/中国電力
  • 受賞/文化財/ -

建設経緯

昭和40年代からの冷房需要の増大により夏ピーク型に、また1日の中でもピーク時とオフ時の負荷の差が2倍程度にもなり、益々尖頭化が顕著になってきた。このような需要を補うために大容量化する火力発電や原子力発電と組合せ、経済性、負荷即応性に優れた揚水式発電所として、中国電力管内では新成羽川発電所(岡山県,1968,30.3万kW)、南原発電所(広島県,1976,62万kW)に次ぐ俣野川発電所が計画された。

俣野川発電所は、岡山県新庄村を流れる旭川水系土用川の最上流部に土用ダムを建設して上池とし、鳥取県江府町を流れる日野川水系俣野川の下流部に俣野川ダムを建設して下池とし、その間約6kmを水路で結び、有効落差489m、使用水量300m3/sにより最大出力120万kWを発電するものである。中国電力では最大、西日本でも有数の揚水式発電所である。

1973(昭和48)年6月から調査に着手し、第一次オイルショックで延期されたものの、1978(昭和53)年3月に工事着工した。地下発電所の工事は、1980(昭和55)年8月に掘削に着手し,翌年10月末には全掘削を終え、1986(昭和61)年10月に1号機、1987(昭和62)年10月に2号機、1995(平成7)年6月に4号機、1996(平成8)年4月に3号機が発電を開始した。

施設概要

上池の土用ダムは、堤高86.7m、堤頂長480.0m、堤体積270万m3のフィルダムである。有効貯水容量は670万m3。洪水吐は、幅38mの自然越流型シュート式で左岸側の堤体外に設置されている。

下池の俣野川ダムは、堤高69.3m、堤頂長185.0mの重力式コンクリートダムである。ダム設計洪水流量は1,100m3/sで、上部はラジアルゲート2門の越流型、下部はオリフィス型の洪水吐が設置されている。

発電所は下池の左岸約350mに位置し、幅22.5m、高さ42.4m、長さ153.5mの鉄筋コンクリート造で、掘削量は約157,000m3、コンクリート量は約51,000m3である。内部に316MWの立軸フランシスポンプ水車、発電電動機が各4台設置されている。

戦後土木施設としての特徴・評価

俣野川発電所は県境をまたぐ揚水発電所としては日本初で、2県にまたがる揚水式発電所は東京電力の神流川発電所(長野県・群馬県)との2ヶ所しかない。また、鳥取・岡山両県の分水問題や水質問題に対処するため、上池の土用調整池には周回水路を設置し、ダム上流域の水は、ほぼ年間を通じて池に入ることはなく、下流の土用川に流れるように工夫されている。なお、大雨の際は周回水路からオーバーフローする水が取水設備を通り、調整池に入る仕組みである。(樋口輝久)

-参考文献-

1) 中国電力株式会社:俣野川発電所概要(パンフレット)

2) 小石川譲治:俣野川揚水発電所の計画概要,電力土木,No.168,pp.19-27,1980.

3) 小石川譲治,横川三雄,弥重茂:俣野川発電所の設計と施工―Ⅱ地下発電所について―,電力土木,No.183,pp.18-30,1983.