






名古屋市中心部への電力供給力の増強と信頼度向上のため、275kV地中送電線の市内導入が段階的に実施され、梅森開閉所からの東ルートが1988年に、知多第二火力発電所からの南ルートが1993年に、海部開閉所からの西ルートが1999年に完成した。名城変電所は、この西ルート上に位置する大規模地下変電所で、電源名古屋からの154kV電源線も接続されており、名古屋駅、栄などの名古屋市中心部への電力供給と電源線の中継という重要な役割を担っている。
名城変電所は、名古屋城のある名城公園の南にある名城公園正面前駐車場の地下に設置されている。主体構造は鉄骨鉄筋コンクリート造である。地下建物外郭寸法は 90m×86m、基礎底面までの深さは32.5mである。
地上、B1、B2は駐車場となっており、B3からB5が変電所となっている。B5に容量450MVAの275kV/154kV変圧器が2台設置され、275kVで送られてきた電力を154kVに降圧して名古屋市中心部に供給している。その他、B3には電路を切り替えるガス絶縁開閉装置(GIS)、B4には、常時運転監視している給電制御所と連携して系統データの収集やGISなどの操作をする制御室と、洞道から引き込まれる電力ケーブルの敷設スペースであるケーブル処理室がある。
名城公園という国の特別史跡を利用することから建物の外観については特に配慮し景観を損なわないようにした。景観に影響を与えないように、吸排気塔やエレベータ塔等の地上構造物の高さを低く維持するとともに、瓦屋根、漆喰調の白壁、石組みといった伝統的な和風デザインを採用して環境との調和を図った。名城公園の景観に溶け込んで違和感は感じられない。名城変電所は優れた都市景観の形成に貢献した建築物等に与えられる、名古屋市の「都市景観賞」を1999年に受賞した。
土木工学上の特徴としては、当時実施例は少なかったが先行した松ヶ枝変電所の経験を活かして「逆打(さかうち)工法」を採用したことが挙げられる。これは公園内の立地という点から、工事の安全性、周囲環境への影響、工期短縮などを配慮したためである。「逆打工法」とは地下5階の建造物を上の階から下の階へ順番に建設していくものである。型枠の再利用でコスト削減と工期短縮を図った。掘削土については、仮設の防音ハウスを設けて周囲への騒音低減と粉塵飛散の防止を図った。地下建造物外周部に厚さ1,200mmの鉄筋コンクリート造連続地中壁を地下67mまで設けている。変電所建屋は地上部に超高層ビルのような大きな構造物を持っていないので、この地下外周壁で地震時の水平力の大部分を負担することができる。その結果、建物構造に梁のないフラットスラブ構造が採用できた。これにより、各階、階高が1m程度低減できた。また、空調ダクトや配管類を梁下ではなく天井面に効果的に配置し、有効階高さを確保し、変圧器などの大型機器の搬送時の問題が解決できた。杭と柱の役割を果たす構真柱については充填鋼管コンクリート(CFT)柱を採用して強度や耐火性能を確保するとともに、鋼管外部の耐火被覆免除の建設大臣個別認定を取得してコストダウンを図った。結果として柱の仕上がり外形が230mm程度小さくなり柱間有効距離が広がった。これを機器配置に活用できた。
その他、用地事情や景観を考慮して、送電線は洞道を建設してその中を電線ケーブルを通し、十数km先で地上に出て架空送電線に接続する方式にしている。直径4.8mの人が通れるトンネルでシールド工法で地下街や地下鉄を避けて建設された。また、ケーブル敷設は通常、トラックで運搬して地上から洞道に入れるが、その場合は輸送の制限から数百mのケーブルを多数接続する必要があり、多くの工事が必要になる。名古屋城の近くには江戸時代に開削された堀川があるので、1,800mという長尺のケーブルを搬送できる船を新造し、船から洞道にケーブルを引き入れた。堀川は名古屋港の一部で海と同じように干満の変化で水位が変化するので、それに合わせて工事を実施する必要があったが、工期とコストは大幅に削減できた。(鈴木浩)
1) 加藤徹:地下変電所、電気設備学会誌、Vol.32、No.7、2012
2) 中部電力株式会社:名城変電所パンフレット
3) 牧野功、杉本靖夫:都市公園地下に建設した名城変電所、エネルギー、 1999年12月号、pp.31-35