○概要
長野県の北部、長野市の長野駅近くに建つ「守谷第一ビルディング」(門構えのオフィス)は林雅子の設計した建設業者の旧本社ビル。鉄筋コンクリート造で第一期は1959年から設計、1963年に竣工。第二期は1974年から設計、1975年に竣工した。一期工事のあと二期工事が行われ、門構え以外の事務所棟は取り壊されて8階建てのオフィス棟となっている。
○特徴
大きな鉄筋コンクリート造の打ち放しのピロティに日本瓦葺の大屋根を載せて門構えを構成している。南北方向に立てたリブ付き壁版のつなぎの棟部にダブルガーダーを渡して間を割り、採光やボイラーの煙突、エレベーターの用にあてていた。棟の二つの梁の間は上下に分けたRC梁でつなぎをとっている。竣工後5年ほどで建て増しが必要になったが、施主は林雅子により設計された建物を大変気に入っていたため、引き続き第二期の設計を依頼された。施工は施主で発注者の株式会社守谷商会が行ったが、規模の大きな高強度の鉄筋コンクリート造建築で大屋根の傾斜スラブの施工を行うなどそれまでに経験のない時代の先端を行く工事内容であった。このため建設会社としての技術力の向上や竣工後の新規工事受注にも寄与した。
○評価
<作家性> 日本を代表する女性建築家のパイオニア林雅子の初期の作品であり、独立住宅の設計が多かった林の作品としては珍しい鉄筋コンクリート造のオフィスビルである。当時、敷地周辺は瓦を載せた木造二階建ての街並みであった。ここに新たに立つ鉄筋コンクリート造の構造物と周囲の街並みとの調和を図るために考えられたのは大きな門がまえに瓦を載せた大屋根であった。この大屋根に設けられたトップライトは暗がりとなってしまう部屋の中心部に光を導入し、内部を心地よい空間としている。このトップライトは林の最初期の作品から最後の作品まで採用されており、後に竣工する「海のギャラリー」へとつながり、間口いっぱいに大胆に開け放った橋の下のような空間は、後の「ギャラリーをもつ家」などの作品へと展開してゆく。この「門構えのオフィス」は林の作品の原点となった作品の一つであり、日本建築の伝統を受け継ぎながらも形式に拘らず当時の新しい技術を取り入れ、確かな骨格に大胆なデザインと緻密で想像力にあふれた細部によって空間を構成させたことが評価される。
<時代性> 林雅子は1958年「林・山田・中原設計同人」を設立する。林・山田は日本女子大学家政学部生活芸術科住居学専攻、中原は東京家政専門学校卒業でともに多くの住宅の設計を手掛けている。この3人の活躍はこの時代の女性建築家の女性建築家の草分け的存在である。1981年女性建築家として初めて日本建築学会賞を受賞する。3人とも開口部に障子を設ける等、日本文化や日本の生活空間を作り上げた。
○現状
竣工時は2階建てに瓦を載せた木造家屋が立ち並んでいる場所であったが、高度経済成長期や長野オリンピックを経て周囲の環境は激変している。社長の自宅や作業場があった東側は区画整理が行われ、時折イベントの行われる公園となり、西側は中層のビルや駐車場となっている。建物の1階はオープンテラス席のあるカフェとなっており、門がまえの下を通り抜けて公園へ抜けられるため、市民や旅行者のための屋外空間として機能している。コンクリート打ち放しだった外観はすっかり蔦に覆われており、「アイビースクエア」と呼ばれて長野市街地のランドマークとなって愛されている。施主であり施工者でもある守谷商会の本社機能はすでに移転しているが旧社長室は関連会社のオフィスとして、大会議室は一般に利用されるホールとして使われている。
文責:相野律子