○概要
北欧フィンランドの景観を思わせる、長野県茅野市白樺湖畔に建てられたこの建築は、武藤章(1931~1985)の設計によるものである。この建築には北欧建築の特色が色濃く現れている。光の取り入れ方、木質系のインテリア、存在感のある大きな暖炉、スキップフロア、白い外壁、片流れ屋根の組み合わせ等、アールトの「メゾン・カレ」を彷彿とさせるものがある。1968年に工学院大学の学寮として建てられ2度の増築を経て、保存利活用のため2016年に減築を行なっている。鉄筋コンクリート造一部鉄骨造、2階建て、延床面積204.05㎡(減築後)である。
○特徴
現存部分はRC+鉄骨造で建てられており、南側と北側に傾斜したシンプルな片流れ屋根を組み合わせ、ハイサイドライトを挟んだ形状で構成されている。RC造にもかかわらず、あたかも木造かと思われるほど軽快さが感じられる。北側の白樺湖側に傾斜した敷地形状に合わせて屋根を下げることにより、環境に建築を溶け込ませている。片持ちで軽快に張りだしたバルコニーは斜面上に浮かんでいるかのようである。屋根形状はそのまま内部空間に表現され、玄関を入ると床面が450mm下がり大きなボリュームのリビングが現れる。上部からは2階通路をとおしてハイサイドライトからの柔らかな光が届き、人が出会い、交わる空間を創出している。東側には存在感のある暖炉とオープンな階段が一体化されてつくられており、リビングの吹抜け空間をドラマチックに演出している。断面計画が綿密に計画されていることがうかがえる。リビングは北側の白樺湖に面した斜面に浮き、個室群は南側の小山に面した2階に配され、リビングの吹抜け空間が両者を結び付けており、リビングを中心として全体の空間が一つに統一されている。
○評価
<作家性> 武藤章は1956年工学院大学助手、1974年工学院大学教授となり1985年54歳で逝去。1961年にフィンランドに留学し、巨匠アルヴァ・アールト(1898~1976)のアトリエで直接学んだ唯一の日本人建築家である。この作品にはアールト及び北欧建築の影響が色濃く現れている。自然光の取り入れ方、内装での木材の使用、暖炉・リビング中心の内部空間、敷地形状に合わせた空間構成等にアールトの「メゾン・カレ」を思わせるものがある。チェア、テーブル、照明器具、カーテン、テーブルウエア等も北欧、アールト系で統一されており、建築とともに統一感が感じられる。54歳の若さで他界したため実作が少ない中で、この作品は武藤という建築家の考え方を表現した珠玉の名作といえよう。
<地域性> 敷地は白樺湖を北側に見下ろす、湖面から50mほど標高の高い傾斜地であり敷地周囲は森に囲まれた、北欧を思わせるような閑静な環境である。現在敷地北側部分は樹木が成長したため、白樺湖を見ることはできないが建築当初は遠くまで眺望が開けていたであろうと思われる。信州の別荘地特有の森と湖に囲まれた環境に建つこの建築は、信州の別荘建築の特徴もよく表現されている。
<継続性> 当初「学寮」として建てられたこの建築は現在工学院大学建築系同窓会の管理の下、竣工時より減築のうえ夏季限定の「夏の家」として保存・利活用されている。建築、インテリア、家具等北欧フィンランドの暮らしとデザインを学ぶ場でもあり、またアールトの家具を動態保存するミュージアムでもある。現在この施設は「北欧の暮らしに学ぶ環境づくり」を啓発し、白樺湖の活性化の拠点施設として5月から10月まで会員に公開されている。
文責:窪寺弘行