○概要
長野県北東部の温泉とスキーで知られる野沢温泉村の長坂ゲレンデのすぐ脇に建つ「野沢温泉ロッヂ」は建築家・吉阪隆正+U研究室の設計で1969年に竣工した。スキー技術を学ぶための宿泊施設として建てられた。
○特徴
この建物は、外観はどんぐり型で六角形の平面の中心に井戸のようにらせん階段が設けられ、各階層に小さな宿泊室が放射状に配置されている。構造は木造3階建てで、階段周囲の柱は通し柱になっておらず、外周の柱も形状に合わせて階毎に傾斜し、床はスキップフロアとなっているため、各階のフロアレベルも一律ではない。この一筋縄ではない複雑な架構の構造設計は早稲田大学の田中弥寿雄が担当している。このどんぐり型の形状の建物は「エッグ」「アボガドハウス」「ロケット」等多くのあだ名がつけられるほどユニークな形状をしており、このことからも皆に慕われる名建築とも言える。吉阪の言葉の中には春になると芽を出す「つくし」とも表現されている。また、設計段階でオーナーにはこの建物は「巻貝」で外観の形状と内部のらせん状の構成が一体となって、頑固な建築であるとの説明もしている。木造で複雑な構造で架構は難しく、直角の無い架構の施工にあたった河十建設の大工は学校の体育館で仮組をして工事を進めたという。
○評価
<作家性> 1960年早大アラスカマッキンレー隊隊長としてマッキンレーに登頂したアルピニストとしての建築家吉阪隆正は、多くの山小屋を手掛けている。黒沢池ヒュッテや早大山岳アルコー会ヒュッテとこの野沢温泉ロッヂに見られるドーム型のものと涸沢ヒュッテやヒュッテ・アルプスのように普通の軸組をもったものの二つのタイプがある。これらはいずれの場合にも過酷な自然に対する堅固な、しかも人間と自然との間のぎりぎりの境界である外皮を持っている。日本山岳会・日本雪氷学会の理事を務め、寒冷地や積雪に関わる建築の研究を進め、学術論文も発表し、過酷な自然の中での建築のあるべき形を追求している。そうした中で、建物の建つ地域や環境を踏まえた上での形態が生まれている。この一連の作品群の中で、ドーム型の山小屋の中に位置づけられている野沢温泉ロッヂは、黒沢池ヒュッテやアルコー会ヒュッテが1階建てで構造的にもシンプルで明快な架構であるのに対して、3階建てでしかも複雑な架構をしている。しかし3層の建物として、中心に吹き抜けのらせん階段に面して個室を並べていくというコンセプトはシンプルである。
<地域性> 積雪量が3mを超す豪雪地帯のため、毎冬何度も雪下ろしをする労働と危険は大変なものである。鋼板で葺かれた屋根と外壁は雪下ろしをせずにすみ、降った雪はさらさらと落下するように、自然落雪可能な形となっており、開口回りも積雪の無いように納まりを工夫している。また、建物の中心にある吹き抜けのらせん階段は1階の食堂ホールに置かれたストーブで建物全体が温まる効果も備えている。
○現状
現在この建物は、2014年に前オーナーから40代の現オーナーが譲りうけている。前オーナーはスキーコーチとして多くの名スキーヤーを育てている。現オーナーは幼少期からアルペンスキーに励み、合宿や大会でこのロッジで過ごし、この建物に愛着があった。のちにこの建物がル・コルビュジエの三人の弟子の一人と言われる日本を代表する建築家、吉阪隆正によって手掛けられた建物と知り、この建物を後世に伝えていかなければならないという使命感で、受け継いだ。多くの部分が改装されていた内部を、手元にある図面を頼りに、スキー仲間の大工とともに、当時の空間構成に戻す工事を1年かけて行ったという。野沢温泉に建てられた吉阪の作品は、吉阪建築を愛する若者によって、引き継がれ生き続けることができるだろう。
文責:勝山敏雄