○概要
この小さな美術館は八ヶ岳山麓の標高1,350mのカラマツ林の中に建てられている。雄大な風景が印象的な静かな自然環境である。
設計は日本を代表する建築家、日本芸術院会員の村野藤吾(1891~1984)。竣工は1979年、村野藤吾晩年の作品である。直前には晩年の代表作である、「箱根プリンスホテル」が竣工している。
原村出身の彫刻家・清水多嘉示(1897~1981)の彫刻、絵画及び村内から発掘された縄文時代の考古学資料を展示する、当時としては珍しい村立美術館である。鉄筋コンクリート造、地上1階、延床面積1,155㎡。
○特徴
駐車場からカラマツ林の中を、村野が自ら歩きながらルートを決めたという高低差のあるアプローチを進んで行くと、半円形の壁に囲われた玄関前の小さな広場に導かれる。さりげなく建築へ人を招き入れる巧みな演出である。建築の平面形状は半円形の連型で構成され、リズミカルな印象を受ける。内部空間を外観から連想すると、小さく分割した空間が連結されたものを連想するが、玄関を入ると視線が奥まで延びる、長さ40mの一続きの空間として一体となっている。平面形状の半円に呼応して屋根形状もPCによる連続ドーム型であり、あたかも建築がカラマツ林の中に埋没して自然と一体となっているかのようである。内部空間は、連結された半球型ドームの下にレースカーテンが絞り吊りされており、カーテン内に設置されたスポット状の間接照明により、包み込まれるような華やかさを醸し出している。展示室空間自体が美術品であり、展示作品とともに相乗効果を演出しているかのようである。展示スペースは彫刻のためのドーム状空間と絵画のための直線的な壁を組み合わせた構成で、外観に見られるようなリズム感を内部空間でも創出している。
○評価
<作家性> 設計者の村野藤吾は1918年早稲田大学建築学科を卒業後、関西の渡辺節に師事し1929年村野建築事務所を設立した。日本建築学会賞、日本芸術院賞、文化勲章等受賞。代表作品として「世界平和記念聖堂」「日生劇場」「千代田生命本社ビル」「箱根樹木園休息所」「小山敬三美術館」「箱根プリンスホテル」等がある。この八ヶ岳美術館の設計は 1978年8月~11月であり、竣工は1979年12月。村野は当時87歳から88歳であった。「箱根プリンスホテル」の竣工直後のあわただしい中で設計が進められたようである。道路運搬が可能な重量11トン以下のシステマチックな半球型ドーム等寒冷地での施工を考慮した合理性、その一方で現場調合された外壁のセメントブロック、内装のレースカーテン、雨樋のデザイン、ドアの引手デザイン等に見られる細やかな表現からは、合理主義を踏まえたその先へと踏み出そうとする姿が見て取れる。即物的になりがちな建築に、生命感と温もりを与えるために、集中して執拗に設計されたことが読みとれ、そこに村野建築の真髄が良く現れているのではないだろうか。そしてこの美術館には、「小山敬三美術館」(1975)や「谷村美術館」(1983)には感じられない、新しい境地が認められる。村野のスケッチから、恣意的で自由な形を求めていたのではなく、あるスケールの構成単位によるリズミカルな空間を思い描いていたことがうかがえるのである。
○現状
現在この美術館は作品展示のみでなく、コンサート・講演会等にも利用されており、村立美術館として地域に親しまれている。また、屋根防水補修・レースカーテン補修等、厳しい予算の中でメンテナンスも継続されている。
文責:窪寺弘行