○概要
民家再生で知られる降幡廣信氏の、1982年竣工の仕事である。松本平の東部にある集落の、傷みが激しく住人も手の施しようがなくあきらめていた民家を、伝統を残しつつ暮らしやすく改修することで、建物も住人の暮らしも再生させた作品である。
○特徴
元禄時代に建てられた寄棟茅葺の建物を文久時代に本棟造りへと増改修、その後も増築が繰返されていた建物で、着工前は石置き板葺きの上に雨漏り対策で住人自身で集めた古瓦を並べ、雨漏りのする部屋の畳を上げてあるような状態であった。事務所の所員が建物調査で訪れ、この建物の存続を願い降幡氏に相談したことから始まったこの再生事業は、①民家の特徴を尊重する。②再生に相応しい本格的な工事とする。③無駄を省き費用を抑える。④新築と同等に便利なものとする。⑤長く使っても飽き無いものとする。の5か条を以って行われ、これは以後の工事でも引継がれている。この地方の民家「本棟造り」の風格ある外観は変えず、不要な部分を減築、接客空間の部分は基本的に残し、水周りや居間寝室など暮らし向きの空間は大胆に変更、設備や断熱などを現代の暮らしに合わせ一新、併せて基礎の布基礎化や構造の補修・補強も行っている。屋根は土庇(玄関側の外部土間の下屋)部分のみ瓦、大屋根は鉄板葺きとし、板葺きの雰囲気は残しつつメンテナンスを楽にしている。式台玄関は残しつつも玄関としての機能は土間入口を玄関として集約、土間の奥の方は床を張りホールとし、勝手口土間だった部分には水周りを現代的設備で配置、馬屋を書斎に改修、西側に増築されていた水周りを撤去することで西側の部屋の採光を確保してダイニングキッチンに改修、かつては囲炉裏があった高い吹抜空間のオエは天窓を設け、民家らしい黒光りする梁が魅力的な応接室へと生まれ変わらせた。
○評価
<革新性> 民家の改修といえば、復原でないと価値が落ちるとか、無駄に費用がかかるというそれまでの常識を覆し、住み継ぐための再生工事という手法がある事を実践し、世に知らしめた作品である。
<地域性> 切妻の大屋根、雀踊り、土庇、虹梁、玄関式台、大戸、内部吹抜空間など、この地方独特の「本棟造り」ならではの風格と空間を継承している。内部の暮らし向きの部分は快適な現代的暮らしが営まれるように大胆に改変しているが、その他の主に接客に供する部分は大きな改変は行わず、本棟造りの古民家ならではの空間を残している。
<作家性> 設計者の降幡廣信は、松本市の隣、安曇野市の出身で、家業である建設会社を継承し、2年後に設計事務所を立上げ、主に松本安曇野平を中心に住宅や旅館などの仕事をしている。松本市の蔵シック館(造り酒屋の移築再生)、東京の日本民芸館改修、その他国登録文化財の旅館や民家の改修(再生)など多く手掛け、景観賞など多くの賞を受賞している。降幡は民家の改修を得意として仕事をしていた中で、この作品で「民家再生」という言葉に出会った。民家の再生における方法論を確立し業績を重ねたことにより日本建築学会賞を受賞(1990年)、民家再生の第一人者になっている。
○現状
玄関土間をモルタルからタイル四半敷き貼りに改修、客間(座敷)の南側に広縁を増築(設計施工は再生工事と同じ)、老人室の小屋裏に趣味室を増築(山共から独立した施工会社による)している。将来この家を継承する子供は「残してくれて有難い」と感謝していると言い、大庄屋を務めた家柄で殿さまも雪見に訪れたという、庭の風情を楽しむ生活が継承されている。
文責:米山文香