○概要
「窪田空穂記念館」は、歌人・国文学者として活躍した窪田空穂の関係資料を一堂に集め、収蔵保存整理、公開活用し、短歌や地域文学の活動の場を供する記念館として1993年に竣工した。松本市の西部に位置し、田園風景の残る集落にある空穂生家の向かいに建てられている。設計者の柳澤孝彦は松本市の出身であり、従姉妹が窪田家に嫁いでいた縁もあり、業務を請け負うこととなった。記念館の建設は、生家の整備工事に合わせて行われたものである。
○特徴
空穂の創作の原風景となった風土を象徴するような本棟造りの生家との関係性から導き出されたプランである。生家とは棟の軸を揃えた配置とすることで視覚的に結ばれ、道路を挟みながらも一連の施設であることを感じさせるものとなっている。アプローチの石庭と生家の前庭も、ひとつの空間を成している。建物は石庭を囲むコの字型の平面で、正面に入口とその奥に収蔵庫、左右に展示室と会議室及び事務室という判りやすいプランである。TAK所員も施工に加わったという軒天井の焼杉やスサ入の外壁の左官仕上げ、設計協力として参加した家具作家の坂本和正氏デザインによる建具などの風合いは、人の手の成せるものであることを感じさせ、周囲の集落の雰囲気、風土になじむものである。正面のピロティ、入口上部の妻壁は柱梁に代わる構造材である格子が組まれているが、構造体であることを意識させず、意匠として外観を特徴づけている。正面妻壁は全面にガラスが入れられ、2階の吹抜け空間に自然光と北アルプスの風景を取り込んでいる。展示室の壁上部の登梁間は、間接光を取入れるガラス面戸となっている。内外部の格子組や板の張り方など、屋根勾配と同じ角度で組んだ菱形がデザインモチーフとなっている。
○評価
<作家性> 柳澤孝彦は松本市出身、東京芸大卒業後株式会社竹中工務店に勤務、竹中工務店のプリンシパル・アーキテクトとして活動の後、1986年に事務所を設立して7年後の作品である。柳澤は、新国立劇場や東京都現代美術館など、文化施設を多く手掛けている。いずれもメイン機能以外のロビーや外部空間などをかなり重視して設計されている。本作品でも、割肌を活かした石敷きのアプローチが前庭としてのしつらえにもなっている部分や、吹抜の有る階段ホールなどの導入部分に、柳澤の作風がよく表れている。また、手を入れ過ぎない自然素材の採り入れ方、展示施設でありながら太陽光をふんだんに取り込むなど、「人と自然が相互に深く呼応し合う環境」の創出がなされている。
<地域性> 「窪田空穂記念館」は、本棟造りと呼ばれる造りの生家との協調を試みている。本棟造りの特徴である大きな切妻屋根を引用、外壁の素材は土塗りの風合いを感じさせ周辺に馴染むものである。本棟造りであれば「虹梁」と呼ばれる太い梁がある部分は無双窓に、妻壁の「柱・貫が作る格子」は構造体である木組み格子に、置き替えてデザインされていて、エントランス部分と2つの展示室部分が3つの妻面を見せ、集落の沿道に建ち並ぶ本棟造りを彷彿とさせるものとなっている。
○現状
建築されて30年、その間大きな改修は特に行われていないが、アプローチ及び玄関ホールの鉄平石張りの床が雨で濡れると滑るという事で、洗い出し仕上げに改修されている。この改修は松本市の建築技師の設計工事監理で行われているが、柳澤氏から意匠的アドバイスを受けて行われている。冬季平日は旧館しているが、県内外から短歌愛好者が訪れる建物である。
文責:米山文香