長野県028

安曇野ちひろ美術館

  • 1996年竣工
  • 設計/内藤廣建築設計事務所
  • 施工/前田建設工業株式会社 長野支店 小屋組:信州林産株式会社
  • 構造形式/鉄筋コンクリート造(小屋組みは木造) 地上1階 鉄板葺
  • 用途/文化施設
  • 所在地/長野県北安曇郡松川村西原3358-24

○概要
絵本画家いわさきちひろと世界の絵本画家の作品を収蔵する世界最大規模の絵本美術館である。ちひろの両親が戦後開拓農民として暮らした北安曇郡松川村に姉妹館が建てられることになり、プロポーザルコンペにより設計は内藤廣氏となった。村営の安曇野ちひろ公園(36,500㎡)の設計も同時に進められ、環境と建物の一体化が計られ、建物は1996年に竣工、全てが完成したのは1997年4月であった。
○特徴
敷地との関係からこの形態がいちばん低く見え、敷地に対する座りが良いことから決定された外観は、切妻の三角屋根が連続している。背景の北アルプスの山々とも重なり、建物の存在感を最小に留めることで伸びやかな環境ができている。外の大きなスケールの景観に対比し、求心的な中庭を中心に据え、建物のまとまりを持たせている。この中庭を中心に来館者の主導線を巡らせ、その外側に展示室や各種のコーナーなどの諸室を配置することで、中庭を介して視線が交差し建物の中のさまざまな人の動きが、どの空間からも視覚的にわかるようになっている。またファーストミュージアムというコンセプトのもと、初めて美術館を訪れる子供が安心して、生涯の記憶となるような親しみのある場であることを重視している。展示物も他の美術館より低い位置に展示されていたり、休憩所が多めに設置されていたりと、子どもが「もう帰りたい」と言わないような工夫が至る所に見受けられる。
○評価
<作家性> 内藤廣は、出世作となった「海の博物館」を皮切りに、「安曇野ちひろ美術館」「牧野富太郎記念館」など、とりわけ公共建築において次々と話題作を生み出してきた。周辺環境やまちの将来像を見据えたそれら作品群から、「流行を追わず、時に耐えうるものをつくる建築家」と称される。商品化、耐久消費財化が進んだ建築に異を唱え、空間や場所に、何十年も続く川の流れのような価値を吹き込む。それを可能にしているのは、極限まで自らを追い込む姿勢と、たとえリスクを伴っても常に新しいことに挑むスピリットだ。「人の居場所をつくるのが僕の仕事」。平易ながら、この深甚ある言葉に、内藤の軌跡は集約されている。この〝削り出す〞作業を繰り返していくと、その延長線上に、本来建築が持つ強さが見えてくる。長い時間が流れ込むことで強くなる建築。この建築は、彼の進む方向を決定づけた仕事でもある。
<技術性> 内藤廣は「どうしたら平易で親しみやすい空間を作り出すことができるのか」が最大のテーマだったと述べている。壁と梁を鉄筋コンクリートで立ち上げ、少し赤みを帯びた安曇野の土を珪藻土に混ぜて左官で仕上げ、それを土台として赤みのある地場産のカラマツ材で架構をかけ渡している。屋根頂部の小さなアーチがこの架構を結び合わせる重要な役割を果たしており、施工精度が素晴らしくまた無駄がないスリムな架構を組むことができている。内藤が求めたテーマに近い地域の風景とも馴染みの良い建物になっている。
○現状
予想を上回る来場者を迎え、2001年には新館を増築し、展示室が拡充された。本館には「ちひろの仕事」「ちひろの人生」、新館には「世界の絵本作家」「絵本の歴史」の展示室と「多目的ギャラリー」がつくられた。2009年には、収蔵作品数が充実していく中で収蔵庫と資料研究室等のある新収蔵庫等を増築。これにより当初1,580㎡であった建物が、3,200㎡に広がった。2016年7月には、安曇野ちひろ公園北側エリアが拡充され53,500㎡となった。

文責:岩原忍