岡山県011

倉敷アイビースクエア

  • 1974年竣工
  • 設計/浦辺建築事務所(浦辺鎮太郎)
  • 施工/藤木工務店
  • 構造形式/煉瓦造および鉄筋コンクリート造 地上2階、地下1階 桟瓦葺およびセメントスレート葺
  • 用途/商業・事務所建築
  • 所在地/岡山県倉敷市本町

倉敷紡績所旧倉敷本社工場は戦後すぐに操業を休止し、その後、20年以上倉庫等として使用していた。1972年3月、新幹線が岡山まで開通すると県内の人流が大きく拡大した。特に倉敷等の観光地ではアンノン族等の旅行ブームに加え、隣地に中国地方最大級の収容人員を誇る倉敷市民会館(設計:浦辺鎮太郎)が建設され人気歌手のコンサートが頻繁に開催されるなど、美観地区周辺の整備も相まって若者を中心とした観光客が激増、宿泊施設の不足を招く状況に至り、行政や地元商工関係者から遊休地利用の声が高まって来た。こうした流れや周辺の声も含めて利活用案は宿泊施設へと固まっていくが、社内では高層ホテル案をはじめ娯楽施設等、規模や内容において様々な議論がおきる。最終的に周辺景観との馴染みが良いという事もあって、倉敷紡績の田中社長の決断により、当時あまり例を見ない観光施設への転用及び保存再生案が採用され、宿泊機能と文化的諸施設をもつ現在のアイビースクエアの骨格が決まった。1973年9月に着工、木材や石材等の多くは再利用され、僅か7か月の短工期で翌昭和49年(1974年)4月に完成。資材の再利用は工場創設期から続く、無駄を省くという精神に適う事でもあった。こうして作業場であった大空間は広大な中庭広場として再生され、宿泊棟の一部では操業当時の煉瓦壁を見ることも出来る一方で、コールテン鋼やスレート屋根の採用などの新旧材料の使い分けに浦辺ならではの表現が随所にみられる。
敷地内にはこの他に、旧代官所時代の遺構や倉敷紡績の歴史が学べる記念館など、当施設も含め多くの歴史的建造物も保存再生された。近年はインバウンドなどの新たな観光ブームに対応し、倉庫として利用していた工場当時の建物を1,000人規模の大ホールとして改装したり、客室棟の耐震化や設備の最新化等のリニューアルを実施するなど、将来に向けて施設を保存、活用していく視点も明確である。

参考文献
倉敷アイビースクエア20年史 発行:倉敷アイビースクエア 1993
倉敷紡績百年史 発行:倉敷紡績株式会社 1988