東日本大震災2周年に当たって

平成25年3月11日(月)
文化庁長官 近藤誠一

 あの衝撃の日から2年がたちました。

 この間報道や日常の話題は,表面的には,風評被害対策や将来を見据えての原発の是非,さらに,その後に起こった様々な事件―国際金融問題,隣国との政治問題,アルジェリアやエジプトでの日本人の悲劇など―に拡散していったかに見えます。しかしこれらを論ずるときも,常にあの大惨事の影が我々の心から離れることはありません。将来にわたってそうあるべきでしょう。

 3月8日(金)に行われた新国立劇場の三つの研修所(オペラ,バレエ,演劇)の修了式でも,「3.11」が将来の夢に満ちた修了生の心の中で大きな位置を占めていることが明らかになりました。

 今なお厳しい状況に置かれている数多くの被災者の方々に,この機会に改めて心からのお見舞いを申し上げ,文化庁が与えられた役割を果たす中で,東北復興を最優先していくことを誓います。

 被災地の文化財・文化施設の被害対策や,文化芸術面で復興支援を進める上での文化庁の2年間の活動実績をまとめましたので,下記のリンクを御参照ください。

 その中で文化庁が特に注意を払っていることの一つが,埋蔵文化財の調査です。住民の方々の高台移転や,新たなインフラの建築に当たっては,地下に重要な文化財が埋まっていないかを調査することになっています。青森県の三内丸山遺跡のように,工事現場を調査した結果,歴史を塗り替えるような大発見があり得るからです。しかし当然その作業ゆえに復興が不当に遅れることは避けねばなりません。そのために細心の注意を払っています。

 調査の義務を弾力化し,民間組織も動員して調査の迅速化を目指しています。また必ずしも十分な体制が整わない自治体のため,専門家や,域外の自治体で経験のある職員を派遣しました。加えて県や市に認可の権限は委譲されており,行政コスト(特に手続期間)をできるだけ減らすことにしています。

 これらは当然のことですが,組織においては常に担当が自分の仕事に誇りと強い責任感を持っていることと,現場の自治体にとって未曽有の経験であり,また人手不足が(あだ)となって,復興に遅れが生じる可能性があることを踏まえて,これらの措置を明示的に取ることにしました。この結果,例えば松島での指定地区への相当数の移転の許可が進められています。

 この2年間では,文化財や文化芸術が復興の過程で持つ力が,様々な形で認識されるようになりました。それにより建築家を含む多くのアーチストが自信を回復し,今でも頻繁に現地に赴いて様々な支援活動をなさっています。断片的報道を超えて,その全容を知ることは不可能ですが,それらの方々の御貢献は心強い限りです。

 しかしなお文化芸術の持つ力は,社会に十分広く認識されてはいないように思われます。この機に重複を恐れず,実際に東北に関連して起きたことを中心に,少しまとめてみました。

 (ア)まず文化芸術は,人がその感動や祈りなどを表現する重要な手段となります。大震災から2週間たったある日,自粛が続く中で久々に都内でクラシックコンサートを聴きました。オーケストラが真剣に弾くシュスタコービッチの交響曲第5番に対し,2000人の聴衆が文字通り心を一つにしたことを感じました。演奏直前のホールは異様なほど静まり返り,全ての人が,東北の被災者の方々の苦しみを思い,鎮魂の心をささげているのが手に取るように分かりました。

 そして演奏終了後,聴衆の皆さんは涙の陰に,やや安堵(あんど)したような表情をしていました。誰もが自分はやっとこれで被災者の方々への気持ちを表すことができたと感じていたのでしょう。深いお悔やみとお見舞いの気持ちを持ちながら,到底言葉で表せないというもどかしさ,現地に行くことはもちろん,何もしてあげられないという(やま)しさと悲しさから幾分か解放された安堵感だったのでしょう。それは募金など様々な支援活動を行う勇気ときっかけを与えたと思います。

 被災地外で開かれたチャリティー・イベントの映像や,被災地での様々な音楽や芸術が,国民の気持ちを現地に届けるのに役立ったことも事実です。

 (イ)次に文化芸術には,人が表現したものに感動し,勇気や希望を取り戻し,対話を促す効果もあります。悲しみや苦しみの状況が一人一人異なる中で,まだ音楽などを聴く気になれぬ隣人に配慮して,じっとこらえていた被災者の方々が,避難所の隅で懐かしい歌を聞いて自分を取り戻し,生きていく力を感じたという報道が数多くありました。

 また文化芸術に接することで,それまで口に出して言えなかった思いを人と伝え合うことができるようになったとも聞きます。

 (ウ)文化芸術には,地域の連帯と結束を作り,また取り戻す力もあります。現地の伝統芸能の復活が,避難所に分散していた方々を結び付け,自分を取り戻したという実例も少なくありません。福島県の「相馬野馬追(そうまのまおい)」はその一つです。

 (エ)文化芸術が持つ経済効果も忘れてはなりません。大震災からわずか3か月余で世界遺産に登録された平泉に,多くの観光客が訪れ,地元の経済を潤したのはその一例です。文化経済研究所の調査によれば,文化関係の出費の生産誘発効果(1単位の需要増加で生産が誘発される単位)は,1.59~1.88で,通常の公共事業の1.53~2.03に比べて遜色ありません。加えて文化の場合は,数字にならない精神面や人間形成面での大きなプラスがあることを考えれば,文化への支出は有益な投資であると考えるべきでしょう。

 (オ)そして日本人らしい思想,先人の知恵の伝達です。大震災直後の被災者の方々の思いやりにあふれ,秩序だった行動は,学校や家庭で教わったものというより,生活の中で無意識に伝えられてきたものです。

 それは村の集会で,長老が話して聞かせたものかも知れません。皆で協力してお祭りを行うことを通して,各人が規律を持って私欲を抑え,社会全体のためになる役割を果たすことが,ひいては自分のためになり,各人に自信と生きがいを与えることを学んだのかも知れません。

 日本の伝統芸能や文化財には,日本人の生きる知恵が表されています。大津波がどこまで達するかを知らせる「津波石」はその最も分かりやすいものです。東福寺の三門が説く意味は,昨年1月4日の「新年のメッセージ」で触れました。また地域の神楽から能や歌舞伎に至るまで,伝統芸能は日本人が義理と人情,忠と孝の葛藤,自然の猛威にどのように対処してきたかを,あるときは直接的に,あるときは比喩的に表しています。

 苦しいとき,社会に出て未知の問題に遭遇して戸惑ったとき,こうした先人の知恵がいろいろなヒントを与えてくれます。文化財の価値は,単なる歴史的・文化的なものだけではありません。日本人の心のよすが,生きる道しるべとなるのです。時代が変わったようでも,我々は日本人であることに変わりはありません。それは日本の風土と長い歴史の中で作られたものだからです。国費を使って文化財を保護し,修理・復旧するのはこうした意味があるのです。

 日頃様々な文化芸術に親しむことで,上記(ア)から(オ)に至る,生きるためのいろいろな力を得ることができます。

 このコメントを締めくくるに当たり,文化芸術面で被災地の復興のために様々な御貢献を頂いた方々に,心からお礼を申し上げます。特に文化庁が関係団体に呼び掛けを行い開始された「文化財レスキュー事業」,「文化財ドクター派遣事業」,多岐にわたる文化財の修理・復旧事業,さらには「文化芸術による復興推進コンソーシアム」の諸活動に,様々な形で御支援を頂いた大学・研究所・NPOの方々,浄財を寄附の形で御提供いただいた国内外の個人や団体などの御支援なしには,これらの結果を上げることはできなかったでしょう。

東日本大震災2周年復興イベント(平成25年3月11日・文部科学省)

 本日(3月11日)は,昨年同様国立劇場において政府主催追悼式が行われたほか,全国で様々な追悼行事やチャリティー・イベントが開かれております(文化庁においても,(かすみ)テラスにおいて,文化政策部会の提言の配布や,現地での文化財救出・補修,文化芸術による復興推進コンソーシアムの活動を紹介するパネルやブースの展示を行っております)。

東日本大震災2周年復興イベント
(平成25年3月11日・文部科学省)

 これらは,息の長い支援を必要とする被災者の方々に少しでもお役に立とうという,皆さんの温かいお気持ちの表れであり,心から敬意を表します。

 これからも気を抜くことなく,東北の復興と日本の再生に力を合わせていきましょう。

(了)

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