別紙4

世界遺産暫定一覧表に追加記載することが適当とされた文化資産

文化審議会文化財分科会世界文化遺産特別委員会は,「世界遺産条約履行のための作業指針」の規定に基づき,我が国の世界遺産暫定一覧表に追加記載すべき文化資産として,現時点において顕著な普遍的価値を持つ可能性が高いと考えられ,将来的に世界遺産一覧表へ登録推薦することが適切であると考えられるものを念頭に置きつつ,次ページ以下に示す4件の文化資産を選択した。4件の記載順は,都道府県の順番に基づくものである。
また,今回の提案資産の中には,平成6年に世界遺産委員会が定めた「世界遺産一覧表における不均衡の是正及び代表性・信頼性の確保のためのグローバル・ストラテジー」において,今後,不均衡の是正のために比較研究が進みつつあると言及された3つの遺産種別のうち,産業遺産及び文化的景観に該当するものが複数見られた。そのため,本委員会においては,暫定一覧表への文化資産の追加・記載に当たり,グローバル・ストラテジーの趣旨を最大限に尊重しつつ,産業遺産及び文化的景観の分野に属する文化資産の選択について考慮することとした。
ただし,これらの4件についても,今回の提案書に示された内容では,世界遺産としての資産構成等の観点から十分ではなく,さらに改善を必要とする。この点は,これまで世界遺産暫定一覧表に追加記載した文化資産についても,世界遺産一覧表への登録推薦に至る過程で,構成資産の保護状況をさらに完全なものとすべく様々な追加措置を講じてきたことと同様である。したがって,今回選定した4件についても,今後,世界遺産一覧表への登録推薦を進める過程においては,以下に示す点に十分留意し,資産構成等に関する改善・充実に努めることが必要である。

  1. 国内外の同種資産との比較研究を行い,本資産が持つ顕著な普遍的価値を確実に証明すること。
  2. 資産全体の完全性を満たすために,構成資産に過不足がないか否か再確認すること。
  3. 個別の構成資産について,重要文化財及び史跡等への指定又は追加指定,重要文化的景観又は重要伝統的建造物群保存地区への選定又は追加選定を行い,確実な保護措置を講ずること。
  4. 資産の全体を対象とする包括的保存管理計画を定め,一体的な保全を図るべき周辺環境の範囲及びその保全手法,開発・観光等の側面から将来的に想定される資産への負の影響の防止対策,適切な公開・活用等の方針,保存管理体制の在り方について示すこと。
  5. 包括的保存管理計画の下に,個別の文化財について保存管理計画(史跡等の保存管理計画,重要文化財の保存活用計画,重要文化的景観又は重要伝統的建造物群保存地区の保存計画)を策定し又は再整理すること。

なお,本委員会においては,4件の文化資産の表題についても慎重に検討し,各資産の主題等に鑑みて適宜修正を行った。

○ 富岡製糸場と絹産業遺産群

群馬県/沼田市・藤岡市・富岡市・安中市・下仁田町・甘楽町・中之条町・六合村

伝統的な生糸生産から近代の殖産興業を通じて日本の文明開化の先駆けとなった絹産業の遺産群であり,国家主導による官営工場,フランス器械製糸技術の積極的導入,模範工場としての導入技術の積極的普及,輸出振興を目指した高規格品の生産等の点において特質が見られるなど,西欧の産業革命-近代化-という観点が「工場」という形で極東に伝播し,本格的かつ急速に発展した事例として重要である。
群馬県内には繭の増産を意図した特徴的な養蚕農家群が出現し,桑畑とともに独特の農村景観を生み出した。また,これに応じて養蚕農家に蚕の原卵を供給する蚕種生産農家,風穴等の保存施設,養蚕指導のための教育施設,在来的な座繰製糸農家の組合組織,繭や生糸の輸送に関する鉄道や倉庫の施設,絹織物業等も発展し,全体として絹産業に関連する一連の文化的景観を形成した。これらの絹産業の発展は,江戸時代に既に盛んであった養蚕・製糸業を基礎として,西欧から近代技術がもたらされることにより開花したものである。その先進的な技術が国内各地に伝播した結果,日本は明治42年(1909)に世界一の生糸輸出国となり,さらに日本が輸出した安価で良質な生糸は,米国等の近代的な絹産業の発達と相まって絹の大衆化にも貢献した。
このように,本資産は,日本の近代化を表し,絹産業の発達の面において世界的な意義を持つことから,顕著な普遍的価値を持つ可能性は高い。
また,本資産は,日本の世界文化遺産及び世界遺産暫定一覧表に記載された文化資産には未だ見られない分野の文化資産である。
したがって,我が国の世界遺産暫定一覧表に記載することが適当と判断される。ただし,世界遺産一覧表への登録推薦に向け,以下の各事項を確実に充足することが必要である。

  1. [1]伝統的な養蚕業及びそれに起源を持つ製糸業等が我が国の近代化において果たした役割並びに富岡製糸場等の位置付けについて,世界史的な観点からより一層の明確化が必要である。
  2. [2]絹産業の一部を成す絹紡績及び絹織物などの産業に関する資産をはじめ,隣接県及びその他の地域における同種の資産等への広がりを視野に入れ,それらとの比較及び構成資産としての取り込みについて検討するとともに,生糸生産に関連する集落・農地等の諸要素を視野に入れ,資産構成について検討することが必要である。

○ 富士山

静岡県/富士宮市・富士市・御殿場市・裾野市・小山町・三島市・清水町・静岡市,山梨県/富士吉田市・身延町・西桂町・忍野村・山中湖村・鳴沢村・富士河口湖町

富士山は標高3,776mの極めて秀麗な山容を持つ円錐成層火山で,南面の裾野は駿河湾の海浜にまで及び,山体の海面からの実質的な高さは世界的にも有数である。古くから噴火を繰り返したことから,霊山として多くの人々に畏敬され,日本を代表し象徴する「名山」として親しまれてきた。
山を遥拝する山麓に社殿が建てられ,後に富士山本宮浅間大社や北口本宮冨士浅間神社が成立した。平安時代から中世にかけては修験の道場として繁栄したが,近世には江戸とその近郊に富士講が組織され,多くの民衆が富士禅定を目的として大規模な登拝活動を展開した。このような日本独特の山岳民衆信仰に基づく登山の様式は現在でも命脈を保っており,特に夏季を中心として訪れる多くの登山客とともに,富士登山の特徴をなしている。
また,『一遍聖絵』をはじめ,葛飾北斎による『富嶽三十六景』など多くの絵画作品に描かれたほか,『万葉集』や『古今和歌集』などにも富士山を詠った多くの和歌が残されている。
このように,富士山は一国の文化の基層を成す「名山」として世界的に著名であり,日本の最高峰を誇る秀麗な成層火山であるのみならず,信仰と芸術・文学の諸活動に関連する文化的景観として,顕著な普遍的価値を持つ可能性は高い。
また,本資産は,日本の世界文化遺産及び日本の世界遺産暫定一覧表に記載された文化資産には未だ見られない分野の文化資産である。
したがって,我が国の世界遺産暫定一覧表に記載することが適当と判断される。ただし,世界遺産一覧表への登録推薦に向け,以下の各事項を確実に充足することが必要である。

  1. [1]山麓の湖沼・湧水,芸術・文学作品を生む源泉となった周辺の展望地点とその周辺の山岳・丘陵地帯,独特の土地利用形態を表す土地など,山腹及び山麓に分布し,富士山の顕著な普遍的価値を構成する諸要素の構成資産への取り込みが必要。
  2. [2]遺産保護に負の影響を与える可能性のある様々な事柄の解決に向け,地域開発との調整を図りつつ,関係者間の合意形成に関する一層の努力が必要。

○ 飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群

奈良県/明日香村・桜井市・橿原市

崇峻5(592)に推古天皇が即位してから,和銅3年(710)に平城京へ遷都するまでの間,飛鳥の地に営まれた宮都の関連遺跡群及び周辺の文化的景観から成る。
100年以上にわたる累代の天皇・皇族の宮殿をはじめ,それに付属する諸施設(苑地など),我が国最古の本格的都城やその内外に営まれた諸寺院,当時の有力者の墳墓などの遺跡群は今なお地下に良好に遺存しており,すでに調査された遺構・遺物は古代国家成立期における政治・社会・文化・宗教等の在り方を生々しく伝えている。また,これらの遺跡群が伝える当時の設計理念・立地計画・構築技術をはじめ,個々の遺跡に描かれた壁画等には,中国大陸及び朝鮮半島の影響が色濃く認められ,東アジア諸国との技術及び文化の交流を明瞭に示す。また,大和三山は最古の和歌集である『万葉集』にも数多く歌われるなど,我が国の代表的な古典文学作品とも関わりが深く,後世の芸術活動にも大きな影響を与えている。
これらの遺跡群は,周辺の自然的環境とも一体となって良好な歴史的風土を形成しており,文化的景観としても優秀である。
このように,本資産は日本の古代国家の形成過程を明瞭に示し,中国大陸及び朝鮮半島との緊密な交流の所産である一群の考古学的遺跡と歴史的風土から成り,両者が織りなす文化的景観としても極めて優秀であることから,顕著な普遍的価値を持つ可能性は高い。
また,本資産は,日本の世界文化遺産及び日本の世界遺産暫定一覧表に記載された文化資産には未だ見られない分野の文化資産である。
したがって,我が国の世界遺産暫定一覧表に記載することが適当と判断される。ただし,世界遺産一覧表への登録推薦に向け,以下の各事項を確実に充足することが必要である。

  1. [1]考古学的遺跡と一体を成し,独特の地勢を含む「歴史的風土」については,遺跡の周辺環境として位置付けるのみならず,集落・農地・森林など良好な文化的景観の観点からの評価についても検討することが必要である。
  2. [2]特別史跡藤原宮跡及び名勝大和三山の周辺地域の保全措置が万全でないため,条例等の下に行為規制を行うなど適切な保全措置を講ずることが必要である。

○ 長崎の教会群とキリスト教関連遺産

長崎県/長崎市・佐世保市・平戸市・五島市・南島原市・小値賀町・新上五島町

我が国におけるキリスト教は,天文18年(1549)のF.ザビエルによる布教開始以来,西日本で急速に広まった。特にポルトガルとの貿易港として開かれた長崎にはイエズス会の本部が置かれ,日本における布教の重要拠点として教会堂をはじめとするキリスト教文化が栄えた。天正10年(1582)には長崎から天正遣欧少年使節が出発し,教皇への謁見を果たして我が国におけるキリスト教の定着を欧州に知らしめた。しかし,江戸幕府による禁教政策のためキリスト教は厳しく弾圧され,島原・天草の乱が起こるに至った。そのような弾圧の歴史を物語る痕跡は,キリスト教関連史跡として今日まで継承されている。
禁教下においては,信徒は人里離れた浦々や島々に移り住み,洗礼やオラショを伝承し,明治期に入って禁教政策が解かれるまでその信仰を守り続けた。長い弾圧の歴史を経た後に建てられた教会群は,長崎県を中心とする地域に数多く残り,信仰を抑圧されてきた人々の解放と教会復帰の軌跡を現在に伝えている。また,教会群は外国人神父が伝えた西洋の建築技術と我が国の伝統的な建築技術の融合がもたらした質の高い造形意匠を良くとどめ,特色ある自然景観と相まって,貴重な文化的景観を形成している。
このように,本資産は我が国におけるキリスト教布教の歩みを示し,国内外の建築技術の融合の見本であるのみならず,独特の自然景観とも一体の優秀な文化的景観を形成し,顕著な普遍的価値を持つ可能性は高い。
また,本資産は,日本の世界文化遺産及び日本の世界遺産暫定一覧表に記載された文化資産には未だ見られない分野の文化資産である。
したがって,我が国の世界遺産暫定一覧表に記載することが適当と判断される。ただし,世界遺産一覧表への登録推薦に向け,以下の事項を確実に充足することが必要である。

  1. [1]キリスト教関連資産の文脈の下に評価が可能な隣接県の事例を資産構成に含めることについても,検討することが必要である。
  2. [2]信仰の基盤となった生業・生活の在り方を継承し,その後の時間的経過の中で変容を遂げた集落及び墓地等をはじめ,周辺の農地・海域までをも視野に入れつつ,各構成資産の範囲について検討することが必要である。
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