(平成21年第2回)議事録

1 日時

平成21年6月17日(水)17:00~19:00

2 場所

虎ノ門パストラルホテル 新館5階 「ミモザ」

3 出席者

(委員)
青山,上野,大渕,小泉,末吉,多賀谷,筒井,道垣内,土肥,前田,村上,森田,森本,山本 の各委員
(文化庁)
高塩文化庁次長,関長官官房審議官,山下著作権課長,ほか関係者
(説明者)
村井氏(筑波大学大学院図書館情報メディア研究科)
奥邨氏(神奈川大学経営学部国際経営学科)
山本氏(弁護士)
駒田氏(上智大学法学部)
渡辺氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 公共経営・地域政策部)

4 議事次第

  • 1 開会
  • 2 議事
    • (1)権利制限の一般規定について
      (「著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会」委員等よりヒアリング)
    • (2)その他
  • 3 閉会

5 配布資料一覧

資料 1
資料 2
資料 3
資料 4
参考資料

6 議事内容

【土肥主査】
それでは,ちょうど定刻でございますので,ただ今から文化審議会著作権分科会法制問題小委員会の第2回を開催いたします。
本日はお忙しい中,ご出席をいただきまして誠にありがとうございます。
議事に入ります前に,本日の会議の公開につきましては,予定されております議事内容を参照いたしますと,特段非公開とするには及ばないと思いますので,既に傍聴者の方には入場していただいておるところでございますけれども,特にご異議はございませんでしょうか。

(「異議なし」の声あり)

【土肥主査】
それでは,本日の議事は公開ということで,傍聴者の方にはそのまま傍聴いただくことにいたします。
それで,議事に入りますけれども,その前に,先日,国会で著作権法の改正案が成立したと聞いておりますので,その報告をお願いしたいと存じます。
それでは,高塩次長,お願いいたします。
【高塩文化庁次長】
失礼いたします。先生方には遅い時間にお集まりいただきまして,誠にありがとうございます。
今,主査の方からお話がございましたように,この国会に提出しておりました著作権法の一部改正法案が先週の(金),6月12日に参議院の本会議におきまして全会一致で可決され,原案どおりの内容で可決成立したところでございます。この法案の作成に際しまして,先生方には大変なご尽力を賜りましたことを改めて御礼を申し上げたいと思っております。
この法案につきましては,ご承知のように,ここ3年ないし4年かけて懸案のことについてご審議いただいたところでございまして,様々な経済界や知財本部の方からの要望もありまして,この著作権分科会の方でご審議を賜って法案をまとめたということでございます。著作権法の改正としては2年半ぶりでございまして,内容的にも,分量的にも非常に多うございます。著作権課長は平成の大改正と言っておるようですけれども,いずれにしろ昭和45年に新法ができて以来,最大の規模の改正ということでございます。
大きな中身は3つあったわけでございますけれども,特に経済界等から要望がございましたインターネット等を活用した著作物の円滑化利用ということで,いわゆる検索エンジンサービスの問題ですとか放送番組の二次利用,こういったことについて腐心して法案も作成したわけでございますけれども,国会では残念ながら余りそうした議論は展開されず,むしろ国立国会図書館の所蔵資料の電子化という話が中心でございまして,国会図書館の長尾館長もご出席されて,今後の国会図書館におけるネット利用の可能性についての議論などもあったところでございます。併せて,折しもグーグル問題というのが起きておりまして,グーグルに係る質疑等もあったわけでございます。
また,大きな柱の2つ目でございます違法な著作物の流通抑止につきましては,いわゆる違法ダウンロードについて著作権法30条から外すということにつきまして大いに議論がされまして,いわゆるユーザーのインターネット利用を妨げるのではないかというご質問もございましたけれども,そういった懸念のないよう,今後,権利者団体と私どもの間でも十分に相談をして,そういうインターネット利用の妨げとならないようにということは国会でも答弁をさせていただいたところでございます。
3番目の障害者の情報利用機会の確保の問題につきましては,大変賛同のご意見もいただきましたけれども,従来から行っておるボランティア団体などの利用といいますか,これまでの活動が阻害されないようにと,こういったご質問も受けたわけでございます。
いずれにしろ,質疑時間は,与党は基本的にご質問がございませんで,野党だけでございました。
先ほど申し上げましたように,衆参ともに全会一致で原案どおり可決ということでございますが,なお,残された問題として,本日の議題でもございます,いわゆる権利制限の一般規定,フェア・ユースの問題につきましてもご質問を賜りましたので,これにつきましては,今年度から著作権分科会の方で審議を始めるという答弁を行っておりますし,大臣からも様々な意見があるので議論をいたしたいという答弁をいたしているところでございます。
著作権の問題につきましては,これで終わりということではございませんで,当然に今日からご審議をいただく問題も含めて,まだ様々な課題がございますので,先生方におかれましては引き続きのご審議とご尽力を賜ればというふうに思っておるところでございます。
本当に今回の改正におきましてご協力賜りましたことを厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
【土肥主査】
どうもありがとうございました。
それでは,初めに議事の段取りにつきまして確認をしておきたいと存じます。
本日ご検討いただきたい議事は,前回に続きまして,権利制限の一般規定となっております。権利制限の一般規定につきましては,前回の本小委員会で,委員より,比較法的な検討を十分行うことが重要であり,まずは各国の現状等について説明をしてほしいというご要請がございました。それを踏まえ,今回はまず,「著作権制度における権利制限規定に関する調査研究会」の委員の先生方より,米国,英国,フランス,ドイツの立法状況や学説,判例の状況について,さらに三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社より,韓国,台湾,イスラエル等の立法動向等についてそれぞれ説明をいただきまして,それぞれ質疑を行いたいと思います。
まず,事務局から配布資料の確認をしていただいて,ご出席者のご紹介をお願いしたいと存じます。
【池村著作権調査官】
それでは,まず,配布資料についてご説明申し上げます。お手元の議事次第の配布資料一覧に記載されておりますとおり,本日は配布資料として資料1から資料4までの4点,そして参考資料が1点でございます。
順にご説明申し上げますと,まず,資料1としまして,本日のヒアリングで使用いたします「著作権制度における権利制限規定に関する調査研究 報告書」,これの冊子でございます。この報告書に関しましては,既に前回,5月12日の第1回小委員会におきまして資料6として配布させていただいているところでありますが,その後のチェックにより誤植等が判明しておりますので,本日,訂正版を改めて配布させていただいております。もちろん内容的な面での修正は全くございません。続きまして,資料2といたしまして,この後行われる,村井麻衣子先生からのご説明にて使用されます,村井先生作成の米国法学説に関する補足資料,資料3としまして,三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社からのご説明にて使用されます「その他の諸外国地域における権利制限規定に関する調査研究-レポート-」と題する報告書の冊子でございます。こちらの資料3は前回簡単に紹介させていただきましたが,資料1の報告書にて触れていない韓国,イスラエル等の諸外国の立法状況等に関する調査委託の成果物ということになりまして,資料1の別冊という位置付けになります。そして最後に,資料4として,利害関係者からのヒアリング事項(案)という1枚もののペーパーとなります。
以上,過不足等ございましたら,事務局までお知らせください。よろしいでしょうか。
それでは,続きまして,資料4の後ろに参考資料として配布させていただいております,ヒアリング出席者一覧というペーパーをご覧ください。こちらのペーパーに基づきまして,本日のヒアリングのご出席者を紹介させていただきます。
まず,米国法の学説についてご報告いただきます,筑波大学大学院図書館情報メディア研究科講師の村井麻衣子先生でございます。
次に,米国法の判例についてご報告いただきます,神奈川大学経営学部国際経営学科准教授の奥邨弘司先生でございます。
続きまして,米国法の訴訟制度・法文化,そして英連邦諸国法についてご報告いただきます,弁護士の山本隆司先生でございます。
続きまして,大陸法についてご報告いただきます,上智大学法学部准教授の駒田泰土先生でございます。
最後に,その他の諸外国につきご報告いただきます,三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社,公共経営・地域政策部研究員の渡辺真砂世様でございます。
事務局からは以上でございます。
【土肥主査】
どうもありがとうございました。
それでは,先ほど申し上げました議事の進め方でございますけれども,まず米国法についてご説明をいただきまして,その後に質疑応答の時間を取りたいと存じます。その後,英連邦諸国法,大陸法,その他の国の状況についても,それぞれ各別に同様の流れで説明,質疑応答を行いたいと思っております。
それではまず,米国の学説につきまして,今ご紹介がございました村井講師,米国の判例につきましては神奈川大学の奥邨准教授,米国の訴訟制度・法文化につきましては弁護士の山本先生,どうぞよろしくお願いいたします。

(1)権利制限の一般規定について

[1]米国法について
【村井氏】
著作権制度における権利制限規定に関する調査研究の報告書より,まずは私の方から,僭越ながら,米国法の学説についてご説明させていただきます。お配りいただいた資料2の方には報告書の内容をごく簡単にまとめてありますので,少し補足しながら説明させていただきます。
報告書では,フェア・ユースに関する学説として,特にアメリカの判例に影響を与えてきたと考えられるLeval判事の論文と,Gordonの市場の失敗理論及びそれに関する議論を中心に紹介させていただきました。そのほか,フェア・ユースの理論的構造に関する議論や実証的研究等を紹介させていただいております。
なお,研究会では,立法の参考のために,フェア・ユースの廃止論等,フェア・ユースに否定的な見解がないだろうかというご指摘を受けました。フェア・ユース理論の問題点としましては,あいまいで結果の予測可能性が低いということがしばしば指摘されておりまして,またその実効性に疑問を提示するものもありますが,しかし恐らく,判例法として成立してきたという歴史的経緯や,あるいは著作権によるバランスとの調整機能を果たすものとしてフェア・ユースが不可欠であると認識されているためか,フェア・ユースの存在そのものを否定すべきという廃止論等は一般的には見受けられませんでした。
まず,Leval判事の「Toward A Fair Use Standard」という論文についてです。Leval判事は,著作権法の目的を,文化の促進と学問の発展のために,著作権者に独占権による報酬を得る機会を与え,創作へのインセンティブを付与することであるととらえ,その目的からフェア・ユースの判断の在り方というものを考察しています。
資料には変形的と書いてしまいましたが,報告書の方では変容という言葉を使わせていただいております。Leval判事は,変容的利用(transformative use)を重視して,変容の程度がどのぐらい変容的かどうかということがフェア・ユースの正当化の問題では重要であると指摘しています。よって,4要素のうち,特に利用の変容性を考慮する第1の要素,そして第4の要素,市場への影響,この2つの要素の重要性を強調しています。また,ほかの追加的要素は考慮すべきではないとしています。このLeval判事の変容性を重視する考え方というのは,後にパロディが問題になったCampbell事件の最高裁判決にも影響を与えたとされています。
次に,Gordonの「フェア・ユースの市場の失敗理論」です。Gordonは経済学的な分析からフェア・ユースの基本的な原則を解明しようとしました。そこでフェア・ユースを,市場を通しては達成されないが社会的には望ましい取引を許容するための理論,すなわち市場の失敗を治癒するための理論としてとらえ,市場の失敗が存在すること,被告への利用の移転,すなわち利用を許すことが社会的に望ましいこと,フェア・ユースを認めることで著作権者のインセンティブが実質的に害されないことという経済学的な分析に基づくフェア・ユース適用のための三段階テストを提唱しています。例えば,Sony事件で問題になったような家庭内のテレビ番組の録画のような行為については,著作権者から許諾を得るための取引費用が高いために,このような場合にフェア・ユースを肯定すべきということを述べています。ただし,このうち,第三の実質的損害のテストについては後に修正をしておりまして,このような広範で厳しいテストを設けたことはフェア・ユースへの過度な制限であったとして,この要件を満たすまでもなく,フェア・ユースが認められる場合があるとしています。
このGordonの市場の失敗理論に関連するものとして,Lorenによる議論があります。Gordonの市場の失敗の理論においても,外部性や非金銭的利益による市場の失敗というものは既に言及されていました。しかし,Lorenは,特に教育や研究目的でなされる著作物の利用について,外部利益の存在から市場に委ねられると望ましいよりも少なくしか利用が行われないということを強調して,フェア・ユースを認めるべき市場の失敗のタイプであるとしています。このLorenの主張の背景には,歴史的に著作権の及ぶ範囲の拡大あるいは存続期間の延長がなされており,知識や学問の発展を抑圧しないためにフェア・ユースの果たす役割が重要になってきているという認識が存在していました。
さらに,後にGordonは自ら市場の失敗理論を修正しています。この市場の失敗理論の発表後,この理論は広く知られ,著作権者と利用者の間で取引が可能となった場合に,フェア・ユースの成立を否定する理論としてもとらえられるようになり,この点を批判されるようになりました。これに対してGordonは,そもそもの理論の意図と異なるとしまして,市場の失敗を分類するということで理論の精緻化を図っています。すなわち,高い取引費用の存在を理由とする「市場の機能不全」だけではなく,言論の自由の問題等が関わるために,市場の基準が妥当しない「本来的な市場の制限」という類型があり,後者の場合は,市場が機能するようになったとしても,著作物利用の正当性が認められるべきであるとしています。
次に,フェア・ユースの理論的構造に関わる議論を簡単にご紹介させていただきますと,例えば民主主義を重視するアプローチとして,著作権法が情報の流通を規定する法と言えることから,民主主義的な枠組みを基とする著作権法の解釈を提示しているものもあります。また,Fisherは,これまでの裁判例において判断の規範的基礎が不統一であると批判して,一定の規範的方向性を定めたフェア・ユースの在り方というものを主張しました。
また,実証的研究として,1978年から2005年までの連邦裁判所の意見のデータから,フェア・ユースの判断における4要素の影響,あるいは4要素の間相互関係,代表的な判例による原則の下級審裁判所への影響などを統計的に考察した研究がございます。
その中では,まずフェア・ユースに関する判決は意外と少なく,年間平均にすると約10.9件。そして,そのうちフェア・ユースの成立が認められたケースは約4.5件と記されています。
裁判所がフェア・ユースか否か結論を出してから,それに合わせて各4要素の結論を導くという「誘導」は行われていないと結論しています。その理由としては,各要素の基で発展してきた副次的要素,例えば第1の要素の基での商業性や変容性など,具体的で操作の対象になりにくい要素の存在にあると推測しています。4要素の分析としては,4つの要素のうち,第1の要素と第4の要素が総合的なテスト結果に大きな影響を持っているとしています。ただし,第4要素はそもそも統合的性質を持っているメタ要件であると言っております。
また,特定の副次的要素も影響力があるとしており,例えば原告作品が事実に基づくものである場合や,被告の利用が非商業的な目的である場合はフェア・ユースが認められやすいと分析しています。
また,下級審の裁判所は最高裁の代表的な判例に必ずしも従っているわけではなく,ゆえに代表的な判例からフェア・ユースの判例法へアプローチするという方法は,裁判所において実際に適用されているフェア・ユースの原則を正確には説明できていないとも述べています。
最後に,制度論・政策学的視点から見たフェア・ユースの意義を付け加えさせていただきますと,制度論的観点から見た場合には,著作権の制限規定をフェア・ユースのような一般条項として定めるということは,立法の場において抽象的な規定としての合意を取り付けた上で,その内容の判断はロビイングの攻撃に対する耐性が相対的に強い司法に委ねることにより,立法過程において反映されにくい層の利益,例えば利用者等の拡散的な利益を司法の場において汲み取り,立法のゆがみを是正するという機能が期待できるということになるという指摘もあります。
簡単ですが,私の方からは米国法の学説について,報告は以上とさせていただきます。
【奥邨氏】
神奈川大学の奥邨でございます。今回私が担当させていただきましたのは,米国のフェア・ユース関連判決ということになります。報告書では43ページ以下ということになります。
通常,フェア・ユースに関する判決の調査という場合は,Sony事件最高裁判決ですとか,Campbell事件最高裁判決のような,いわゆるリーディングケースと呼ばれるものを取り上げて,その内容についてご紹介していくというのが一般的かとは思います。ただ,そういった有名な判決に関しましては,既に多くの先行研究もございますし,今回の調査で改めて取り上げましても,屋上屋かと存じます。
また,今,村井先生からご紹介のありましたBarton Beebe教授の網羅的研究を拝見しますと,普段余り取り上げられない判決の中にも興味深いものが存在することが分かります。そこで,今回はできる限り多くの事件を取り上げることを念頭に調査を行っております。もっともBeebe教授のように,現行法制定後,全てのフェア・ユース判決を対象にというわけにはまいりませんので,Campbell事件最高裁判決以降昨年末までの間に,控訴裁レベルでフェア・ユースの4要素について取り上げた裁判例を対象といたしました。Beebe教授と同様のキーワードでデータベースを検索し,全ての判決を一瞥いたしまして,フェア・ユースについて実質的な議論を行っているものをスクリーニングいたしております。詳しくは46ページにその中身,概要が出ております。
当初はこの全てを対象とするつもりだったのですが,時間的な限界から途中で方針を変えまして,判決例の多い,第2巡回区と第9巡回区を中心にさせていただいております。他の巡回区は期限内に作業の終わったもののみを取り上げておりまして,事件選択に特段の意図はございません。
また,実際の調査に当たりましては,米国がケース・ローの国であることも念頭に置きまして,個々の裁判例が先例としてどの判決のどの部分を引用しているかを,主として最高裁判決を対象に注目していくこととしております。その結果,頻繁に引用される最高裁判決の部分をつなぎ合わせることで,フェア・ユースについて今現在,裁判所がどのように理解しているかの傾向が明らかにできるのではないかと考えた次第でございます。
報告書の48ページをご覧ください。
上記のような方針で調査した結果を整理したものが48ページ以下です。仮にここではベースラインと呼ばせていただいております。なお,この整理が私の極端な思い込みの結果でないということを開示しますために,作業の過程で個々の裁判例をまとめた資料を報告書の後半に,参考資料編1ということで掲載していただいております。日本語訳もつたないですし,内容的にも整理が十分でない部分もありまして,仮にアメリカのロースクールのケース・ブリーフィングの課題でしたら及第点をもらえないような内容かもしれませんが,ワーキングペーパーということでお許しいただければと存じます。
前置きが長くなってしまいましたが,48ページのベースラインについてご説明していきたいと思います。
結論から先に申し上げますと,ベースラインの流れは基本的にCampbell事件最高裁判決の論理の流れをなぞっており,そういう意味においては,Campbell事件最高裁判決の影響の大きさを改めて確認した形になろうかと思います。ただ,個々に見ていきますと,揺れといいますか,ぶれといいますか,そういった部分も少なからず見受けられるのが実態でございます。
まず,フェア・ユースは著作権侵害に対する積極的抗弁ですので,フェア・ユースを論じる際には著作権侵害の存在が前提となります。米国流に申し上げればPrima facie caseが証明されることが必要となります。いわゆるde minimis法理について検討されるのもこの段階ということになりまして,具体的に申し上げれば,一瞬かつ不鮮明な写り込みというようなケースはde minimis法理によって非侵害とされますので,フェア・ユースの検討に入ることはありません。
次に49ページ,総論の部分でございます。フェア・ユースはケース・バイ・ケースの判断であることが述べられるとともに,107条に列挙される4つの考慮要素が全て検討され,その上で,全部を考慮して判断することの必要性が説かれるのが一般的でございます。この結果,どれか1つの要素だけを重要視してフェア・ユースの該当性を判断することはできないということになります。なお,判決によっては,フェア・ユースは著作権が促進しようとする創作性を守るためのものだというフェア・ユースの存在意義に言及する場合もございます。
次に,第1要素の「利用の目的及び性格」に関してであります。
通常,裁判にまでなる事件の多くは商業的な利用ですので,商業性とフェア・ユースの関係について論じられることが少なくありません。大きな流れとしましては,49ページから50ページにかけてありますように,Sony事件最高裁判決で,商業的な場合,フェアとは言えないと推定する旨の言及があったことを述べた後で,しかしながら,商業性は1要素に過ぎないのであって,より重要なのはtransformativeか否か,すなわち変容力があるか否かであって,変容力がある場合は商業性のようなフェア・ユースに不利になる要素の重要性は薄まっていく旨が述べられます。その後,被告の利用に変容力があるかないか,具体的な当てはめが行われるという形になります。この流れ自体は,Campbell事件最高裁判決の流れをなぞったものと言っていいかと思います。
なお,商業的であって変容力がある場合は今お話ししたような流れになるのですが,商業的であって変容力がない場合は,先ほど申し上げましたSony最高裁判決の推定がどうも生き残っているようでして,フェアではないと推定されてしまう傾向にあるようです。
続きまして,50ページでございますが,現時点で第1要素の検討の中心となるのはtransformativeか否かでございます。transformativeという言葉を何と訳せばよいのか悩ましいところなのですが,本日私の報告では「変容力がある」とさせていただいております。ウエブスターの辞書によりますと,transformativeとは,transformする力があるという意味でございまして,transformとは形や意味や性質がすっかり変わるということだそうでございます。「変容」では形に力点が置かれてしまいますので,訳語として必ずしも十分ではないのですが,ほかに適切な言葉がないため,とりあえず「変容力がある」とさせていただいております。
さて,今回検討した裁判例を見る限りは,変容力がある場合を画一的な基準で説明するというのは難しいようです。そのことを前提とした上であえて申し上げますと,まず,変容力があると言えるためには,表現を変更することが必須ではないとする判決があります。しかし,実際に変容力が認められた事案では,サイズの変更や解像度の変更などではあっても,何かしらの形で表現そのものに変更が加えられておりました。もっとも,媒体の変換だけでは変容力があるとは認められておりません。一方で,表現に何かしらの変更が加わっていても,原作品の目的や機能と同一の目的や機能を果たしている場合は変容力があるとはされておりません。
続きまして,第2要素,「著作物の性質」についてです。
この要素に関して頻繁に検討されるのは,作品が事実的なものか,それとも創作的・創造的なものかという点です。基本的には,事実的な作品に比べて創作的・創造的な作品についてはフェア・ユースの成立が難しいということになります。ただし,Campbell事件最高裁判決において,パロディの場合はこの要素の重要性は低くなるとされましたので,利用の目的次第では,創作的な作品であってもフェア・ユースの成立があり得るということになります。
また,Harper & Row事件最高裁判決で,この要素に関して,未発行であることを重視したことはよく知られますが,その後,フェア・ユースについて定めた107条が改正されて,今や未発行であることは決定的な影響を持たないとされています。現在ではむしろ,判決例を見ます限り,未発行であるからフェア・ユースに不利というかつての理解が一種の反対解釈をされておりまして,具体的には,利用された著作物が創作的であることなどを理由に,第2要素がフェア・ユースにとって不利に傾きそうになっているところを,発行済みであることに注目して,少なくとも中立に引き戻すというような形で利用される傾向が見られます。この点はBeebe教授も指摘されている部分です。
第3要素の「利用される部分の量と実質性」についてです。
この部分については,あまり申し上げることはございません。ベースラインに挙げましたように,許されるべき複製の程度は利用の目的と性格によって変化するということが中心となります。
最後に,第4要素,「潜在的な市場や価値に与える影響」の部分でございます。
かつてHarper &Row事件では,この要素は疑いなく,ただ1つの最も重要なフェア・ユースの構成要素であるとされましたが,先に述べましたように,Campbell事件最高裁判決で,全ての要素を検討し,結果をまとめて考慮すべしとされましたので,Harper &Row事件の考え方は否定されたというのが一般的な理解かと思われます。ただ,実際の事件を見ますと,依然としてHarper &Rowを引用するものもございますので,その辺は注意が必要かと思います。
また,第4要素で検討されるべき市場の害というのは,被告による特定の行為によって生じたものだけではなくて,同種の行為が広範に広がった場合に潜在的市場に与える害も含まれるというふうに理解されております。
なお,Sony事件最高裁判決では,商業的な利用の場合,市場の害は推定される旨の判断を示しましたが,これについては,Campbell事件最高裁判決が,問題の利用に変容力がある場合は推定されない旨の判断を示したことで部分的に否定されました。今,部分的にと申し上げましたのはBeebe教授も指摘されているのですが,いわば反対解釈されてしまうところがありまして,後続の利用に変容力がないと,商業的な利用の場合は,損害が推定されるという解釈をかえって強固なものにしている感もあるからでございます。
以上,ベースラインを各要素ごとにご説明してきました。
次に,59ページをご覧いただきますと,利用形態ごとの分析も若干しております。余り時間も残っていませんので,簡単に利用形態ごとに注目すべき点をお話し申し上げたいと思います。もっともフェア・ユースはケース・バイ・ケース判断ですので,カテゴリーごとの理解は役に立たない可能性が十分あることを前提とした上での分析であります。
今回取り上げた中で事件として多かったのはパロディと引用でした。また,今回見た判決について言えば,パロディはフェア・ユースが認められやすい印象を受けました。もっともこれは直近のCampbell事件最高裁判決の影響を受けているので,当然かもしれません。
続きまして,引用については,米国著作権法に引用に関する個別規定が存在しないことがフェア・ユースにおける事件数の多さにつながっているようにも思えます。ここでも鍵は変容力の有無だったように感じました。
最後に,写り込みについては,今回見た事件に関する限り,de minimis法理によって非侵害とされずにフェア・ユースの議論となってしまった場合は,変容力の有無が鍵となって判断されがちでございます。その場合,結果的にはフェア・ユースの成立が難しいというような傾向があるように思われます。
若干時間を超過してしまいまして申しわけありませんでした。
【山本氏】
それでは私の方から,アメリカの法文化に関しての若干のコメントを説明させていただきます。報告書の67ページ以下です。
ここで,アメリカの法文化というような大上段の議論をするような意図は全然ありません。私が担当しましたイギリス法について見ていきますと,アメリカとイギリスとは法文化が違うのだということが強調されています。イギリスはアメリカと同じ方向は走らないんだというようなことが言われております。そこで,アメリカ法の法文化というものを若干,思いつくままに取り上げてみたものが,この67ページ以下です。
簡単に説明させていただきます。第1点として挙げておりますのは,アメリカの裁判所の性質です。日本での裁判所は法を解釈するところだという機能を予定されているのに対して,アメリカでは,裁判所は法を解釈するだけではなしに,法を作るところだという位置付けが真正面からなされております。したがって,一般規定であるフェア・ユースについても,それをどういうふうに利用して法を作っていくのかというような裁判所に対する期待が極めて大きいところです。そこで,フェア・ユースを持ってくる前提が,ちょっとアメリカの場合は特殊だと思われます。
2番目は,訴訟にかかる費用ですが,アメリカの場合にはディスカバリー制度がとられておりまして,訴訟の両当事者が自分たちの持っている証拠を全部まずは出さないといけない,また要求があればさらに出さないといけないということで,お互いに開示する証拠が極めて膨大なものになります。そのため,それを弁護士が全部チェックしますので,訴訟費用が膨大なものになります。損害賠償額がたとえ1,000万円のような事件であっても,弁護士費用は一審だけで1億円を超えるというようなことは,一方当事者の弁護士費用だけですが,1億円を超えるというようなことはよくあることです。
日本では,弁護士費用は基本的には訴額に対して何%であるとかという形で,請求額に対して弁護士費用がそれを上回るというようなことはまずあり得ません。アメリカの場合には弁護士費用が請求額を上回るような場合もありますし,そういう巨額になる裁判費用であっても訴訟をよしとする,そういう文化があります。
3番目は法曹人口です。こういう考え方の違いは法曹人口の差にはっきりあらわれております。データがちょっと古いのですが,人口10万人当たりの法曹の数を比較しますと,アメリカの場合には356人,日本は20人ぐらいです。アメリカから比べるとイギリスはまだましで,216人,ドイツは178人,フランスは73人と。こういうことから言いますと,イギリスで法文化が違うというぐらいだと,日本はかなり法文化が違うという結論になると思います。
第4点目は,このフェア・ユースの導入について検討するときに注意すべきかなと思いました点です。このフェア・ユースの枠組みは1841年の判決以来,登場しているのですが,現在のようにフェア・ユースが重要な機能を果たすというようになったのは,それから140年以上経った,Sony事件の1986年,それから1994年のCampbell事件以降です。つまり,フェア・ユースの法理が成立してから140年ぐらいは,批評,解説,時事報道,教授,研究,調査,これぐらいの範囲でとどまっておりまして,大きくいろんな問題に対処する,そういう機能は余り果たしておりませんでした。この範囲においてはイギリスにおけるフェア・ディーリングの範囲とほぼ同じで,柔軟性を発揮するとか,そういう今注目されているような要素は持っていませんでした。
つまり1986年のSony事件,1994年のCampbell事件以降,そこで出された非営利目的の使用の法理であるとか,トランスフォーマティブ・ユースの法理が重要に機能するという背景があって,フェア・ユースの重要性が出てきています。したがいまして,もし我が国にフェア・ユースの法理を導入するというようなことが議論されるのであれば,フェア・ユースを規定しているアメリカ著作権法107条の4要素を単純に並べるというようなアプローチではなしに,この140年経ってさらに,現在構成されておりますSony事件やCampbell事件の判例法理を組み込んだような形にしないと無駄になるのではないかと思います。
以上です。
【土肥主査】
どうもありがとうございました。それでは,ただ今の村井先生,奥邨先生,山本先生のご報告,ご説明につきまして,何かご質問等ございましたらお願いいたします。
【村上委員】
最初は村井先生,山本先生にお聞きしたいのですが,件数として年間平均約10.9件,それで認められた件数が4.5件,これが判決の件数という形で書いてありますけれども,アメリカの法律実務を考えますと,当然,フェア・ユースで訴訟が起こって,フェア・ユースが認められる可能性もあるわけですから,そういうリスクを避けるために,当事者としては和解で終わっている事例というのも結構あると思うのです。和解という意味は当然,著作権団体なり著作権者に対して幾らか対価を払うという形で最終的に終わっている事件というものもあるはずなので,それがどのぐらいの件数なり,どのぐらいの比重を占めているのかというのが第1の質問です。フェア・ユースは結構,そういう意味では,取引費用というか,業者に対して和解的な解決方向を促進する機能も果たすのではないかと考えていますので,もし分かりましたら,その比重を教えていただきたいというのが第1の質問になります。
第2が,奥邨先生に対する質問ですが,私はこの参考資料は面白いというか,興味深い様々な事件が現実にフェア・ユースの名前で裁判所で争われているという形の印象を受けて,個別事例をさっと見たところなのですが,私の質問は非常に簡単になります。
アメリカでフェア・ユースの規定があって争われた結果,同じ事件が仮に日本の現行著作権法の下で起こったとして,アメリカではフェア・ユースがあるために著作権の利用が無償で認められるけれども,日本では現行法を前提にして訴訟を起こしても著作権の使用が認められないという,そういう事例で,非常に顕著な事例なり明白な事例というのがあるのか,そういうケースがあるのかというのが第2の質問になります。
【土肥主査】
お願いいたします。
【村井氏】
フェア・ユースの訴訟件数に関連して,和解との割合というご質問でよろしかったでしょうか。申し訳ないのですが,実際にどのくらい和解の件数があるのかというところは私の方では分かりかねるのですが,ただし,まず訴訟全体として,確かに和解でかなり解決されているのではないかということは,報告書の64ページにあげさせていただいています。さらにフェア・ユースに関しても66ページの注の11に少し触れておりますが,権利者側が訴訟前に積極的に警告書を活用するケースがあり,あるいは訴訟費用が高額であることと相まって,フェア・ユースの抗弁の主張を断念させている。すなわち,訴訟に至らず何らかの形で解決されているケースというのが恐らく多いのではないかという推測もあると思います。正確な件数等は分からず,申しわけありません。もし山本先生の方から何かありましたらお願いいたします。
【山本氏】
具体的な和解の件数であるとか比率については,申しわけありませんが,データを持っておりません。ただ,一般的なこととして申し上げますと,先ほど申し上げましたディスカバリーの結果,お互いが持っている証拠が出てしまいますので,その段階で和解で終わるという件数が基本的には極めて多いと。その中で恐らく,ここは想像で申しわけないですが,フェア・ユースの場合には法律論が争点になりますので,ディスカバリーの段階で,だからといって決着がつく比率は,逆にフェア・ユースに関しては少ないんじゃないのかなという予想を持っております。
【奥邨氏】
私へのご質問ですけれども,今回見ました控訴裁のレベルの判決で多かったのはパロディと引用関係でございました。したがって,どうしてもそちらになるんですけれども,極端に言いますと,やはりパロディ関係の事件はアメリカで比較的広く認められておりますが,日本では過去の事例に照らしても難しいケースが多いのではないかと思います。ただ,日本とアメリカでは人格権の問題で差がございますので,フェア・ユースの有無だけで,難しさをイコールに評価していいのかどうかはあります。
また,まさに今日冒頭にご紹介がありました検索エンジン関係等々については,やはり日本法では難しかったのではないかというふうに思います。
逆にアメリカの場合は引用に特化した規定がございませんので,日本であれば引用規定の問題として議論したであろうものをフェア・ユースとして議論をしていますので,若干複雑になっているというような傾向があるかというように理解をしております。
【土肥主査】
よろしゅうございますか。
【村上委員】
1点だけいいですか。
【土肥主査】
どうぞ。
【村上委員】
山本先生にお聞きしますけれども,例えばグーグルの事件なんかでも,あれもフェア・ユースで著作権団体とグーグルが争い和解でけりをつけたと聞いています。そのときには,フェア・ユースが争われたけれども,和解の条件としては,フェア・ユースについてはどうだという勝ち負けは決めずに,一定の対価を払う形で,しかもクラスアクションがありますから,その形でけりをつけるという,ある意味で対価を払って有償で,そのかわり著作権の利用を認めるという,そういう形の和解が数多く行われているという感じなのか,そうでもないのか,どんな感じの印象でしょうか。
【山本氏】
そういう形での和解というのも多いと思います。私自身が関与した事件でも,裁判所が,日本と同じですが,強引に和解のテーブルに着かせて何とか解決させようという努力をやりますので,特に判決を書きたくないときはそうですので,そういうことは日本と同じようにあります。ただ,その比率についてはちょっと,申しわけないですが,データはございません。
【道垣内委員】
条約との関係をお伺いしたいのですが,どなたでも結構です。1976年にアメリカで107条が導入された段階では,アメリカは万国著作権条約だけに入っていて,その後,ベルヌ条約に,またWTO協定に入ったという順序であり,107条の制定後にスリー・ステップ・テストを定める条約に入ったということだと思います。万国著作権条約には,ちょっと私が見た限りでは,非常にあいまいな規定しかなく,それによれば,条約の精神及び規定に反しないような例外なら導入してもよく,その場合でも合理的な水準の有効な保護を与えるという規定があるだけなので,107条の運用上,余り条約のことを考えなくてもよかったのではないかと思います。しかし,今や,スリー・ステップ・テストを満たす例外を認められないという状況にあるわけです。そこで,そのような変化を意識した議論というのはあるのでしょうか。要するに,107条の解釈が条約で拘束されているといった議論があるかどうかということを伺いたいと思います。
【山本氏】
まず,ベルヌ条約に加盟する段階では,107条が議論になったというよりは,著作者人格権や形式要件の点が焦点になりましたが,フェア・ユースについては余り争点になったという話は聞いたことがございません。逆に今になって議論になっているところがあるんじゃないかと思います。つまり,現在,ヨーロッパで,107条のあの規定は,スリー・ステップ・テストの第1要件を満たしているのかというような議論はありますが,その点については駒田先生がお詳しいのではないかと思います。
【駒田氏】
アメリカにもございますし,ヨーロッパでも,アメリカ法の107条というのは条約上のスリー・ステップ・テストに照らしてどうなのだと。特に第1ステップの要件を満たすのかということは一応議論の対象にはなっていますけれども,私は余りアメリカの方の学説はよく知りませんが,ヨーロッパの方では,107条は一応条約整合的であるという結論をとる見解が,やや多数のように思います。
前回のこちらの会議でも,確か上野先生が言及されたと思うんですけれども,マックス・プランク知的財産研究所の有志が公表したスリー・ステップ・テストに関する宣言というのがございますけれども,その中でもアメリカ法のフェア・ユースのようなオープンエンデッドな権利制限規定も,各国は採用してもよいと。それは何らこのスリー・ステップ・テストに抵触するものではないというような解釈宣言を出しておりますので,比較的,権利制限に関して厳しい考え方をするヨーロッパにおきましても,アメリカ法の107条は,一応は,スリー・ステップ・テストに整合的であるという考え方をとっている人がやや多いように思います。
【土肥主査】
ありがとうございます。よろしいですか。
じゃ,多賀谷委員,どうぞ。
【多賀谷委員】
千葉大学の多賀谷ですが,前回ちょっと欠席しましたので,今日から参加させていただきます。
私はもともと公法学者ですので,この報告書を読ませていただいて,やっぱりちょっと違和感を感じるのです。というのは,基本的にこのフェア・ユースを認めるのは公共の利益が背景にあるとすると,日本の公法的な議論で言えば,公共の利益に基づいて得られる利益,フェア・ユースで利益を受ける者の利益は,原則として反射的な利益であって,そこについては権利性を認めないというのが多分,伝統的な考えだと。大陸法でも多分そういう議論をしていると思うのです。これで見ると,特にtransformer的な利用の場合に認めるというというですね。その場合,フェア・ユースでtransformerして何らかの著作物を利用した方がある種の権利を認められることになるのか,それがある種の例えば著作権的な権利を認められるのか。その場合に,もともとの著作権者とフェア・ユースした方が何らかの権利を持った場合,その関係はどうなるのかということについて,アメリカで何らかの見解があれば,分かれば教えていただきたいのですが。
【土肥主査】
これはどなたが。
【山本氏】
私が理解しているところでは,フェア・ユースが認められたからといって,それが権利として認められるわけではないと思います。あくまでも違法阻却事由であって,フランスであるような,今度は利用権として認められるとか,そういうことはないように思います。
逆にフェア・ユース,特にトランスフォーマティブ・ユースになるような場合には二次的著作物になりますので,二次的著作物としての成立という形での保護は別途与えられる,それはあると思いますが。
【土肥主査】
よろしゅうございますか。
【駒田氏】
申しわけありません。多賀谷先生がご指摘くださったような議論は,むしろヨーロッパの方でやられているのかもしれません。つまり,著作物の利用者も著作者同様,基本的人権を持っていると。著作物の利用に関する基本的人権を持っていて,それが司法のレベルにまで影響をある程度及ぼすのであるという議論はされております。ただ,著作権のように,権利を行使して,行動をし,相手方に対して強く要求するというような,そういう権利ではない,もうちょっと静態的な権利で,とにかく著作物を利用させてほしいと言えるというぐらいの権利だというような議論がされておりました。しかし,技術で著作物の利用を権利者がガードしているときに,基本権を行使するような形でその著作物を利用したいと利用者が思っているときは,そのガードを外せるように著作権者に請求できるのだと。それは最近,ドイツ法でもフランス法でも一定の形で実定法の中に取り入れられました。これはある種,利用者の行動する権利を認めたことになっているんじゃないかというような議論はフランス及びドイツではあります。
【土肥主査】
よろしゅうございますか。ほかに。
小泉委員,どうぞ。
【小泉委員】
質問というよりコメントなのですけれども,報告書の60ページの[2]に,フェア・ユースというと非常に新たな利用形態に適用されるというイメージがあるけれども,実際には引用という極めて伝統的な利用形態に関して頻繁に適用されているというご指摘があります。107条という条文は,先ほど裁判所の運用が最近変わったというお話もありましたけれども,基本的には条文の構造上,批評,解説,報道,教授,研究,調査と,限定ではないにしろ,目的が列挙されていて,日本法の32条の引用の規定に非常によく似ております。日本法は,報道,批評,研究,その他と目的を列挙し,公正な慣行,正当な目的を要件として規定しております。引用についてアメリカは条文がないということですので,フェアユ-スについて引用の事例が多いのも当然なんじゃないかなと思った次第です。
以上です。
【奥邨氏】
まさに今ご指摘のところですけれども,107条の冒頭に出ている例示に関しましては,例示に当てはまりそうな事件の場合は,裁判所はそれに触れますけれども,一見して当てはまりそうもない事例の場合はほとんどスルーしまして,4要素を議論するというような形になっていたように思います。
【小泉委員】
まさにそれが先ほどの道垣内委員のご質問にあった点に関連します。つまり,条文の文言上は,批評,解説と目的が列挙されており,ベルヌ条約の第一要件の「特別な場合」を充たしていると言いやすいけれども,もし裁判所が,実際には目的要件をスルーして運用している例があるとすると,そのような運用を含めてはたしてアメリカ法はベルヌ条約に適合しているのだろうか,という問題が別にあると思うのです。フェア・ユース全てを一体的に把握するというのは非常に難しい作業なので,疑問だけ提起しておきたいと思います。
【土肥主査】
ありがとうございます。
ほかにいかがでございましょうか。大渕委員,どうぞ。
【大渕委員】
時間等の制約でやむを得ない面があるのでしょうけれども,このフェア・ユースと,個別規定がある部分との関係などで問題になっている点があるのか,余りそもそもそういう点は,理論上は問題になり得るけれども,実際は余り問題になっていないのかというあたりが我が国の検討ではかなり重要なポイントではないかと思いますので,何か示唆になり得る点がありましたら,お伺いできればと思いますが。
【土肥主査】
これはどなたにご質問ということになりますか。
【大渕委員】
どなたでも結構です。
【奥邨氏】
簡単に1点だけ。今回取り上げたのは控訴裁のレベルということもありますけれども,基本的にはフェア・ユースだけの議論に絞ってしまっていて,どちらかを選ぶというような事例はほとんどなかったかと思います。【注:後ほど発言を修正補足】ただ,地裁レベルの事案ですと,議論に未整理なところがありますので,実際にはあるのかもしれませんけれども,そこまでは調査できておりません。
【土肥主査】
この後も若干,まだご報告,ご説明いただく時間がございますので,一応この後の説明を先に伺って,残った時間で,またお三方のご説明について時間があれば質疑をしたいと思っております。
それでは,続きまして,英連邦諸国法について,もう一度,弁護士の山本先生にお願いをいたします。
[2]英連邦諸国法について
【山本氏】
それでは,まずは英国についてご説明させていただきます。
最初にお断りさせていただきますが,私,英国法についてはほとんど存じ上げません。アメリカ法についてしか知らないのですが,アメリカの担当者が3名おりましたので,私がイギリス法について改めて勉強してみたいと思いまして,担当しました。ということで,ここに書いてある以上の情報は持っていませんので,それを予めご了解下さい。
イギリスには,権利制限規定として,フェア・ユースと並び称せられるフェア・ディーリング規定というのがあります。これについては,74ページ以下に説明しています。
イギリスは日本と同じように事細かな権利制限規定を置いております。その個別規定の中にですが,フェアを要件にした規定が幾つかあります。これは日本の個別権利制限規定と同じようなところに,単純にフェアという規範概念が入っているだけだというふうにご理解いただいた方が分かりやすいと思います。
このフェア・ディーリング規定,つまりこのフェアという概念を入れた規定は,74ページに書きましたとおり,現在7項目あります。大きく分けますと,研究または私的学習が1つ。それから,批判または評論,これが2つ目。3つ目は時事報道。4つ目は授業。この4タイプについてフェア・ディーリングとして伝統的にあるようです。こういう形になっておりますので,一般的な権利制限規定はございません。そこで,アメリカのようなフェア・ユース規定を採用してはどうかというような議論もイギリスにはあります。これは今もずっと議論がされているようですが,今までのところ,フェア・ユース規定を入れようという結論には至っておりません。
この動きの中の一つをご紹介いたします。75ページの下のところですが,1977年で「the Whitford Committee Report」というものがフェア・ユース規定の採用を勧告したことがあります。結論的には議会はこれを採用しておりません。その理由というのは76ページの上から2番目のパラグラフの方に書いてあります。要は著作権者の権利の保護からいって,その保護の範囲があいまいになると,過大に権利者の利益が浸食されるおそれがあるということを懸念して,フェア・ユースの規定を否定しております。
また,76ページの学説というところに書いておりますが,フェア・ユースの採用について賛否両論があります。ここでご紹介しております論文では,なぜフェア・ユースの規定を採用しないのか,否定論の方からの根拠を3点挙げております。
ここで挙げております第1点は,アメリカのフェア・ユースの規定の基になったのは1841年のFolsom判決ですが,このFolsom判決は,実はイギリスの1741年の判決の影響を受けております。イギリスでは1741年の判例以降,フェア・ユースに相当する,フェア・ディーリングの判例法理が発展していきまして,それを1911年に法文化しました。しかし,それ以降,判例法理として柔軟に広がっていくということがイギリスでは止まってしまっております。そういう背景を見ると,イギリスでは裁判官の対応に問題があるのであって,このフェア・ユース規定を入れたからといって,裁判官の対応が変わらなければ何も変わらないでしょうというのが,反対の第1点です。
第2点は,法文化がイギリスとアメリカでは違います。法文化の点については,先ほど私の目から見た何点かをご紹介しましたが,そういう法文化の違いを指摘しております。
第3は,フェア・ユースのような一般権利制限規定を入れても,将来どういう方向に向かっていくのか,そういうものについての見通しが立たないというようなことを否定論の根拠にしております。
さらに,このフェア・ユースを導入するかどうかについての議論に関して,76ページの下に,2005年のガワーズ調査,ガワーズレポートについてをご紹介しております。この中では,デジタル化・ネットワーク化に対応した著作権制度をどういうふうにすればいいのかという問題について包括的に研究している調査報告書ですが,この中で権利制限規定についても議論しております。
この中では,フェア・ユース規定について,積極的な評価をしております。しかし,結論的には,だからといってフェア・ユース規定を入れろという提案はしておりませんで,逆に個別の規定としてメディア・シフティングやパロディに対する個別の権利制限規定を提言しております。ということで,フェア・ユースに対する評価はしながらも,それを入れることに対しては極めてためらいがちであるという印象を受けます。
次はカナダについてご紹介したいと思います。78ページをご覧ください。
カナダの現在の規定では,イギリス法を継承しておりますので,そのフェア・ディーリング規定と同じく,研究,学習,批判,評論,それから時事報道についてフェア・ディーリング規定を入れております。ただ,教授については入っておりません。
カナダの著作権法のフェア・ディーリングの規定に関しては,学者によりますと,イギリスのような硬直的な運用の仕方ではなしに,もっと柔軟な運用をしているというような議論もあります。イギリスでは,例えば研究ですが,商業的研究は否定されておりまして,非商業的研究にしかフェア・ディーリングの適用を認められておりません。しかし,カナダでは,商業目的の研究であってもフェアと評価できるというような解釈をやっております。具体的な規定には当てはまらないのですが,パロディについても現行法のフェア・ディーリング規定の解釈を柔軟にやることによって権利制限を認めていくことができるだろうという議論がなされております。
そこで今度は,じゃ,フェア・ユース規定を入れるのかと,そういう動きがあるのかという立法活動の方に目を移しますと,2008年に法改正の提案がなされておりますが,その中ではフェア・ユースの規定の提案はありません。メディア・シフティングであるとか,タイム・シフティングであるとか,教育研究目的の利用についての権利制限,個別的な権利制限の提案はありますが,実際には一般的な権利制限規定についての導入の提案はございません。その理由について,79ページの一番下のところにちょっとだけ書いてありますが,アメリカのようなフェア・ユース規定を入れると,グレーゾーンが広がって,裁判で決着をつけないといけない。しかし,裁判費用がかかるということから,かえって利用者に利用についての萎縮効果を与えてしまうのではないかという懸念が指摘されております。
次はオーストラリアに移ります。80ページです。
オーストラリアもイギリス法を承継しておりまして,同じように個別的なフェア・ディーリング規定を入れております。最近,法改正を行いまして,タイム・シフティング,メディア・シフティング,それからパロディについて権利制限を定める規定を入れております。そのほかに,ベルヌ条約9条2項をベースにした,かなり目的を制限した形なのですが,一般的権利制限規定に類するものが入れられております。ただしこれは,図書館等での利用,それから教育機関での利用,それから障害者による使用,こういうものだけに限定している規定です。
オーストラリアにおけるフェア・ユース規定の導入も議論されておりましたが,最終的には全く支持を得られずに,一般的な権利制限ではなく個別的な権利制限規定がいいという結論になっております。その辺のことは,81ページに書いてあります。オーストラリア政府は,フェア・ユース規定の導入について意見をまとめて,それを公表したのですが,それに対して賛成の意見が公衆からは出なかったということのようです。
以上です。
【土肥主査】
ありがとうございました。
それでは,山本先生はここに書いてあることが全てだというふうにおっしゃっておられるので,質疑というのも難しいのかなと思うんですけれども,おっしゃった中で何かご質問等ございましたら。
じゃ,村上委員,どうぞ。
【村上委員】
1点だけ確認させてください。
アメリカ法とイギリス法,特にイギリス法は英米法という言葉でくくられることも多いわけですけれども,イギリスのことに関してということで,もし明言できるなら教えていただきたいということで。アメリカと比べて,アメリカ特有の民事訴訟手続である,例えばディスカバリーとか,陪審員制度とか,それから懲罰的損害賠償,クラスアクション,そういうのはまずイギリスにはないということ。さらに続けて言いますと,ここで指摘されている裁判所による法創造を肯定する文化,それから訴訟にかかるコストをいとわない法文化というものについても,やはりアメリカにはあるけれどもイギリスにはないという形の感覚で受け取ってよろしいでしょうかという,確認の話になりますが。
【山本氏】
申しわけありません。極めて難しい質問です。まさにそういう問題は,一般的なイギリス法,著作権法に限らず,イギリスの裁判制度,民事訴訟法,法制度一般についての理解がないと,そのご質問には答えられないので,私には無理です。ただ,ディスカバリーの点なんかは,アメリカでかなり独自に発展してきた制度で,アメリカとイギリスではかなり違うのではないかというふうに思います。
それから,法創造の点についても私は指摘したのですが,もともとの観念は,英米法では,法は自然界に存在するもので,自然法則と同じように存在するもので,それを単純に発見するだけのものだという観念は恐らく英米法で共通しているんだろうと。それをさらに推し進めて,アメリカでは法創造する機関なのだと,法の発見ではなしに,法創造をする機関なのだというふうに割り切っちゃっているのはアメリカ特有なのかなというような想像はしております。ただ,私の知識を超えております。
【土肥主査】
ありがとうございました。
ほかによろしゅうございますか。大渕委員,どうぞ。
【大渕委員】
今の点に関連するわけですが,このアメリカ法のフェア・ユースは非常に判例法性が強いわけで,そういう意味では同じように判例法国であるイギリスだと若干なりとも受容についてのハードルは低いのかなとも思えます。イギリス以外の英米法系の国についてもご報告いただいていますけれども,代表例として,イギリスでさえも,根本は法発見から始まっているとはいえ,先ほどの法創造の点で違うから,法文化的にはアメリカ型のフェア・ユースについてはためらいがあるんじゃないかと,そういうご趣旨だと思いますけれども,ちょっとそこの点を念のため確認させていただければというのが1点。
それから,資料1報告書の76ページになるかと思いますが,学説と書いてあるところで,第3のポイントとして指摘されている「将来において働いていく方向を形成していきそうな各種の力を考慮していない」というのは,要するにこれを導入してもどちらの方向に行くかよく分からないというご趣旨のようなのですが,これはフェア・ユースの良い点でも悪い点でもあるのかもしれないのであって,導入すれば各国ごとにどういうふうに向いていくかというのはそれぞれ決まっていくのでしょうけれど,この論者だけではなく,イギリスの場合にはこういうような印象が一般的だと,つまり,イギリスの法律家というか関係者の一般的な共通認識であるという理解でよろしいのでしょうか。
【山本氏】
最初の点ですが,少なくともフェア・ユースの規定に関しては,先ほど申し上げましたように,1741年の判決で生まれてから1911年の法制定までの間は判例法で形成していくのだというような意欲があったようなのですが,1911年の著作権法が制定されて以降,正確に言いますと1916年以降だと言われているのですが,裁判官が硬直化しちゃった,物すごく厳格に解釈するようになったと言われております。したがって,これは,法創造の文化があるかどうかの問題よりも,フェア・ディーリングの規定についての裁判所の方向がそっち側に行っちゃったと,法制定があったことによって,それに縛られるような傾向になってしまったという関係なのだと思います。
第2点のご質問については,この第3点目の指摘がこの著者の意見だとは思うのですが,これがいかに一般的かということについては,申しわけないですが,ちょっと分かりません。
【土肥主査】
よろしゅうございますか。
それでは,続きまして,大陸法について上智大学の駒田准教授にお願いしたいと存じます。どうぞよろしくお願いします。
[3]大陸法について
【駒田氏】
上智大の駒田でございます。
私が調査研究会で担当しましたのは,大陸法における権利制限の構造に関する研究でございます。一口に大陸法と言いましても,欧州大陸には数多くの国があるのですけれども,報告書では特にフランス法とドイツ法にスポットライトを当てております。
また,2001年に採択されたEC情報社会指令,これも著作権等の制限に関する規定を数多く定めておりますので,これも必要な範囲で検討しております。その指令の5条1項は,技術的な過程で生じる,いわゆる一時的蓄積についての複製権を制限せよと規定しております。この権利制限は,全ての加盟国が実施を義務付けられた強行的な性質のものでございます。
他方で,5条2項も複製権の制限について定めておりますけれども,同項は例外または制限を設けることはできると定めておりまして,実際に2項に定められた様々な場合に複製権を制限するか否かは加盟国の任意的な判断に委ねられております。
5条3項は複製権及び公衆伝達権の制限に関するもので,やはり任意規定でございます。
5条4項は以上の権利制限と連動して頒布権を制限できることを明らかにしております。したがいまして,情報社会指令は,そこに掲げられた様々な場合に著作権等を制限してよいことを加盟国にオーソライズしていると言うことができます。
その際,加盟国が過剰な権利制限をしないように,いわゆるスリー・ステップ・テストをセーフガードとして5条5項に規定しております。スリー・ステップ・テストは,ご案内のように,もともとは複製権に関するベルヌ条約9条2項に由来するものでございます。複製権の制限が一定の特別な場合に用いられ,その適用が著作物等の通常の利用を妨げず,権利者の正当な利益を不当に害しないことを条件として認められるという原則でございますが,現在では他の条約においても複製権に限定されない形で用いられているところでございます。
この5条5項によりまして,加盟国は指令に掲げられた個別具体的な制限規定を実施する場合には,スリー・ステップ・テストに抵触しない範囲内で実施することが求められます。従前から国内法に存在していた制限規定でありましてもスリー・ステップ・テストに整合した規律の実施が求められます。フランスは2006年,ドイツは最終的には2007年に指令を国内実施いたしました。
現行のフランス法におきましては,著作権を制限する規定は,122-5条に網羅的に規定されております。著作隣接権を制限する規定は211-3条に規定されております。どのような内容の規定であるかは報告書にざっとお示ししておきました。さらに,データベースに関するいわゆるsui generis権の制限を定めた規定として342-3条があります。
ドイツ著作権法の方は第1章第6節に著作権の制限規定が定められておりまして,それらの規定は著作隣接権にも準用されております。こちらも具体的にはどういう規定であるのか,その見出しに当たる部分だけを報告書で紹介しておきました。
フランス,ドイツにおける制限規定のリストは,いずれも個別具体的なもので,著作権等を一般的・抽象的に制限する規定,いわゆる一般条項を含んでおりません。列挙された場合以外の場合に権利を制限してよいかどうかというのは明確に規定されておりません。ですので,一見したところ,限定的に列挙されていると言うことができます。
フランス法は,スリー・ステップ・テストを明示的に規定しております。もっとも,情報社会指令における規定ぶりとは異なっておりまして,第1ステップを省略したツー・ステップ・テストになっております。これはフランス法が権利を制限している種々の場合が既に一定の特別な場合に該当するという理解に基づいております。
フランス法及びドイツ法における制限規定の解釈,これは厳格に解釈するのだというのがオーソドックスな解釈態度でありましたし,現在も一応そうであると言うことができます。この解釈態度は,近代が始まって以来,ヨーロッパ大陸が採用してきた著作者中心の著作権法観に由来していると言えるかと思います。著作者の保護が原則であって,その制限は例外であって,例外なのだから厳格に解釈されなければならないということでございます。また,このような態度は,著作者の人格を重視するアプローチとも親密な関係にあると言えようかと思います。厳格解釈のテーゼは,具体的には制限規定の拡張解釈の忌避や類推解釈の禁止,明文の根拠を有しない権利制限の創出禁止といった種々の拘束をもたらすことになります。
以上がフランス,ドイツにおけるいわば主流派の解釈態度というべきものでございますが,近時のドイツにおきましては,このようなやや硬直的な著作者中心主義から脱して,もう少し柔軟な解釈論を展開しようという議論も台頭してきておりまして,最近こちらの方が主流になったのではないかというような印象も持ちます。この立場におきましては,そもそも制限規定というのは,著作権の外延を画する法技術にすぎないので,前提として制限規定を例外と見ることは間違っているというふうにされます。
そして,著作者と同様に著作物の利用者も,基本的人権あるいは憲法的な価値,表現の自由であるとか情報に対する権利等によって保護されていることを正面から認めます。そして,私的生活関係において生じるそれらの衝突を調整し,両者の利益の調和のとれた妥協を実現するのが著作権法の目的であると,このように考えます。
ドイツにおきましてこのような議論が台頭してきた理由の1つは,ドイツの判例の影響が大きいのではないかと推測されます。その判例でございますが,先ほど申し上げましたように,両国では厳格解釈のテーゼが強力な伝統を有しておりますけれども,その影響力は裁判実務をがんじがらめにはしていないようであります。判例をつぶさに見てまいりますと,両国の裁判所は,総じて厳格解釈の立場を尊重してはいるけれども,墨守してはいないと言うことができようかと思います。
フランス法には,いわゆる写り込みに対応した制限規定というのは存在しないんですけれども,フランスの裁判所は,明文規定の根拠なくそのような著作物の利用を非侵害とする解釈論を展開しているようでございます。また,ドイツの裁判例におきましても,つぶさに見ていくと,立法の間隙を埋めて,技術の進展に対応すべく,大胆な類推解釈を行ったとおぼしきものもございます。
先ほど,情報社会指令5条5項はスリー・ステップ・テストを定めていると申し上げましたが,当該規定は,スリー・ステップ・テストを遵守しつつ,指令に掲げられた制限規定を適用せよという書きぶりになっておりますので,この5項は裁判所を名宛人とするのではないかという議論がございます。共同体指令は,通常は立法府のみを拘束するものでございますが,この規定に関しては例外的に加盟国の裁判所も拘束するという見解が通説のようであります。
そうしますと,たとえ国内法にスリー・ステップ・テストが書かれていなくても,加盟国の裁判所はその趣旨を酌んだ解釈をしないといけないわけであります。スリー・ステップ・テストは,我が国では時々誤解されることがあるのですけれども,もともとの役割は,権利を制限するための原則ではなくて,権利を保護するための原則であります。すなわち,一定のレベルを超えて権利を制限してはいけないというための原則であります。そうしますと,スリー・ステップ・テストの趣旨を酌んで個別の制限規定の解釈をするとなりますと,基本的には縮小解釈の方向に機能することになります。
これが実際に問題となったのが,報告書でも紹介しましたフランスの事件,Mulholland Drive事件でございます。この事件は指令成立後,しかしフランスがまだ国内法にスリー・ステップ・テストを明記していない時期に起こった事件であります。DVDの家庭内複製は,形式的には私的複製に関する制限規定の要件を充足するけれども,これを自由にすると著作物の通常の利用を妨げることになるのではないか。当該複製については私的複製の制限規定は適用されないのではないかということが問題となったケースでございます。
フランスの学説は,私が見る限りは,スリー・ステップ・テストに基づく制限規定の縮小解釈ということに対して余り好意的ではありません。それはスリー・ステップの中でも特に第2ステップがあいまいな概念なので,これに基づいて制限規定が縮小解釈されますと著作権侵害が恣意的に成立することになって,罪刑法定主義からの観点からも疑問であるという趣旨の見解が見られます。ただ,既に申し上げましたように,情報社会指令がそのような義務を加盟国に課しているように読めますので,結局フランスは国内法にスリー・ステップ・テストを導入したわけでございます。ほかにもヨーロッパの少なくない国がスリー・ステップ・テストを解釈基準として国内法に明記したようでございます。
以上は,権利を広げていく方向でのスリー・ステップ・テストに関する議論でございますが,権利を制限する方向での議論というものも見られます。
近時,スイスにおきまして,スリー・ステップ・テストに抵触しない限り権利は制限されてもよしという観点から,私的複製に関する制限規定の拡張解釈を行った最高裁の判決が報告されております。この事例におきましては,スリー・ステップ・テストはいわば英国法のフェア・ディーリングのような機能を果たしているように思います。この判決に対しては好意的な見方をする論者もいます。
私的複製あるいは引用といった目的が定まった範囲で柔軟な権利制限を導くのはフェア・ディーリングでございますが,この際,目的に限定のない権利制限の一般条項を設けたらどうかという議論もドイツにおいては若干されているようでございます。例えばヘイレン教授はスリー・ステップ・テストの反対解釈を形にしたものといいますか,スリー・ステップ・テストに抵触しない範囲では権利を制限すべしという提案をしておられます。また,Försterという方がこのテーマでディセルタチオンを書いておられます。ヘルスターは,ドイツにおいては権利制限のための迅速な立法は期待できない。情報技術の発展のスピードはますます加速していて,予期せぬ著作物の利用形態に個別具体的な制限規定の仕方では対応しきれないといった理由を挙げて,アメリカ法のフェア・ユース規定を参考にした小一般条項の創設を提案しておられます。
Försterが提唱するドイツ版フェア・ユースのモデル規定でございますが,アメリカ法の107条と比較した場合に明確に違う点の一つが,公正な使用であっても補償金,報酬の支払いが原則だと言っている点でございます。これはFörsterの見解によりますと,ドイツ基本法上の比例原則から導かれるということのようでございます。もっとも著作物の無償利用に高度の公的利益が認められる場合はこの限りではないとも規定されております。Försterの提案にあるドイツ版フェア・ユースでございますが,これはそもそも情報社会指令と整合的なのかどうか,若干議論があるようでございますが,既に本報告の時間はかなりいただいたと思われますので,その詳細は割愛したいと思います。
私からは以上です。
【土肥主査】
ありがとうございました。
それでは,ただ今の駒田先生のご説明について,ご質問がありましたらお願いいたします。
小泉委員,どうぞ。
【小泉委員】
短い時間の中で豊富な内容をありがとうございました。
1つ確認なんですけれども,報告書の99ページに[3]の下から5行目において,一般規定の導入は,欧州指令上は許されないだろうと書かれていますけれども,これが一般的な考え方だと考えてよろしいでしょうか。
【駒田氏】
はい,そうですね,まだそんなに議論の量自体は大きくはないんですけれど,無理でしょうという見解の方が多数かなというふうに思います。
【土肥主査】
では,道垣内委員,お願いします。
【道垣内委員】
今のご指摘と少し重なるかもしれませんが,84ページの「ドイツ」と書いてあるすぐ上のパラグラフで,フランスではスリー・ステップ・テストのうち,特別な場合というテストは特定した条文により満たされているので,ツー・ステップ・テストを規定していると紹介されています。この122-5条について,机の上の外国の法令集を見ても,そのような定めはないようなのですが,どこか違うところに定められているのでしょうか。
【駒田氏】
いえ,この報告書の中で,こういう権利制限規定がありますというのは,見出しを抽出しているだけでありまして,正確な規定ぶりは122-5条の末尾にツー・ステップ・テストが入っております。122-5条に掲げられた権利制限規定を適用するに当たっては,著作物の通常の利用を妨げず,著作者の正当な利益を不当に害しないように適用しなさいみたいな規定ぶりになっております。
【道垣内委員】
机の上にある外国法令集には載っていないのですが,後から付け加えられたものですか。
【駒田氏】
それは私は関知しておりませんが,その法令というのは,この報告書に掲載されているものでございましょうか。
【道垣内委員】
要するに,伺いたいことは,つながり方というか,つなげ方ですね。個別に条文を置いた上で,バスケット・クローズというべき一般条項を置く場合の規定を仕方を知りたいのです。
【駒田氏】
これは古い法文ですね。
【道垣内委員】
そうですか。そうすると,後で入ったということですね。
【駒田氏】
指令を実施しまして,2006年に法改正がされましたが,これでかなり制限規定は,今ここに載っている法文よりはもっと長くなりました。
【道垣内委員】
そうですか。これらの条文の運用に当たっては,ツー・ステップ・テストに反するような適用の仕方をしてはならないということが定められているということですね。
【駒田氏】
そうです。
【道垣内委員】
分かりました。
【土肥主査】
村上委員,どうぞ。
【村上委員】
最後の説明の点だけ1点確認させてください。
スリー・ステップ・テストというのは,いわゆるその著作物をただというか,無償で使える,そういう権利制限の場面だけのルールという形であろうとずっと議論されてきたのですが,最後に説明されている公正な対価というか,例えば合理的なロイヤリティーを支払う場合にはどうかというような観点と絡めてその議論がルールされるということは結構あるのか,それはやっぱり全然別の議論だという感じになるのか,どのような印象でしょうか。
【駒田氏】
ご質問の主旨をきちんと理解できているかどうか分かりませんけれども,スリー・ステップ・テストの構造上,第1ステップ,第2ステップをクリアできても,第3ステップをクリアできないという場合があるでしょうということが一般的に言われています。その典型的な場合というのが,デジタル私的複製とかがそうだと言うのですね。そこはだから,著作者の正当な利益を不当に害しているので,そこはちゃんとその利益は戻してあげましょうということで補償金制度というのを設けると。これによって条約とも整合的になったというような議論はありますね。
【村上委員】
議論はありますというところが,それがどれぐらいの重みが,スリー・ステップ・テストというのを議論していく場合に,どのぐらいの重みをもって議論されるのか,余り大したことのない要因だという感じになるのか,どのような感じなのでしょうか。
【駒田氏】
いずれにしましても,権利制限規定を設ける際には,スリー・ステップ・テスト,条約上の原則ですから,これに抵触しないように設ける必要があろうかと思います。もちろんこの条約自体どのぐらい遵守するべきなのかという議論はありますけれども。
先ほど来ちょっと議論になりましたアメリカ法のフェア・ユースというのはそもそもスリー・ステップ・テストの第1ステップに抵触するのかどうかというような議論がヨーロッパでは一応真剣にはやられておりました。ただ,国際法というのは,条約締約国の慣行に条約自体の解釈もかなり左右されますので,アメリカがベルヌ条約に入ってずっとやってきたわけですけれども,特にそういう議論をされてこなかったわけですし,TRIPS,WTO創設にアメリカはすごく主導的な役割を果たしたんですけれども,そのときも特に問題視されなかったので,今さらアメリカ法の107条がベルヌ条約9条2項違反であるとかTRIPS13条違反であるとかいうのは,国際法の議論としてはちょっと厳しいかなと。
【村上委員】
よろしいですか,今のところは,私の質問の主旨とちょっと違った感じだったので。私が聞いたのは,むしろ単純にお聞きして,例えば正当なロイヤリティーとか合理的なロイヤリティーを支払うということでその使用が許されるというような,そういう感覚というのはスリー・ステップ・テストで結構問題になるのか。お聞きしていると,むしろ権利制限の問題であり,無償で使ってもいいというところでずっと議論をしているテーマなのか,どちらの方なのかという点です。
【駒田氏】
そこら辺は先生方によって感触が違うのかもしれませんけれど,権利制限といったときには無償の利用というのが前提だというふうに考えている先生と,そうじゃなくて,排他権でなくなることがもう既に権利制限なので,補償金を払うというのも権利制限の1つの対応だという,2つの考え方があるわけでございます。ヨーロッパではどっちかというと後者のような考え方をする人が多いのではないかなと思います。第3ステップをクリアできないときには,そこはお金を払うことでクリアする,これは排他権が,制限はされているのですけれども,お金を払う補償金制度を一応設けて,それで条約との整合性を保つとか,そういう議論はありますね。
【土肥主査】
ほかにいかがですか。
大渕委員,どうぞ。
【大渕委員】
少しだけお伺いできればと思いますが,大陸法では,先ほどお伺いした範囲では,余りフェア・ユース的なものについてそれほど議論が活発になされていないということから,答えが出てこないのかもしれないのですけれども,個別列挙の権利制限規定では拾いきれないものがあるから,こういうフェア・ユースを導入しましょうという議論になってくるかと思うのですが,そういうものとして主に何を念頭に置かれて議論がされているかということについて,例えば,技術の進展が早いから個別立法では追い付いていかないような新技術のようなものが主に念頭に置かれているのか,それとも違うものかという辺りをお伺いしたいと思います。要するに,一般論ではなくて,何が一番念頭に置かれているかという,フェア・ユース的なものを導入したいということの主たるねらいのようなものがどういうふうに展開されているかという点です。これをお聞きする趣旨は,先ほどの質問と重なるところもありますが,何を主に念頭に置いているかによって,フェア・ユース的なものが,そういう今までの個別規定と全く関係ないような部分をカバーするというのでであれば,今までの個別規定との関係というのは余り問題にならないのですけれども,そうでなくて,今まで個別規定がカバーしているようなところも含めて上乗せ的にフェア・ユース的なもので拾っていこうというのであれば,個別規定との関係がまた問題になってくるというように違ってくるので,何を主に念頭に置いているのかという点について,今申し上げたような観点からもう少し付け加えていただけることがありましたら。
【駒田氏】
Försterという方がアメリカ法をモデルにしたドイツ版フェア・ユースというのを設けた方がいいのではないかと言ったときの論拠ですけれども,私がこの方のディセルタチオンを読んだ限りでは,特にこれが重要な論拠だというふうにはっきりは指摘されていなかったです。挙げられているのは,ドイツでは追加的な権利制限のための立法手続に余りにも時間がかかる,我が国のように迅速にはやれないということですね。それから,もちろん新しい利用形態があらわれても,それは外面的に見れば新しいのかもしれないけれど,利用の関心事という言葉を使っていますが,報告書で言うと95ページのFörsterの見解というところの3行目ですが,利用の関心事は実は旧来の利用方法と同じであると。これは既存の制限規定を弾力的に解釈して拾い上げていけると,そういうものに関してはですね。ところが,利用の関心事が全く違うような新しいものが出てきた場合,これは,えてして新技術がそういうことを可能にするわけですけれども,こういうようなものを拾わなければいけないと。これをその都度迅速な立法でできないのであれば,予め一般的な権利制限規定を設けておかなければいけないということを言っておられます。
また,私は余り詳しく研究していないんですが,商標権では非侵害とされている事象が著作権では侵害となるという問題がままあると。これは制度が違うんだから,こういうことがあってもいいんじゃないかと私は思ったりするんですが,これは何か実務上問題になっているみたいで,そういうことも指摘されたりはしています。お答えになっているかどうか分かりませんけれども。
【土肥主査】
よろしゅうございますか。
【奥邨氏】
今のご質問とは直接の関係ないのですが,先ほどの大渕先生からのご質問に少し不正確にお答えしてしまいましたので,1つだけ補足させていただきます。
個別規定と一般規定と関係と言うことで申し上げますと,ナンバー24の事件とナンバー26の事件が,控訴裁レベルで,個別規定とフェア・ユースの両方が俎上にのって議論をされておりました。すみません,その点ちょっと言葉が足りませんでした。
それからまた,まとめ方の加減で参考資料編ではフェア・ユース以外の部分は省略しておりますので,もしかしたらこのほかにもそういう事件があるかもしれません。すみません,不正確でございました。申しわけございません。
【土肥主査】
ありがとうございました。
駒田先生に一言お尋ねしたいんですけれども,100ページのところの最後の3行でお書きになっている部分がありますね。このように著作権が憲法上の財産権ということで,比例原則とか均衡性の原則によって制限を受けるということになると,そういう細かな見方をしていくと,権利制限の一般的規定を入れること自体不可能だという結論になりそうなんですけれども,そこを意識してお書きになっているようにも読めたのですが,それは違いますか。
【駒田氏】
いえ,結論はどういうふうに書こうか悩んでいたので,ちょっとこういう文章程度のことを書こうかなというぐらいで,別に深い意図があってこのような文章を書いているわけではないんですけれども,我が国の憲法の比例原則に照らして,著作権の制限の一般条項を設けることは不可能かと言われると,多分それはそんなことはないと思うんですね。ただ,アメリカ流に,著作権侵害責任を負うか一切負わないかというオール・オア・ナッシングだと,均衡性を欠くという議論はひょっとしたらあり得るのかもしれないですね。
なので,日本の著作権法の権利制限規定の中に補償金請求権というのを定めている規定もあるわけですけれども,そういう個別具体的な規定がないところでフェア・ユースとしたときに,全然利用者の側はお金を払わなくてもいいのか。一種の損害賠償みたいな機能をフェア・ユースに持たせないと,均衡性を欠くことになるかもしれないという議論はあるかもしれないと思います。
【土肥主査】
ありがとうございました。
それでは,今日のご説明の最後のところなのですけれど,UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の渡辺研究員に,韓国,台湾,イスラエル等の状況についての説明をちょうだいします。よろしくお願いします。
[4]その他の国(韓国,台湾,イスラエル等)の状況について
【渡辺氏】
よろしくお願いいたします。
では,お手元にございます,ピンク色の表紙のレポートを出していただけますでしょうか。こちらのまず1ページ目をあけていただきたいんですけれども,今般,この諸外国の一般規定の導入状況等について調査研究するに当たりまして,ここにお名前が上がっておりますように,イスラエルのNiva Elkin-Koren教授,あるいは台湾の謝銘洋教授を初め,いろいろな研究者の方にご協力を賜って,このような情報をまとめております。ただ,いろいろな制約がございまして,情報が必ずしも体系的にまとめられていないという点につきましては,なにとぞご容赦いただきたいと思います。
また,同じ1ページ目で,本レポートにおいて使用している文言についてということがございますが,本レポートでは,「一般規定」という文言は,例えば「(…)等の目的」あるいは「公正な利用」といった文言を用いて,権利制限対象となる利用目的またはその利用形態等を個別具体的に特定するということではなくて,その範囲確定を解釈に委ねている文言の規定を指すものとして使っております。このように書きますと,突き詰めれば,我が国著作権法の32条もこの類型に入ってくるのではないかという話がございますけれども,そのようなレベルまでつまびらかに拾えていないという点はご容赦いただきたいと思います。
また,あくまで文言を追っておるものでございまして,例えば実際,文言上は個別具体的に利用目的,利用形態が特定されていても,実務の解釈態度が厳格解釈であるのか,あるいは類推適用というものがなされているのかどうかという辺りも実際上は影響が大きいと存じますけれども,その辺りも拾えた情報をご紹介するというところにとどまっております。
本レポートでは,後ほど申し上げますように,「米国型フェア・ユース規定」,それから「英国型フェア・ディーリング規定」という文言を多用しております。「米国型フェア・ユース規定」は,米国著作権法107条に規定される4つの考慮要素と近似した考慮要素が規定されている一般規定をここでは指しております。また,「英国型フェア・ディーリング規定」という文言は,英国著作権法29条,30条及び32条のように,権利制限対象となる利用形態等について「公正な利用」という文言を用いて規定している一般規定を指しております。 では,少し飛びまして,4ページをお開きいただけますでしょうか。
このレポートでは,調査対象といたしました諸外国地域における一般規定につきまして,4ページに挙げておりますような類型化を便宜的にしております。こちらは先ほど来,先生方からご発表がございました米国のフェア・ユース規定,英国のフェア・ディーリング規定というのが,どうしてもこのテーマを扱う上ではキーワードになってまいりますので,この文言,米国型あるいは英国型という型を仮置きいたしまして,その文言との親和性といいますか,近さ・遠さといいますか,そういったところで類型化を試みたものでございます。先ほど来申し上げておりますように,あくまでも文言ベースのものだというふうにご理解ください。
まずAの類型は,米国型のフェア・ユース規定を導入しているというふうに言える国でございます。イスラエル,台湾,フィリピンがございます。
Bとしまして,米国型フェア・ユース規定とスリー・ステップ・テスト型規定と書きましたが,その両方を盛り込んだ一般規定を導入する改正法案が提出・審議された国地域で,韓国でございます。韓国はまだ審議中でございまして,今朝方,韓国の立法府のサイトを見ましたけれど,まだ審議中というステータスでございました。
それからC,特定の利用目的については,英国型フェア・ディーリング規定を導入し,加えて,その他の利用目的については米国型フェア・ユース規定を導入している国地域として,シンガポールがございます。
それからD,英国型フェア・ディーリング規定の判断のための考慮要素として米国型フェア・ユースの4つの考慮要素と同じようなものを導入している国地域,これが香港,ニュージーランドでございます。
Eが英国型フェア・ディーリング規定に加えて,スリー・ステップ・テスト型規定を導入している国地域ということで,オーストラリア。
それからF,英国型フェア・ディーリング規定を導入して,特段それ以外に何か米国型,あるいはスリー・ステップ型に該当するような文言というのは導入してないということでございますが,その例としてカナダがございます。
その中で,オーストラリア,カナダについては先ほど山本先生の方からご紹介があったところでございますので,このレポートでは,主にABCDの4つの類型について収集した情報について整理をしております。
6ページ目に入りまして,ここに[1],[2],[3]と上の方にございますが,基本的に集まった情報を,まず一般規定の文言,それから権利制限規定全体の構造,結局は個別規定がどのようなものがあるかということを整理しております。それから3番目に日本の導入可能性についての議論の資料ということでございますので,それぞれの国地域における立法過程における議論,あるいは立法後に指摘されている問題点があればということで調査を進めました。
具体的にそれぞれの国に入らせていただきますけれども,7ページ目からイスラエルでございます。これは米国型フェア・ユース規定を導入している国でございます。19条がフェア・ユースの規定に当たりまして,下の方に仮訳をさせていただいております。
実はイスラエルという国は,米国型フェア・ユース規定を導入する前,改正して19条が2007年に導入する前は,英国型フェア・ディーリング規定の国でございました。9ページの方に書かせていただいておりますけれども,これについて,Niva Elkin-Koren教授によりますと,非常に面白いのですけれども,英国型フェア・ディーリング規定が置かれていた時期から,判例においては米国型フェア・ユース規定の4つの考慮要素というものが参照されていたということでございます。
一番下の段落にございますけれども,[1]利用目的については,英国型フェア・ディーリング規定に規定してある利用目的について厳格解釈がなされて,条文に規定された利用目的においてのみフェア・ディーリングが成立するというふうに解釈がされていましたが,いったんその利用目的に合致するという判断となりますと,[2]利用形態については,米国著作権法107条の4つの考慮要素を適用しながら広く解釈するという傾向が見られたということでございます。
このような裁判例の傾向の中で,利用形態については柔軟性があるのだけれども,利用目的については厳格解釈に支障があるというような指摘も10ページの方に紹介しておりますが,ございまして,結局改正して19条のフェア・ユース規定が導入された意義というのは,利用目的について裁判所が柔軟に解釈できるということであったのではないかという説明がございました。
それから続きまして,11ページ,台湾でございます。台湾もここに掲げてございます65条をご覧いただけますと分かりますように,基本的にはアメリカの107条と非常に似ているという意味では,イスラエルと共通でございます。
ただ,イスラエルと違う点は,1枚おめくりいただきまして,13ページの方に44条から始まる権利制限規定を書かせていただいておりますけれども,これらは,個別の文言を見てまいりますと,例えば「必要があると認められる場合には」ですとか,「適用の範囲内において」などのように,日本法で言えば32条のような条文の作りとなっておりまして,その利用目的,利用形態について個別具体的に特定するというタイプの条文ではございません。
台湾において,65条の一般規定が導入された経緯というのは,これら44条から63条の権利制限規定の解釈の考慮要素を明確化することが必要だということで,65条を置いて,そこで米国の107条にあるような4つの考慮要素を掲げたということのようでございます。
なお,台湾におきましては,独自のユニークな点としまして,3項,4項のところで,著作権者団体と利用者団体との協議について規定するような文言がございます。17ページの方に記載させていただきましたけれども,ただ,謝銘洋先生の解説によりますと,これらの3項,4項の試みというのは失敗に終わっているという評価でございまして,このような著作権者団体と利用者団体との調整等に期待する仕組みが失敗に終わった主要な原因としては,現行著作権法の下においては,権利侵害に対して全て刑事処罰が設けられていて,著作財産権者側から見れば,適正な利用は不明確であり,いずれにせよ刑事訴訟を盾に利用者を警戒させればよく,不戦勝が確定していることから,当然,協議の合意成立を急ぐ必要はなく,また,利用者側においては,もともと適正な利用の範囲内であったものが協議を経ることにより縮小され,かえって不便を生ずるかもしれないという懸念が存在するからであるというふうに説明されておりました。
続きまして,18ページからフィリピンでございますが,フィリピンはやはり同様に米国型のフェア・ユース規定であるというご紹介にとどめさせていただきます。
20ページでございまして、こちらが米国型フェア・ユース規定とスリー・ステップ・テスト型規定の両方を盛り込んだ一般規定を導入する改正法案が提出・審議された国ということで、韓国でございます。文言の仮訳は20ページから21ページにかけてご紹介をさせていただいております。
ちなみに,21ページにまた22条から35条までの,CRICのホームページの方で紹介されている,ちょっと古いかもしれませんが,韓国著作権法の和訳によりますと,こちらのような権利制限規定も「必要な場合」あるいは「公正な慣行に合致する方法で」といったような文言がございまして,個別の規定も少し解釈に委ねるような形になっております。
また,21ページの下の方にございますが,一番下なのですけれども,権利制限規定の解釈姿勢については,必ずしも厳格解釈ではなく,例えばP2Pファイル交換でファイルをダウンロードすることは私的複製に該当しないということが,判例によって明らかにされているようでございます。
韓国がなぜこのような改正法案を審議中であるのかという点につきましては,22ページでございますけれども,韓米FTA協定の締結という事情がございます。ただ,韓米FTA協定文そのものにおきましては,著作権を制限する規定を立法する場合に両国が守るべき基準としてスリー・ステップ・テストを規定しているだけであって,米国107条の規定を導入するということについては何ら言及がないわけでありませんので,韓米FTAの要請によって,米国型フェア・ユース規定を導入したということではございません。
ただ,結論的には,FTAが1つの大きな呼び水といいますか,きっかけにはなっていると言うことはできまして,韓米FTA協定の締結によって非常に権利保護強化の改正が多くなされたと。一緒に同じ改正法案として出されているのですけれども。そのような権利保護強化の方向での改正という状況を踏まえて,実際には権利者と利用者との公平をとるためにフェア・ユース規定を新設しようとしているというふうに考えることができます。
スリー・ステップ型の規定を導入されているという点につきまして,先ほど来お話にも上がっておりますけれども,当然,米国型のフェア・ユース規定の文言というのが条約適合性について,何らか問題があるので,スリー・ステップ・テスト型の規定を入れたのではないかという仮説を持って調査をいたしましたが,そのような説明は最終的には確認はできませんでした。 続きまして25ページ,シンガポールでございます。シンガポールは特定の利用目的については英国型フェア・ディーリング規定を導入して,加えて,その他の利用目的について米国型フェア・ユース規定を導入して受け皿としております。
仮訳を26ページの方に,35条をさせていただいております。ちょっと小さい字なんですけれども,35条2項のaからeというふうに,米国の107条は4つの考慮要素ですが,1つ多いことにお気づきになるかと思いますが,e項のところで,合理的な入手可能性とでも言いましょうか,そういった文言が加わっております。ちなみにこのような文言を導入しているのは,シンガポールのほかには,ニュージーランド,オーストラリアがございます。
シンガポールのこのような規定の導入経緯でございますけれども,シンガポールも韓国と同じように対米FTAの締結がきっかけとなったようでございます。事情も非常に韓国と似ておりまして,対米FTA遵守のために著作権の保護を強めるための改正がなされて,それに伴って,権利者と利用者のバランスをとるために米国型フェア・ユース規定が導入されたというようなことが公聴会の資料等から確認ができました。
また,改正法案の検討に当たっては,米国,英国,オーストラリア,カナダ,フランス,ドイツの法律を考慮に入れたということでございます。
続きまして,29ページ,英国型フェア・ディーリング規定の判断のための考慮要素として米国型フェア・ユース規定を導入している国地域ということで,まず香港でございますけれども,30ページの上の方に,小さい字でございますが,該当条文の和訳を入れております。フェア・ディーリングの規定でございまして,そのフェア・ディーリングの成立に際して考慮すべき事情として,米国107条と同じような4つの考慮要素が挙げられているということでございます。
32ページのところに記載させていただきましたように,シンガポールではいったんこのような規定ぶりが導入された後で,さらに2007年では教育目的,行政事務についてこのようなアプローチでの規定というものが新たに追加されておりますので,このような規定方式というのが定着してきているというふうに考えられるのではないかと思っております。
また,ニュージーランド,33ページから始まりますが,同様にフェア・ディーリング規定の中に米国型フェア・ユース規定の4つの考慮要素が入っているというものでございます。
以上,大変駆け足でございましたが,この資料の説明とさせていただきます。
【土肥主査】
どうもありがとうございました。
それでは,さほど時間も残っておりませんが,若干時間を延ばさせていただきたく思っておりますので,ご質問がございましたら,どうぞお出しいただければと存じます。
この件はよろしゅうございますか。議事の進行に協力していただいたのかもしれませんけれども,ご遠慮なく。よろしゅうございますか。
それでは,本日は非常に広範囲に渡ってご説明いただきまして,本当にありがとうございました。実は今日は,もう1件ご相談することがございまして,それを先にやらせていただきますけれども,今後,本小委員会で実施する利害関係者のヒアリングに関しまして,前回の本小委員会において,ヒアリングをどういう事項についてすべきか,予め整理した方がよいのではないかというご意見をいただいておるところでございます。それで,相談させていただきまして,ヒアリング事項の案を事務局に作成をしていただいております。これについて事務局から説明をお願いいたします。
[5]利害関係者からのヒアリング事項について
【池村著作権調査官】
それでは,資料4をご覧いただけますでしょうか,前回の委員会におきまして,今後,権利制限の一般規定につき提言を公表されている有識者団体,そして権利者・利用者といった利害関係者からヒアリングを実施する旨をご確認いただいているわけでございますが,特に利害関係者からのヒアリングに関し,漠然とヒアリングを実施するのではなくて,予めヒアリング事項をある程度整理した上で実施した方がよいのではないかとのご意見をいただきましたことから,今般,主査ともご相談の上,利害関係者とのヒアリング事項(案)をまとめたものがこのペーパーになります。
具体的な中身でございますが,まずは権利制限の一般規定導入の是非についての基本的なスタンスを確認した上で,是の場合は,具体的にどのような内容の権利制限の一般規定の導入を想定しているのか,すなわち,権利制限の一般規定により,具体的にどのような著作物の利用行為が権利制限の対象となることを想定しているのか,これをヒアリングするとともに,想定している権利制限の一般規定,これが現行著作権法に存在しないことにより,これまで生じた不都合があればその具体的な内容,そして,それにつき,権利者からの権利行使の有無,その他権利者との紛争等の有無・内容をヒアリングすることを考えております。
また,導入に非であるという場合,この場合には,導入を非とする具体的な根拠,すなわちどのような内容の権利制限の一般規定を想定した上で,どのような懸念から導入を非と考えるのか,そして,想定している権利制限の一般規定が存在しない現行法の下で生じている具体的な問題の有無・内容,すなわち個別規定に該当しない利用態様に関連した紛争の有無等につきヒアリングをし,これらに加えまして,いずれの立場におきましても,その他として権利制限の一般規定の検討に関して,特に留意を希望する事項に関して率直なご意見を広くちょうだいできればと考えております。
基本的な考え方としましては,前回,森田委員よりご指摘ございましたように,また上野委員からもご説明がございましたように,現在,権利制限の一般規定という概念が非常に多義的に用いられており,それぞれの利害関係者や識者がそれぞれ異なる権利制限の一般規定の概念に基づき賛否等のご意見をお持ちの現状があるように思われますので,今後細かい論点を整理し,検討を進めていくのに先立ちまして,まずはその辺りの実情,すなわち各利害関係者がどのようなイメージの権利制限の一般規定を念頭に置いた上で,どのような具体的な事情により導入の是非をお考えになっているのかということを,このヒアリングによって具体的にあぶり出していきたいと,そういうことでございます。
もちろん,こういう規定であれば反対はしないけれども,こういう一般規定であれば反対であるというような意見もあるでしょうし,その意味ではこのフォーマットに完全にのっとったヒアリングという意味ではなく,ある程度柔軟性を持たせつつ,今申し上げましたような観点から,幅広に利害関係者からヒアリングを行うことを想定しております。
事務局からは以上でございます。
【土肥主査】
ありがとうございました。
今,ご説明にありましたように検討のまだ出だしのところでございますので,通常のヒアリング項目からすると広めになっていると思いますけれども,以上のような事情があって,こういう案になっています。
特によろしゅうございますか。こういうことで,当面,ヒアリングいたしまして,また将来かなり考えがまとまった場合にはピンポイントでということもあり得ると思いますけれども,よろしゅうございますか。
それでは,このような形で今後利害関係者からのヒアリングをちょうだいすると,こういう形で実施していきたいと思いますので,事務局におかれましてはよろしくご連絡をお願いしたいと存じます。
時間が若干過ぎておりますけれども,最後に何か,委員の方,あるいは本日説明をいただいた方で言い残したこと等がございましたらお出しいただければと思いますが,よろしゅうございますか。
それでは,時間が来ておりますので,本日はこのくらいにしたいと存じます。連絡事項がございましたらお願いいたします。

(2)その他

【黒沼著作権課課長補佐】
次回日程でございますけれども,現在調整中でございますので,また決まり次第ご連絡させていただきたいと思います。中身としては,次回は権利制限の一般規定に関して,導入などの提言を公表されている関係団体の方々をお呼びしてヒアリングを実施しようと考えております。改めてご連絡をさせていただきます。
以上でございます。
【土肥主査】
ありがとうございました。
本日は遅い時間に始めましたけれども,皆様には十分な質疑等をちょうだいしまして,ありがとうございました。
これで,第2回法制問題小委員会を終わらせていただきます。ありがとうございました。
Adobe Reader(アドビリーダー)ダウンロード:別ウィンドウで開きます

PDF形式を御覧いただくためには,Adobe Readerが必要となります。
お持ちでない方は,こちらからダウンロードしてください。

ページの先頭に移動