文化審議会著作権分科会国際小委員会(第2回)議事録

日時:
平成27年11月20日(金)
10:00~12:00
場所:
東海大学校友会館 望星の間

議事次第

  1. 開会
  2. 議事
    1. (1)世界知的所有権機関における最近の動向について
    2. (2)国境を容易に越える侵害 マンガ海賊版の最新状況とその対策について
    3. (3)著作権分野における国際的な課題について
    4. (4)その他
  3. 閉会

配布資料

第15期文化審議会著作権分科会国際小委員会(第2回)

平成27年11月20日

【道垣内主査】では,ただいまから文化審議会著作権分科会国際小委員会の第2回を開催します。本日は,御多忙の中,御出席いただきまして,誠にありがとうございます。
 本日の会議の公開については,予定されております議事内容を参照しますと,特段,非公開とする必要はないと思われますので,既に傍聴者の方には御入場いただいているところでございます。この点よろしいでしょうか。

(「異議なし」の声あり)

【道垣内主査】ありがとうございます。それでは,本日の議事は公開ということで,傍聴の方には,そのまま傍聴いただきたいと思います。
 委員の一部の方について,前回御欠席のために今回が本年度初めての委員会の御出席となる委員の方々がいらっしゃいますので,御紹介申し上げます。
 井奈波委員からお願いします。

【井奈波委員】井奈波でございます。よろしくお願いいたします。

【道垣内主査】北澤委員。

【北澤委員】北澤でございます。よろしくお願いいたします。

【道垣内主査】小島委員。

【小島委員】小島でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

【道垣内主査】潮海委員。

【潮海委員】潮海でございます。よろしくお願いします。

【道垣内主査】前田健委員。

【前田委員】前田でございます。よろしくお願いいたします。

【道垣内主査】ありがとうございます。よろしくお願いいたします。
 では,続きまして,事務局から配布資料の確認をお願いいたします。

【小林国際著作権専門官】議事次第を御確認いただければと思います。まず資料1ですが,WIPOにおける最近の動向ということで,事務局から報告させていただく資料でございます。次に資料2でございますが,こちらはマンガ海賊版の最新状況と対策に関する,集英社の伊東様からの御発表資料です。続いて,資料3は,3-1,3-2,と二つありまして,まず3-1が小島委員からの御発表資料,3-2が前田委員からの御発表資料となっています。また,参考資料として1から3の三つを付けていますので,詳細は議事次第を御確認ください。不足等ございましたら,事務局までお申し付けください。

【道垣内主査】ありがとうございます。
 では,議事に入ります。本日の議事は,先ほどの資料1の紙の上にあります議事次第の通りですが,四つございます。世界知的所有権機関における最近の動向について,2番目が国境を越える侵害 マンガ海賊版の最新状況とその対策について,3番目が著作権分野における国際的な課題について,そして,その他ということになっています。本日は,その他の中で,TPP協定における著作権関連分野の合意内容について,その概要を参考資料3に基づいて御説明いただくことになっております。
 では,議事の1番に入ります。WIPOにおける最近の動向について事務局から最初に御説明いただき,その後,委員の方々の御意見を伺いたいと思います。では,よろしくお願いします。

【小林国際著作権専門官】では,資料1を御確認いただければと思います。「WIPOの最近の動向について」ということで,第55回のWIPO加盟国総会の結果概要について報告いたします。
 まず1の日程ですが,10月5日から14日までジュネーブにて開催されました。2の経緯ですが,WIPOの加盟国総会は,WIPO全体に関わる事項の最高意思決定機関です。今回の第55回の総会では,2016年/2017年の予算案,意匠法条約採択のための外交会議の開催,また,外部事務所の設置について議論が行われています。本国際小委員会に関連する事項としては,SCCR,著作権等常設委員会の来年の議論の進め方について,そして,遺伝資源等政府間委員会,IGCですが,こちらのマンデート更新等についても議論が行われています。
 では,本国際小委員会に関連する事項として,SCCRとIGC関連の議題について,結果の概要を報告します。3の(1)を御覧ください。まずSCCRの来年の議論の進め方についてです。従来ですと,総会の前のSCCRで一般総会の勧告が出され,それに基づいて採択になるのが通常ですが,今年は第30回SCCRにおいて何ら勧告が採択されなかったため,一からの議論となっています。
 本会議において,日本から,従来と同様,放送条約に関する外交会議の早期開催を希望することを改めて主張しています。それについては,EUだけではなくケニア等からも,外交会議の開催を望むという旨が表明されています。しかしながら一方で,アフリカグループ等からは,放送条約だけではなくて,SCCRのもう一つの議題であります権利の制限例外の議論も重視すべきという主張がなされており,第30回SCCRと同様に議論は平行線という状態になっています。
 その後,SCCRの議長を中心として非公式の議論が行われましたが,今回のWIPO総会は予算案等の議論が紛糾し,SCCRの議論に十分な時間がとれなかったということが影響し,その後も特段の進展が見られないという状況でした。結果として,「SCCRにて議論を継続する」という簡単な決定文が採択されるということに留まっています。次回SCCRについては,平成27年12月7日から11日の日程で開催される予定です。以上がSCCRに関する議題の概要です。
 次に,IGCに関する議論です。こちらは,2013年に更新しましたマンデートが今年で失効するので,マンデートの更新について協議が行われました。協議の中では,マンデートの更新自体に反対するアメリカ,EUと,IGCの常設委員会化を求めるアフリカグループや,テキストベースでの議論の強化を求める他の途上国との間で意見が対立するという状態になっています。
 最終日の深夜まで非公式の協議が行われましたが,最終的には前回のマンデートと同様に,成果物を予断せず,国際的な法的文書について合意することを目的として,テキストベースでの議論を継続するという内容で合意されております。併せて,今後2年間の作業計画についても合意がなされており,今後は2016年/2017年の予算期間内に6回,それぞれ遺伝資源,伝統的知識,伝統的文化表現の議論を2回ずつ,計6回の委員会が開催される予定となっています。以上です。

【道垣内主査】今の御説明に基づいて,何か御質問等ございますか。
 どうぞ,辻田委員。

【辻田委員】SCCRの議論はここで報告をお伺いしておってもなかなか進展していないような感じがしまして,担当の事務官におかれては大変御苦労されているものと思います。
 その上で,制限と例外に関する議論について一つお伺いします。前回までの御報告によると,アフリカなどは条文形式のテキストベースの議論を望んでいて,他方,先進国は,既に枠組みがあるので,目的と原理についての合意ぐらいでよいと考えているとの報告があったように記憶しています。途上国と先進国との立場の隔たりは,そういう,形式上の,合意にするのか,テキストベースにするのかという入口における対立に留まっているのか,あるいは少しは実質的な議論も同時に進んでいて,最後にそれをまとめる,収める場所ないしは方法が条文なのか合意レベルにするかというところで問題の収束が図れていないのか,もし分かれば教えていただきたいと思います。

【小林国際著作権専門官】基本的には入り口の部分で対立が続いており,実質的な議論になかなか至っていないという状態です。最終的な成果物を予断せずに実質的な議論を進めようという意見もありますが,なかなかそこまで至っておりません。ですので,制限と例外についてはなかなか実質的なところまで議論が至っていないというのが現状です。

【道垣内主査】ありがとうございます。よろしいでしょうか。
 ほかに何かございますか。
 私の方から一つだけ。3の(1)の文章ですが,最初,第1パラグラフの冒頭の「本会議」というのは,これは総会じゃなくて,SCCRの会議のことですか。

【小林国際著作権専門官】本会議というのは,一般総会の本会議ということです。

【道垣内主査】一般総会のことですか。そうすると,3の(1)の内容は全て総会における議論ということでしょうか。

【小林国際著作権専門官】そうです。失礼いたしました。

【道垣内主査】分かりました。そうすると,「前回SCCRと同様に」と書いてあるのは,これはSCCRについての議論と同様にということですか。

【小林国際著作権専門官】はい,そういうことでございます。

【道垣内主査】分かりました。これは結局,放送条約を人質にとられて,なかなか放送条約だけは切り離して議論できず,議論するなら権利と例外も一緒にやれということでしょうか。

【小林国際著作権専門官】はい,そういうことです。

【道垣内主査】よろしいですか。
 それでは,議題の2ですが,国境を越える侵害で,マンガ海賊版の状況についての御説明を踏まえて,その後,質問,議論等を頂きたいと存じます。これについて,株式会社集英社編集総務部知的財産課長の伊東様から御発表いただきます。

【集英社】ただいま御紹介にあずかりました,集英社の知的財産課の伊東と申します。知的財産課というセクションは,名前のとおり,集英社が管理している著作権や商標,一部の意匠について,編集部等から質問を受けていろいろケアするセクションであり,そのほか,アップル・グーグル・アマゾンなどの海外大手プラットフォームとの契約交渉などを担当するのが主な仕事だったんですが,2011年ぐらいから海賊版が非常に世間で注目されるようになりました。私は2011年の直前に知的財産課というセクションに異動してきたので,なぜだかそこからどっぷり海賊版対策に浸ってしまって,なぜだかこういう場所に呼ばれてしまうということになっています。今日は,マンガの海賊版の現状とその対策について説明します。では,座らせていただきます。
 世の中ではいろいろと各種調査がされており,マンガの海賊版に関していうと,被害額の推定調査が幾つか出ております。例えば平成25年度の経済産業省の委託調査では,日本のマンガ,日本国内でおそらく日本人が読んでいるマンガの被害総額が500億円。この数字は,集英社や講談社のマンガの売り上げにほぼ匹敵する金額と思ってください。さらに,アメリカでのマンガの被害総額は,1兆3,000億円というかなり大きな数字が出ております。もちろん世の中には海賊版は無料だから読むというユーザーもいるので,海賊版がゼロになったらいきなり日本のマンガでが集英社や講談社の売り上げが1兆3,000億円増えるというわけではないですが,かなり幅広く海賊版が読まれているという数字になると思います。あるいは,文化庁の委託調査でも,中国主要4都市のみで1,100億円という推計が出ています。
 でも,金額が余りにも大き過ぎて若干実感が湧かないと言われることも多いので,現状を簡単に御説明します。日本のマンガが直面する大きな問題は3ページ目の通りで,インターネットのサービス形態を基に,大きく三つに分けております。一つ目が「リーチサイトからサイバーロッカー」,二つ目が,英語と中国語が基本的に多いんですけれども,「スキャンレーションサイト」,三つ目が,「少数だが強力なトレントサイト」,この三つのサービスで海賊版が世界中に提供されていると簡単に御理解ください。
 それぞれに関して説明します。最初に申し上げたリーチサイト,これは海賊版がダウンロードできるURLを集めたサイトです。日本語ユーザー向けが多いが,各国語版もあります。リーチサイトに掲載されているURL情報をクリックすると,サイバーロッカーという,日本でいうと宅ふぁいる便みたいなそういうサービスに飛んで,そこからダウンロードが可能です。ダウンロードできるファイルは,主にJPEG画像をzipやRARという圧縮形式でまとめたもので,PCでも読めますけれども,スマホやタブレットのリーダーアプリでも読めます。また,コピーガードが施されていないので,DRMフリーで再配布自由です。
 説明よりも実際にお見せした方が早いですね。リーチサイトの割と代表的なサイトですが,たまにこういうところでプレゼンすると,これは怪しいサイトだといって開かせてくれないところがあります。……開きました。
 これがリーチサイトの代表例です。トップに講談社さんの人気作品が出ていて,画面のここら辺に広告があったりとかして,『モーニング』で連載中の作品もあります。これは講談社案件が多いですね。これはライトノベルです。これは講談社さんの公式のホームページではなく,海賊サイトです。

(以下,リーチサイトの利用方法について実演)

 今のがいわゆるリーチサイトです。今,私がやったことを簡単に図式化して更に詳しく解説します。まず海賊版ユーザーがここにいまして,自分の読みたい作品をリーチサイトで探す。検索窓とかもあるところが多いので,自分の読みたい作品を検索するとそのページが出てくる。そこにURLが掲載してあるので,それをコピペするなり,あるいはクリックすれば,ダウンロードのリクエストがサイバーロッカーに飛んで,サイバーロッカーからダウンロードできる。サイバーロッカーの種類によりますと,あるいは有料会員になっているか,無料会員のままかにもよりますけれども,1分から20分程度でコミックス1巻分がダウンロードできる。
 ここは後で詳しく話しますけれども,一応海賊版を対策している者の間の常識としては,リーチサイトの運営者がサイバーロッカーにファイルをアップしており,そのサイバーロッカーからリーチサイトに報酬が流れているだろうというのが,一応海賊版を対策している人々の常識です。まとまった証拠はありませんが,状況証拠はあります。
 海賊たちはなぜリーチサイトを運営しているかというと,サイバーロッカーからの報酬も含めもうかるからです。さきほどお見せしたとおり,サイトに広告掲載していたり,クリックするとアマゾンに飛ぶというようなアフィリエイトをやっていたり,あるいは海賊版をダウンロードしようとしてURLをクリックすると,広告が表示されたりするんですが,そういう広告収益よりも実はさっき申し上げたサイバーロッカーからの報酬が彼らの主な収入源になっていると思います。
 ちょっと説明すると,サイバーロッカーからダウンロードする海賊版ユーザーは,サイバーロッカーのプレミアム会員にならないと,ダウンロードが遅いとか,1日に1ファイルしかダウンロードできないとか,あるいは複数ファイルを同時にダウンロードできないとか,非常に使い勝手が悪いです。半年で40ドルほど支払ってプレミアム会員になるとある種読み放題サービス的な感覚になります。集英社も,嫌々ながらこういうサイバーロッカーの会員に,10から20ぐらいのサービスに入っているので,半年ごとに400ドルとかを苦々しく思いながら払っております。
 プレミアム会員がせっせと海賊版ファイルをダウンロードすると,そのファイルをアップロードしていた海賊にはサイバーロッカーから報酬が入ります。大体100ダウンロードで5ドルから20ドルぐらいの報酬が入ります。これは2年ぐらい前に見つけた報酬表です。地域ごとに料金表が違いますが,(スクリーン上の)ここが日本です(以下,料金表を紹介)。
 ざっくり言うと広告収益の約10倍儲かると思いますので,サイバーロッカーに侵害物,海賊版をアップしているのはリーチサイトの運営者である可能性が非常に高い。ある中堅リーチサイトが,このくらい儲かりますと告白した上で,買いませんかと売り出しているのを見つけたことがあります。
 また別に,2年位前の9月にこれだけ儲かりましたと海賊が告白しているブログがありまして,ここがいわゆるサイバーロッカーの種類ですが,5種類ぐらい使い分けています(以下,収支額を紹介)。
 次に参ります。そういうこともあって,リーチサイトは完全に収益目当てなので,いくらこちらが攻撃しても,儲かる以上はやめないという状態が続いており,とにかくサイトが多いです。我々が今,把握して対応しているリーチサイトだけで100を超えており,さらに小規模のブログなども含めると,ほんとにもう無数と言っていいぐらいです。
 サイバーロッカーに関していうと,幸いなことに削除要請を出版社から送ると90%以上の確率で削除してくれるので,せっせと削除要請しているんですが,削除された12時間後とか1日後ぐらいにそのリーチサイトを見ると,ファイルが復活していることが多いので,サイバーロッカーとリーチサイトがある種結託しているのではないかという疑いもあります。
 あとは,電子書籍版の不正コピー,画面キャプチャー等が最近流通し始めているので,クオリティーが高くなっています。これ,「ONE PIECE」で,これは僕がダウンロードした海賊版です。カラー版で,出版社の人間がざっと見ても,クオリティーが高いものが出回っていると感じられます。また,翻訳海賊版の元データとなっている可能性も高いです。
 次に行きます。オンラインリーディングというサイトがあり,これも歴史は長く,2000年初頭から出現しているのではないかと言われています。スキャンして翻訳するからスキャンレーションサイト,あるいはエクスプローラーやFireFox,グーグルChromeなどで手軽に読めるので,オンラインリーディングサイトともいわれてきました。
 もともとは特にアメリカのマンガファンが,こんな面白いものを何で自分たちが読めないんだという善意で勝手に英語に翻訳していたのが始まりです。その頃は,本当にマンガ好きな人がやっており,また正規版の翻訳がまだそんなに正式ビジネスとして立ち上がっていなかったので,正規の商売を邪魔するというほどでもなく,大きな問題にはなっていなかったんですが,ネットが全世界に広がるに従って,非常に儲かるということに気づき,マンガが好きというよりは儲けるために始める人々が今増えておりまして,マンガ好きの集団というよりは単なる利益追求集団のように感じられます。
 正確に再定義させていただきますと,オンラインリーディングサイトには3種類あります。自分で紙若しくは電子版をキャプチャーして,スキャンして,翻訳加工して,自分のサイトにアップロードする,まさにスキャンから行う「スキャンレーションサイト」を運営している海賊たちは多分世界で数グループしかいないと思います。上記のスキャンされた画像を流用してイタリア語やスペイン語やタイ語やインドネシア語などに翻訳する海賊たちもおり,それは翻訳だけやっているので,「トランスレーションサイト」と呼んでいます。それは数百あるんじゃないかと言われています。そして,上記二つの画像を流用して自分のブログなどに張り付けて上げている海賊たちが本当に無数におりまして,それは「2次放流サイト」と呼んでいます。
 スキャンレーションサイトの代表格が,こちらです(画面をスクリーンに表示)。このように「ONE PIECE」を翻訳して自分のサイトに上げています。日本からアクセスしているので日本人向けの広告がこのように出ますけれども,結構な一流企業の広告が出てしまったりするのがネットの怖いところです。多分アメリカからアクセスすれば,アメリカ人向けの広告が出るようになっていて,広告収益を上げています。
 トランスレーションサイトの代表例がこちらで,タイ語で「ONE PIECE」が上がっています(スクリーンに表示)。ちょっと動きが重いですね。今,「1」とあって,今,1ページ目が映っていて,当然17ページ目までもちろんこうやって読めます。こういう感じでクリック一つで最終ページまで行くという,オンラインリーディングという感じがちょっとお分かりになっていただけると思いますが,こうしたサイトが,今我々が戦っている相手になります。
 全て自前でスキャン・翻訳・加工している集団は,世界でも数グループしかいないと推測しています。複数人数を擁した本格的な海賊集団と思われます。中国のこうした海賊集団のスタッフリストを発見したんですけれども,9人います(スクリーンに表示)。ここら辺に,マンガを手に入れるチーム,ばらしてスキャンするチーム,修正するチーム,字幕を入れるチームと,いろいろとチーム分けしているのがお分かりになるのではないかと思います。
 上記グループと協力関係にあると推測される,翻訳・加工だけ手掛けるサイトが多数存在しており,さきほど申し上げたトランスレーションサイトもこれに当たるかと思います。翻訳・加工を分担して,なるべく多くの海賊版を流通させる仕組みが全世界的に整っていると推測しています。日本のマンガでいうと,『ジャンプ』,『マガジン』,『サンデー』,『チャンピオン』,『ヤングマガジン』など,ありとあらゆるマンガがスキャンされて翻訳されておりますが,一人や二人ではそんな多数のマンガを次々と翻訳できないので,世界中に数百単位で協力者がいると推測されています。
 翻訳される言語は,英語が多いんですけれども,その次に中国語,イタリア語,スペイン語,ポルトガル語,タイ語など多数の言語にわたっています。
 これはSimilarWebという有名なネットの流通量計測サイトでの数値ですけれども,2014年9月の訪問者数が一番多いサイトは,月に3,820万人の訪問者数がいます。先週の金曜日に京都府警が摘発したManga pandaというサイトの月の訪問者は1,610万人です。個人的な感触でいうと,ここが翻訳加工していて,サイトAは,Manga Pandaのデータが行っているだけのサイトと担当者の感覚では思っていますが,それについては,警察の取り調べの結果を非常に注目して待っている段階です。
 あともう一つ,中国系のサイトDも今年の4月に,CODAの御協力を得て閉鎖に追い込むことができました。これも中国国内のサイトランクで89位という,かなり人気のサイトでした。こういうサイトが数百の単位であると推測されます。
 オンラインリーディングサイトの問題点としては,確信犯なので,なかなか削除要請に応じない。応じたとしても,日本からのアクセス制限などでお茶を濁して営業を続けてたり,サーバーを別の国に移転して営業を再開するなど,徒労に終わることが多いことです。また,何よりも大きい問題は,日本の紙の雑誌の発売日より前に翻訳されてアップされていたことです。ここは,Manga pandaが摘発されて果たしてこの問題がどうなるかという期待を込めて,過去形にしました。
 また11ページ目に戻りますが,Manga pandaは今,日本からアクセスできないようになっているので,今どういう状況になっているかお見せできませんが,別の老舗の海賊版サイトを見ると,朝見たときはなかった「ONE PIECE」807話が今上がっていますね。「ONE PIECE」807話は,明日発売の『少年ジャンプ』に掲載されているマンガです。「BLEACH」もです。
 前日にアップロードされているというのは,実は格段の進歩です。京都府警が摘発する前は月曜日発売のものが前の週の木曜日ぐらい,4日5日前に上がっていましたが,京都府警が摘発したおかげで,多分前日とか前々日ぐらいにようやく『ジャンプ』を手に入れて今アップにこぎつけたという状況と思われます。『ジャンプ』大好きな人だと分かると思いますが,月曜日発売のものが前の週の土曜日に書店で普通に売られているので,前の週の土曜日まで待つとどんな人でも『ジャンプ』は手に入れることができます。そういった人から海賊たちに『ジャンプ』が行くことは止められないかもしれません。
 次はトレント。あまり耳なじみのない言葉だと思います。マンガが楽しめるトレントサイトの代表格のサイトFには,月に3,350万人訪問しています。日本のありとあらゆるサイトの中で36位です。トヨタとか全日空のサイトなんて全然目じゃなくて,36位です。メディアでいえば,asahi.comが80位ですが,それよりも断然上にいます。このサイトは,海賊天国に近い国とも言われている国にサーバーがあります。こういう感じで,アニメに多分中国語の翻訳を付けているのがこちらです(スクリーン上に表示)。これがトップページで,本は「宇宙兄弟」。さっきのリーチサイトと似たようなファイルが上がっていると思えばよいと思います。
 せっかくなので,集英社の人気作品の「NARUTO」と入れてみます。台湾語版の「NARUTO」なのかな。全72巻が一挙にダウンロードできるというファイルです。ここにダウンロード数が表示されていて,1,100人が今,ダウンロードしているようです。また,「NARUTO」全72巻というファイルがありますが,このサイトFで「NARUTO」がどれぐらいダウンロードされたか半年前ぐらいに調べたときは,コミックスでいうと2,200万冊分ぐらいがダウンロードされているという集計が出ました。かなりすごいサイトです。非常に削除要請が困難な仕組みなので,我々は対応に苦労しています。
 そのほか,スマホ,タブレットから読めるリーダーアプリだったり,固定ユーザーが多いP2P,Winny,Share,Cabos,あるいはYouTubeなどでも,紙芝居動画と呼ばれる,パラパラマンガのような海賊版が上がっていたり,あるいはKindle ストアに海賊版が上がっていたこともあります。
 15ページ目は,御参考までに,今まで申し上げたネットの仕組みを分かりやすくまとめたものなので,後で御参照ください。
 集英社の海賊版対策としては,自ら削除要請を送る。あるいは,経済産業省と協力して,出版社連合で大規模削除を実施する。次の「警察と連携して刑事事件化」については,先週金曜日に読売新聞で報道されましたが,「ONE PIECE」を発売前に公開していた海賊団体が京都府警によって摘発されました。あとは,コンピューターソフトウェア著作権協会(ACCS)と協力し,海賊版ユーザーへ啓発をしたり,集英社自らのウェブサイトで「海賊版やめましょう」というアピールをしたり,先ほど申し上げた,CODAと連携して中国のサイトを潰したりという活動をしておりますが,一向に減らないのが現実です。
 一つちょっと感じたのが,今年の最初に,出版社の電子の出版権を認めた改正著作権法が施行されましたが,ネット上の侵害に関していうと,日本では,プロバイダ責任制限法が重要な法秩序です。集英社でいうと『週刊プレイボーイ』や女性誌などの雑誌の著作物に関して出版権を設定することは現実的ではないので,そういう雑誌の侵害物が日本のプロバイダに上がっていると,プロバイタ責法制限法で対応しないといけません。
 それで削除要請を送ると,写真だったらカメラマンに著作権があるので,カメラマンの免許証やパスポートを出せと言われます。篠山紀信の写真が侵害されていたら,篠山紀信に「パスポート持ってこい」と言わなければいけない状況にあるので,著作権法改正後も,出版社が自ら日本のプロバイダに削除要請をすることが,非常にやりづらい状況です。TPPがこの前大筋合意に至ったので,これから国内法整備が進む中で,実用上使える法律になることを強く希望します。
 あとは,全世界に海賊版は広がっており,海賊版チームも全世界におり,ITサービスも全世界のITサービスを使っているので,やはり各国間の協力体制の構築が望まれます。実際にアメリカが,海賊版サイトのサーバー設置国の警察と連携したり,香港までFBIが乗り込んだり,いろいろとやっているので,日本もそういう各国間の協力で対策していかなければいけない時代になったとも言えます。
 以上です。ありがとうございます。

【道垣内主査】ありがとうございました。それでは,ただいまの御発表について,御質問,御意見等ございますでしょうか。
 どうぞ,山本委員。

【山本委員】22ページ目に書いてある,アメリカでのマンガの被害総額が1兆3,000億円というのはなかなか衝撃的な数字ですが,そこで2点お聞きしたいです。
 第1点目は,これだけ違法のものがアメリカで流通しているのに対して,正規の流通ルート,つまり,正規版の配信はなさっているのかどうかが1点目。
 第2点目は,アメリカでこれだけ被害金額が大きいということは,向こうの弁護士からするとビジネスになるので,日本のマンガの著作権者の委託を受けて,現地アメリカで権利行使するための専門の弁護士が育ったり,あるいは権利行使のための企業が生まれたりということが当然起こるのではないかと思うのですが,その辺の状況についてお答えください。

【集英社】正規版の流通に関していうと,「ビズ」という集英社と小学館の関連会社がありまして,『少年ジャンプ』に関していうと,日本と同時に『少年ジャンプ』は配信されています。割とちゃんとしたマンガのファンは買ってくれますけれども,もちろん有料なので,正規版の配信の4日前とかに無料の海賊版サイトに出ていると,なかなか正規版が広がっていかない。
 ビズは今,英語圏を中心に20ヶ国以上で正規配信していますし,中国でいうと「テンセント」という会社も『少年ジャンプ』の8作品ぐらいを同時配信しています。あとは,タイだと,紙の『少年ジャンプ』的な雑誌が同じ月曜日に発売されているという神業的なことをやっている。もちろん世界百九十何か国のうち『少年ジャンプ』が読めるのは3分の1ぐらいしかありませんが,特に北米では早くから頑張っているのにもかかわらず,海賊版があるので,正規版がなかなか伸びないというのが現実です。
 2点目の,アメリカでの権利行使に関しては,二つ問題があります。まず,アメリカに海賊版のユーザーは多いですが,サーバーはアメリカになく,アメリカ向けに英語の海賊版を提供している海賊たちが,アメリカ以外の国にいる可能性がある状況で,果たして権利行使できるのか疑問です。
 それと,さっき言ったとおり,現時点で著作権者は明確にマンガ家の先生なので,マンガ家の先生が著作権者として対策を取らなければならないのですが,出版社としては,先生を前面に立てて,何か先生に御迷惑がかかって締切りが飛んでしまったりしたら一番大変なので,そうした危惧があり戦いにくいのが現状です。実は,やる以上は刑事事件でやりたいと思っていますが,海外の警察が日本のマンガの侵害行為に関して刑事事件で動いてくれることはなかなかないので,そこら辺が苦戦している原因ではないかと個人的には思っております。

【道垣内主査】そのほかいかがでしょうか。どうぞ,後藤委員。

【後藤委員】伊東さん,どうもお疲れさまです。中国の海賊版サイトを閉鎖した事例を紹介いただきまして,ありがとうございました。CODAから簡単に現状報告と意見を一つ言いますと,昨年12月に国境を越えた侵害ということで周辺対策を御案内させていただきました。その後ですけれども,現況,アメリカの制度であるドメイン差し止め,これを今,2件申し立てています。いわゆる「. com」など米国のドメインを持っているものについては,それはドメインを差し押さえるというやつです。
 それと,今伊東さんが言っていたように,海賊版サイトは国際的になっていますから,米国のドメインのサイト開設者はアメリカには住んでいないことが多いのですが,居住する国に弁護士を立てて,今,刑事手続に着手しています。多分,時間と費用と労力が多大にかかるとは思っていますが,その辺を精査していきたいと思っています。

 一つ私の意見として,やはり周辺対策も直接対策もそろそろもう抜本的に総合的な対策の体制を作っていかなければグローバルに対応できないのかなと今,感じています。その中の一つとしてあるのが,目視で侵害をすぐ発見してすぐに処置をするというような体制を作るなど,古いけど新しいやり方です。それ以外には,やはりサイトブロッキングです。これはEUで進んでいますけれども,効果的なサイトブロッキングと,非効果的なものがあります。非常に効果的なものは,その運用も踏まえて日本で議論すれば,導入の可能性はあるのかなと思っています。その辺も含めて総合的な対策をできればなと思っている次第です。以上です。

【道垣内主査】ありがとうございました。
 辻田委員。

【辻田委員】大変分かりやすい説明をありがとうございました。その上で,聞き逃したかもしれませんので,18ページ目のスライドについてお伺いしたいのですが,「海賊版対策と同時に,全世界のユーザーに向けてさらに読みやすい提供も不可欠」とあります。この「読みやすい」というのは,どういった意味で読みやすいということでしょうか。値段なのか,言語等のインターフェースなのか,流通なのか,その辺をお伺いしたいと思います。

【集英社】知的財産課は,正規配信を手掛けているセクションではないので,正規配信を手掛けているセクションがどういうふうにしたいのかは,実は正確に僕も把握していませんが,まずとりあえず配信地域をなるべく多く広げること,日本の発売日と同時にすること,支払い方法などを簡単にすることでしょうか。
 あとは,正規版を提供している人間のプライドとして,海賊版の翻訳はそれなりに楽しめても,マンガ家の魂が伝わっていないいい加減な翻訳がいっぱい見受けられる。「ONE PIECE」の主人公のルフィのセリフが汚いスラングで訳されているシーンが結構いっぱいあり,そんなこと言うわけないと海外のマンガファンに言われたりするので,精魂込めた翻訳で読みやすいものをと考えているのではないかと思います。
 あとは,お値段でいうと,これは僕の個人的な感覚ですけれども,全世界でマンガが売れるようになれば,日本も含めた全世界でマンガの価格が安くなるのではないかとは思います。そういうことも含めて,「読みやすい正規版」となるのではないかと思います。

【辻田委員】海賊版を出されてしまう理由について集英社のような権利者の方がどう捉えているかということの裏返しだと思いましたので,お伺いした次第です。ありがとうございました。

【道垣内主査】それでは,松武委員。

【松武委員】芸団協の松武と申します。私は音楽を担当している者として非常に興味深く聞かせていただきました。ありがとうございます。17ページにありますTPP大筋合意というところの項目について御質問したいことがあります。使える法律になることを強く要望するということですけれども,例えば同人誌と非親告罪のことについてどのようにお考えになっているか,お聞かせいただければと思います。

【集英社】TPP交渉が進む過程で,同人誌畑の人や,あるいは名前は御存じだと思いますけれども,赤松健先生というマンガ家さん,あるいはコミケの皆さんからは,同人誌にすごい打撃があるのではないかという懸念の声が上がっていましたが,幾つかの会合などに参加すると,同人誌に関しては非親告罪が適用されないのではないかという雰囲気が醸成されているように聞きますので,現時点でそんなに同人誌などへの影響はないのではないかというのが出版界の今の受け止め方です。
 ただし,海賊版,もう明らかなデッドコピー,丸々コミックス1巻を全部ネットにアップロードするような,出版社とかマンガ家さんの利益に影響を与えるような海賊版に対しては非親告罪が適用され,警察による柔軟な摘発が進むかどうかという点については,実際にどのように国内法が整備・運用されるかを目して見守りたいと思います。

【道垣内主査】ちょっと時間が押しておりますので,よろしいでしょうか。どうも今日は御報告ありがとうございました。
 では,議題の3番目,著作権分野における国際的な課題についてです。この議題については,小島委員,前田委員よりそれぞれ御発表いただきたいと存じます。まず小島委員より,「知的成果物の多様性を実現するために知的財産法が果たすべき役割について」というタイトルで御報告いただきます。多様性という観点は,WIPOのIGCにおいても伝統的知識,伝統的文化表現等の保護の在り方を巡って議論があるところですので,そのような観点も含めて御報告あるいは後で議論をしていただければと存じます。では,よろしくお願いします。

【小島委員】皆様,おはようございます。九州大学の小島でございます。今日はこのような機会を与えていただき,ありがとうございます。それでは,座って報告をさせていただきます。
 本日の私の報告ですが,「知的成果物の多様性を実現するために知的財産法が果たすべき役割について」というものであります。スライドの3ページ目を御覧いただきたいのですが,本日の私の報告は,本年6月に出版されました中山信弘先生の古希記念論文集に私が寄稿しました「知的成果物の多様性と知的財産法」というこの拙稿をベースにしたものです。報告時間が20分ということですので,この拙稿の前半部分を主に取り上げる形で報告をさせていただきます。
 スライドの5ページ目を御覧ください。本報告の検討課題ですが,多様な知的成果物が生み出され,世の中に送り出されて,そして,享受される環境,これを以下,知的成果物の多様性と申し上げますが,これを実現するために知的財産法はいかなる役割を果たすべきなのかということです。
 このテーマですが,これは私がここ数年検討してきました研究課題の延長線にございます。それは,すなわち,知的財産法はいかなるアクターに対して,いかなる場合において,いかなる形での支援を行うことができるのかというものです。そちらに掲げました拙稿でございますが,文化政策の観点を盛り込み,現代アートとか,あるいは実演家の問題,そして,知的財産とファイナンスということについて検討してまいりました。今年発表しました拙稿は,これらを踏まえましてもう一歩進めた内容になっています。
 それでは,スライドの8ページ目を御覧ください。知的成果物の多様性を実現するに当たり,そこでの知的成果物の創出-生み出されること,そして,媒介-送り出されること,これがなされる際のリソースのやりとりと,そこで知的財産法が果たす役割について検討してまいります。
 まず前提として,知的財産法には知的成果物の多様性に貢献する役割が期待されているはずと私は考えています。そして,この多様性を実現するに当たっては,次の3者,次の三つのアクターをきちんと考える必要があると思います。すなわち,知的成果物を生み出す者,それらの知的成果物を世の中に送り出す者,そして,それらの知的成果物を享受する者でございます。そして,それらアクターの相互の関係について考察することが求められると思います。
 1点付言いたしますと,この知的成果物を生み出す者に,私はここでは実演家を含めました。実演家については,ある創作された演劇とか音楽などの作品を再現するという点におきましては媒介者という位置付けになると思われますし,だからこそ実演家の権利という著作隣接権が問題になるわけです。しかしながら,そこでの再現が記録をされて,そして,別の媒介者によって世の中に送り出されるという点に着目いたしますと,実演家は知的成果物を生み出す者という側面も有しているはずです。ここではその側面に着目してこちらに分類しています。
 そして,世の中に送り出すというような表現については,これは内藤篤先生の『エンタテインメント契約法』の中で書かれているものを参照させていただきました。そして,本報告で行う作業は,主にファイナンスという観点に基づいています。これについては,寺本振透先生の御論文とか,私が2014年に書きました拙稿などをもし御関心ありましたらお読みいただければと思います。
 スライドの9ページに参ります。この知的成果物を生み出す者,そして,世の中に送り出す者が活動を行うためには,物資や資金などのリソース,資源を必要とします。この資源には様々なものが含まれると思われます。ここに掲げました物資,資金などに加えて,例えばアーティスト・画家などですと,例えばアトリエが必要になると思います。場所などもこのリソースに入るだろうと思います。さらには,人的なリソース,いわゆるヒューマンキャピタルもこれに含めてよいだろうと思いますし,あるいはあるアクターと別のアクターをつなぐことができるコネクション――最近はソーシャルキャピタルとも呼ばれる,「あの人は知っているよ」というようなこともこのリソースには含まれる。もろもろのリソースが,我々が知的成果物を生み出し,世の中に送り出す際には必要になります。
 スライドの10ページ目に参ります。関係するアクターは,もちろん自前でそれらのリソースを調達できる場合もあると思います。さらには,裕福な者であれば,それをもちろん全部自分で調達できるという人もいるかもしれません。しかしながら,多くの場合,アクターはやはり第三者の支援を必要とすることが多いはずで,この第三者の支援がなされるというときのリソースの供給の在り方,リソースの供給の手法,これも様々です。知的成果物を生み出す者に着目すると,知的成果物を生み出す者の多くは,企業などの組織に所属しています。そして,多くの場合,雇用されているわけです。そして,その当該組織からリソースの供給を受けるということになっています。
 11枚目に参ります。さらには,フリーランスとして活動する者でも,第三者からの仕事を請け負うという形で,そこから得られる報酬などで生計を立てている者も多いと思います。さらには,知的成果物を生み出す者が,活動に必要なリソースを調達するために,政府や各種団体からの補助金とか,私人や私的団体からのフィランソロピーの獲得を目指すということも珍しくありません。私たち研究者も大学に所属し,お給料を頂いているわけですが,研究活動を行うに当たっては,例えば科学研究費補助金を頂いていますし,あるいはもろもろの財団などから研究資金の提供を受けています。私たちはこういう形でリソースを受けることにより,研究という活動を行うことができるということです。このように,私たちも含めて知的成果物を生み出す者が活動を行う際には,様々なそういった広い意味での文化政策的な手段,手法が考えられます。
 スライドの12枚目に参ります。リソースの供給がなされる際にもう少し注目しますと,そこにはリソースの供給者とリソースの需要者がいます。リソースの供給者がリソースの需要者に対してリソースの供給を行うという場合には,通常,供給がなされるとともに,何らかの介入が行われるということが多いということも私たちは歴史的又は経験的に知っています。平たい言い方をすると,リソースの供給者は,金も出すが口も出すということでございます。
 リソースの需要者が何らかの文化的な表現を生み出すことが期待されている場合には,リソースの供給者が行う介入がしばしば表現者,すなわち,リソースの需要者の表現の自由との間で緊張関係をもたらすということも珍しくありません。これについては,とりわけ国家が文化芸術助成を行う場合に問題が顕在化するということが例えば憲法学などの知見でも言われているわけです。
 13枚目に参ります。したがって,個々のリソースの供給の在り方における特徴を明らかにするためには,以下の2点に注目することが必要だと私は考えております。すなわち,第1に,いかなるアクターが,いかなるアクターに対して,いかなる種類のリソースを,いつの段階で,いかなる手法で供給するべきなのか,又は供給するべきではないのか。さらに,それらのリソースの供給がいかに正当化されるべきなのだろうかということです。
 二つ目に,その裏返しとしての介入に着目して,いかなるアクターが,いかなるアクターに対して,いつの段階で,いかなる介入を行うべきなのか,又は介入を行うべきでないのか。それらの介入はいかに正当化されるべきか,どの程度までの介入であれば許されるべきなのかと,こういった点について考えていくということが必要だろうと思います。
 スライドの14枚目に参ります。ここまで私が論じてきた問題ですが,この一連の問いは,社会的に望ましいパトロナージの在り方に帰着すると私は考えています。従来,歴史を振り返ってみると,リソースの供給者は裕福な王侯貴族などがその代表的な存在でした。いわゆるパトロンです。多くの芸術家や音楽家などがこういった王侯貴族の庇護の下に創作活動を行ってきたことは私たちもよく知っているところです。しかしながら,現代社会においては,リソースの供給者は多様化しています。すなわち,先ほど来申し上げたとおり,補助金を支給する政府,それから,フィランソロピーなどを行う企業,篤志家などの主体に加えて,近時は不特定多数の者が関わるクラウドファンディングなども活発化していることは皆様御承知のとおりです。
 スライドの15枚目に参ります。通常,リソースの供給者は,リソースを供給することによって,供給量以上のリソースを将来のある時点において獲得できることを期待しているはずです。しかしながら,その期待が常にかなえられるわけではありません。ビジネスがうまくいかなかった,破産するということはよく起こり得ることです。したがって,リソースの供給者は,将来におけるリターンの確保の実現可能性を高め,かつリソースの確保が難しくなった場合のリスクを小さくする機能を兼ね備えた手段,こういうものを得たいと思うはずです。こういうものを一般的に引き当てといったり,あるいは担保というような言葉で語るわけです。
 16ページ目に参ります。生み出される知的成果物に何らかの知的財産権が発生する場合について考えてまいります。ここで初めて知的財産法の問題が出てきます。ここでは,リソースの供給者としては,その知的財産権について譲渡を受ける,共有持ち分を獲得する,いわゆるライセンスを受ける,担保権を設定するといった手法が考えられます。ほかにも例えば信託のスキームを利用するなど,もろもろのことが考えられます。様々な法形式については,もしよろしければ,私が昨年書いた論文などを御参照いただければと存じます。
 観察をしていますと,とりわけ知的財産権の譲渡・移転が広範に見られます。これについては,職務創作に関係する規定に基づいて法人が権利を取得する場合がありますが,これに加えて,契約に基づいて法人が権利を取得するというケースが多いということも観察されます。後者の例としては,例えば著作権法における実演家の権利,これが実演家の所属する組織に譲渡されているという実態が報告されています。これは前田哲男先生の御論文などに書かれています。
 17ページ目に参ります。知的財産権の譲渡・移転はどういう機能を果たしているのか,もう少し考えてまいります。知的財産権の移転がなされることが多いケースについて,内藤先生の分析によりますと,知的成果物を世の中に送り出す役割を果たす媒介者が,知的成果物を生み出す過程においてもいわゆるリスクマネーに相当するリソースの供給を行っている場合に,知的財産権の移転が比較的多く見られるのではないかと指摘されています。
 知的財産権の移転を受ける,権利を持つことによって何がその後期待されるのか,知的財産権が威力を発揮する場合はどういう場合か。これは知的成果物を実装した商品が市場において人気を獲得した場合です。さらにその威力が最大限に発揮される状況というのは,当該商品が複製物や公衆送信を介して広まる状況であります。このような状況におきましては,一般的にスーパースター効果と呼ばれる現象が起きることが,経済学の知見から既に明らかになっています。さらに,ごく限られた少数のスーパースターに関係する商品がブロックバスターとして享受され,その商品によって市場が飽和する可能性がより一層高まるという分析もなされています。
 例えばあるテレビ番組を想定していただくと,同じ時間帯に全国ネットで配信されると,非常に多くの視聴者を引き付けることができます。それに引き換え,例えば劇場とか音楽ホールなどで行われている,いわゆる生の,ライブの一期一会の実演ということになると,そこに足を運んで享受することができる聴衆は限られるわけでして,全く違う情報の伝播の仕方,享受の仕方がなされます。したがって,こういった複製物,公衆送信を介して知的成果物が広まる場合,スーパースター効果が更に増幅されますし,更にそういった商品がブロックバスターとして享受されることになります。
 18枚目に参ります。こういったブロックバスターに関係する知的財産権についてコントロールを及ぼせるアクターは,そこからもたらされる増殖されたリソース,一般的には経済的に大きな収益とか高い名声であろうと思いますが,こういったものを手に入れられる可能性が高まることになります。さらに,獲得された増殖されたリソースについてどういう形で分配がなされるのかというと,これは関係するアクターがあずかれる分け前は,これはアクター間の力関係,バーゲニングパワーに依存します。当該ブロックバスターを生み出す際に多くのリソースを供給したアクターがより多くの分け前を獲得できるというのが一般的ではないかと思うわけです。
 19ページ目に参ります。したがいまして,知的財産法は,ブロックバスターとなった知的成果物を生み出した一部のスーパースターと,当該ブロックバスターを世の中に広める役割を果たしている媒介者(メディア)を主に支援していると言えるのではないかと思われます。そこで,知的成果物が拡散する構造は,いわゆるマスプロダクションとかマスメディアに深く関係しているのではないかという事実が観察されます。したがって,マスプロダクションやマスメディアの構造におけるアクター間でのリソースのやりとりには知的財産法は適合的である可能性が高いのではないかと私は考えている次第です。
 続きまして,スライドの21ページ目に参ります。ここまで論じてきたような条件を満たす,要するに,マスプロダクション,マスメディアなどの構造における知的成果物の創出・媒介・享受,これには知的財産法はかなり適合的と思われます。しかしながら,これらの条件を満たさない形で生み出され,世の中に送り出されて享受される知的成果物の多様性,これを実現するために知的財産法がどこまで貢献できるのかという点は未知数のはずです。しかしながら,知的財産権の保護対象や保護範囲を拡張しようとする動きは常に見られます。その一つの例が,本日も御報告がございました,いわゆる伝統的知識や伝統的文化表現と呼ばれる領域です。以下では,主に伝統的知識という表現を用いてお話をいたします。
 22ページに参ります。伝統的知識については,そこに掲げましたような特徴があると言われています。コミュニティ内で共同で創作される・共有される・世代を超えて伝承される・口承で伝わる,あるいはコミュニティが存する土地の自然と調和的であって,コミュニティの包括的な文化と密接に結びついた利用のされ方をすると言われております。
 23枚目に参ります。伝統的知識の特質を考えるに当たって,一つ興味深いエピソードを御紹介します。これは私も参加しました,2007年にニューデリーで開催された会議でWim van Zanten先生というオランダの民族音楽学者の方が御報告されて,私がコメンテーターをさせていただいた際のエピソードです。van Zanten先生によりますと,バドゥイというインドネシアの先住民の音楽を記録しようと,van Zanten先生はなさったんですけれども,その録音に至るまでにこの先住民のコミュニティに何度も足を運ばれて信頼を醸成したという御体験を語っておられました。
 さらには,このバドゥイの皆さんは録音という概念を御存じありませんでした。したがって,録音する際には,録音マイクを演奏者から見えない軒先の下に配置するという,こういった配慮もなされました。これは多分この論文の中に写真が出ていたと記憶しています。さらに,伝統的知識の利用に際して金銭的な報酬を支払うということが,場合によっては先住民のコミュニティに対する侮辱になり得るということもvan Zanten先生は指摘されておられました。
 スライドの24枚目です。仮に伝統的知識の法的保護として知的財産権類似の制度を導入することになると,伝統的知識の利用者にはいわゆる事前の同意の手続が求められます。これは知的財産権になじみのある我々から見ますと,特許の実施許諾や著作物の利用許諾などいわゆるライセンスのアナロジーに見えるかもしれません。しかしながら,知的財産法に依拠した事前の同意の考え方は,伝統的知識に関係するアクターや,それを取り巻くコミュニティの慣習や規範にどこまで適合しているのだろうかというのが私の疑問です。
 25ページ目に参ります。伝統的知識を利用したいと考える者が,ライセンス料に相当する対価を支払って事前の同意をとれば事足りるというような態度で臨むことがあったとしたら,それは当該伝統的知識を継承し,現在まで保持してきたコミュニティの慣習や規範を軽視することにならないかという危惧を覚えます。
 26枚目です。さらに,伝統的知識について特許や著作権などのいわゆる創作に関係する知的財産権に類似した保護を与える場合の問題点としては,保護期間の問題があると思われます。すなわち,伝統的知識というものは進歩を前提にした物の考え方に必ずしも依拠しているわけではないのではないかということです。したがって,伝統的知識に法的保護を与えるかについては,その法的保護が当該伝統的知識に関係するコミュニティの自助や持続可能性に役立つのかどうかという点が考慮される必要があると私は考えています。
 28枚目に参ります。知的成果物の多様性を実現しようという場合には,知的成果物の創出・媒介・享受の過程において,いかなるアクター間でいかなるリソースのやりとりがなされているか分析する必要があります。その上で,問題となっている状況において,知的財産法が知的成果物の多様性を達成するために十分な機能を果たすことができるのかどうか探る必要があります。
 29枚目です。その際には,関連するアクターが属するコミュニティにおいて妥当する慣習や規範などの果たす役割について検討することが重要と思います。ここにはある業界における慣行なども含めてよいのではないでしょうか。といいますのは,そこで問題となっているコミュニティの慣習や規範の在り方が,アクター間のリソースのやりとりの在り方,これを資源管理とここでは呼んでおきますが,資源管理の在り方に影響を与えており,その資源管理がなされる際の法的な規律に影響を与える可能性が高いと考えられるからです。
 この問題関心には,様々な現代的な事象が関係しています。詳しく立ち入ることはできませんが,スライドの30ページ目に書きました一つの流れが,マス・カスタイゼーションの流れでございます。ここには,オープンソース,クリエイティブ・コモンズ,オープンデザインなどの動きが密接に関係していますし,昨今,総務省などでも検討会が開催されているデジタルファブリケーションの問題もここに関係すると思います。これは広く社会からの参加と共創が行われる新しいものづくりの考え方です。こういう物の考え方に知的財産法としてどう向き合っていくのかが問われております。
 さらには,31ページ目に書きました,いわゆるユーザーイノベーションやイノベーションの民主化についての研究も進展しています。この点については,神戸大学の小川進先生の研究などがあります。これはどういう状況かというと,製品やサービスの作り手であるメーカーだけではなく,使い手であるユーザーのイノベーションを起こす能力と環境が向上している状態のことを指すということです。今日は触れませんが,この例としまして,レゴブロックやクックパッドなどが小川先生の本などには紹介されていました。
 スライドの32枚目ですが,こういう現代的事象もあるわけですが,実はある業界やコミュニティの慣習・慣行・規範などが知的財産法とどういう関係に立つのかという問題は,実は従来から存在していました。著作権法の世界で申しますと,伝統文化である俳句において,その添削が著作権法上問題となった俳句の添削の事件がございます。これについては,本日は時間の関係上省略いたしますが,こういう問題はこれまでにも存在していたということです。さらには,これは特許の文脈になりますが,特許法における様々な問題も,これは私が本日お話ししている問題,関心と符合するところがあると存じます。
 スライドの33ページ目です。知的財産法学におきましても,近時の資源管理やコモンズなどについての研究を参照しながら,知的成果物の創出,媒介及び享受の過程におけるコミュニティの在り方と,そこでの慣習や規範の果たす役割について検討を深めることが求められていると私は考えています。この内容については,資源管理を含めて本来であればもう少し論じることが望ましいですが,本日は時間の都合上,ここについては省略させていただきます。御清聴ありがとうございました。

【道垣内主査】ありがとうございました。
 本来ここで御質問,御議論ですが,もし前田委員の方で可能であれば,続けて御報告いただけますでしょうか。スライド,準備できますか。その後,まとめてお二人についての御質問,議論とさせていただきたいと思います。

【前田委員】前田でございます。本日はこのような発表の機会を頂きまして,誠にありがとうございます。今日は,私が以前2012年に書かせていただいた論文に基づきまして,「価格差別論と権利制限の意義」というタイトルでお話をさせていただきます。御存じの方も多いとは思いますが,価格差別は,経済学上の概念です。価格差別の定義などについてはまた後で御説明しますが,今日の発表では,主として価格差別の考え方と著作権法の関わりについてのアメリカの議論を御紹介させていただきます。
 まず,スライドの1枚目に行きます。アメリカの価格差別論と著作権法の関わりに関する議論は,ここに示しました,ProCD v. Zeidenbergの判決から始まるとされています。この事件では,原告のProCDという会社がSelectPhoneという電話帳のようなデータベースの販売をしておりました。原告は,このデータベースを個人の利用者と商業的な利用者とで違う価格を付けて売っていました。つまり,価格差別を実行していました。被告は,個人の利用者として個人用の安い価格でデータベースを購入したのですが,そのデータベースのライセンス契約の内容を無視して転売していました。この事件の場合,データベースは著作権の対象にはなっていなかったので,原告は契約違反を根拠にして被告に対して差し止め請求を起こしたという事案です。
 この事件の争点としては,主として二つありました。一つは,このライセンス契約がいわゆるシュリンクラップ契約と呼ばれるものだったわけですが,それが有効な契約として成立しているのかという点です。もう一つは,アメリカの連邦著作権法の301条(a)によると,州法によって連邦著作権法にはない著作権を創成することが禁じられています。この契約は州法に基づくものだと思いますが,それが著作権法を上書きするものであるかが主たる争点でした。
 次に行きます。この事件に関して,まず1審は,契約は有効ではないという判断をしました。しかし,ここに紹介しております控訴審では,契約は有効に成立しており,また契約はあくまでも当事者間のものであり,著作権とは異なるということで,連邦著作権法301条の問題は生じないという判断をしています。
 その理由はいろいろありますが,今回の報告との関係で関係ある部分だけを御紹介します。お配りした資料に,控訴審において価格差別論について論じた部分を2枚のスライドにわたって引用しています。この意見を書いたのはイースターブルック判事という,法と経済学にも造詣が深いことで有名な方です。イースターブルック判事は,先ほどの結論を導くに当たっていわゆる通常の解釈論も展開しているわけですが,ここで引用した部分は,自らの結論を実質的に正当化する根拠として価格差別論について詳しく言及しているという位置付けになります。
 判事が書かれた意見の内容について簡単に御説明します。控訴審の結論が実質的に正当化可能であるとイースターブルック判事が考えた理由は,次のようなものになります。まず,個人の利用者と商業的利用者という二つのグループがあり,商業的利用者の方が高い価格を支払ってもいいと考えており,それぞれこのデータベースに対して払っていいと思っている価格が違うとします。仮に両者に対して異なる価格を課すことができないとすると,個人的利用者よりも高い価格を課さないと,ProCDは,現在と同じ利益水準を上げることができないことになります。この場合,価格差別ができないときには,個人の利用者との関係では,今までよりも高い値段をデータベースに課さなければならなくなります。そうすると,消費者の中には,値段が上がるために購入を諦める人も出てくることが予想されるわけです。その結果,データベースの販売者としては,利潤を確保するために,商業的利用者に対する値段,それとの関係でも更に価格を上げざるを得なくなるという事態が生じるかもしれないという論理展開をしています。
 したがって,個人利用者と商業利用者に異なる価格を課すことができた方が,原告であるProCDにとっても利潤が上がるし,さらに個人的利用者にとっても,商業的利用者にとってもより安い価格でデータベースを入手できるという議論ができるのではないかという理屈付けになります。
 さらに,その次のProCD判決の評価に行きます。ProCD判決の評価は,このスライドに示したとおりいろいろあります。この内容についてはこれからのお話の中でもおいおい触れていきますので,さらにその次に移ります。
 価格差別論の考え方は,その後の著作権法の研究においても注目を集めるようになり,数多くの論文が出されています。ProCDの事案というのは,データベースが著作物ではないということが前提でしたので,そもそも,そのようなデータベースに独占を認めることが望ましいのかどうかという疑問があります。しかし,対象が著作物である場合,一般的には独占が認められていますので,独占は弊害をもたらすと指摘されていますが,価格差別を認めると,独占とアクセスの制限の調和が図られるということになり,そのような議論というのはかなりの射程を持って応用できるように思われたわけです。
 ここからは,様々な論文のうち主要なものと私が考えますものを取り上げてお話をします。最初に御紹介するのが,ここに書いてありますハーバード大学のFisher教授という方が書いた論文です。これはまずそもそも価格差別とは一体何なのかということを正確に定義しておきます。
 価格差別というのは,同一の材又はサービスについて,異なる消費者に異なる価格を課すことといえます。価格差別については,実行の方法が幾つかあり,それによって1次,2次,3次の価格差別というふうに分類されています。1次価格差別というのは,完全価格差別とも言われますが,個々の購入者の支払い意思額,Willingness to Payを知って,それに見合った価格を課すことになります。個々の利用者には,ある著作物の利用について幾らまでなら払っていいと思っている価格があると思いますが,それは個人によって当然違うわけです。それに合わせて価格を変えるということです。
 ただ,これは理想的な話で,御想像のとおり,そのような情報を現実に手に入れることはまず不可能です。したがって,実際に価格差別が行われる場合は,その更に下に書いてある2次又は3次の価格差別によって行われます。2次価格差別というのは,購入者の購買行動を基に価格差別することであるといっていいと思いますが,同じ商品を異なる単位とか,あるいは異なる量で販売するなどの方法により価格差別を行うことです。
 よく指摘される著名な例としては,映画の時間的価格差別があります。最初に映画館で映画を上映するということにより映画をいわば販売しているわけですが,それが次にDVDなどのパッケージによる販売に移行して,さらにレンタル――これも経済学的な意味では映画の販売方法の一種というふうに捉えることができます――最後には,テレビ放映――これも広告収入を通じて一種映画を販売しているといえます――このように徐々に価格を下げていくことによって,この映画を見るのにこれだけ支払っていいと思っている異なる支払い意思額に応えるように販売をしていくということだと思います。
 3次価格差別というのは,購入者をグループに分けて価格差別を行うものです。例えばソフトウェアの学生用パッケージなど,学生の方がおそらく平均的には支払い意思額が低いだろうということで学生のみに対して低い価格を付け,顧客の集団ごとに違う値段を付けています。
 こういった価格差別を実行するためには,その財の市場について独占を築くことができることが前提になります。著作権がある場合,そういった状況は基本的には築くことが可能です。そして,もう一つ必要なこととして,当然ですが,何らかの方法で顧客のその財に対する評価価格を知って,更にその顧客を区別する方法があるということも必要なわけです。
 ここで重要なこととして指摘しておきたいのは,価格差別の条件の②で書いたところですけれども,arbitrage,日本語でいえば鞘取取引ということになると思いますが,要するに,価格差があるときに,転売などをすることが可能で結局その価格差を回避できてしまうと,価格差別できなくなるので,それを禁止することが必要になります。一番分かりやすい例でいえば,著作権があっても,消尽法理が働く場合があると思います。そうすると,転売は自由なわけですから,有効に価格差別を成立することはできません。
 次のスライドに行きます。今,消尽の話をしましたが,ある場面で消尽を認めるかどうかは,価格差別を許すか許さないのかという問題とつながります。消尽に限らず,著作権の効力をどこまで及ぼすのか,あるいは著作権の制限をどういうときに認めるべきかは,こういった価格差別を推進すべきか否かという問題と直結している場合もあると言えます。
 幾つか例を示します。まず消尽と価格差別の関係についてお話しします。消尽は,アメリカ法ではFirst Sale Doctrineと呼ばれていますが,基本的には日本と同じように,著作物の複製物が適法に譲渡されると,その後の譲渡に対しては権利行使ができなくなるというものです。
 スライドにAdobe対One Stop Microの事件を例として示しています。この事件では,ソフトウェアの教育版を安く買って,それを転売したことが著作権侵害に問われました。被告は,消尽により著作権侵害にならないという主張をしたのですが,裁判所は,これは売買契約ではなくライセンス契約だと性質決定して,したがって,First Sale Doctrineは適用されない,そして,侵害になるという判断をしました。これは裁判所が自覚的にそうしたということではないと思いますが,arbitrageを禁止するということを通じて,価格差別を認めたという整理できるかと思います。
 続けて,次のスライドの例をお話します。これは国内と国外で異なる価格を付けるということによる価格差別の例です。国内と国外で違う価格を付けているときに,海外からいわゆる並行輸入が可能であると,権利者は価格差別を実行できません。それを禁止できれば,逆に価格差別が実行できるわけです。
 このQuality Kingの最高裁判決では,国外で適法に頒布された著作物の輸入が認められ,arbitrageを禁止することができませんでした。これは価格差別が認められなかった判断です。ただ,当事者が価格差別論を持ち出して主張したのですが,最高裁は,価格差別が望ましいか否かという政策判断は裁判所では行わないと言い,あくまで著作権の文言解釈をすると言っていたことには注意が必要です。
 次に行きます。著作権法と価格差別論が関わるのは,消尽の場合だけではありません。ここでは,『Patent Failure』などの著者のMeurer教授という方がいますが,その方の論文を参照しながら考察してみます。このMeurer教授は,価格差別と著作物のシェアリングについて指摘しております。ここで言う著作物のシェアというのは,簡単に言えば,1個の複製物を基にして複数の人がその著作物を使用するということだと思います。
 例えば私的複製というのがあると思いますが,それができると,複製しなくても共有できる場合もありますが,一つの著作物の複製物を購入することで,家庭内で複数の人が使うということができます。あとは,複製物を一つだけ購入して,それを中古で転売するというのは,取引に関わる人が共同で購入しているのと同じであるという見方もできますので,これは実質的には著作物をシェアしているという見方もできます。さらにレンタルとか,あるいは図書館で貸し出すといったものも,そういった評価を下すことは可能です。
 こういうシェアが自由に行える状況が存在するとき,著作権者は,個々の利用や個々の利用者に対してどういった価格を課すか完全にコントロールすることができないことになります。もちろん著作権はありますので,取引の中のどこかの時点で課金をすることは著作権者はできています。しかし,個々の利用者がどれぐらいこの利用に対してお金を払っていいかということに応じて価格をコントロールすることはできないので,そういう意味では価格差別を実行できなくなっています。
 次のスライドで具体的な例をお話します。一つ目は,皆様も御存じかと思いますが,有名なソニーのいわゆるベータマックス事件の最高裁判決です。この判決では,テレビ番組の録画がいわゆるタイムシフトであって,フェアユースに当たるので,著作権侵害にはならないと判断されたわけです。これを価格差別論の文脈でいえば,テレビ番組を別の時間に見たい人がいたときに,その人に対して別途課金することは難しいことになります。
 例えば,もしかしたらテレビ放送を放送される時間にそのまま見る人と,タイムシフトさせて別の時間に見る人は,異なる価格をテレビ番組に対して支払っていいと思っているかもしれません。そういう人々に対してそれぞれに別々の課金をするということは,この判決の下では若干難しくなっている側面はあります。しかし,価格差別の方法というのはこれには限られないので,他の技術的方法を使えばもちろん価格差別を実行する手段はあるかもしれず,またその場合は少し別の話になるとは思います。
 次に,その下に二つ図書館に関する事件を挙げております。一つ目の事件は,これは連邦の機関,NIHという研究所の図書館において,図書を複製することがフェアユースとされた事件であります。二つ目のTexaco事件では,企業の図書館での複製がフェアユースには当たらないとされた事件です。これらの事件については既に我が国でも数多くの論文が出ていると承知していますが,価格差別論の文脈からすると,次のような指摘ができます。
 図書館での複製を侵害にできるということは,図書館での利用に関して別途課金のチャンスがあるということです。そうだとすると,書籍の1冊を普通に図書館に売る場合と個人に売る場合とは同じ値段で売っていると思いますが,それに対して支払ってもいいと考えている価格は違う可能性もあります。そういった事情に基づき,異なった価格を著作権者は課すことができます。
 実際二つ目のTexaco事件においては,CCC(コピーライト・クリアランス・センター)による従量課金のライセンスの仕組みがあったという事情がありますが,そういう場合には,権利者は企業図書館での使用に対して別途課金をして,そういう価格差別を実行することができることになります。裁判所は,前者ではそういう価格差別を認めなかったけれども,後者では認めたと整理できるかと思います。
 次に行きます。お話ししてきましたように,著作権について権利制限を認めるべきかという話は,少なくとも一定の場合には価格差別を認めた方がいいのか,認めない方がいいのかという議論と密接に関わりがあると思われます。そこで,どのようなときに価格差別を認めた方がいいのかということについての議論を御紹介します。
 最初に,「市場の失敗とフェアユース」などのGordon教授の論文を御紹介します。Gordon教授によると,著作物の独占というのは,創作のインセンティブのために必要である一方,著作物の利用を阻害するという,その両面があるわけですが,価格差別によりその両立が可能になる場合があると指摘をしています。これ自体は価格差別という考えがあった当初からずっと指摘されており,かつこれ自体についてはコンセンサスがあると認識しておりますが,こういう独占の弊害の解消という価格差別の正の側面について触れているわけです。
 しかしながら当然のように,価格差別が常に望ましいというわけではないです。次のスライドでは,この点について,Fisher教授の先ほどの論文に戻って確認していきます。Fisher教授によると,価格差別が望ましいと言えるためには,基本的に次のような条件を満たさないと言っています。価格差別が実行されることによって,より多くの著作物が生産され,それによってより多くの利用者が著作物を手にすることができると,こういうことが価格差別が正当化されるためには必要であると。こういうときには当然たくさん生産されているわけですから,著作権者の利益は増大するし,利用者のアクセスも改善されているということで,望ましい状況があるということです。
 そして,こういう条件が成り立つためには,そこに挙げたような三つの条件が基本的に必要となるのではないかという指摘をしています。まず高い価格を払ってもいいグループとそうでないグループがあるわけですが,高い価格を払ってもいいというグループの市場がそれなりに大きいことが必要であると言っています。そうでなければ,コストをかけて価格差別を理由が余りない,コストをかけずに単一価格で販売した方がいいと言えるかもしれませんということです。
 次に,高く課金されるグループとそうでないグループがあったときに,そこから上がる利潤の差が大きいことも必要であろうと言っています。そうでないと,価格差別を実行するコストの方が高くなる可能性があります。さらに,価格の上昇によって需要量の減少が起こりますが,そうした関係性が緩やかであることも必要ではないかという指摘をしております。
 次に行きます。先ほどのMeurer教授も基本的に似たような指摘をしております。Meurer教授は,それに加えてさらに,価格差別により著作権者の利潤を増やすということが創作のインセンティブのために常に必要かというと,必ずしもそうではないという点も指摘しております。Meurer教授によると,価格差別を実行するためにはコストがかかるわけですが,これがいわゆるレントシーキングということになって,権利者がかけるコストが社会的な無駄になる場合もある可能性を指摘しています。著作権者の利潤そのものは,価格差別を実行したことによって増える場合があっても,そのコストと比較したときに社会的な利潤がトータルではマイナスである場合もあることに注意するよう,Meurer教授は指摘しています。
 以上を受けまして,日本法への示唆ということについて簡単に触れておきます。以上のような視点というのは,例えば私的複製の例外を定める30条に関して今後どのような政策を採用していくことが望ましいのかという示唆を与えてくれると思われます。
 例えば昨年の知財高裁で,自炊代行サービスの提供は基本的には著作権侵害に当たるという判断が下されました。これについての解釈論的当否は様々ありますが,この決断は,政策的な意味を持っているということも否定できません。つまり,自炊が自由にできる状況があったとすると,権利者は紙の書籍だけを購入したい人と,紙の書籍と電子の書籍を両方購入する人に対して価格差別を行う,違う価格で書籍を販売するということが困難になると言えます。
 もし価格差別により異なる価格を付けることができれば,紙の書籍を求める人にとっては価格を下げて,電子と紙が両方欲しい人にとってはより高く課金する,そういう市場を用意することによって,より権利者が利潤を上げ,より多くの人がその書籍を手にすることができる状況が実現する可能性があります。
 逆にもしそういう二つのグループが仮に存在するとしても,両者が付ける価格の差はそれほど大きくないということです。書籍の価格は一律にして,それで,電子にしたい人は自由できるようにした方が,より低いコストで著作権者の利潤を減少させることなく書籍の流通が促進される可能性もあります。どちらが正しいのか分かりませんが,自炊代行サービスを適法とすべきかどうかは,裁判所は意識していなかったと思いますが,この点に関しての政策的決断を下したことになります。
 もう一つ,私的録音録画補償金についても言及しておきます。御存じのとおり,政令で定めるデジタル録音録画機器へ複製するものに補償金の支払いをさせる制度です。これはそのような私的複製を行う者とそうでない者を区別して,前者には同じ著作物の利用に関して高い価格を支払わせるという価格差別の実行を可能にする制度であるという見方ができます。
 そして,そのようなグループが本当に存在し,前者に高い価格を課す代わりに,そのような複製を行わない者に対してはより安く著作物の利用を提供できるということであれば,そして,それにより著作物の生産量の増加がもたらされているのであれば,この制度は望ましいと言えます。一方で,そういう二つのグループは存在しない,あるいは考えている価格の差はそれほど大きくないということであれば,そういったことによる便益はそれほど大きくなく,コストとの兼ね合いで逆の結論になる可能性もあるわけです。
 以上,雑駁で恐縮ですが,これを私の報告とさせていただきます。御清聴ありがとうございました。

【道垣内主査】どうもありがとうございました。
 きょう4番目の議題に10分,短くても5分ぐらいは必要かと思いますので,それまでの間,時間がございませんけれども,御議論いただきたいと思います。
 すみません,私の方から最初に議論の枠組みについて質問です。国際小委員会では,伝統的知識あるいは権利制限等WIPOにおける議論も取り上げていますが,今日の御発表の位置づけを明確にするために,こうした議論に向けて日本政府としてちゃんと踏まえておくべきことを一言頂けますでしょうか。
 最初の小島委員については,特に伝統的知識の作り手,創作者というのが最初に出てきました。この議論を進めていくと,その創作者の特定がちゃんとできるのかという点は明らかになっていくのでしょうかということが私の疑問です。その点が,今後も保持・継承してほしいという話にすり変わっているようにも思います。
 それから,前田委員の御発表については,タイトルに権利制限と付いており,また,価格差別そのものはWIPOで議論されているわけではないので,権利制限について今日御報告いただいたと私は理解しておりましたところ,余り権利制限に関する議論がなかったようなので,権利制限と価格差別のつながりについて御説明いただければありがたいなと思います。
 まずは小島委員から。

【小島委員】ありがとうございます。伝統的知識については,もう既にはるか昔にといいますか,生み出されたものなども多く,果たしてそういう場合にいわゆる創作者あるいは創出者,オリジネーターというものをきちんと同定・特定できるのかという問題については,これは非常に困難があるだろうと思います。また,コミュニティに属しているということもございまして,いわゆる西洋近代的な,特に著作権法がその前提にしている西洋近代的な意味での創作者のような観念が果たしてそこに妥当しているのかという問題は,これは常に考えておかないといけないと思います。ですので,そういう点に関しましてはなかなか著作権法とすり合わせができないということは,ずっと議論されていることと理解しています。
 また,保持し今後に伝えていくことについては,ある種媒介という要素とも関わってくると思います。ここについて考えますと,果たしてこれは知的財産法の,あるいは知的財産権法の正当化理由,正当化根拠とも関わりますが,果たして創作に対するインセンティブを与えているのか,それとも媒介に対するインセンティブを与えているのかというところについては,これは私としては理解がまだ一致していない,見解が一致していないのではないかと理解しております。
 私個人としては,本日の報告を踏まえて申し上げますと,かなりの部分,媒介に対するインセンティブという要素が大きいのではないかと思っております。そういう観点を盛り込むことができるのであれば,もし仮に伝統的知識に何らかの知的財産権法類似の法的効果を与えるということが議論されるのであれば,そういった要素も踏まえて議論がなされるべきと理解しています。またさらに,伝統的知識を基に,ある種の2次創作といますか,デリバティブが作られていくこともあるかと思いますが,そういうところについての議論もしておく必要があるかなと理解しています。
 とりあえず以上でございます。

【道垣内主査】ありがとうございます。
 前田委員,いかがでしょうか。

【前田委員】WIPOにおける権利制限の議論との関わりということでいいますと,今日の議論は,将来的に権利制限規定を設計していくに当たって,どういう視点で権利制限規定を作っていくべきかということについてお話ししました。ですから,どういう権利制限を持つことが望ましいのかという実質的な議論に関して,一つこういう視点も加味するべきではないかという文脈でお話ししたつもりです。具体的な示唆については少なくともWIPOの関連では特に意識していたわけではありませんが,権利者と利用者の調和を図る上で必要な視点の一つを提供したかったという趣旨です。

【道垣内主査】どうもありがとうございました。
 そのほかの方よろしいでしょうか。

【小島委員】1点よろしいでしょうか。1点だけ補足させていただいてよろしいでしょうか。

【道垣内主査】どうぞ。

【小島委員】伝統的知識に関しては,本日の報告に引き付けますと,やはりコミュニティの慣習や規範についてどのように考えるかという問題があります。法的保護の枠組みを作る際にそういったものとどういうふうに折り合いを付けるか,役割分担あるいは協働するのか,あるいは国際的な文脈ということで参りますと,例えば国境を越えたいわゆる侵害といいますか,国境を越えた伝統的知識の利用がなされる場合に,管轄準拠法などとの関係でどのように考えるのか,あるいはコミュニティの慣習や規範などを例えば準拠法として用いることができるのかというような,こういった問題にも発展していく可能性を秘めていると考えております。

【道垣内主査】どうもありがとうございます。鈴木委員,どうぞ。

【鈴木主査代理】お二人から大変興味深いお話どうもありがとうございました。時間がありませんので,前田先生が報告されたものに関連して,これ,WIPOとの関係で私ちょっと興味深いなと思いましたのが,教科書が国内版と国外版で価格差別があるという話で,去年でしたか,アメリカで最高裁判決があったと思います。
 個人的に,WIPOにおいて途上国が議論してきそうなテーマじゃないかなと思っているのが,教育用の図書などについての特例です。これはもう御存じのとおり,ベルヌ条約の附属書に現行でも途上国の強制実施権の制度がありますけれども,あれを拡充する議論が出てくる可能性はあるんじゃないかなと,実際どうかは知りませんけれども,憶測をしております。
 その関連で,まさにこういう,アメリカではいわゆる国際消尽を認めるというのがありましたけれども,仮に途上国では安い教育用図書の出版を許せというふうな話が出ると,それが国際的に還流することは防止すべきだという話がくっついてくるのではないかという気がします。
 前田先生の報告から離れてしまいますが,ちょうど薬と特許の関係で同じような議論があり,途上国では安く薬を売る強制実施権を発動する。それが還流しないように何とかすべきだという,これはWTOの場で先進国も含めて還流防止の仕組みを作ったことがあります。だから,議論としてそういうものも参考にして,市場分割を認めつつ,さらにそれが還流しないという仕組みを作るという話が将来的にWIPOの場で議論が出てくるかもしれないと今日のお話を聞いて思いました。以上です。

【道垣内主査】何か前田委員からコメントございますか。なければ結構です。
 そのほかいかがでしょうか。よろしいですか。
 それでは,4番目,その他の議題として用意しておりますのは,TPP協定における著作権関連事項の合意内容についてです。事務局から御説明いただけますでしょうか。

【大塚専門官】失礼いたします。それでは,TPP協定における著作権分野の合意事項について,御説明をさせていただきます。参考資料3として,TPP政府対策本部より11月5日に公表しておりますTPP協定の概要のうち,著作権関連部分の抜粋をお配りしていますので,こちらを御覧いただければと思います。
 TPP協定については,2010年から交渉が行われてきており,日本については2013年7月より交渉に参加しました。本年10月に米国アトランタで開催されました閣僚会議において,参加12か国で大筋合意に至ったというところです。TPP協定の中には知的財産章が置かれており,著作権に関する事項についても,商標等とともにこの知的財産章の中に位置付けられています。TPP協定の知的財産章は,知的財産について,権利の適切な保護と,民事上及び刑事上の権利行使手続,それから,国境措置等を規定しており,もって知的財産権の保護と利用の推進を図る内容となっています。
 協定に記載されている著作権関連分野の合意事項の一部については,制度整備の検討が必要とされているところであり,これらについては,法制基本問題小委員会の方で御議論いただいているところです。他方,多くの合意事項については,我が国の現行法において既に対応しているものであり,途上国を含めたTPP参加国において著作権等保護の水準の底上げが図られることが期待されております。
 まず,総則第A節ですが,こちらは知的財産章全体の基本的な事項を規定しています。知的財産権の定義・目的・原則などありますが,それから,義務の性質,範囲として,協定に定めるものよりも広範な基準を国内法令で定めることができるとしており,TPP協定は参加国が守るべき最低基準であることが明確にされています。
 1ページめくっていただきまして,次の国際協定に関する条ですが,締約国が比準,加入すべき協定として,著作権に関するものでは(d)と€,著作権に関する世界知的所有権機関条約,WCT,実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約,WPPTが挙げられています。また,このほか,内国民待遇を原則とすること,協定の対象となるものについては協定の効力発生の日に保護されているものであって,既にパブリック・ドメインに移行したものについては遡及して保護されることはないということが明確にされています。そのほか,権利の消尽の規定などが設けられています。
 続いて,H節,著作権及び関連する権利の章です。著作者,実演家及びレコード製作者の権利について基本的な事項を定めています。これらは,日本は現著作権法でほぼ対応済みというところですが,1点対応が必要になっているのが,パラグラフの括弧書きの中でございます。TPP協定におきましては,WPPTの第15条第1項及び第4項の規定するところによって,実演家及びレコード製作者に対して商業用の目的のために発行されたレコードの放送,有線放送について報酬請求権等を付与することとされています。
 現行著作権法では,商業用レコードを放送,有線放送する際に2次使用料請求権が実演家及びレコード製作者に付与されているわけですが,この商業用レコードの範囲は現在,CDなどの有体物を介したもののみが対象になっています。この点,有体物を介さずにインターネット等から直接配信される音源についても,新たに2次使用料請求権の対象とする必要があるということになっております。
 続いて,保護期間です。TPP協定に基づくと,著作物と実演,レコードの保護期間については,現行著作権法で原則50年となっているところ,70年に延長することが求められています。この点についても法改正を検討中です。
 また,次の項目ですが,協定上は,批評,意見,報道,教育,学問,研究といった正当な目的を十分に考慮した制限・例外を設けて,著作権制度において適当な均衡を達成することということも求められているところです。
 次の技術的保護手段ですが,資料では条文に基づいて長々とした記述になっていますが,TPP協定上,著作権等の保護のための効果的な技術的保護手段の回避に対しまして,適切な法的保護,救済措置を講ずることが求められています。TPP協定による効果的な技術的手段の定義としては,効果的な技術,装置又は構成品であって,その通常の機能において保護の対象となる著作物の実現若しくはレコードの利用を管理するもの,又は著作物実演家の権利若しくはレコード製作者の権利を保護するものとされています。つまり,利用を管理するものと権利を保護するものの両方の保護が求められています。
 現行著作権法では,いわゆるコピーコントロール,著作物の違法な複製等を防止するものについては刑事上,民事上の措置が設けられているところですが,利用を管理する技術的保護手段,いわゆるアクセスコントロールについては,それらを回避する行為等について規制の対象となっていないので,この点についても現行制度の見直しが必要となっています。また,このほか,権利管理情報についても,故意による除去・改変等を規制することが合意されています。
 続きまして,I節,権利行使の節です。既存の国際条約,WTOのTRIPS協定やACTAと同等又はそれを上回る規範が導入されているところです。御案内のとおり,日本は2012年にACTAを批准しておりますが,いまだ批准国数の要件の関係で発効には至っていません。今回,TPPでACTA以上の規範が導入されるということで,少なくともTPP協定の締約国の間において著作権等保護の水準の底上げが期待されています。すなわち,現在,発展途上国等において多数存在しているいわゆる海賊版のパッケージ販売や,インターネット上へのコンテンツの違法アップロードに対して,各国が適切により効果的な対応策を講じることが期待されております。
 また,民事関連ですと,判決・決定の公開等に関する規定,権利侵害に起因する侵害者の利得を損害賠償額とする規定,著作権侵害・商標の不正使用事案の法定の損害賠償又は追加的損害賠償の導入等について合意されています。このうち,法定の損害賠償については,現行制度との整合性についてやはり現在検討がなされています。
 また,刑事関連ですと,商業上の利益,金銭上の利得のために行われる,又は著作権者等の市場における利益に実質的かつ有害な影響を有する重大な行為について刑事罰を規定するという旨が協定上規定されており,著作権侵害については,③の通り,故意による商業的規模の著作権等を侵害する複製行為について非親告罪とすることが求められているところです。
 この点,現行制度では著作権侵害罪は基本的に親告罪ですので制度の見直しが必要になっていますが,非親告罪の導入に当たっては,先ほども伊東様の御発表の質疑応答の際に触れていただきましたが,やはり日本ではコミックマーケットなどの2次創作文化への影響が懸念されましたので,ここは日本から主張しまして,括弧書き部分,すなわち,著作権等の侵害についてはその適用を,著作物等を市場において利用する権利者の能力に影響を与える場合に限定できるという注釈が規定されました。この点についても,この注釈の趣旨を生かしてどのような制度設計を行うか,目下検討を行っているというところです。
 このほか,権利行使の節,I節には,国境措置の強化,衛星・ケーブル放送用の番組伝送信号の保護等が規定されているところでございます。
 また,第J節ですが,インターネット・サービス・プロバイダについても規定がございます。インターネット上の著作権侵害コンテンツの対策のために,各締約国が法的救済手段を確保し,また,インターネット・サービス・プロバイダのための適切な免責を確立,維持すること,著作権侵害について,法的に十分な主張を行った著作権者が,プロバイダから侵害者を特定する情報を迅速に得られるようにするための手続を定めることなどについて規定されています。このJ節については,我が国ではいわゆるプロバイダ責任制限法,プロ責法において対応しているものと考えられていますが,総務省の方で今現在精査中と承知しています。
 以上,駆け足ですが,御説明しましたように,日本の現行制度を見直す必要がある部分も幾つかあり,これらについてはどのような制度設計にするか現在検討中です。同時に,TPPを契機に途上国を含め各国において必要な侵害対策制度が導入され,我が国著作物の権利侵害に対して適切な権利行使が実行される環境が整うということも期待されていますので,その環境整備に向けて,これまでも実施してきた海賊版対策等を更に一層推進していく必要がある,そして,TPPはその好機であると考えているところです。以上です。

【道垣内主査】どうもありがとうございました。
 時間過ぎておりますが,もしこの場で何か御質問等ございましたら,どうぞ。
 よろしゅうございますか。それでは,本日の議題は以上です。
 最後に,事務局から連絡事項がありましたらお願いいたします。

【小林国際著作権専門官】本日はありがとうございました。次回の委員会については,日程調整をいたしまして改めて御連絡いたします。

【道垣内主査】では,これで第2回国際小委員会を終わります。今日はどうもありがとうございました。

―― 了 ――

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