資料10

美術品等の貸借に係る補償の在り方についての考え方(案)

■ 理念

~理念1:「人々の美術品等の鑑賞機会の充実」~

  • ○ これまでにない変化の激しい時代を迎え,社会の不透明感や閉塞感が高まる中で,誰もが生きがいを持ち充実した人生を送ることを希求している。こうしたことを背景として,人々の文化的欲求が多様化・高度化している。
  • ○ こうした傾向は,本格的な高齢社会において一層顕著になっていくものと考えられる。心豊かな国民生活を実現する上で,文化芸術を享受する機会を確保することは重要である。中でも,美術品等の展覧会は,公共的な施設である美術館・博物館において人々が文化的価値を共有する極めて貴重な機会であると同時に,人々の心に深い感動や生きる喜びをもたらし,はるか彼方の古の時代や異なる文化への共感や受容する心を生み,人生を豊かにし社会の連帯を育むものである。
  • ○ また,少子化や都市化,地域社会における人間関係の希薄化が進む中,次代を担う子どもたちの豊かな人間性を育む上で,優れた芸術に直接触れ感動体験となる展覧会は情操教育の面でも大きな役割を果たすものである。
  • ○ このように,美術品等の展覧会は人々に多くの恵沢をもたらすものである。人々は生まれながらにして文化を享受する権利を有している。さらに,人々の文化に対する理解と関心が高まることは,国全体としての文化基盤の確立や,成熟した社会の形成にも資するものである。
     こうしたことから,美術品等の貸借に係る補償の在り方については,国民の文化に親しむ機会を拡充し心豊かな生活の実現,ひいては文化国家の実現に寄与することを基本に据えて考えていくことが重要である。

~理念2:「国際的信用の確立と国際文化交流の推進」~

  • ○ 急速にグローバル化が進行する中,国民が豊かで幸せな生活を送る上で,世界平和と友好関係の維持は前提条件。国際的な展覧会は,世界各国の異なる歴史や文化の違いを理解する貴重な機会。世界同時不況やテロの頻発など不透明感が漂う現在の流動的な国際情勢にあっては,人々の心と心の架け橋の役割を果たす展覧会の意義は極めて大きい。
  • ○ 21世紀は文化の時代。今や先進各国はこぞって自国の文化の魅力によって相手を惹きつける力(ソフトパワー)を重視。従来型の経済成長が見込めない中,今後は「文化力」が国の力を左右する時代となる。年々,国際的な文化交流が高まっている中,我が国における展覧会の開催を促進していくことが必要。
  • ○ 展覧会における美術品等の貸借は,一般に貴重で高額な作品を一括して行う場合が多い。このような取引を円滑に行うには,国際的な信用が何より求められる。国家間の信用なくして,貴重な文物の交流はない。
     ユネスコにおいては,1978年に「可動文化財の保護のための勧告」がなされている。既に,先進各国においては,これに沿った国家補償制度が整備されており,現に,G8の中で同制度がない国は,ロシアと我が国のみである。最近約10年の間には,東欧諸国などにおいても同制度の導入が図られたところである。
     国際文化交流の重要性が高まっている中,国家間の信用を確立し,各国との調和を図り,我が国として文化に対する積極的な姿勢を国内外に示すことが重要である。以上が,美術品等の貸借に係る補償の在り方についての第二の基本的な考え方である。

■ 経緯

  • ○ 我が国の展覧会(大規模展覧会)は,美術館・博物館と新聞社等が協力しながら実施してきた。こうした展覧会は,戦後の経済成長と歩調を合わせるように増加し,芸術鑑賞機会の拡大や諸外国の文化紹介の役割を果たすなど,多くの人々に恵沢をもたらし,文化や学術,教育の発展に寄与してきた。また,1970年代以降,美術館・博物館の設置が相次ぎ,展覧会を開催するためのハード面における環境の整備は進んだ。
  • ○ ところが,バブル崩壊後の景気の悪化により,まず主な百貨店系美術館が閉館し,さらに,昨今の急激な社会的状況の変化(後掲)により,新聞社等も撤退・縮小が続出している。また近年,美術館・博物館における財務状況が厳しい中で,鑑賞機会の幅が狭くなってきている。あわせて保険会社の引受も限界に達している。

■ 最近の社会的状況の変化

  • ○ 展覧会開催者の限界
    • ・ 近年,国際的なテロの発生等により,保険料率が大幅に上昇(戦争特約・テロ特約の料率の急激な上昇)。
    • ・ 美術品等全体の評価額が上昇してきており,保険料の更なる高騰に拍車。
    • ・ 高額な借用料の支払い。前記の保険料とあわせ極めて大きな負担。
    • ・ 経費圧縮のため,海外で開催されている展覧会と比べ,作品数を大幅に削減せざるを得なくなったり,主要な作品の借用を諦めざるを得なくなったり,極端な場合としては開催の断念に追い込まれたりするなどの事例が発生している。また,そのために,見込んでいた観覧者数に及ばず大幅な赤字を生むような悪循環に陥った例もある。
  • ○ 保険会社の限界
    • ・ 美術品等の保険はそもそも極めて高額かつ長期間にわたるものを担保。展覧会は世界各地からリスクを集積するもので,リスク分散の観点からすると例外的。
    • ・ 近時,我が国での展覧会の集積額は数千億円の規模に達する。民間で引き受けることのできるキャパシティを超越するおそれ。また,半年~1年に及ぶ長期の担保期間。高額かつ長期間に渡る美術品等の保険を民間で担うには構造的限界。
    • ・ 自然災害等の発生による損害率の上昇により,再保険市場の引受が硬化し,民間の再保険の手配が困難化。

■ 国家補償制度の必要性に関する考え方

  • ○ 国民的ニーズが高く,世界的にも非常に評価の高い作家の展覧会は,広く国民が文化に身近に親しむ貴重な機会。ただし,現在でも,我が国では,欧米諸国と比べて作品の借用に限度があるため,出品作品の作家の全体像が把握できるほどの質的・量的に十分な展覧会が開催されていない。
  • ○ さらに加えて,保険料の高騰など社会的状況の変化により,展覧会開催のための負担が一層増大しており,このまま民間に依存しすぎれば,近い将来,我が国では,国民から求められる展覧会の開催の幅が一層狭くなるおそれがある。
  • ○ また,美術品等の展覧会に関する保険は,世界各地からリスクを長期間集積させるとともに,極めて高い担保金額であり,さらに再保険キャパシティが硬化しているなど特異な状況にあるため,民間のみで担うには構造的な課題がある。
  • ○ 今こそ,国は民間だけでは実施困難となっている,国民が文化芸術に触れる貴重な機会である展覧会の支援を行うべく,国として,民間を補完し環境整備を図る時である。我が国における質の高い芸術鑑賞機会を確保することは極めて重要であり,以上の点を加味しながら,保険料負担の軽減を図る国家補償制度の導入を検討していくことが必要。

■ 想定される効果

  • ○ 高騰する代表的作品の借入・展示が可能(作品の質的・量的拡充)。
  • ○ 海外では知名度が高く,よって評価額も高いが,日本ではそれほど知名度の高くない作品の展覧会の開催が可能。
  • ○ 国民にとって,多様な展覧会が開催され鑑賞機会の拡大につながる。
  • ○ 国際的水準での文化レベルの向上。
  • ○ 国際的には国の信用に基づく作品の貸借が容易になる。国際的調和に寄与。
  • ○ 厳しい安全審査により事故防止に向けた自主的なリスクマネジメントや美術館・博物館における事業運営全体の質の向上の取組が一層推進。
  • ○ 国民への還元として,例えば,次世代育成の観点から高校生以下を無料とするなどの適切な入場料金の設定。

■ 制度に関する留意点

  • ○ 官民役割分担の観点から,国は民間で実施することが困難なものを担っていくことが必要。その上で,相互に補完し合う形となればよい。
  • ○ 制度を持続させていくためには,事故の起こらない実績を積み重ねることが重要であるという認識を関係者全員が共有し,美術館・博物館におけるリスクマネジメントを充実させることが必要。
  • ○ 我が国では国家補償制度を設けている分野は少ない状況にあり,美術品等に関する保険が特異な性格・事情を有していることを踏まえながら,我が国における展覧会開催の課題を克服するために考えられる様々な方策を検討することが必要。
  • ○ 国立館以外の展覧会に対して補償を行うことについては,その必要性・合理性について総合的な検討が必要。

■ 対象

  • ○ 民間保険では実施困難な展覧会の中から考えていくべきである。
     例えば,大規模(国民的ニーズが高い世界的な名品を借用し,評価額が極めて高いもの),学術的・文化的に意義のある(美術館が自力で努力して行ってきた研究成果の発表の場であり,新しい研究成果や芸術の息吹を生み出すもの)展覧会が考えられる。
  • ○ 質の高い企画で,施設設備,専門的職員の配置等についても相当程度高い安全性を満たした展覧会であることが必要。
  • ○ 国が支援する以上,国民の多様化・高度化する文化的欲求に寄与する公益性の高いものであることが必要。

■ 補償の対象範囲

  • ○ 補償の対象範囲については,民間保険の現状がオールリスクであることを踏まえつつ,他方でテロ等についての保険特約の負担感が重いことも考慮しながら,検討することが必要。

■ 補償の限度額

  • ○ 国の財政規律の観点から,補償額には限度額(上限)を設けることが必要。
  • ○ 一展覧会についての上限及び一時点に集中した場合の上限の双方が必要。
  • ○ リスクマネジメントに関するモラルの維持・向上,官民役割分担の観点から,主催者の自己負担分を設けることが必要。その自己負担分については,民間保険を活用することとなる。

■ 審査

  • ○ そもそも事故が起きないようにすることが最重要であり,そのことにより国家補償制度を守ることが出来る。従って,審査については,基準自体も含めて厳しいものとすべきである。また,基準を目指して,各館が質の向上に取り組むインセンティブとなるようにする。
  • ○ 専門家による審査委員会を設置する。審査委員会の業務は,主として,
    • (1) 国家補償の対象とするかどうかの審査
    • (2) 事故が起きた場合の補償に関する審査
    • である。審査委員会の在り方については,十分な検討が必要。
  • ○ 審査要件としては,例えば以下のような観点を参考とする。
    (例)施設の安全性,展覧会の意義,作品の質・量の充実度,入場料金の設定の仕方,地方展の開催状況

■ 求償権

  • ○ 求償権については,民間保険との連続性と国の財政規律の維持の観点を考慮した上で,その行使のための適切な要件を設定する。
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