第6期文化審議会文化政策部会第3回議事録

1. 日時

平成20年7月16日(水) 10:00~12:30

2. 場所

文部科学省16F特別会議室

3. 出席者

(委員)

池野委員 高萩委員 田村(和)委員 田村(孝)委員 富澤委員三林委員 宮田(慶)委員 宮田(亮)委員 山内委員 米屋委員

(事務局)

青木文化庁長官 高塩文化庁次長 関長官官房審議官 清木文化部長 清水芸術文化課長 他

(欠席委員)

尾高委員 唐津委員 吉本委員 パルバース委員

4.議題

  1. (1)実演芸術家(音楽,舞踊,演劇等の分野における実演家)等に関する人材の育成及び活用について
    【ヒアリング(2)】
    • ○平野忠彦氏(東京芸術大学名誉教授,文化庁芸術家在外研修員の会理事長)
    • ○牧阿佐美氏(新国立劇場舞踊芸術監督)
    • ○扇田昭彦氏(演劇評論家)
    • ○古城十忍氏(劇団一跡二跳主宰,劇作家,演出家)
  2. (2)その他

【宮田部会長】 ただいまから,文化審議会文化政策部会の第3回を開催させていただきたいと思います。
 本日は,有識者といたしまして,平野様,牧様,扇田様,古城様にお越しいただいております。ご多忙のところ,先生方ありがとうございます。
 先生方には,後ほどお話を伺いたいと思っております。どうぞ,よろしくお願いします。
 まず初めに,文化庁に人事異動がございましたので,事務局のほうからご紹介を願いたいと思います。

<清水芸術文化課長より人事異動紹介>

【宮田部会長】 ありがとうございました。よろしくお願い申し上げます。
 それでは,会議に先立ちまして,事務局のほうから配付資料の確認をお願いいたします。

<清水芸術文化課長より配布資料の確認>

【宮田部会長】 それでは,次に進めさせていただきたいと思います。
 では,意見交換のほうに移らせていただきたいと思います。
 それから,本日は12:30までということにさせていただいております。よろしくお願いします。4名の先生方をお呼びしておりますので,先生方の貴重なご意見をお聞きしながら,その後に全体の関係を扱っていきたいと思っております。
 前回は,実演芸術家をめぐる全般の状況や演劇分野における実演芸術家等の人材育成,活用を米屋委員と宮田委員からご説明をいただくとともに,舞踊分野における実演芸術家等の人材育成及び活用について,有識者の先生からご意見を伺ったということでございます。
 本日は,まず事務局から前回ご意見のあった文化政策部会における今後の検討課題について,ご説明をいただいた後に,音楽,舞踊,演劇の各分野における実演芸術家等の人材育成及び活用について,お招きした有識者の先生からご意見を伺いたいと思っております。
 その後,先生方とご意見の交換をし,審議を深めていくというふうな段取りでいきたいと考えております。
 本日,お越しいただきました有識者の先生方を改めてご紹介させていただきたいと思います。
 東京藝術大学の名誉教授でございまして,文化庁の芸術家在外研修員の会理事長をなさっております平野忠彦先生でございます。
 続きまして,新国立劇場舞踊芸術監督,牧阿佐美先生でございます。
 続きまして,演劇評論家,扇田昭彦先生でございます。
 続きまして,劇団一跡二跳主宰,劇作家,演出家でございます,古城十忍先生でございます。

【宮田部会長】 有識者の先生方には15分間ご意見を伺った後に先生方と自由討議をしていただくということにしたいと思います。
 それでは,まず事務局から文化政策部会における今後の検討課題例,資料3について,簡単にご説明ください。

【清水芸術文化課長】 <資料3の説明>

【宮田部会長】 ありがとうございます。
 検討課題の3項目を挙げていただいております。この辺も踏まえながら,今後の議論を深めていければなと思っておりますが,この件に関してまた特段何かございましたらですが,前半は自由討議でさせていただければと思っておりますが,よろしゅうございますでしょうか。
 それでは,本日4名の先生方にお越しいただいております。貴重なご意見をいろいろお聞きしたいなというふうに思っております。
 まず最初に,平野先生,音楽分野における実演,芸術家等の人材育成及び活用に関しまして,15分ほどお願い申し上げます。よろしくお願いいたします。

【平野忠彦氏】 先日,お話をいただきましたときに,実は問題点というものに対してはっきりした自分の中に考えがまだありませんでしたので,一応ざっと7項目ほど出してみました。
 その中で,最初に既に海外で活躍している歌手,またはしつつある歌手に対する助成というのは,これは一つに在外研修員の会で,1年間向こうに派遣されていったときに,声楽家の場合には各劇場とかそういうのでもってオーディションなどがありますので,それを受けて,中には合格する力を持った人もいるわけです。そういう人たちが,在外でもってあと1年延長してほしいというような要望が在研会のほうに時々出てまいります。
 ところが,今のシステムですと必ず1年なら1年,3年,それから短期という場合に,その期間に帰ってこなければならない。帰ってきてしまうと向こうの契約とかそういうことができなくなる,例えば在研会の派遣されている状態で優秀だと認められた場合,これはこちらで検討するわけですが,そういうような資料を出してもらって優秀で,向こうで劇場でオーディションに受かったから,例えば「バタフライ」をやってくれというような状態でもって仕事ができるかというと,今の場合は仕事はできないし,延長もできない。
 その延長ということを少し考えていただければ,活躍している歌手といっても,まだ若い歌手はそれほど仕事があるわけではありませんので,しつつある歌手と合わせて,そういう人たちを助成してやるのがいいのではないかなというような考え方を持ちました。
 それは,例えば韓国などの場合でも,そういう若手の優秀な人たち,例えばオーディションを受けに行くにしても何にしても,国の助成がある人,自費でもってやっている人もいますが,そういうような国の助成がそういうところまで行き渡ると,僕は在研会という1つの会が,また一つ発展するのではないかというふうな考えを持ちました。
 そして,在研会でもって向こうに行くという状態のときに,現状を申しますと,例えば現在360日の在研の助成が出るわけですが,その助成金というものが,この何年間全く据え置きだということ,現在アメリカにおけるドル,それからヨーロッパのEUの全体の中でもって勉強しに行った場合には,貨幣価値が国によって,昔はイタリアとか,それから一応ドイツなどもそうですが,行って勉強するに十分足りる金額だったんですが,今ユーロになってからは,それが非常に苦しくなっている。その状態を在研会としては,いつも問題になってくるんですが,例えば派遣されている人数が,今年は153名でしたか,153名の人たちこれを例えば減らすということだとどうも難しいかもわかりませんが,グロスで考えた場合に,150人を100人にして,そしてほかの人たちの助成金をアップする,それは一つ考えてもいいんじゃないかなというのを在研会の理事会でもって話されていることです。
 そういうことで,例えばそれは150人は150人でいいんですが,年間の助成金をそこで上げるということは大変難しいことだろうと思いますが,これは何年間か僕が理事長になってから,一応文化庁のほうにはお願いしてあることです。
 それから,2番に移ります。日本から派遣される海外コンクール審査員に対する助成,これは海外のコンクールというのはいろいろあります。ピアノにしてもバイオリンにしてもたくさんありますが,声楽のコンクールというのは意外にローカルな場合が多かったり,それからメジャーのコンクールというような,例えばチャイコフスキーコンクールみたいな,そういうようなものはなかなかなくて,そういう場合に日本からコンクールの審査員を要請されることがたびたびあります。
 僕などでも,例えばザントナンの国際コンクールというのがありますが,当初といっても10年以上前になりますが,財政がイタリアでもあご足,旅費とか滞在費とか,それに対する報酬というものがあったんですが,海外から呼ぶだけの財力が向こうのほうになくなってまいりました。そういう体力不足から来てほしいんだけれども,実は自費でもって渡航費を払って来てくれないか,一応審査する意味での報酬は出しますがということで,非常にこれをてんびんにかけますと,全く時間をかけて自費でもってコンクールの審査に行くというのは,大変難しい結果になります。
 ですから,そういう意味で,日本人でコンクールの審査を要請された人に対する助成というものも日本人のコンクールを受ける人たちの側からいっても役に立つのではないかということです。
 それから3番。3番と6番というのはちょっと関係がありまして,声楽科の場合芸大に入る,現役で入れば18歳で入る,卒業するときには22歳,そして大学院に2年間,もしくは3年間,そうすると25歳ということになります。それから,各オペラ団体の研修生になって,例えば僕の所属している二期会というところの研修生は3年です。予科,本科,それからマスタークラスと3つありまして,もちろんマスタークラスへ飛び級で入ってくることも可能なんですが,それは人数に限りがあります。
 芸大を卒業して,大学院を卒業すると24歳,もしくは25歳,それも全部現役でいった場合です。25歳から3年間研修所というところにいって28歳,28歳でこれはストレートでいって28歳です。ということは,その中で浪人をしたり,例えば海外に留学したりしていると,帰ってきたり,それで卒業する時点においてはもう既に30歳という年齢に達してしまいます。
 そうすると,芸大の博士課程をそれにプラス3年,そうすると博士課程を卒業すると三十路を超えてしまうということになってしまう。そういうことで,博士課程への受験を例えば学部から大学院を受けなくても,博士課程を最初から受けてしまう,または若い人たちに特典を与えて飛び級の期間があったらいいんじゃないかというふうな考え方は芸大の大学院の部会では,たびたびその話が出てきます。
 それで,オーディションを受けて歌えるようになるのが三十五,六からで,40,50になってくるとだんだんベテランも過ぎてきて,活躍する場が非常に短くなってしまう。割と若い時代に,例えばオーディションならオーディションを受けて,そういうことで自分たちの博士課程にいくなり,それから各オペラ団体の研修所を卒業して,例えば二期会なら卒業するときの優秀な成績者があれば,その成績者は即会員ということになる。それから,会員でなくても残って勉強したい人たちは準会員ということになります。
 そうなって,声楽家が年齢が高くなって海外に行くというケースがとてもあります。僕が,コンクールのザントナンの国際コンクールなどの審査員をしてますと,スペインとか,それからフランス,それからもちろん韓国を含めて非常に若いメンバーが受けに来てます。10代でもってコンクールを受けている人たちもたくさんいました。
 ところが,日本人の受験生はほとんどが30近くになってから受けているわけで,そういう意味でも日本の教育的な養成期間が少し幅が大き過ぎて,長いこと勉強する,それには何といってもお金がかかります。例えば,二期会に入って研修所に入れば,研修所のお金を払わなければならない,要するに歌の勉強をしていることによって,非常に家庭に財政的な負担をかけてしまう,ですからよほど恵まれた人じゃないと博士課程とか,それから研修所の最終課程に飛び級をしていくということが不可能なんです。
 ましてや,在外研修のこの会を申し込んでいても,申し込んだ状態で20代の方々が行けるならばいいんですが,大体が30から40近くになってから研修所でもって勉強に行く。何といっても,それが僕ら研修所の教官をしていたり,それから在研会の理事をしてますと手おくれのような気がするんです。そういう意味で,博士課程とか各オペラ団体の研修生のあり方というものが,もっともっと低年齢化をして若手を育成するということを考えないと,これから先日本の声楽家はどんどん追いさらわれていくというような感じになります。
 それから,次は4番の若手教授の選出,これは宮田先生もご存じだと思いますが,芸大の准教授,教授になるには非常に遅いです。とにかく,声楽科の場合には大体30後半でもって准教授になればそれは早いほうで,大体40代くらいまで,40代から50代くらいまでをほかの私立の大学の准教授,教授をしている状態でもって,その中で優秀な人を芸大に呼ぶというわけで,若手の教授が非常に少ない,活性化という意味を持っても,若手の教授をもっと選出するべきではないかというのがこれは僕の考えです。
 声楽科は,今老齢化しているものですから,60代の人がほとんどで,教授,准教授を含めて,声楽科の場合には12人くらいのメンバーですが,12人のうちほとんど,七,八人は60代,50代,40代がちょっとという状態では,芸術をやっていく上においてのいろいろな意味で視野が,非常に老齢化していくような気がいたします。
 5番,これは割愛してもいいんですが,これは本当に我田引水の問題で,名誉教授に対する報酬というのは,僕らは一応名誉教授になりました。なりましたが,僕はまだ一応現役でやっていますので,今年もオペラを4本やるということで,一生懸命現役を全うしているわけですが,名誉教授になられて退官されてからは,ほとんど仕事をしていない先生方が多いんですが,名誉教授という名前をいただいても,これは一切全く肩書きだけで,それに対する幾ばくかの報酬もないわけです。
 これは,昔は年金といって芸大などを卒業すると年金があるからいいねってよく言われたんですが,今は退職金を含め,それから年金というもの,それからそういうことは非常にランクが下がってきておりますので,そういう意味で名誉教授という,海外に行きますと名誉教授とか教授というのが非常に優遇されているのは事実なんですが,日本における名誉教授に対する扱いというのは,本当に肩書きだけという情けない状態でもって,これはどこからお金が出るかは別として,余りにもそういうことがなさ過ぎるんじゃないかというふうに思います。
 それを含めまして,退職金というのが最後にありますが,退職金というのは,若手の教授である場合には,専任教授なり,専任の准教授になってから退職金というものの金額が計算されるわけですが,ピアノ科などの場合には30代で准教授になることがありますが,声楽科でもって30代でなるということはほとんどありません。年を取ってから准教授なり教授になるということになりますと,亡くなられた音楽部の部長だった先生が冗談まじりに,僕も常勤になってから20何年芸大に勤めているけれども,僕の退職金よりもお掃除をしているおばさんたちは40年もあれをしているので,退職金は僕の倍ももらっているんだよという冗談を言って,先生そんなことないでしょうって,僕らは否定したんですが,事実自分が退官するときにもらった退職金は,これじゃ私学にいたほうがよかったかなと思ったぐらいだそうです。
 芸大がそういう意味で特殊な場所ですから,学長がいる前でこういうことを言うのはちょっと僕も口幅ったくて申しわけないんですけれども,僕のほうが先に名誉教授になったものですから,そういうことでちょっとざっくばらんに申し上げてみたいと思いました。
 15分になりましたでしょうか。一応そういうことであります。

【宮田部会長】 ありがとうございました。
 何か,ちょっと複雑に聞きました。コメントは控えさせていただきたいと思います。何はともあれ,若手に対しての期待感ということが,ずっと終始語られていたような気がいたします。ありがとうございました。
 それでは,続きまして牧先生,舞踊の分野における実演芸術家等の人材育成及び活用に関して,また15分ほどお願い申し上げたいと思います。よろしくお願いいたします。

【牧阿佐美氏】 1番の新国立劇場バレエ研修所から始めさせていただきます。
 バレエの場合,オペラと違いまして非常に若い,今17歳からになりました。本当は十五,六歳からやりたいところなんですが,いろいろな事情で,今年は17歳ということで募集いたしました。
 一応,お勉強している内容を簡単に説明させてください。当然,朝の10:00から17:30までで,バレエの研修生ですからクラシカルバレエは当然です。キャラクテールダンスというのは民族舞踊で,これは「白鳥の湖」,「眠れる森の美女」,「くるみ割り人形」,全部民族舞踊が出てきますので,あれは適当に踊っているのではなくて決まりがありまして,そのお勉強をしております。そして,これからの時代に新しいものを勉強しなければなりませんので,コンテンポラリーダンスを勉強しております。
 それから,ヒストリカルダンスというのをやっておりまして,これは「白鳥の湖」,「眠れる森の美女」,ああいうものだとか時代のものをやるときに,貴族の踊りが出てまいりまして,本当は15世紀ぐらいからのがあるんですが,研修所ではたった2年ですので,毎日それができるわけではないので,17世紀,18世紀のヒストリカルダンスをやっております。
 それから,ボディーコンディショニングは,自分の体をけがしないような位置に置くということと,それからけがしたときに早く治せるように,自分でコントロールできるためにやっております。
 演劇研修が入っておりますが,これは私も含めてそうなんですけれども,バレエの人はお稽古場で暴れているものですから,話すことがとても下手なんです。演劇研修によって,作品の中身も理解できるようになる,言葉で出すことで理解できるようになりますことと,ダンサーが大人になって世の中に出ていったときに,人と同じようにしゃべれることが大事かなというふうに思いまして,17歳でこれだけの勉強をやらなければならないと,体で覚えるものがこれだけあります。
 座学のほうでは,当然踊っているバレエがどうなってきたかというのを知る必要がありますので,バレエ史,それから音楽とバレエについて,それから劇場史,劇場史は10年でボリショイなどは200年ですからいろいろあるんですけれども,日本は10年でもやっていくようにしましょうということで,国立劇場ができるところからずっと劇場史としてやっています。
 マナーは,本当に若い,まだ親御さんが教育までできていない時期なものですから,こちらのほうでマナーの勉強をさせています。人前に出たときに,どういうふうな食事をいただいたらいいかとか,ごあいさつをどうするかとか,そういうマナーをやっております。
 それから,茶道は,バレエに茶道と思いますが,日本人の精神をどうしても残して,大事にしていきたいというところで,茶道の先生にいろいろお勉強させていただくことで,お話をしていただくことで,日本人というのを自覚してもらうと思ってやっています。
 ノーテーションもやっているんですが,それは五線紙に小節が書いてありまして,何小節でどういうステップを踏むということを書き込むんです。それがバレエの記号がたくさんありまして,その記号を埋めて,何小節で飛んで向こうへ行く,4小節で何をやったというのを全部書き込むようになっている,それが大体は五,六年かかるんですけれども,2年の中で全部できませんので,自分のソロを楽譜に書き込めるぐらいのことの勉強をしています。
 それから,大人になって振り付けをしたときに美術史をやっているんですが,自分のつくった作品と美術家とお話ができるように,美術史も芸大の先生に来ていただいてやっております。デッサンも,もし足でもけがしたときに,衣装デザインができるほうがいいと思いまして,そういうのもデザインをやらせていただいております。
 それから,解剖学は1年目だけですけれども,一応自分たちの体のことを理解するように解剖学。地方から一人暮らしで来ている人が多いものですから,栄養学をやって,こういうものを食べるといい,こういうものを食べると太る,こういうものは栄養があって太らないとか,そういうものを勉強して,そちらへ行ってお料理をつくってみんなで食べたり,批評したりということもやっております。
 メーキャップも舞台メーキャップを1年次のときにやらせております。1年次のときに,舞台実習というのがありまして,周りの立ち役で貴族になったり,いろいろな役で荷物を運ぶ役とか,いろいろな役で出ますので,そのときにバレエ団の人にメーキャップしてもらうのでは困るので研修所で教えて,そしてそこへ出ます。
 その実習のときに歩き方が悪かったとか,貴族には見えなかったとか,時代的にはそることが足りないとか,そういうのを後で批評されるようにしております。
 2年目になりますと,踊るほうの後ろについて踊るようになります。
 それから,サロンというのを入れておりまして,なぜかというと,10代の,17,18ですから,お友達と話すことしか経験が余りないので,いろいろな他ジャンルの芸術家の方とか,それから社会で活躍している文化人の方とか,それからスタッフ,照明とか,そういう方たちの舞台をどうつくっていくかということもサロンの中でお話をいただくようにしています。
 そして,2年間の研修を終えてバレエ団に入っていくんですが,それよりもそこで試験がありますので,2年で何とか試験を受けられるところまではいきます。その中で,才能のすごくある人は入れて,そこまでじゃなくてきちっとした踊りが踊れて,プロの入り口として大丈夫ということですと,コールドバレエに入っていきます。
 今まで,卒業生の中で毎年落ちるのが1人,体型が変わってしまったり,1人とか2人はおります。
 でも,それでも準団員みたいな形で必要なときに,人数が多く出るときに出てもらうようにしています。
 それで,1年目に入ってきたときは1年生が泣いたり,騒いだり,緊張したり,いろいろなことがあるんです。泣くということは,自分の悩みがたくさん出てきまして,これだけのお勉強が1年にできるのかというふうに最初に思うんです。
 でも,私は若いからできる,頭がまだ柔らかいのでできるので,これが二十になってからでは間に合わない,だから17のときにそれをまず勉強してもらって,2年次になったらほとんどバレエの勉強が多くなってきて,いろいろなものが抜けていくように,お勉強が減っていって,座学が減って,バレエがすごく多くなってきます。
 2年目に入ったときに,突然というぐらいに急にバレエが上手になる。1年目はバレエというダンサーの体をつくるための準備期間になるかと思います。そして,2年目に入ったときに,その体ができたので,急に踊りが上手になり,それから勉強してきたために,今まで見えなかったものが見えてきたり,先生のお話がよく理解できるようになって,それで2年目に突然伸びて,評論家の先生も入ったときに見ていただくんですけれども,出るときに2年でこれだけ変わる,入ったときはこんな人が入って大丈夫なのかと思ったけれども,出るときはすばらしく変わっているということで,一応今のところはこの研修所は成功していると思うんです。
 ただ,バレエ団もレベルが10年たって高くなってきましたので,2年の研修で間に合わないぐらいの状態に,この二,三年後にはなるのではないか,7年前の1期生が入って主役などで活躍していますから,そうすると1期生の人たちがプロとして7年活躍したところへまた入っていくということは相当差がついている。最初は,全部の素人がバレエ団に集まってきてオーディションしてやったんですが,今度はプロとして舞台経験の多い人の中に研修生がオーディションで入るということになりますから,ちょっと前の人よりレベルが高くないと入れなくなってくると思うので,急ぎませんが,将来的には2年ではなく3年のほうがいいかなというふうには思っております。
 それで,高校を中退する人もいるんですが,それは余りよくないと思いまして,科学技術学園高等学校と提携いたしまして,バレエの稽古の時間も単位に入れていただきまして,バレエを卒業するときに,通信教育で卒業の資格を取得するようにこの4月からなりました。ほとんどやめてしまうと,ちょっとこちらの勉強だけでは足りないと思いますので,そういう形をとっております。
 2番目のものですが,これは私もいいのかどうかわからないんですが,日本人の体がパワーがなくて,スポーツを見てますと,サッカーでも何でも頭はよくて,精神力は強いのに弱いというのは,体からくるのではないかというふうに思ったので,小学校4年生ぐらいからバレエをやるのではなくて,バレエの基礎だけを踊りにはならない部分なんですけれども,本当の基礎のところを,学校で体操のような感じで入れていただいて,4年生からお勉強が大変になる中学2年生ぐらいまでの間が,そこでやや体ができちゃうと思うんです。
 そこで,そういう基礎を入れていただくと,まず日本人の弱いのはももが弱くて腰が弱いと思っているんです。ですから,自衛隊の歩き方も余りよくないし,海外の軍隊はすごいきれいな歩き方ですし,それから体操の人たちも,急にスケートやってからバレエのバーをやるとかやっていますけれども,そういうことじゃなくて日常生活にサラリーマンになっても,どんなお仕事をしても,女優になっても,何にしてもももが強くなって,腰が強くなりますと,その上に胴がありますから,胴が自然にいい姿勢になっていって背骨が真っすぐになる。背骨を真っすぐにして一生懸命伸ばせ,伸ばせといってもできる問題じゃなくて,ほとんど最近の子は見ていますと,かかとが上がらないで足を引きずってまちを歩いている人が多いと思うんです。
 昔は,まだもうちょっと遠い学校まで通ったり,今はお母さんたちが送ってしまうので弱くなっているように思うので,そういう足の裏の訓練とか,ももの訓練によって,二,三年やることによって,あとは自分の行きたい道でいいんですが,体操の感覚,体操はサラリーマンになる方でもみんなやるわけですから,そういうバレエの基礎訓練,ルイ14世のときにバレエ学校をつくって,1713年につくったときのメソードからいまだに変わるメソードがなくて,同じことをやっている。その部分をやったらいいと思っているんです。
 そこから後にバレエの訓練にどんどんなっていきますから,そちらは要らないというふうに思って,本当に体をつくる基礎の部分が,もし私立でも小学校の高学年から入ってきて,そして体が変わっていったら,非常に本人も自信がつく。体が強くなってくると精神も強くなってきて,物事を考える余裕もできるし,それから人を許せることもできて,自分が強くなっていきますから,いろいろな意味でプラスになると思って,突然のことでちょっと方向が違うんですが,日本人の体をもっと海外の人みたいに強い体に,立体的な体にするのは大事なのではないかなというふうに,例えば政治家でも多分体に自信があったら,もっと外交を上手になさるのかなと。頭のほうは,日本人はすぐれていると思うんですが,体からくる消極的なものがあるような気がしたものですから,そういうことをちょっと考えたわけです。
 以上でございます。

【宮田部会長】 ありがとうございました。興味深いお話でした。
 それでは,よろしゅうございますか。次にいかせていだきます。扇田先生,演劇分野における実演芸術家等の人材育成について,15分ほどお願い申し上げます。

【扇田昭彦氏】 私の場合は,2点に絞って話したいと思います。
 演劇の現場ではなくて,舞台を見て劇評を書くという,そういう立場です。そういう立場から見て,幾つか問題があるのではないかなと思って,きょう話をさせていただきます。
 1つは,日本の演劇界でまだ非常に若手のすぐれた演出家が少な過ぎるのではないか。それから,もう一つはミュージカルの脚本家が非常にすぐれた脚本家がいない,これを何とかしなければいけないという2点です。
 まず,第1点の演出家の養成なんですけれども,日本の演劇公演は非常にふえています。そして,シェークスピアとかチェーホフとか,そういった古典劇,あるいは日本の近代古典劇をいろいろと上演する機会も非常にふえているわけですけれども,しかしそこで起用される演出家もほとんど一部の売れっ子の演出家で,そういう人たちがほとんどの仕事をみんなこなしているような感じで,そういう若手の演出家が起用されるケースが非常に少ない。つまり,そういった公演をちゃんと任せられるような若手の演出家がなかなか育っていないというのが実情だと思います。
 今までの演出家が育つケースというのは,それぞれの劇団,例えば文学座とか俳優座とか民藝とか青年座とか,そういうところで演出助手とか,舞台監督とか,そういうことをやりながら,演出家を志望していくというケースで,それはそれでいいんですけれども,それだけではどうも済まなくなっているのではないかなというふうに思います。
 日本の演劇界の場合,特に1960年代以降顕著なんですけれども,小劇場系の劇団がいろいろ出てまいりまして,その小劇場の劇団の主宰者が劇作と演出を兼ねて舞台をつくるということが多いです。
 したがって,劇作家と演出家がなかなか分離しない,そのために劇作家でもあり,演出家でもあるというケースが非常に多い。そして,例えば新国立劇場でチェーホフなどをやる場合も,そういった劇作家の人が演出に起用されるケースがあります。本来,これは演出専門の人がやるべきだと思うんですけれども,なかなか日本ではそうなっていない。それは,若手の演出家がなかなか育っていないせいだというふうに思います。
 特に,国際的に通用する若い演出家を育てることは非常に急務だというふうに思います。既に,演出コースを置いている大学もありますけれども,演出家を育てるためには劇場が必要です。ちゃんとしたプロの劇場があって,そこのスタッフと仕事をしながら演出家の勉強をする,実地の勉強をする,そういうことが必要だというふうに思います。
 そのために,新国立劇場は幸い演劇研修所ができて非常にいいと思いますけれども,あれは基本的に俳優養成の機関なので,そこにぜひ小人数でもいいので演出家コースを置いてほしいと思います。
 これは,本当にズブの新人を養成するということもあるかもしれませんけれども,それよりむしろ既にいろいろな学生劇団を経験したり,ほかの劇団でスタッフになっている人がそこに入っていてもいいと思うんです。とにかく,人数はたくさん要らないと思いますけれども,ぜひすぐれたスタッフによって,若手のいい演出家を養成する体制を整えてほしいというふうに思っています。
 2番目は,ミュージカルの演出家ですけれども,日本は今ご承知のとおりミュージカルの上演が非常にふえています。これは,劇団四季がロングラン公演をやっているせいもありますけれども,例えばぴあ総研のエンタテイメント白書によりますと,今日本で上演するあらゆる分野の舞台のうち48.5%がミュージカルの関係がふえています。演劇の観客は24.8%なので,ほとんど倍になっています。ですから,観客数からいうと主流はミュージカルに移っていると思います。
 それに伴って,日本でつくったオリジナルのミュージカルの公演も非常にふえているわけですけれども,しかしその舞台を見ますと非常に脚本のレベルは低いと思います。ミュージカルの演出も作曲家も,振り付けもかなりレベルは上がっていると思うんですけれども,ミュージカルの脚本は非常に,はっきりいってアマチュアだと思います。といいますのは,日本の場合はイギリスやアメリカと違って,ミュージカル専門の脚本家がいないんです。それから,ミュージカル専門の作詞家もいません。そのために,どうしてもストレート・プレイ,演劇の劇作家がミュージカルの脚本も手がけることが多いんですけれども,それはジャンルが違うし,違う職種なので,なかなかうまくいってないというふうに思います。
 せっかく,これだけたくさんのオリジナルミュージカルが上演されているんですから,もっとこういったアマチュアのレベルを超えてほしいというふうに思います。
 劇作家養成の講座,いろいろ既にあります。劇作家協会もやっていますけれども,ミュージカルの脚本の講座というのは,私余り聞いたことがありません。非常にこの辺が立ちおくれているんじゃないかなというふうに思います。
 どういうふうにしていいか,私もよくわからないんですけれども,英米からそういうプロのミュージカル専門の脚本家を呼ぶとかして,何とかこの分野を充実させてほしいというふうに思っています。
 以上です。

【宮田部会長】 ありがとうございました。
 新国立劇場には,舞台に上がる人たちの養成はあるけれども,今の扇田先生のお話でいくと,そういうことですね。

【扇田昭彦氏】 宮田さんが新国立劇場の講師をなさっていらっしゃるのでご存じだと思いますけれども。

【宮田(慶)委員】 養成所はないです。

【宮田部会長】 そうですか,わかりました。ありがとうございました。
 もうちょっと大丈夫ですよ,よろしいですか。
 続きまして,古城先生お願いします。

【古城十忍氏】 芸術団体人材育成について,まず申し上げます。
 具体的なところ,今現在行われている政策といいますか,支援システム,そこからまずお話をしたいんですけれども,芸術団体人材育成支援事業は2年ほど前から,統括団体のみの申請受付だったのが,個別団体の受付も可能になったんです。私は,社団法人の日本劇団協議会というところの専務理事を8年やっておりまして,今は常務理事なんですが,団体からの申請ということもずっと経緯を10年ぐらいは見てきているんですけれども,その2年ほど前から個別団体でも申請することができるようになった,つまり日本劇団協議会が申請することもできるけれども,私が例えば主宰している劇団一跡二跳が申請することもできるというふうに変わってきたんです。
 これは,広く公平に機会を与えるということからそうなってきているんだと思うんですけれども,そのことによって弊害も同時に生まれているなというふうに一つ思っております。それは,ここには資料のほうにはどんな人材を何のために養成するのかということが,非常に不透明になってきているというふうに書いておりますが,個別で個々の団体,個々の劇団が申請できますから,そうするとどうしても自分の劇団にとって必要なことを,例えばワークショップだったりとか,いろいろな勉強だったりとか,いろいろな技術を身につけたいということが,自分たちの劇団にとって今必要なことを申請したいというふうになってきているわけです。そういう企画,申請がふえている。
 そうすると,どんどん大ざっぱな言い方をすれば,小粒な企画といいますか,目先の企画といいますか,そういうことも受け付けざるを得ない状況になっているわけです。統括団体のほうは,広く長期展望を持った企画が出されているかというと,一概にそうは言えないところもあって,個別のところから集めたものを一つの形にまとめ上げたものとして出されてきたものが多かったわけですが,それでももうちょっと長期的な展望に立ったりとか,もっと広く演劇全般についてこういう技術が必要ではないかとかということの視点に立った企画が出ていたんですけれども,それが今競合する形になっているんです。
 競合することによって,協力者会議によって選考されて採択されるという手続をとっていますが,非常に方向性としてどんな育成をしていくのかということが,人材育成事業に関しては,だんだんあいまいになってきているという感じを持っています。
 ここをもうちょっとはっきりするためには,申請の方法ということについてもう一度ちょっと,2年前から個別団体がオーケーということになったんですけれども,別に個別団体を閉ざせということではなく,どういった申請だったら目先の企画,小粒な企画が悪いというわけでもないんですけれども,そういったものではなく,ちょっと長期的な展望に立った支援,システムがつくれるのかということを考えてみますと,何を育てたいのかということがはっきりしていないのではないかなと思うんです。
 だから,数で見ると俳優のための演劇ワークショップというのがどうしても多いんですけれども,今扇田先生もおっしゃいましたけれども,例えば演出家を育てるための人材育成のための企画というのは,一劇団からは申請しにくいというか,企画しにくい面があるのではないかと私は思うので,例えば演出家を育てるためにはどういった支援システムが必要かということを,日本演出家協会に考えてもらって出してくれとか,劇作家を養成するためにはどんなシステムが必要か,日本劇作家協会に考えてもらって出してくれとか,そういったことも必要だろうと思いますし,もっと具体的にスタッフの中でも,例えば照明デザイナーとか,音響デザイナーとか,舞台美術プランナーだとか,そういった人たちを育てるためには,どういったところからどういった企画を出したらいいのかということ自体をもうちょっと考えないと,今はとりあえず支援が欲しければ皆さん出してくださいという状況になっていて,出されたものからチョイスするという形になっているので,どうしても政策側が,国がという言い方でもいいんですけれどもリードしていくという形にはなってないんです。
 そこに,余り広く,公平にという観点に立ってますから,具体的な指針としても結構アバウトで,具体的な指針というものは余りない感じがするんです。だから,もうちょっとそういうところを指針をはっきりさせて,どういう人を何のために育てたいのかということをはっきりさせた上で申請できるシステムにしていく必要があるかなと。
 これを,今ここのところ,個別団体の申請可能になったことによって,よりますます不透明になっている感じを私は受けてますので,そこがクリアになっていく必要があるのではないかなというふうに思っています。
 それから,学校,大学だとかというところからも申請することが可能になっていて,別に個々の企画にケチをつけるつもりは全然ないんですけれども,これは大学の中の座学でやればいいことではないのというような企画が上がってきたりもしますし,とにかくもらえるものなら金もらっとけみたいなことを感じないこともないような企画もあったりするので,じゃ大学とか教育システム,教育機関がアプライするんだったら,申請するんだったら,どういった目的で何をということをはっきりさせた上で申請してくれというふうにしなければいけないのかなとか,それが芸術団体が出てくるものと何が違うのかということがわからないし,結局すべて今協力者会議の判断に任されているという印象を受けているものですから,それだといつまでたっても国がリードしていく,どういった芸術家を育てていくという方向に近づいていかないのではないのかなという気がしています。
 ちょっと乱暴なこと言いましたけれども,もらえるものならもらっておけということもあるんでしょうけれども,各劇団とか,またはNPO法人だったとか,いろいろなところからカルチャーセンターと変わらないんじゃないのみたいな企画もなきにしもあらずという状態ですし,これがもっと幅広く,公平に公平にということを言ったら,例えば話し方教室,どこかのカルチャーセンターがやっている話し方教室にも申請する助成金を出すのかと,それも国の芸術として支援していくのかということにもなりかねない状況になっているのではないかなというふうに思っています。
 それから,ここの最後には劇作家の養成ということで,これは今年ですか,ずっと文化庁さんがおやりになっていた舞台芸術創作奨励賞という戯曲賞があったんですけれども,それが今年度限りでなくなったんですね。それが,ほかにも劇作家協会がやっている戯曲賞だとか,いろいろなところで幾つかありますけれども,文化庁さんがやっていたことはとても意義があることだというふうに,私自身は個人的に思っておりましたので,ぜひ復活させていただきたいなという思いが,劇作家の養成の一助を担うという意味で,復活させていただければなという思いがあります。
 続きまして,海外留学制度ですが,これも申請の基準というところがちょっと問題なのかなというふうに思っているところがあって,海外で何をしたいのかということは一応申請書には書かなければいけないことになっているんですけれども,例えば海外のドラマスクールだったりとか,海外の大学の演劇科だったりとかに行きたいという人たちの申請もあるんです。それが,18歳とか19歳でそういうところに行きたいから,海外留学制度を使って行かせてくれと。そうすると日大の芸術科に行かせてくれというのにお金をくれということと何が違うのというふうに思うんです。海外だからいいのということになってくるのではないかなと。
 だから,ある程度芸術家,アーティストとしての実績がある人がさらに行くシステムというふうにちゃんと認識すべきなのか,そうではなくて海外の大学でもオーケーだよということで,全く経験はなくても,そこを目指す人だったらいいんだよということなのか,そこの基準がとてもあいまいなまま進んでいる気がするんです。
 ですから,どういった人たち,どれぐらいのキャリアを持っている人たちを,さらにキャリアアップするためのシステムにするのか,そうではなくてもいい,広く裾野を広げるために,その道を進もうと思っている人だったら申請してもいいというシステムなのかということを,まず一つはっきりさせる必要があるのではないかなというふうに思います。
 ただ,今度はある程度実績があるという人だけしか申請できないというシステムに移行したとして,それがうまくいくかというと,そのこともちょっと私も疑問に思っていて,特に俳優ですけれども,現状では日本で仕事のない俳優がアプライズ,申請しているというふうにどうしても思うんです。売れている俳優というか,仕事がある俳優は1年間も海外に行っていたら戻ってきたら仕事があるかどうかわからないわけですからなかなか申請しないんです。そうすると,どうしても言葉は悪いんですけれども,鳴かず飛ばずになっている俳優が,ちょっと自分にカツを入れるために海外に行ってリフレッシュしてこようみたいな俳優が多いと私は思うんです。
 そうすると,実績がある人じゃないと申請できないよということになると,俳優の場合とても問題が起こるのかなという気がしているんです。スタッフの場合は,実績があって行ってきても,戻ってきても仕事が続くというケースはとても多くて,実際スタッフはいろいろな分野,照明,音響,演出家,舞台監督,劇作家等も含めですけれども,行って戻ってきた人たちは,その場で活躍を継続してやっているという方が実際多いと思うんです。
 でも,俳優の場合はなかなかそれが難しい状況があるんじゃないかなと思っていて,さっき最初に申し上げました申請の指針といいますか,申請の基準といいますか,そこと照らし合わせて何のために,これはあくまでも俳優に限っての感想ですので,ほかの分野がどうのこうのということではございませんので,俳優に限ってはどういった指針で海外留学制度を活用すればいいのかということがちょっと難しい状況にあるのではないかなというふうに思っています。
 それで,私が個人的にそこで思うのは,海外留学制度とは別なのか,一緒の中に入っているのかわかりませんけれども,文化交流使というふうに,国のほうから行ってくださいという形でお願いされて行っている人たちというのがいらっしゃって,私は俳優の場合には,ある程度仕事が日本でもあるんだけれども,そういう人たちに行ってきてくださいというふうに,文化交流使の枠をふやせばいいのではないかなと思っていて,単純なといいますか,海外留学制度の俳優の枠は,むしろ減らしてでもスタッフの枠をふやす。または,文化交流使の枠をふやす,そちらのほうに予算をかけるというふうにしたほうが有意義に働くのではないかなというふうに,何となく思っているところがあります。
 それと,もう一つ文化交流使についてですけれども,文化交流使というのは今のところ個人に限定されていると思うんですけれども,例えば各劇団とか芸術団体が海外公演をするために支援をしてくださいという制度もあります。海外公演を支援してくださいという制度につきましても,言いにくいんですけれども,こういう作品が海外に行ってもいいのみたいな企画もないこともないなと思っているところがあって,それがあちらで日本を代表する現代演劇というのはこういう作品だと思われていいのかとか,日本でも何の実績もない,余り知られてもいないところが海外で公演を打って,日本の現代演劇だと思われるのはいいのかなという思うところがあって,文化交流使という枠ができれば拡大されて,団体でも推薦して,この劇団とかこの作品はぜひ海外でやってきてほしいというようにしていくシステムになっていけば,日本の現代演劇の実情というのは,今このレベルにあるということを示せる作品というのは幾つもあると思うんです。
 でも,そういう作品はほとんど行かないし,行っても自分たちのルートがあるところしか行かないので,それはどうしても経済的にそうなってくると思うんです。だけど,そういうところにこそいろいろなところにできれば行ってきてくださいというシステムが文化交流使の枠の中で拡大されて,団体としてあったらいいのではないかなと。日本の芸術を世界に知らせることができるという意味では,とてもいいのではないかなと思っています。
 だから,そのことも含めて海外留学制度は,できればもう一度組み直すといいますか,どういった基準でこの制度を生かしていくのかということを検討する必要があるかなという気がしています。
 最後に2として,ジャンル別の支援体制の整備というふうに書いていますけれども,これはちらっと拝見したら,前回のときも出たような気がしますが,今行われている支援システムはどうしてもすべてのジャンルが1つになって考えられている場合が多いので,ただそれは音楽,舞踊,古典芸能,演劇というふうに,どこに経費がかかってということは,ジャンルごとに大きく違うんです。ですから,ジャンルごとに何が求められているのかということを考えた上で,そこに予算をかけましょう,予算分配をしましょうという,これは文化庁の職員の方がとても大変になることだとは思うんですけれども,そういう方向で考えていただかないとうまくいかないのではないかなと。
 どうしても,すべての芸術という括り方をされることによってうまくいっていない部分があるのではないかなというふうに思います。それは,経費の面だけではなくて,どこを支援する,この分野だったら,先ほど扇田先生のほうからも演出家の養成というのが出ましたけれども,例えば現代演劇だったらもっと演出家にも支援をしましょうとか,声楽の分野とか,音楽の分野とか,ダンスの分野でも違うと思うんです。そこら辺がどうしても今一緒くたになっていることによって,うまく機能していないところがあるのではないかなと思います。
 だから,これは演劇に関していえば最後に書いてますが,昔は重点支援事業という中で,牽引する団体という表現があって,その団体を支援しますという方向だったんですけれども,今はすべて企画ごとの審査になっていますから,これもまた1作,1作ごとに審査をしますという方法になっていて,公平な機会をということになっていますので,物すごい数の申請がきていて,これも協力者会議の審査員をなさっている方はとても大変だろうなと思うんですけれども,そのすべてを見ていくことがまず難しいだろうなと思うことと,個別になっていることによって,個別というのは企画ごとの審査になっていることによって,さっきのジャンルごと,ジャンルが別々と言いましたけれども,この企画はいい,この企画は悪いという判断基準というのがよくわからない状態になっている気がするんです。
 さっきの海外公演のこととも関係するんですけれども,ここの作品はある程度いいという実績だけで言っていったら若手はいつまでも出てこれないですし,若手の企画を通すためには,実際それを見ている人たちが協力者会議に入っているのかというと,そうでもないような気もします。だから,そこら辺がちょっと難しいなと思っていて,昔は牽引する団体を支援しますという方向がはっきりあった時期があるんですけれども,今はそれがなくなってしまったこともあって,より不透明に,機会は平等になったけれども,指針が不透明みたいな印象になっているのではないかなと思います。
 以上です。

【宮田部会長】 ありがとうございました。
 何のためにというか,指針ですね,その辺のところがはっきりしたらいかがかというようなご発言でございました。
 4人の先生方からそれぞれ大変貴重なご意見をいただきました。いかがでしょうか,どなたからでも結構でございますが,ご質問も含め,いろいろな意味で自由にご発言願えれば幸いかと思いますが,いかがでしょうか。
 お願いいたします。

【三林委員】 牧先生のご意見ですけれども,小学生からバレエのバーレッスン,基礎練習というのは大変私はすばらしいことだと思います。それで,演劇も舞踊もそうなんですけれども,若ければ若いほど,子どもであれば,日本舞踊の場合は6歳の6月6日というのが昔からございまして,そのころから始めるといいと。日本舞踊だけじゃなくて古典芸能ですね。そういうならわしがございますので,そのころから始めるのが本当はいいんです。
 演劇も含めて,今演劇部というのが激減しております,全国の学校から。それは,指導する先生がまずいないということで,それは大きな問題であると思いますので,小学校からできれば,例えばいじめられる,いじめるという小さな劇をつくって,その役を交換してやらせてみるとかというようなことも含めて,バーレッスンも含めて,そういうのができれば小学校の授業の中のどこかに入れてもらえないか。
 それが,中学に行ったときに演劇部になったり,舞踊になったりという,そういうものを植えつけるというか,感じさせてもらうというか,そういうことからやっていかないと,本当に何もわからないで,ただただ高校を卒業してきて,専門の大学に来て,演劇やりたい,舞踊やりたいといってももう手おくれなんです。だから,そういうことを文部科学省の教育のところと委員会を持つなりして,何かやっていただきたいなというのが今の気持ちです。

【宮田部会長】 ありがとうございました。
 大学でもサークル活動というのが非常に低下してますね。それは,小さいときからの流れが低下しているから大学も全くそれができなくなってきたというような感じがしますね。
 これは,小学生教育というときにサークル活動,小学生のときはサークル活動とは言わないのかな,そういう文化祭だとか体育祭とか,そういうようなことに対して,非常に消極的になっていて,事なかれになっていて,与えられた教科書だけしか教えていないというふうな,そんなものがこういう文化芸術の部分においても,すごく悪影響になっているんじゃないかなというような感じがします。

【三林委員】 ですから,演劇部を指導なさる先生が転勤になると,その学校の演劇部は廃部になって,今度いらした学校にまた演劇部ができるみたいな状態が,かなり全国的な悩みであるということです。

【宮田部会長】 それはあれですか,扇田先生,演出家養成みたいなものともリンクしてますね。

【扇田昭彦氏】 そうですね。

【宮田部会長】 演出家を養成するというのは……

【宮田(慶)委員】 そうですね,前回のときに新国立劇場にぜひ演出コースをということを私もお話しさせていただいたんですが,本当に難しいんです。
 先ほどもちょっと,今おっしゃった件についてここでお話しさせていただいて,演出家も,それから俳優も押しなべて,とにかく早いうちからの教育,初回のときにたしか話に出ていたキャリアパスの件も含め,例えば全国の小学校の顧問の先生たちの演劇教育をするほうが早いのか,それとも演劇人たちが何らかの演劇教育に携わるライセンスなり,勉強なりをした上でライセンスをとって,それで全国で教えるというようなことが早いのか,いずれにせよ早いうちからは演劇ということだけじゃなく,人と人とのコミュニケーションであったり,今おっしゃった全く人と何かをサークルのような形で活動していくことの楽しさを教えるとか,そういうことを含め,演劇という分野がちょっと拡大した形で教育に手伝えることというのがまだまだあるように思っているんです。
 そのことによって,後々大人になって演劇に携わる人が出てきてくれたら,そんなにうれしいことはないし,もっと演劇以外の舞踊のジャンル,私はバレエに行こう,私は美術へ行こう,そういう人たちがふえてきたらいいなとは思うんです。
 それも含めての指導者の養成ということを同時にやっていかなくてはいけない。これは,新国立劇場の中に演出コースということも必要なんですが,それと同時にサマーセミナーのような形でもいいから,全国の例えば先生たちに,演劇部の顧問の先生たちに集まってください,簡単なまず最初のスキルをみんなで共有しませんかというようなことができたりするとおもしろいかなと思うんですけれども。

【米屋委員】 今のようなことは,例えば演劇教育連盟ですとか,芸団協でも一部ですけれども,芸団協の場合は実演家にそういった指導ができるようにというようなことのワークショップをやったりしていますし,教員対象のこともやられているんです。ただ,それが制度的になかなか広がらないという問題がありますので,これもまた一つ別のところでもっと議論しなければいけないかなと思っておりますが,そういった小さいときからの表現というものに対する基礎が弱いということ,あるいは牧先生がおっしゃったように,体力が弱いというのは本当に痛感しております。
 実は,私小学生の息子がいるんですけれども,体育の授業,とても筋力が弱いので体育の授業で何をやっているのといったら,私どもが子どものころに普通にやっていた筋トレのようなことをほとんどしていないらしいんです。
 ですから,そういった体づくりということが,弱くなっているんだなというのは日々痛感しているんですけれども,それは子どものころからの基礎力ということなんですけれども,もう一つ私が問題だなと思っておりますのは,今日の先生方の中でも共通して感じたんですけれども,恐らく視野の狭さを何とかしなければいけないのかなと思っておりまして,演劇などに関しては,自分たちの集団のこと,あるいは自分の周囲のことはわかっていても,違う手法を用いている団体のことは全く知らないとか,10年,20年前の劇団の活動のことを全然知らないとか,そういった歴史観の欠如といいますか,弱さとかということをすごく感じております。
 実は,先週から現役の俳優のためのリフレッシュコースというのを新国立劇場の方々のご協力を得てやっているんですけれども,かなり老舗の劇団のベテランの方などもいらしているんですけれども,こういうことは初めてですとおっしゃるんです。自分たちの流儀のことはすごく身につけていらっしゃるんですけれども,それ以外のものに触れる機会がとても少ない。それは,古城さんが先ほどおっしゃったように,小粒になっているということが進んでしまっているのではないかなと思うんです。
 古城さんがおっしゃっていた問題意識は一つ一つ全部そのとおりだなと思って聞いていたんですが,どうしても自分たちでできることしか申請できないとなると,企画が小粒にならざるを得ないので,このあたりがどうしても俳優だけじゃなくて,いろいろな人の視野が狭くなっていく元凶なのではないかなというふうに思いますので,恐らくそれを抜本的に変えるときは,ちょっと違ったアプローチが必要なのではないかなというふうに思います。

【宮田部会長】 古城先生にちょっとお聞ききしたいんですけれども,さっきの海外留学制度ですけれども,表現されているのが随分寂しい表現に,そんな選び方なのかしら。先生に聞くことかどうか。

【古城十忍氏】 選び方というのはどういうことですか。

【宮田部会長】 選ばれる人も含めてそういう現状なんですか。

【古城十忍氏】 私は,1回その協力者会議に出させてもらったときに,本当に18,19で例えばロシアの演劇の大学に行きたいから,今1年生でいるんだけれども,2年生から学費が払えないから申請しましたとか。今度,イギリスの演劇の大学に入りたいので申請しましたとかという人も結構いるんです。それとは,趣旨が違うのではないかなと思っていたんですけれども,そうすると実績がある人というと,俳優の場合は余り日本でも実績のない人が多い気がするんです。
 それは,先ほども申し上げたように,行けば仕事がなくなってしまうというおそれがどうしてもありますので,例えば音楽とかバレエは違うのかもしれませんけれども,演劇の場合はどうしても言葉の壁がありまして,日本人の俳優がイギリスで,私の友人でイギリスで俳優をやっている日本人を何人か知っていますけれども完全にネイティブと変わらないしゃべりができないとオーディションに受かることがまずないんです。それ以外は,結局ハリウッドでもそうなんですけれども,日本人の役だとかアジア人の役ということで,多少がなまりがあってもオーケーという役しかこないんです。
 だから,どうしても海外のウエストエンドだとかブロードウエイに日本人の俳優が出るというためには,ネイティブと全く変わらない語学ができないと無理ということになっていますから,音楽やダンスよりは壁が厚い気がするんです。
 そうすると,海外に行って戻ってきて,何かプラスになるかというとそこもなかなか俳優は見えにくいという部分があると思うんです。
 じゃ,何のために俳優を海外に行かせるのかということが,どうしてもいま一つ明白になっていない気がするんです。
 それと,もう一つ残念なのが海外でいろいろなメソッドを学んでくるということは,別にその俳優個人にとっては絶対マイナスにはならないと思うんですけれども,だけどそれが有効に日本の演劇界で働くのかというと,日本が築き上げたメソッドも独特といいますか,必ずしもリンクしない部分というところもあるので,それがそのままキャリアとしてプラスに働くということにはなっていない気がするんです。だから,どうしても俳優は行きたがらないのかなと,実績のある人はですよ。という印象を持っています。

【宮田部会長】 平野先生,今の古城先生のお話から考えますと,声楽家の場合,例えばイタリーのオペラとかいろいろございますよね。むしろ進んで向こうへ行くというケースのほうが多いんじゃないんですか。

【平野忠彦氏】 多いですね。

【宮田部会長】 俳優さんとの違いというのは。

【平野忠彦氏】 一番大きな原因は,オペラというのは輸入文化ですから,今の俳優さんとか,日本のものだったら日本のもの,それから日本の映像ということでもって活躍できる人は大勢いらっしゃるでしょうけれども,ドイツのオペラ,イタリアのオペラという輸入文化を勉強してそれをやるという姿勢ですと,向こうに行って勉強するというケースが多くなります。
 先ほど,牧先生がおっしゃった小学生の三,四年くらいからそういうことをやったらどうかというのは,体力というのは僕の経験でいうと小学校の後半から中学生の間に1年間で身長が10何センチ伸びちゃった,そういうようなことというのは骨に影響はないんですか。

【牧阿佐美氏】 全然ないです。4歳,5歳だといろいろありますけれども。

【平野忠彦氏】 そうですか。今,皆さんのお話伺って,僕の立場として一番違うのは何かといったらば,声楽というのは変声期があるということです。ですから,小学生くらいで歌が上手だって,小学校のときは歌が上手だったのに芸大に行かないのって,それは無理なんです。それはどうしてかというと,例えば「お母さんと一緒」とか,ああいうようなテレビを見ながら,昔よりも子どもの音域が伸びているんです。それから音痴の子どもが少なくなっているというのは,耳から入ってくるものがすごく多いので音程がとれないとか,それから音域は昔は「さくら,さくら」みたいなことを言っていた子どもたちが,「さくらー,さくらー」って歌える状態にはなっている。そういう意味では耳の発達ということがすごくあります。
 ただ,ウィーン少年合唱団のメンバーが,ドイツオペラとかイタリアオペラに進出しているというのは聞いたことがないんです。というのは,あの時代の歌っている声の出し方というのと,声楽としてオペラを歌っている出し方とでは全然違うんです。
 ですから,日本でもそうですが,NHK児童合唱団であの子歌がうまいなと思っていても,その子が将来オペラ歌手になるかといったらなれないです。

【宮田部会長】 ならないじゃなくてなれない。

【平野忠彦氏】 ほとんどの場合が大学に入るころにはできるけれども,体の状態とかそういうものが充実して体をつくってないと,大体変声期が終わって歌を勉強するというのは高校生なんです。ピアノとかバイオリンとかという3歳,4歳からやっているものとは全く違うので,体力ができてから歌を歌う,そうなってくると芸大の入学試験などでも,これだけはのどがよくないとどうにもならないなというところがあるんです。歌自慢と声自慢というのがあるんです。歌はうまいけれども声が悪い。声はいいけれども歌は下手だというのがいるんです。どっちをとるかといったら,声はいいけれども歌は下手というのは直すことが必ず可能なんですけれども,歌はうまいけれども声が悪いというのはなかなか,それは伸びないんです。これを伸ばすのは本当に大変なんです。
 ところが,中には突然大学の3年くらいで急にうまくなるというのがいるんです。それは,体のあれもあるんでしょうけれども,東洋と西洋の違いというのは肉食と魚とのあれで,韓国の人はすごい声なんです。焼肉と日本の焼き魚との違いが。それこそ,15年,20年くらいまではそういうことが言われてたんです。
 現在は,今の若い人たちというのはそういう意味での活力はあります。昔は,何と言っても三浦環さんから始まって,東敦子さんとかいろいろな人がバタフライをメトロポリタンでやった,ドイツでやったということを聞きますけれども,最近はバタフライ以外のものでも通用する歌い手がたくさん出てきています。
 そういう意味においては,体のつくりというのが,戦後バターの力か何か知りませんけれども,とてもついてます。僕自身もそういう意味では,ついこの間新国立劇場でマダム・シュシュを4人の外人と一緒にやっていたんですけれども,向こうの外人が僕をつかまえて,「おまえ,日本人にしちゃでかいな」って。でかいというのはどういうところがでかいのかというと,身長ももちろん,そんなに差はなかったんですけれども,向こうに聞いたら,普通歌い手といったら100キロ以上,110キロ,120キロはざらだということで,おまえはどのくらいって,僕は110キロだといったら,体格では負けなかったんですけれども,年でもってちょっと僕などは相当高齢ですから,大変なところがありますけれども,いずれにしても声楽の難しさというのは,幼児教育ができないことです。
 小学生でもだめ,中学生でもまだ早いです,高校になってから,NHK全国高校合唱コンクールというのがあるんですが,その合唱コンクールの中では非常に有望な声を持った人が芸大に入ってきます。名門校というのがありまして,野球でもそうですけれども,名門校から芸大に入ってくる。
 それから,将来伸びてくるという可能性もあります。いずれにしてもさっきの俳優さんの場合と,何か年齢的なことにおいては声楽は似ているのかなと。牧先生のバレエの分野とは,声楽はちょっと違うかもわかりません。

【宮田部会長】 大変興味深い話をありがとうございました。

【三林委員】 さっき,古城先生がこんなのが外国に行っていいのかという,私もそれ感じてますし,あんたがフランスに行って何勉強するのって,日本でもっとやったらという人がフランスに行ったりしているんです。帰ってきても全然何もしてないんです。そういう人を何人も知ってます。芝居の場合は,芸術祭参加とか,いろいろ日本で選ぶ機関がございますよね。そういうのでよければ外国へ行けますよ,行くなら助成しますよみたいな形にはならないもんですかね。

【高塩次長】 単刀直入に言いますけれども,制度がいろいろありまして,予算の枠組みで,特に財源といいますか,今新進芸術家海外派遣といいまして,基本的には若手なんですけれども,分野によって先生のオペラとか,そういうものはある程度年齢が高い方が行きます。演劇もそうです。ただ,バレエですとかそういうのは高校生派遣というのも始めてまして,分野によってそれぞれ少し差をつけているということはございます。
 それと,ほかに文化交流使の話が出ましたけれども,これも平成15年からですけれども,これはどちらかというと日本の伝統芸能や現代演劇などを海外に紹介するという形で,これは1年間以内行っていただくという制度でして,趣旨は違うんですけれども,実際演劇などの場合には結構在研の方の年齢と文化交流は一緒で,非常に数は少ないんですけれども,行っていただく人とオーバーラップする部分もあるというようなことはございますけれども,特に文化交流使の場合には,実績ということは当然のことながら反映しますけれども,海外留学の在研といいますか,新進芸術家の場合には基本的には将来を嘱望されるということで,それぞれの分野で審査をしていただくということでございます。
 三林先生のおっしゃったような団体の海外派遣というのは,これも国際交流事業ということで,私どもやっておりますけれども,これもまさに申請主義で,こんな団体が行くのかというお話もございますが,それぞれの審査会でおりまして,賞をとった方に行っていただくというのも一つの考え方があるんですけれども,芸術というものの位置づけが今必ずしもそういった位置づけになっていないということもございまして,よく民間のコンクールや放送局などでやっているコンクールはご褒美として海外留学がついているというようなものもございますけれども,今国の制度としてはそういうのも余り考えていないというのが現状ですけれども,やりようはいろいろあろうかと思いますけれども,この場でいろいろなご意見を伺って,また私どもの施策に反映をしたいというのが,本日のこの会議の使命でございますので,よろしくお願いいたします。

【宮田部会長】 ありがとうございます。
 富澤先生いかがでしょうか。

【富澤委員】 いろいろなお話伺って,ジャンル別で随分違うんだなということがよくわかりましたけれども,例えば舞踊でも前回も大変いろいろなお話を伺ったんですが,関西には舞踊だけじゃありませんけれども,宝塚芸術学校があって,大体中学校,あるいは高校から入ってきて,非常に成功しておる。営業的にも成功しておるし,それからその中からたくさんのスターも出て,スターになるには宝塚に入ることが一番早道だといわれているぐらい評価を得ているわけです。
 あれは,何でそんなに成功しているかというと,一たん輸入文化を日本人としてそしゃくをして,日本のものとしてやっているから日本人の感性に非常に合って,それで多くのファンを獲得しているということと,全国からたくさんの応募を得て,必ずしも関西だけじゃなくて,あそこへ集まっている人たちというのは全国から若い人がいっぱい集まってきているわけです。そのための組織づくりをきちんとしてまして,全国公演をきちんとやって,全国の人たちに自分たちの文化を見せて,そしてあこがれを持った人たちが来ると。そういう組織的な意味でも大変成功しているんじゃないかと思うんですが,ああいうものは輸入文化というかバレエとか,そういうものから見るとどういう位置づけになるのか,ぜひ僕は牧先生のコメントを伺いたいなと思って,先ほどから聞いておりました。

【牧阿佐美氏】 宝塚は日本のものとしてすばらしいと思います。お芝居もやりますし,歌もやられて,ですけれども,私たちのやっているバレエの専門の踊りとは全く違います。歌も多分違うんだと思います。
 そういう意味で,皆さんに親しんでいただいて,日本人の皆様の中に溶け込んだすばらしい学校と劇場なんだというふうに解釈しています。私たちは国際的にどこの国にも通用して,どこの国の方にも感動して,同じものをやって,そして太刀打ちしていくという,日本的なものをやるということではなくて,同じものをやって,日本のほうがよかったというところまでいかないと,今は輸入芸術といっても,実際学校でもドレミファで教えてますし,世界の芸術だと思うんです。クラシックの場合は歌でも,バレエでも,演劇にしてもそうだと思います。
 ですから,日本人だけに喜んでいただくということじゃなくてやるとすると,まだ体が弱いと,もともと小さいときの体のつくり方が弱いということ,二十ぐらいになってきて,歩くことを教えるとすごい長い時間がかるんです。小さいときに訓練すると,歩くのは自然になるんですけれども,何かをやるので歩き方を教えてくださいみたいにすると,とてもとても時間がかかって,体が違うので,できが違うので歩けないわけです。それで,さっき私が小さい人,小さい人といったのは,この間も今度の中国のオリンピックでプレゼンテーターが決まって,バレエの基礎だけを教えて,バレエをやる人じゃないものですから,その人たちに基礎を教えてきれいに歩いていくことを世界中に放送されるからその訓練に入ったということを聞きましたけれども,そういうバレエを踊るということじゃなくて,人としてきれいな歩き方とか,そういうものに非常に役に立つともっと小さいときというふうないい方,それはいろいろな学校に入れていただいたらいいんですが,真ん中にいて,これだけの角度を体で覚えて,客席にいても,こっちにお客がいて全部角度を決めて,それに対してポジションというのがありまして,そこへ足をバックマンというんですが,けるとそこにはっきりと5センチ違ってもいけないところに足を出すとか,そういうサッカーなどにも向くのではないかというふうに思うんですけれども,そういう意味で,小さいときにバレエをやるという感覚ではなくて,体づくりという科目にしていただいて,皆さんがなさるといいのかなと。
 プロになるのはまた全然別で,これは本格的なバレエの訓練をしなければいけませんので,それは国立の研修所でやって成功してまして,今,国立のバレエ団は3分の1ぐらい研修所の卒業生で埋まってきています。ですから,最近とてもいい状態になってきているので,そちらはプロになるための訓練ですが,宝塚と違うのは,バレエの人が随分宝塚に受かっているんです。仙台のほうの教室から今年も受かっています。いろいろ受かっているんです。小さい小学生というのは,一般の人の体をつくるということで,バレエの基礎は体づくりという名目の中で,短い期間3年でもいい,それが好きで本格的にやりたい方は本格的に勉強すればいいので,ただ体を自分の方向がどこから人が見ているか何もわからないでまちを歩いているのではなくて,あっちから人が見ていても自分が感じられるような訓練になっていますので,それが大事なのかなと思って先ほど言ったので,宝塚は宝塚で本当にすばらしいと思っています。

【富澤委員】 今,英国のロイヤルバレエが来てまして,先々週私は上野文化会館に鑑賞に行ったんですけれども,それを見に来ている人も,若いそれぞれバレエやっている方だと思うんだけれども,親子でいっぱいなんです。日本も捨てたもんじゃないなと私は思ったんですけれども,そういう教育というのは民間のバレエ団というんですか,そういうところに任せておいていいのかどうなのかという。つまり,前回も国でもっと国立のそういうのを持ったりしたほうがいいんじゃないかという意見がありましたが,その辺のところはどうなんでしょうか。

【牧阿佐美氏】 民間は物すごく活躍していて,民間でやることもすごく大事だと思うんです。日本の勉強が大変なので遠くまで通えないというときもあります。ただ,国立一本ではなくて,東京都の国立とか市のとかいろいろなバレエ団が劇場つきじゃないと,ダンサーって劇場で育つんです。ダンサーも演出家も劇場で育たないと演出もできない,振り付けもできないので,自分の頭の中ではできないので,劇場つきのバレエ団がふえてくるほうがいいと思っています。個人のというのは海外には全部ないんです。日本独特のものです。海外は国です。劇場がないとできないので,劇場に学校がついています,バレエの場合は。

【田村(孝)委員】 私は,国立とか地方の公共の文化施設がアーティストに場を提供するということがすごく大事だと思います。
 実は,先月新潟のリュートピア専属の金森穣さんとNoismの皆さんが新しい作品を静岡で公演していただきました。東京でもございました。大変人気のある,才能のある方に対してこういうことを申し上げるのは失礼かもしれませんけれども,一皮向けたというか,大変すばらしい作品であり公演と思いました。そのとき金森さんに伺いましたら,専属であるということは場と時間があるということ。これがダンサーのスキルをレベルアップし,作品をつくるという意味でも,大事なことであるとおっしゃっていました。もし,フリーの演出家だったら,公演が決められてからダンサーを集め,そして作品をつくると,その時間までにできないということはないが,作品の質をどうやって高めていくか,グループとしてのダンサーのレベルが磨かれた結果として作品としてもすばらしいものになったと。
 もう一つ清里にフィールドバレエというのがございます。毎夏二週間野外で毎日,毎日公演していらっしゃいます。それも,拝見して思いますのは,毎日毎日お客様の前で真剣に勝負するということが,皆様のスキルも非常にレベルの高い作品をつくっていると思いました。定番の「白鳥の湖」や「ジゼル」などを上演していらっしゃいますけれども,モーツァルト年にちなんで,「おやゆび姫」をモーツァルトの曲だけでつられました。今年も上演される予定ですけれど,すばらしい作品ができています。場があるということは芸術家を一番育てることではないかと,それを提供するのが,どういう方に提供するかというのは,皆様が言ってらっしゃるように問題がございますけれど,それが一番大切ではないかとおもいます。個人的に芸術家がやっていてはとても大変です。国や公共団体がやるのはそういうことではないかなというふうに思っています。

【宮田部会長】 おっしゃるとおりで,たまたま私も大学にいるわけですが,あそこは道場であり,場であり,人間形成のキャブンですね。大先輩いらっしゃっているんですが,本当に4年間とか6年間という空間というのが人を大きく育てますね。
 そういう意味では,技術,音楽,そして映像等つくってきたわけですけれども,今回ずっとこの議論をし,最後に結論をまとめるわけですけれども,そういう意味でも国立,今は法人化しましたけれども,その維持みたいなことというのは大変大切なことですよね。そんな感じがします。
 長官,海外経験の多い,長い中から今日のお話などもお聞きしたあたりで,何かご意見等いただけませんでしょうか。

【青木長官】 どうもありがとうございました。大変貴重なご意見拝聴しましてありがとうございました。
 人材養成の場合,アーティストの人材養成には2つのレベルがあって,1つは厚い土壌をつくるということです。いろいろなアーティストになるための教育的な措置とか研修所などをつくってやるのと,もう一つは今の日本にとって非常に大事なのは偉大な才能,あるいは天才,神童というものをどう発掘するかということです。
 このために,どういう教育制度,あるいは研修制度が必要かという議論をちょっと聞きたいんです。先ほど,平野先生がおっしゃったような,声楽だと変声期があるから高校あたりからということですし,ただインストルメントだと,これは小学校ぐらいから,あるいは5つか4つぐらいからピアノ弾いたり,バイオリンやったりする人が出てくる。それから先ほど三林先生がおっしゃったような,伝統芸能ですと6歳ですか,6歳あたりからやらないとだめだと。野村萬斎さんに聞いてみてもそんな話です。
 そういうのと今の現行の制度,教育制度,飛び級で16歳で芸大に入るとか,15歳で入るとかということも可能になるかどうか,そういうのがアーティストの偉大な才能を発掘するためには必要なのではないか,分野によって非常に違ってくるけれども,この点についてもご意見をぜひお聞きしたい。
 それと,国立の劇場につける研修制度,それから僕自身は芸大的な専門家養成と同時に,総合大学でアートを獲得することが非常に重要だと思いますが,前にも言ったことですが,五嶋龍さんが,ジュリアードからハーバードへ進学したような,そういうコースの存在というのは非常に重要だと思うのです。そういうこととあわせてご意見を伺いたいと思います。
 それから,先ほど平野先生のおっしゃた若手教授,芸大は若手教授,アーティストって天才の世界だから,15ぐらいで教授になる人だってありうるかもしれません。その点はいかがでしょうか。

【平野忠彦氏】 ロシアなどでは結構13でいます。

【青木長官】 そうでしょう。フランスもそうですよね。アメリカでも結構若い教授がいるし,20代ではもちろんいますね。その辺は学長がいられるから,学長に問題を返します。ただ,僕は偉大な才能,日本で今必要なのは偉大な才能をどう見つけるかです。あらゆる分野で,世界に冠たる才能の発掘が重要ではないでしょうか。これの一般的な平均値では日本は達成しているので,先生がおっしゃったように,偉大な才能,天才ですよ。と思いますけれども,勝手なこと言ってすみません。

【宮田部会長】 ありがとうございます。
 そうなんです,天才というのはもしかしたら教えなくてもいいのかもしれないんですよね。備わっているわけですから,あとは磨くだけかなというふうな感じがしています。それと同時に,先ほどの田村先生のお話ではないですけれども,場を与えてより自分がどれだけ高度であるかというところまでモチベーションを持っていかせるかですよね。
 どうぞ。

【田村(孝)委員】 在外研修制度でございますけれども,昔はなかなか行けなかったわけでございます。情報もございませんでしたし,金銭的な意味でも,非常に意味があったと思います。平野先生にお伺いしなくてはいけないことでございますが,ある方に伺ったところによりますと,今海外に行ってオペラ歌手を研修するのはやめたほうがいいとおっしゃった方がいらっしゃいます。それよりは,すばらしい優秀な教授を日本に招いて教えることを,もっときちんとしたほうがいいのではないかというような意見がございます。私もあちらの現状というのはよくわかりませんが,ただどなたに教えられるかというのは,相当大きな問題だと伺っておりまして,それが今少しないがしろになっているのではないか,そういう意味も込めて海外に行く必要はないのではないかという意見の方もいらっしゃいます。先ほど日大に行くのには税金は使わなくて,海外に行くのならというお話がございましたけれども,いわゆる在外研修は分野によって,何をどういうふうにというのは,今までとは事情が違ってきているのではないかと,それぞれの細かいことはわかりませんが,見直す必要があるのかなと思っております。

【宮田部会長】 そうですね,自分ことで恐縮ですが,45歳になってから行ったんですけれども,ただ行った1年間で私の人生観は全く変わりましたし,旅行するというのと住むというのは全然違うんです。ちょっと遅いなとは思ったんだけれども,いやいやそんなこともないなというのもあったんですが,かといいながら,例えば日本の文化芸術の大きな橋渡しをしたメイジキノウ,フェルノサタとかファンタネージュという大先生方,あの先生方たしか帝国大学がお呼びしたはずじゃなかったかな。その先生が美術学校や音楽学校の影響を物すごく与えてくれたみたいなことがありますので,平野先生どうですか,海外のほうとの連携が非常に多いわけですが,そうすると今の田村先生のようなお話で,出すほうがいいのか,おいでいただくほうがいいのか。両方必要なんでしょうけれどもね。

【平野忠彦氏】 僕の考えで申しわけないんですが,声楽を向こうに勉強しにいく必要はないということは,そういうふうにおっしゃる方がいるとすれば,それは極論だと思うんです。ということは,どうしてかというと,イタリアオペラ,ドイツオペラというものを勉強するということで向こうに行って,そこの土地でもって語学を吸収し,そして向こうの劇場で歌うというケースが一応理想のケースなんですが,確かに僕の考えは先ほど申し上げましたけれども,150人行く必要がどうしてあるのかということは僕は思っています。
 声楽科も僕が行ったときは第1回目だったものから1人だったんです。ですから,何となく自分の体の中も,僕は国を代表して勉強しに行くんだから勉強しなくちゃいけないなと思ったりして,一生懸命勉強はしてまいりました。それで,帰ってきてからの僕の対する評価も違いますし,それからそういう意味では今は本当にあなたも行っているのというような人が確かに行っているんです。帰ってきて,在外研修で向こうに行ってきたんですけれどもといわれても,どれだけの成果があるのかなというような,首をかしげたくなるようなメンバーも中にはいます。ですから,僕は少しもうちょっと絞ったほうがいいんじゃないかというふうに思います。絞ることによって,また先ほどの助成金も上がるということもあるでしょうから,それを僕は申し上げているんです。
 もう一つ,向こうから呼ぶのはどうかという,これは大変難しい問題で,僕らが芸大の声楽部会でもって,向こうの教授でもってとてもいい人がいるから呼ぼうっていうんです。向こうから呼びたい人は向こうにいるんです。なかなか来てくれない。それで,あるドイツから呼んだ教授などは高齢だったものですから,日本に呼ばれて,3月に辞令が下りて,4月から授業に入るといったときに体を壊して帰られたんです。そういう意味でも,高齢の方しか来れないというようなこともありますし,日本に定着してくれる人というのがなかなかいないんです。本当に数えるほどしかいなくて。
 たまたま僕らの時代というのは,そういう意味ではフルブライの交換教授とかいろいろなそういうシステムもありましたし,ギルハントイッシュという大声楽家が芸大に来てくれて,その後はヤン・ホッパーというユダヤ系の指揮者が参りました。そして,イタリアオペラの重鎮のニコラ・ルッチという先生の,僕はちょうど声楽科を卒業した後の専攻科ですか,今は大学院ですけれども,大学院の3年間というのは外人の3人の先生に教えてもらいました。
 僕にとってこれほどの財産はないというくらい,そこで外人の先生から吸収するものがありました。特に,ギルハントイッシュ先生というのは,ドイツリードの大家で冬の旅とかを歌って,日本に何遍も来ているような先生でした。そういう方から,実際ドイツリードを勉強するということは,本当に自分の中の血となり肉となっているんだというふうな感じがしたので,確かに向こうからお呼びするのがいいんじゃないかというのは,これは本当に当を得ていると思います。ですけど,来てくれる先生がなかなかいないというのが現状だということだけはお知らせしたいと思います。

【宮田部会長】 舞台に出る人の話がちょっと多くなったので,脚本のほうの話も少しちょっといかがでしょうか。どなたか,せっかく先生おいでいただいているので。池野委員どうですか,評論家として。

【池野委員】 ものをつくっていくというお話かと思うんですけれども,今お話を聞いて,演劇,それから音楽,そしてダンス,舞踊ということで,抱えている問題点というのは,それぞれに違いがあるということで,一概にこういうふうにしていったらいいということが当てはまることではないと思いまました。まず最初に言っておきたいのは,米屋委員からも出てましたように,視野が狭くなっているのではないかということもそうですけれども,日本の舞台芸術に関して,私自身はいろいろ,毎日のように舞踊公演などを見ています。一見すると,非常に活況を呈しているようですけれどもそこで活躍している舞踊家の方,それからつくっていらっしゃる方も非常に貧しい環境で働いているということは何ら変わりないと思ってます。
 なぜそうなるかというと,一つには,日本には劇場を中心とした考え方というものがなくて,常に個人が好きなことをやっているという考え方というのがあったと思うんです。それは,なぜかというと,例えば農業であるとか,道路であるとか,そういった人間に必要なものというのは必ず補助金であるとか,そういったところに結びついていく,生活に最低限必要なものということを優先させてきた。文化的なことというのは,すべて好きでやっていることなのに,なぜそこに税金を使う必要があるのかというような視点から,そういうことにお金は出せませんとか,いまだにそういう考えでいらっしゃる方が多いんです。
 そのせいかどうか知りませんけれども,文化のレベルというのも,そういった舞台芸術にかかわる人たちがいかに豊かに暮らせるかということにつながっていると思います。それがすべてを個人が負担してやってきたというところで,そこに公の資金を投入していくという考え方がなかったことにまず非常に大きな不幸があったと思うんです。
 それで,先ほど牧先生からお聞きしましたヨーロッパの劇場文化というものがあって,海外のバレエ団,国を代表するような大きなバレエ団というのは必ず劇場に付随しているわけです。劇場に付随しているバレエ団がさらに研修所を持っているわけです。そういった一つの流れというものがあります。
 それから,また私が時々ちょっといろいろな方からお聞きして羨ましいなと思うのは,社会主義国家だった中欧,東欧諸国ではいまだに芸術大学とそれから劇場との連携というのが非常に強固にあるんです。ですから,実演家だけではなくて,劇場のスタッフなども,まず芸術大学,あるいは大学のそういった専門科を擁しているようなところに行って,そこで実際に専門教育を受けながら,その卒業生たちが劇場に就職していくというような,そういう一つの流れができている。
 ですから,例えば大学を出て就職先に困るとか,そういった問題が起きにくいということがあって,それは羨ましいなと思っているところです。
 ただ,現状を言いますと,アメリカなどには劇場を持たずに活動しているというような,団体も多く見られますので,必ずしもすべてが劇場に所属しているわけではないということはあるかと思います。
 ただ,今までにいろいろお話を伺ってきた中で,まず何がといったときに,劇場を中心とした考え方に,ある程度シフトしていく時期ではないかと思ったんです。というのは,今現在首都圏だけではなく,日本全国にさまざまな公共ホールができました。できてはいるけれども,実際に主催公演ということで,年間稼働率から考えると非常にその割合は少ないと思うんです。せっかく公共的な施設ができたからには,そこでできることがあるのではないか,それが今までにはなかった,そういった劇場に付随する団体というものとして,地元の方でもいいですし,それから日本のほかの地域からそこに就職するとか,そういった考え方があってもいいのではないかということが一つあります。
 それから,また政策的なことを申し上げたいんですけれども,先ほど古城先生からもありましたように,幅広く公平にという考え方で今まで重点支援であるとか,在外研などもそうなんですけれども,私自身もそういった委員会に何回か参加しまして,非常に強く感じたのは,こういう文化芸術に対して,一般的な幅広く公平に配分するんだという考え方が通用するのかどうかということです。
 やはり,そういった時代ではないのではないかということが一つあると思います。本当にそれは,数は少なくても,質的に充実させることというのがいま一番求められていることではないかと思われます。

【宮田部会長】 ありがとうございます。
 長官,どうぞ。

【青木長官】 今のお話は才能を生かすためには,満遍なくという方式では難しいということですね。ピックアップするのは,なかなか国という立場では難しいんですが,その辺の制度をうまく,どういう仕組みをつくったら一番いいのかというのをお聞きしたい。
 もう一つは,扇田さんのミュージカルの脚本家という場合,例えば「ウェスト・サイド・ストーリー」,バーンスタイン作曲者でしょう。ソンドハイムが作詞をやったでしょう。ジェローム・ロビンズが振り付けして大成功したでしょう。ああいう例を見ると,クラシック畑のバースタインがミュージカルをつくる。ソンドハイムがそれにこたえて作詞する,2人で脚本をつくったと思います,ロミオとジュリエットを下敷きにね。
 それで,ブロードウェイの振り付けをジェローム・ロビンズが行ったというのを,僕は昔記録を読んだことがあるんですけれども,ああいうことが日本で可能かどうか。先ほどの演出家も舞台に必要だけど,劇作家とか脚本家というのはどういうふうに養成したらいいのか。アンドリュー・ウエバーというのはオックスフォード出身ですから。レニーももちろんハーバード出身だしね。そういう意味だと,どういうところで才能が出てきて,こういう斬新なオペラ,斬新なミュージカルというのができるのか,これから日本におけるミュージカル・マーケットがすごく大きくなる可能性があります。今度初めて韓国製のミュージカルが日本で上演されるでしょう。今後いろいろなところから出てくると思うので,日本も頑張らないといけないと思うんですけれども,そういうときにどういう仕組みができれば,クラシック畑の作曲家が例えば細川俊夫さんみたいな作曲家がやる気になったときに,果たしてそういうことが可能なのかどうか,そういうような面でのクリエイティブな体制というのはどうしたらいいかと。
 それから,脚本家というのは特別に養成するようなものなのかどうか。

【扇田昭彦氏】 ウエスト・サイドの場合は,むしろあれはシェークスピアのロミオとジュリエットですから,下敷きがまずありますよね。それは非常に強いですよね。今,世界中でヒットしているミュージカルのほとんどが原作ものです。レ・ミゼラブルもそうですし,オペラ座の怪人ももとがあって,それをミュージカルに脚色しています。それは非常に効率がいいです。
 ところが,日本の場合は全くオリジナルで始めるのが多くて,その場合は余りうまくいかないんです。例えば,有名な劇作家,三谷幸喜とか松尾スズキみたいな人がミュージカルを手がけます。それはそれでいいんですけれども,ミュージカルの脚本家のプロではない,ストレートプレイの劇作家なので,どうしてもミュージカルの台本ではないんです。ですから,どうしても公演時間が4時間になるとか,ちょっと本当に収拾がつかないぐらいになってしまう。
 そういう意味では,ミュージカルのプロではないわけです。そういう意味では,本当に日本はミュージカルの脚本のプロがいないんです。これをどうにかしなければいけない。教えられる人がいないんです,はっきり言って。もちろん,劇団四季出身でミュージカルの脚本をたくさん書いていらっしゃる方もいますけれども,そういう人が本当にすごいかというと,必ずしもそうとは言えないんです。
 何とかしなければいけないと思うんですが,ブロードウェイやウエストエンドのレベルと相当違う。ロイド・ウエバーでも最近のミュージカルはうまくいってないような,組んでいる脚本家がよくない。自分で脚本を書いたりしているので余りうまくいってないんです。非常に,芝居もそうですけれども,ミュージカルも脚本が,建築の土台なので,それが悪いとどんなにいい音楽をやっても崩れちゃうんです。それが,非常に今日本では軽視されているという気がして残念なんです。
 どこもちゃんと手を打ってない状態なので,どこがというとよくわかりにくいんですけれども,何かしないとまずいのではないかなというふうに思っています。
 宮田さんなどミュージカルの脚本も演出なさっていると思うんですが,そういうこと感じていらっしゃいますか。

【宮田(慶)委員】 そうですね,日本で誕生したミュージカルというので本当にヒットがないですね。もう,我々はどこか,ミュージカルといえば向こうでつくられたものをこちらで,台本をお借りしてもう一回つくり直すということしか,それが当たり前のようになってしまっていますね。
 今,ふと思い出したんですが,ちょっと細かいデータは覚えてないんですが,クラス・アクトというブロードウェイ,オフですか,で生まれたのがあって,あれはコーラス・ラインが誕生するまでの話で,そうするとそれが作曲家,作詞家たちというのが,ミュージカルアカデミーの中で,自分たちが毎週(金)に一度だけミュージカルのための作詞コースというのを,いかにかんかんがくがく,若いときからお互い,韻はどうやって踏んだらいいんだ,リズムのこれでは,この言葉は乗っからないということを,そのことを延々やってきてコーラス・ラインにたどりつくというような,たしかミュージカルだったと思うんですけれども,そうなるとそのぐらいの時期から,新国立劇場の研修所の中にミュージカルコースをつくって,どなたが教えてくださるんだと考えると,いきなりそこで詰まっちゃうような状況ですね。
 この分野に関しては,本当に手つかずなんだと思います。こんなに,だから40何パーセントの市場がありながら,全く海外作品頼りの分野ですね。

【扇田昭彦氏】 そうですね。ある意味ではミュージカルは,ある部分的には産業化しつつあるジャンルだと思うんですけれども,こんなにプロが脚本の面に関してはいないというのはほとんどあり得ないと思うんですけれども。なぜかそうなっているんです。

【古城十忍氏】 脚本家を育てるということは,とても難しいことだと思うんです。現代演劇の場合も,現状では自分たちで集団をつくって,さっきも話が出ましたけれども,自分たちで集団してみずから演出家であるという人がある程度人気を得て,ある程度動員ができるようになって,例えば新国立劇場にもピックアップされて脚本を書いてみないかというような話になっていくわけです。すると,ある程度までは自分たちで来いという,システムがないですから,そうならざるを得ないと思うんです。
 ただ,発表できる機会があれば随分変わってくるのではないかなという気が僕はしていて,例えば一番最初の意見のときにも申し上げましたけれども,文化庁がやっていた戯曲賞が廃止されましたけれども,例えばあれの入選作は必ず上演しますと,日本の一流の演出家のどなたかが必ず演出しますということになっていれば,その戯曲で自分のものがちゃんと形になっていく,形になっていけばその人はもしかしたらほかの仕事にも脚本家として結びついていくかもしれないという道が開けると思うんです。
 それと同じようにミュージカルの場合は本当に脚本家がいないんですけれども,ミュージカルも戯曲を,ミュージカルの本を書いてみませんかと。入選作は必ず上演しますという道があれば,必ず場所を得ることによって,ほかの申請,書いてみようかなという人もふえてくるから,ある程度自分たちで勉強してアップライズする,申請に足る力を,長い目で見たらですよ,出ていく,できてくるような気がするんです。
 今,それが全くないんです。それは,現代劇についてもないんです。ただ,戯曲賞があって,はい,いい本を書きましたから賞を上げますというだけで,それが実際に上演に結びつくかというと,それはわからないということになっているわけでして,場があるということはとても人材育成システムとしては大事なことだと思うんです。
 それは,脚本についても思いますし,さっき田村委員のほうからもありましたノイズムが場と時間があることによって,非常にいい作品をつくれるようになったということについて,文化庁長官のほうから,才能をピックアップするのは国がやるのは難しい,だからシステムとして何か考えられないかということだったんですけれども,今国がやっている重点支援事業につきましても,基本的に本番助成なんです。本番のためにお金を出してあげますというシステムなので,それだったら数を減らしてでも,その期間,訓練する期間,稽古する期間について,みんなのほうからも出ましたけれども,貧しい環境でやっているわけですから,このカンパニー,この企画に関しては公演の練習,稽古期間からある程度補償します,場と時間をあげますと。ほかでバイトをしなくても大丈夫ですという環境で,それでしっかりつくってくださいという助成のシステムがあってもいいと思うんです。
 今は,全部本番なので,本番の出演料は幾らという形でしか助成されないシステムになっているから,それだと目先のというか,本番がいっぱいあるけれども,すぐれた作品はなかなか出てこないというシステムになっているんだと思うんです。だから,舞台芸術作品についても,例えば脚本家の養成についても,場を与えるということ,時間と場所ですね。脚本家については,それが実際上演されるという場があることということが1つでも2つでも,例えば国が主催している事業の中でそういう事業があるとなれば,長い目で見れば,今何もない状態なんですから,随分違ってくるのではないかなというふうに思います。

【宮田部会長】 その辺はどうですか。どう思われますか。

【清水芸術文化課長】 重点支援事業,あるいは拠点の支援などについて,芸術団体側の自己負担も非常に大きいということもあって,なかなか申請も伸びないといったことは,芸団協等からも話が来ているところでありますけれども,幾ら工夫をしながらの対象経費の拡大をしたりとか,ですからリハーサルの経費を全く出してないわけではなくて,積算の中には入れているわけでありますけれども,確かに何年も構想をかけてつくってくるという部分が全部対象になっているかというと,そこは難しいところがあるかと思います。
 これは,もっと前から基本的に3分の1支援といったものが非常に厳しいということは意見をいただいておりますし,団体支援から公演支援という話もございましたけれども,これはなかなか元に戻すのは大変だということがありますけれども,昨年から特に新作とか新演出とか,そういったものに関しては,もう少し支援を厚くすることはできないのか,そういう意味からも戦略的支援ができないのかということがありまして,概算要求などでやっているところでありますが,今までのところなかなか団体側の要望するほどの形でのシステムの充実がなかなかできていないという,これは課題だと思っております。
 ただ,オペラなど中心でありますけれども,劇場,また芸術団体が共同して制作する支援,公演については助成の率を通常の3分の1から2分の1に上げるといったような形を19年度からつくるというようなことで,幾らかの制度的な手当はしているところでありますけれども,そこはまだ課題はあるという認識はしております。

【宮田部会長】 米屋委員から。

【米屋委員】 戦略的な支援というところに議論がいっちゃうと,また何時間もやらなければいけなくなるので,ただ一つ先ほどウエスト・サイド・ストーリーを初め,海外と全然違うということがありましたんですけれども,英米と比較して一つ言えますのは,扇田先生が70年代の終わりにもおっしゃっていたんですけれども,作品数が多過ぎると。評論家が1人で見られる数を優に超えてしまっていると。
 ある意味では,場は与えられているんです。やりたいという人たちに助成金が結構満遍なく,少しずつだけれども行くようになっていて,公演をすることはできてしまっているんですけれども,でもその集団に与え続けることが必要なのか,その作品をもっとブラッシュアップして,より多くの人に見せていける環境をつくろうとしているのかというところに違いがあるんだと思うんです。
 英米の場合は,作家が書いたらそれをすぐ一字一句直すなというようなえらいところに来るわけではなくて,もっとこうしたらよくなるんじゃないかとか,もっとこうしたらよくなるんじゃないかというふうにプロダクションをどんどん大きく変えていく。それによって,関与する劇場の規模も変わっていくというふうにして,業界全体で作品をよくしていく,そういうバトンタッチして練り上げていって,本当に小さな雪だるまを転がしていくことによって大きな雪だるまにするような,そういう連携ができているんですけれども,日本の場合は個人負担を必ず強いるものですから,我慢した人が頑張り続けるというような格好になってしまって,大きくしようにも,より大きな負担を強いることになるから手渡せないんです。その辺が全然違っているので,作品をより多くの人に,より質を高めて見せていけるためのかかわり方ということをしないといけなくなっているのではないかなと思います。
 それと,脚本家にしても劇作家,演出家にしても,たくさんの仕事にかかわらなければ生活していけないというような,また断りにくいというような状況にあるので,ゆっくり1つの作品をブラッシュアップしていけるような環境に全然おかれていないので,これを変えていかないと作家も演出家も育たないのではないか。教えられる部分があるのかどうかという議論もあるんですけれども,教えられたとしても,その先その人たちの才能を本当に伸ばせるような仕事の環境になっているかというと,そこが違うのではないかなと思いますので,ぜひ人材育成の問題と合わせて支援の方法ですとか,もっと演劇界なら演劇界,舞台芸術界なら舞台芸術界,芸術界全体というふうに視野を広げたところで連携しあえる関係というのをつくっていかなければいけないのではないかなと思います。

【宮田部会長】 ありがとうございます。
 次長,どうぞ。

【高塩次長】 私は余り発言しないほうがいいんですけれども,芸術文化の助成についてのありようについては,平成13年に文化芸術振興基本法という法律が通りまして,広くやろうという,その後のちょっとしたシンポジウムで,学術関係というのがありますね,科学技術,あれについては構想というか,ものの考え方に対して助成金が出ているんです。芸術も同じじゃないか,まさにそういった脚本を書いて構想を練って,ただ芸術の場合は舞台,本番とおっしゃいましたけれども,舞台をやることが必須なんです。
 科学技術のほうも,これはちょっと口が悪いけれども,構想して成果品で人類の進歩にあるやつは,恐らく二,三%しかないといわれているんです。役者にはあれだけ金を出しておいて,技術の構想に対してはなぜ同じようなレベルで金を出せないのかと,こういう問題意識がありまして,そのとき以来の私自身の非常に強い問題意識なんです。今は,成果主義なんです。または,舞台そのものがいろいろな評価があると思いますけれども成果品がない限りは支援をしないというのが芸術で,科学技術環境のほうについては,ものの考え方に対して金を出すという,こういった仕分けがあるので,芸術も同じようなシステムが何らかの形で導入できないかということは,ここ私もちょっと文化庁長かったんですけれども,数年来考えているんですけれども。
 それをやるためには,ある程度こういった財政当局を含めた,まさに一つの議論構築が必要なんですけれども,私もいろいろな脚本をつくる段階からのさまざまな,それは当然選考があるんですけれども,そういうものに対して支援をしていくという方向性は当然出さなければいけないと思っているんです。すぐにできるかどうかはわからないんですけれども,結果としていろいろな構想は練ったけれども舞台はできませんでしたと,それでも丸ということがあってもいいんじゃないか。学術の世界ではそれがなかば常識になっているんです。常識というかそういうものなんです。
 ただ,ペーパーみたいなのを二,三枚出さなければいけないですけどね。芸術でも出せると思うんです,そういった形ではですね。成果に対して支援をするというのが,重点支援の面でもそうですし,芸術拠点形成事業という,先ほどから芸術の話が出ていますけれども,あの事業は非常に志豊かに始まった事業なんですけれども,今は事業支援になっているんですけれども,本来は劇場というのが核になるものですから,それに対するさまざまな経費をまとまって劇場を支援していこうというので平成14年から始めた制度なんですけれども。
 ですから,事業の本旨と仕組みが変わってますので,ぜひまたこの場でそういったことも含めてご議論をいただければ,すぐにできるかどうかはちょっと自信はないんですけれども,科学技術と芸術というのは人間の理想というか,相対峙するものですから,そういう形での芸術のアピールというのは,当然できてくるだろうと,そんなことも思っていますけれども,すぐにできるかどうかはちょっと自信がないです。

【宮田部会長】 大変ありがたいお言葉だと思います。今までは文科省という,文部省と科学技術が一緒になったわけですから,当然論理的にも今の高塩さんの話でいけば,同じフィルターになって結論がいいわけです。それも,前から私も変だと思ってましたので,芸術そのものが大体数値であらわれるものでないというところにすばらしい価値観があるわけだから。
 言葉などもそうなんだけれども,言い尽くしても結局は言い切れない部分があるわけだから,その中で何をよしとするかということをとてもピュアに大切しなければいけないということがあると思うんです。
 今日のお話などをお聞きしていても,長官先ほどのミュージカルのブロードウェイのお話,がありましたね。ウエスト・サイドの話,ああいうことというのはのっけから絶対これはヒットさせるぞ,仕かけからすべてをそうやって数人のところからスタートして,最後大成功に終わって,歴史に残るというふうなことをやっているわけです。それだって,土台がちゃんと最初からあるわけです。それをただ上乗せしたり,逆にいうとわかりやすくしてああいうものにしたというビジュアルを含めてやっているというのはどうなんですか,日本だって十分そういうものって,例えば譲るなら譲るというふうなものが一つあったとしたときに,あれをマダム・バタフライだけじゃなくて,全然違うかもしれないけれども,いろいろなものがいっぱいあると思うんです,日本の民話とか。

【青木長官】 ちょっと扇田先生のご発言にこだわるんですけれども,ミュージカルの場合,ミュージックのほうはどうなんですか。脚本家というのはわかるんです。というのは,オペラだと作曲家が中心ですよね。例えばリヒャルト・シュトラウスですが,彼はオーストリアのウィーンの劇作家,作家のフーゴ・フォン・ホフマンスタールに非常に執着して,一緒にいろいろなオペラをつくるんですが,ホフマンスタールがユダヤ系なものですから,当時のナチス政権に当然目をつけられているんですけれども,徹底的にかばうんです。自分の脚本家なものですから。
 それで,リヒャルト・シュトラウスはナチスに協力して,最後までドイツにとどまったので,亡命した人から見ると非常に評判が悪かった時期があるんですけれども,実はドイツ国内にいて非常にホフマンスタールなどをかばったことが明らかになるにつれて,今度は逆の評価が出てきているんです。
 話が外れてしまいましたが,オペラもミュージカルも音楽家の養成の問題があります。
 そう見ると,作曲家があって脚本家があって,という関係なんです。それについて,ミュージカルの脚本家を養成するというのは,作曲家と作家の関係というのはどういうふうに考えられますか。

【扇田昭彦氏】 作曲家の問題だと思いますけれども,でもミュージカルの作曲の場合,日本のオリジナルのものの場合,かなりレベルはよくなってきたと,以前に比べればね。それは,脚本家のレベルとは大分違うというふうに私は思います。

【青木長官】 ミュージカル作曲というのはちょっと違うわけでしょう。

【扇田昭彦氏】 違いますね。

【青木長官】 それがバースタインみたいな大作曲家で指揮者でもできるけれども,同時にミュージカルのための作曲というのは独特のジャンルかもしれないですね。そういうのも養成しないとだめなんじゃないんですか。

【扇田昭彦氏】 そうですね。実際には,かなりミュージカル系の作曲家というのはかなりいらっしゃって実績も積んでいる方がかなりいます。例えば,TSミュージカルファンデーションという,去年やったダン・ビエットのダンテ,これベトナム戦争を主題にした新しいミュージカルですが,これは非常にいい作品です。非常にいい作品で脚本も音楽もいいと思いますけれども,初演より再演でよくなったんですけれども,そういういいものも出てきてはいるんです。ただ,それに続くようなものがもっと出てきてほしいなという気がします。これは,ミス・サイゴンなどよりいいんじゃないかと思うぐらいのいい作品で,本当に現代のベトナム戦争に主眼したいい作品だと思うんですけれども,そういうのも中には出てきているという気はあるんです。

【青木長官】 リチャード・ロジャースとか,アメリカには「グレート・アメリカンソ・ングブック」というのがあるんですが,アメリカが誇るスタンダード曲を集めたものです。ジャズ曲もポピュラーもクラシックな歌曲もみんな入っているんですけれども,その大半はミュージカルの作曲者,「南太平洋」のナンバーなんです。そういうのが出てこないとなかなかミュージカルというのは育っていかないんじゃないかと。「ウエスト・サイド・ストーリー」だってそうですよね。

【扇田昭彦氏】 ロジャーとサマースタインみたいな,そういうコンビみたいなのはまだ日本には残念ながらまだ生まれてないと思います。ただ,ちょっと古い作品ですけれども,オンシアター自由劇場でやった上海バンスキングみたいな,あれはミュージカルじゃなくて,音楽劇ですけれども,ああいったいい作品もあるんですけどね。そういうのもあることはあるんです。

【宮田部会長】 平野先生。

【平野忠彦】 ミュージカルと脚本家ということには僕も疑問を持っています。新作のミュージカルを見に行って,僕はミュージカルの分野でも,例えばアニーですとか,ジーザス・クライストとかにも出演しているオペラ歌手なんですけれども,ミュージカルにとても興味があって,新しい作品を見に行きますけれども,何となく音楽がBGMから出ていないなみたいなところがあって,例えばそれを日本の有名な作曲家とか,そういう人たちが作曲すればいいんじゃないかなと思ったことがあって,一度團伊玖磨さんとお話ししたことがあります。
 そうしたら,團さんの言うことではあれは商業輸入だと。オペラはそうではないと。芸術と商業輸入と分けなくてはいけないから僕は絶対に作曲しないよって言ってました。團さんのような人が日本にあらわれるということ,これは将来あると思うんです。今でも,若い作曲家でミュージカルを作曲したいという作曲家も出ていますから。でも,例えば黛敏郎,芥川也寸志,それから團伊玖磨というような高名な作曲家がミュージカルを作曲するという方向には一度も行ったことがありません。
 そういう意味では,僕は名曲を生んでいる團伊玖磨さんなどミュージカルつくったらと思うんですけれども,そういう今の上海バンスキングですか,ああいうものでもって音楽がとてもよかったという評判は聞いてますけれども,その人の作曲したものの名前が,有名な作曲家みたいに出てくるということはないですよね。そういうような意味においても,ヒットナンバーがないということもあると思うんです。ミュージカルの中でヒットナンバーがあれば,それが歌い継がれていくというようなことで,例えばレ・ミゼラブルとかオペラ座の怪人とか,それから先ほどのウエスト・サイドじゃないですけれども,マリアというのは世界中の人が知っている。そういうようなものが出てくるといいなと僕は思っています。

【青木長官】 そうなんですれども,ガーシュインのミュージカルで,「ボギーとべス」というミュージカルがありますが,このオペラ版,これはメトロポリタン歌劇場で上演されたのですが,オペラハウスで。このオペラハウスのバージョンをメトロポリタン歌劇場へ聞きに行ったことがあるんですけれども,これは堂々とした先生のような大変なバスが登場して歌うんです。本当のメトロポリタンのオペラハウスの歌手がきちんと歌うんです。すばらしいオペラバージョンだったんですけれども,ミュージカルでもそういうものもできるのではないでしょうか。オペレッタというのもありますし,フオルス・テアターとかコーミッシュ・オペラとといようなものもあります。
 日本ではその辺のジャンルが未発達な感じがするんです。日本の場合,ミュージカル,それからオペレッタ,コーミシュ・オペラみたいなものとか,それから本格的なオペラへのつながりが,ミュージカルを考えたときにも必要ではないでしょうか。そういうものをどこで養成したらよいのかということをお聞きしたいと思います。

【平野忠彦氏】 オペラとミュージカルの違いというのは,オペラからオペレッタにいってミュージカルというのはヨーロッパから作曲家がジェームズ・ローンバックとかいう人たちがウィーンからニューヨークに行ってつくりましたよね。一番違うところは何かといったら電気音です。オペラの場合は生で歌いますよね。ところが,今は耳からやっていると,ほとんどマイクがわからない。それでもってミュージカルでもって歌っている,僕もアニーでそういうのを経験していますけれども,電気音で歌うのと,生で歌のでは絶対に違うんです。オーケストラがそこにあって,そのオーケストラを超えて向こうに声が届くということと,それから電気音であればそんな必要は全然ありませんから,これは本当に楽なんです。
 ですから,オペレッタやってもオペラの部門に入っていってしまうし,ミュージカルは全くそういう意味では,電気を使って再生している部分において,オペラと全く性格が違います。

【高萩委員】 日本の文化支援自体は個々の事業の支援から始まっています。さっき池野先生がおっしゃったみたいに,アーティストというか,芸術好きな人というのが何かやっているから,そこを支援するというとことで,ほぼ1990年ぐらいから始まったと思います。18年たって,だんだんに場所の支援になって,文化庁の施策と一緒に作品支援から戻ったりしているところもありますけれども,支援ということをトータルに考えなければいけない時期に来ているんだろうと思います。
 個々の支援がばらばらに行われているからどうもうまくいかない。今日のお話も,学校における芸術教育の問題というのと,それから才能をどう見つけるか,才能にどう場所を与えるかという話が別々のようになっていましたけれども,実際問題としてはアーティストというのを大量に養成していったときに,最終的に一握りの人にしか場が与えられ無いことが問題だと思います。
 残りの人たちに対しても,教育にかかわっていくとかという形で何か方策を用意しておかないといけない。全体的に考えれば,学校教育の中にアーティスト,一握りの天才,つまり作品を世界に発信できる天才の人たちが学校に行くというのは,「ようこそ先輩」みたいに特別に行えばできるけれども,普通は絶対無理なんです。でも,たくさんの人たちが学校へ行くことによって,芸術と親しむという教育ができるかもしれない。トータルにその辺を日本の舞台芸術政策に関して見直すことで,芸術と親しむために,こういう施策を初等教育,中等教育ではやっていますとなると良いと思います。才能がある人間に対して場を与えるという例として,さっきから何回か出ていますような,新潟リュートピアの「ノイズム」みたいな作品があります。今回本当にすばらしくよかったんです。
 それは,さっき田村先生がおっしゃったみたいに,「時間が与えられたからできたんです。」ということをかなりはっきり言った方が良いと思います。試行錯誤する時間が与えられた,そういう場所が与えられたからこそできた作品です。多分世界に通用する,今の2008年の世界の中で,ほかの国で見せて十分に通用する作品になったと思うんです。そういう作品ができるということが,そういうことが保証される状態というのをどうつくっていくかというのがトータルな文化政策の問題だろうと思うんです。
 アーティストで才能がある人間には,何歳ごろにこういう教育を受けさせて,こういうキャリア研修をしていってこうなるんだみたいな指針を示さないでいいか。「オペラの人はいいな,退職金もあって。」とも思いましたけれども,これからはミュージカルを志望した人,現代劇を志望した人,バレエを志望した人,ダンスを志望した人も,こういうキャリア形成の可能性があるし,才能を生かしていく可能性があるんだということを見せていくということが国の文化政策かなというのを強く思いました。

【宮田部会長】 田村委員どうぞ。

【田村(和)委員】 きょうはいろいろとお話を聞いていて,現実の話がよくわかりました。非常に触発的だったんですが,特に私もミュージカルの問題が一番気になっていまして,ここに扇田先生こういうふうに書かれているんだけれども,脚本家とか作曲家というような意味で,コンテンツの問題じゃなくて,こういう芸術というのは,アッセンブリー産業だと思っているんです。その中で,特にミュージカルというのは,ブロードウェイのプロデューサーシステムなどをずっと見ていましても,ハリウッドからずっと来る一つの大きな組織であり,運動であり,産業活動だと思っているんです。
 どうも,ここで議論するときにコンテンツの問題にくるんだけれども,どうしてもシステムというか,大きな仕組みみたいなものに,どういうふうな形で我々は当たっていかなければいけないか,そういう意味では先ほど池野先生がおっしゃったように,劇場を中心にしていくとか,それから先ほど宮田先生がおっしゃったんだけれども,例のコーラス・ラインの話にしても楽屋落ちの話をどんどんものにしていくわけです。再生産していくわけです。ああいう,一つのミュージカルというのは,アッセンブリー産業というような見方から,文化産業みたいな話に対して,一体我々,市場の話も入りますし,そういうところでどうサポートできるかというところを,もうちょっとダイナミックに議論していかないといけないなと。
 特に,ミュージカルというのは非常に好きな世界なんだけれども,時代ごとに物すごく熱気みたいなものがありますよね。熱気というのは,単に文化とか芸術だけではなくて,産業とか社会とか経済をみんな踏み込んでいるわけです。そのあたりを一体我々はどうとらえるかというのも一つのミュージカルの典型的に出てくるおもしろさじゃないかと思っているんです。
 そういう話に一体どういう形で,文化振興,文化をサポートするという話がかめるのかというのが一つの課題であるような気がしました。

【宮田部会長】 ありがとうございました。
 そのとおりだと思います。舞台という一つの大きな場があって,その中で今日はオペラ,ミュージカルいろいろあるんですが,それぞれ微妙に違いがあるということも事実ですし,それに対してどう詰めていくか,切り口もっていくか,それから構築していくかということがとても大切なことだなというふうに感じがしました。
 すみません,ちょっと時間が過ぎてしまいました。閉会にあたるんですが,本当に4人の先生方ありがとうございました。また,今後ともいろいろご指導ください。
 次回について,事務局からちょっとご説明ください。

【清水芸術文化課長】<今後の予定について説明>

【宮田部会長】 ありがとうございました。
 熱の入ったご意見をいただきましてありがとうございました。
 これにて閉会といたします。ありがとうございました。

12:43 閉会

ページの先頭に移動