第1 文化芸術振興の基本理念

 文化芸術は,過去から未来へと受け継がれ,人々に大きな喜びや感動,心の豊かさや安らぎをもたらす心の資産であり,国境を越えて様々な価値観を共有する基盤となるものである。グローバル化が進展する今日にあって,他国に誇る自国の文化芸術を持つことは,わたしたち一人一人にとって何物にも代え難い心のよりどころとなるのである。また,あらゆる領域で創造性が重視される国際社会において,文化芸術の振興は持続的な経済発展や国際協力の円滑化の基盤となるものであり,我が国の国力を高めるものとして文化芸術を位置付けておかなければならない。


 文化芸術の振興は,わたしたち一人一人の主体的な営みや,各地域における多様な取組が前提となることは言うまでもない。その上に,国としても自らの責任において自国の文化芸術を振興しなければならない。このことは他国政府の積極的な文化発信政策を見るにつけても明らかであり,経済面での国際競争の陰に隠れ,文化発信面で国際社会に遅れをとってはならない。そのためには,国による文化芸術の振興を総合的に推進する必要があり,「文化省」の創設をも念頭に置きつつ,まずは関係省庁が<協働の姿勢>をもってより一層連携を強化していかなければならない。
 振り返れば,我が国では,戦後の高度経済成長の後,二度にわたる石油危機の経験を経て,環境の質,生活の質,心の豊かさが求められるようになった。わたしたちはいま一度そのことを想起し,文化芸術の振興を国の政策の根幹に据えて,これまでの政策を抜本的に見直し,文化芸術振興策の強化・拡充を図らなければならない。


 「鉄は国家なり」とは,鉄を確保することが国家戦略的にも重要な位置付けにあったころの言葉である。確かに産業の中心として経済を支えてきたのは鉄であり,「鉄を制するものは国を制す」とまで言われた。そして今は,我が国の文明を大きく発展させたかつての鉄のように,文化芸術の振興と連動する創造産業の発展に大きな期待が寄せられつつある。わたしたちは,この新たな「産業のコメ」が大きく育つ環境をしっかり整えることに注力すべきである。とりわけ,新たな創造的人材の育成は必須の条件であるが,その流出すら懸念される危機的状況の中,文化政策は短期的なコスト削減・効率重視といったものであってはならない。「文化は国家なり」の理念の下,わたしたちは今こそ新たな「文化芸術立国」の実現を目指すべきである。

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