第1 文化芸術の振興の基本的方向

1.文化芸術の振興の必要性

文化は,最も広くとらえると,人間が自然とのかかわりや風土の中で生まれ,育ち,身に付けていく立ち居振る舞いや,衣食住をはじめとする暮らし,生活様式,価値観など,およそ人間と人間の生活にかかわることのすべてのことを意味するが,文化を「人間が理想を実現していくための精神活動及びその成果」という側面からとらえると,その意義については,次のように整理することができる。

(1)人間が人間らしく生きるための糧

文化は,人々に楽しさや感動,精神的な安らぎや生きる喜びをもたらし,人生を豊かにするとともに,豊かな人間性をかん養し,創造力をはぐくむものである。豊かで美しい自然の中ではぐくまれてきた文化は,人間の感性を育てるものである。

(2)共に生きる社会の基盤の形成

文化は,他者に共感する心を通じて,人と人とを結び付け,相互に理解し,尊重し合う土壌を提供するものであり,人間が協働し,共生する社会の基盤となるものである。

(3)質の高い経済活動の実現

文化の在り方は,経済活動に多大な影響を与えるとともに,文化そのものが新たな需要や高い付加価値を生み出し,多くの産業の発展に寄与し得るものである。

(4)人類の真の発展への貢献

科学技術や情報通信技術が急速に発展する中で,倫理観や人間の価値観にかかわる問題が生じており,人間尊重の価値観に基づく文化の側からの積極的な働き掛けにより,人類の真の発展がもたらされる。

(5)世界平和の礎

文化の交流を通じて,各国,各民族が互いの文化を理解し,尊重し,多様な文化を認め合うことにより,国境や言語,民族を超えて,人々の心が結び付けられ,世界平和の礎が築かれる。

このような文化の意義にかんがみると,文化の中核を成す芸術,メディア芸術,伝統芸能,芸能,生活文化,国民娯楽,出版物,文化財などの文化芸術は,芸術家や文化芸術団体,また,一部の愛好者だけのものではなく,すべての国民が真にゆとりと潤いの実感できる心豊かな生活を実現していく上で不可欠なものであり,この意味において,文化芸術は国民全体の社会的財産であると言える。
したがって,個人,民間企業・団体等,地方公共団体,国などそれぞれが,自らが文化芸術の担い手であることを認識し,相互に連携協力して,社会全体で文化芸術の振興を図っていく必要がある。

2.文化芸術の振興における国の役割等

(1)国の役割

文化芸術活動は,国民がこれを通じて創造性を発揮し,培い,個性を伸長し,自らの啓発を図ろうとする自発的,自主的な営みであり,文化芸術の享受もまた,国民自らに帰するものである。
この点を踏まえ,文化芸術の振興における国の役割は,文化芸術活動の主体である国民の自発的な活動を刺激し,伸長させるとともに,国民すべてが文化芸術を享受し得るための諸条件を整えることを基本とするものである。
このため,国は,自ら諸条件の整備を図るとともに,地方公共団体の取組を促進し,また,個人や団体の活動としての限りがあるところに必要な手を差し伸べることなどにより,全体として文化芸術の振興が図られるよう所要の措置を講じていく必要がある。
このことを前提としつつ,国の役割を整理すると,「文化芸術の頂点の伸長」と,「文化芸術のすそ野の拡大」を基本とし,「文化遺産の保存と活用」,「文化芸術の国際交流」及びそれらを支える「文化基盤の整備」に集約される。
このような取組を推進することにより,新たな文化芸術が創造され,それが将来的に我が国の顔として,世界に親しまれる文化芸術となり,世界の文化の発展に資するよう努めていく。

(2)重視すべき方向

上記(1)の国の役割を踏まえ,将来の我が国の顔となる文化芸術を創造していくため,次の事項を重視して,取り組んでいく。

ⅰ)文化芸術に関する教育

国民が,文化芸術に対する関心と理解を深め,自らを含む社会全体がその担い手であるという意識を持って,文化芸術を創造し,享受していくためには,その基礎となる豊かな感性や創造性をはぐくむとともに,文化芸術に触れ,親しむことができる教育環境づくりが重要である。
家庭,学校,地域が連携して,自然,歴史,伝統,文化に対する関心や理解を深め,尊重する態度を育て,豊かな人間性を涵養することが大切である。
特に,学校教育においては,子どもたちが優れた文化芸術に直接触れ,親しみ,創造する機会を持つことができるよう,創造的な体験の機会の充実など,文化芸術に関する教育の充実を図る必要がある。同時に,教員一人一人が豊かな感性と幅広い教養を持ち,自己啓発に努めながら,教育活動を展開することにより,学校教育活動全体をより文化的なものとしていく必要がある。

ⅱ)国語

国語は,長い歴史の中で形成されてきた国の文化の基盤を成すものであり,また,文化そのものでもある。
同時に,国語は,我が国の先人たちの築き上げてきた伝統的な文化を理解し,考える力や表現する力を培い,豊かな感性や情緒を備え,幅広い知識や教養を持つために不可欠なものであり,今後の文化の継承と創造に欠くことができないものである。
このような国語の重要性にかんがみ,国民一人一人が,国語についての認識を深め,生涯を通じて国語力を身に付けていく環境を整備する必要がある。
特に,学校教育全体を通じて,国語力を向上させる取組が十分に行われるよう努めるとともに,家庭や地域などにおいて国語についての意識を高めていく必要がある。

ⅲ)文化遺産

長い歴史の中で生まれ,はぐくまれ,今日まで守り伝えられてきた国民の貴重な財産である有形・無形の文化遺産は,我が国の歴史,伝統,文化等の理解のために欠くことができないものであると同時に,将来の文化の向上,発展の基礎を成すものである。
近年の急激な社会構造の変化の中で,文化遺産を現代に生かす保存とその適切な活用の在り方を踏まえながら,実効性のある保存,活用のための方策について検討を進める必要がある。同時に,文化遺産の修復及び保存伝承のための基盤の充実,文化遺産についての体験学習の機会や文化遺産に関する普及啓発活動の充実などに積極的に取り組む必要がある。

ⅳ)文化発信

優れた伝統を生かしつつ,個性ある我が国の文化を育て,世界に発信していくことが重要である。
そのためには,まず長い歴史や伝統の中で,諸外国との文化交流を図りつつ,形成されてきた我が国の文化についてよく知り,理解を深める必要がある。自己の文化について理解することは,他の文化に対する寛容や尊重の気持ちをはぐくむことにつながるものである。
その上で,我が国の文化を,伝統文化から現代文化に至るまで,総合的かつ積極的に発信していく必要がある。このことは,我が国の文化が国際的に多様な刺激を受けて,新たな創造を加えつつ発展していく上で重要であるのみならず,国際社会における我が国の文化的地位を確かなものにし,世界の文化の発展や人類への貢献となるものである。

ⅴ)文化芸術に関する財政措置及び税制措置

文化芸術については,社会全体でその振興を図っていく必要があるが,そのための方策として,フランスに代表される国による支援が中心の場合と,アメリカ合衆国に代表される民間による支援が中心の場合がある。我が国の文化芸術の振興の取組や文化芸術活動の状況等を踏まえると,国及び民間が双方の立場から文化芸術の振興を展開していく必要がある。
このため,国及び民間双方による支援をより一層効果的なものとしていくことが不可欠であり,厳しい財政事情の下で適切な評価を行い,支援の重点化,効率化を図りつつ,必要な財政上の措置を講ずるとともに,税制上の措置等により文化芸術活動に対する民間からの支援の促進を図っていく。

(3)地方公共団体及び民間の役割

地方公共団体は,自主的かつ主体的に,国との連携を図りつつ,それぞれの地域の特性に応じて,多様で特色ある文化芸術を振興し,地域住民の文化芸術活動を推進する役割を担っている。
地方公共団体が,文化芸術の振興を図るに際しては,それぞれの文化芸術の振興のための基本的な方針等に基づき施策を進めることや,広域的な視点から,各地方公共団体が連携して文化芸術の振興に取り組むことが望まれる。

また,個人や民間企業・団体等の文化芸術活動への支援は,自発性に基づくものであり,国民が文化芸術を大切にし,育てる意識の拡大につながるものである。また,国や地方公共団体の支援に比べ,自由で選択的な配慮が働き,文化の多様性に資することになるものである。民間からの支援を助長し,誘導するための条件整備や,機運の醸成が図られ,民間からの支援が拡大されることが望まれる。

3.文化芸術の振興に当たっての基本理念

文化芸術の振興に当たっては,基本法第2条に掲げられた次の八つの基本理念にのっとり,施策を総合的に策定し,実施する。

(1)文化芸術活動を行う者の自主性の尊重

文化芸術は人間の自由な発想による精神活動及びその現れであることを踏まえ,文化芸術活動を行う者の自主性を十分に尊重する。

(2)文化芸術活動を行う者の創造性の尊重及び地位の向上

文化芸術は,活発で意欲的な創造活動により生み出されるものであることを踏まえ,文化芸術活動を行う者の創造性が十分に尊重されるとともに,その地位の向上が図られ,その能力を十分に発揮されるよう考慮する。

(3)文化芸術を鑑賞,参加,創造することができる環境の整備

文化芸術を創造し,享受することが人々の生まれながらの権利であることにかんがみ,全国各地で様々な優れた文化芸術活動が行われるよう,国民がその居住する地域にかかわらず等しく,文化芸術を鑑賞し,これに参加し,又はこれを創造することができるような環境の整備を図る。

(4)我が国及び世界の文化芸術の発展

優れた文化芸術は,国民に深い感動や喜びをもたらすとともに,世界各国の人々を触発するものであることを踏まえ,我が国において文化芸術活動が活発に行われるような環境を醸成して文化芸術の発展を図り,ひいては世界の文化芸術の発展に資するよう考慮する。

(5)多様な文化芸術の保護及び発展

人間の精神活動及びその現れである文化芸術は多様であり,こうした多様な文化芸術の共存が文化芸術の幅を広げ,その厚みを加えるものとなることを踏まえ,多様な文化芸術を保護し,その継承・発展を図る。

(6)各地域の特色ある文化芸術の発展

各地域において人々の日常生活の中ではぐくまれてきた多様で特色ある文化芸術が我が国の文化芸術の基盤を形成していることにかんがみ,地域の人々により主体的に文化芸術活動が行われるよう配慮するとともに,各地域の歴史,風土等を反映した特色ある文化芸術の発展を図る。

(7)我が国の文化芸術の世界への発信

我が国と諸外国の文化芸術の交流や海外の文化芸術への貢献が,我が国の文化芸術のみならず,世界の文化芸術の発展につながることにかんがみ,我が国の文化芸術が広く世界へ発信されるよう,文化芸術に係る国際的な交流及び貢献の推進を図る。

(8)国民の意見の反映

文化芸術の振興のためには,文化芸術活動を行う者その他広く国民の理解と参画を得ることが必要であることを踏まえ,文化政策の企画立案,実施,評価等に際しては,可能な限り広く国民の意見を把握し,それらが反映されるように十分配慮する。

4.文化芸術の振興に当たって留意すべき事項

文化芸術の振興のための施策を講ずるに当たっては,各施策の枠を越え,横断的に以下の事項に留意して,取り組む。

(1)芸術家等の地位向上のための条件整備

芸術家等(基本法第16条に規定する「芸術家等」を言う。以下同じ。)が活発な創造活動を行い,優れた文化芸術を国民が享受するとともに,新たな芸術家等が育成されていくためには,芸術家等がその能力を向上させ,十分に発揮でき,安全で安心して活動に取り組める環境を整備することが重要である。
芸術家等や文化芸術団体などの取組と連携しつつ,芸術家等の創造活動のための諸条件の整備や,芸術家等に対する積極的な顕彰等を行い,芸術家等の社会的,経済的及び文化的地位の向上に努める。

(2)国民の意見等の把握,反映のための体制の整備

文化芸術は,国民すべての生活や社会の在り方に深くかかわるものであることから,文化芸術の振興に関する政策の形成に当たっては,より多くの国民の意見等を集約し,反映させていくことが重要である。
文化芸術の振興のための基本的な政策の形成や,各施策の企画立案,実施,評価等に際して,芸術家等や学識経験者のみならず広く国民の意見等を十分に把握し,それらが反映される体制の整備に努める。

(3)支援及び評価の充実

文化芸術活動に対する支援については,公正性及び透明性が確保され,国民の理解を得ることができるよう,施策の目的に応じ,適切な審査方法及び評価に従って実施し,その結果を公開する。また,支援に際しての評価の方法について,文化芸術の各分野の特性を十分に踏まえ,定量的な評価のみならず,定性的な評価を含む適切な評価方法を開発,確立していく。
さらに,より効果的な支援を行うため,支援の仕組みや方法などの在り方及び多様な手法の活用について検討を進める。
なお,公的な支援を受けている芸術家等や文化芸術団体に対しては,その活動成果等の積極的な国民への還元や,適切な情報公開,鑑賞者等の拡大や効果的な運営などの努力を求めていく。

(4)関係機関等の連携・協力

文化芸術の振興に関する施策を推進するに当たっては,関係府省間の密接な連携・協力体制を整備し,総合的かつ一体的な推進を図る。
また,関係機関,地方公共団体,関係団体等との連携を深め,効果的に施策を推進していく。

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