「文化を大切にする社会の構築について ~一人一人が心豊かに生きる社会を目指して」

目次

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答申(骨子)

はじめに

第1章 今後の社会における文化の機能・役割

  1. 人間と文化 〜 人間らしく生きるために
  2. 社会と文化 〜 共に生きる社会をつくるために
  3. 経済と文化 〜 より質の高い経済活動の実現のために
  4. 科学技術・情報化と文化 〜 人類の真の発展のために
  5. グローバル化と文化 〜 世界平和のために

第2章 文化を大切にする社会を構築するために

  1. 社会全体で文化振興に取り組む
    1. (1)文化の担い手としての民間,地方公共団体,国の役割
    2. (2)文化予算の充実
    3. (3)個人,企業による寄附促進のための税制措置の充実
    4. (4)国,地方公共団体,民間等のネットワークの形成
    5. (5)文化の発展を支える幅広い人材の育成
    6. (6)文化拠点の整備
    7. (7)著作権制度の整備
  2. 文化を大切にする心を育てる
    1. (1)我が国の歴史,伝統や世界の多様な文化を尊重する教育の充実
    2. (2)子供の文化体験活動の推進
    3. (3)教員の豊かな感性と幅広い教養の涵養
    4. (4)国語の重視
    5. (5)地域における文化の振興
  3. 我が国の「顔」となる芸術文化を創造する
    1. (1)世界に誇れる芸術文化の創造活動への重点支援
    2. (2)世界の芸術家等が集う環境づくり
    3. (3)世界に通じる芸術家の育成
    4. (4)メディア芸術の振興
  4. 文化遺産を保存し,積極的に活用する
    1. (1)文化財の積極的な公開・活用の促進
    2. (2)総合的な視野に立った文化遺産の保存・活用
    3. (3)人々の主体的な参加による文化遺産の保存・活用
  5. 日本文化を総合的・計画的に世界へ発信する
    1. (1)国際文化交流マスタープランの策定
    2. (2)芸術文化の国際交流の推進
    3. (3)文化財を通じた国際交流・国際協力の推進
    4. (4)国際文化交流のためのネットワークの形成
    5. (5)外国人に対する日本語教育の推進

おわりに

はじめに

文化審議会は,平成13年4月に文部科学大臣から「文化を大切にする社会の構築について」の諮問を受けました。本審議会は,今後の社会における文化の機能・役割について検討し,それを踏まえながら,文化を大切にする社会への転換を図るための方策について審議を進めてきました。
社会の急激な変化が進む中で,人々が心豊かに生きる社会を築いていくためには,一人一人が文化について考え,文化を大切にする心を持つことが重要です。
こうした考え方に立って,以下に述べる答申を取りまとめました。

第1章 今後の社会における文化の機能・役割

文化は,(1)人間が人間らしく生きるために極めて重要であり,(2)人間相互の連帯感を生み出し,共に生きる社会の基盤を形成するものです。また,(3)より質の高い経済活動を実現するとともに,(4)科学技術や情報化の進展が,人類の真の発展に貢献するものとなるよう支えるものです。さらに,(5)世界の多様性を維持し,世界平和の礎となります。
このような文化の果たす機能や役割にかんがみ,社会のあらゆる分野や人々の日常生活において,その行動規範や判断基準として「文化」を念頭に置いて振る舞うような社会,言わば「文化を大切にする社会」を構築することが必要です。
そのためには,一人一人が文化を大切にする心を持つとともに,国や地方公共団体などの行政機関においては,文化を機軸にして施策が展開される必要があり,また,企業も社会の一員として,文化の価値を追求して行動することが求められます。

「文化」は,最も広くとらえると,人間が自然とのかかわりや風土の中で生まれ育ち身に付けていく立ち居振る舞いや,衣食住をはじめとした暮らし,生活様式,価値観など,人間と人間の生活にかかわることの総体を意味しますが,本審議会では,主として「人間が理想を実現していくための精神の活動及びその成果」の側面から文化を考えました。
そして,このような文化の機能や役割について,人間にとって文化の持つ意味を確認した上で,変化する社会や経済,科学技術や情報化の進展,グローバル化との関係において考えました。

1.人間と文化 〜 人間らしく生きるために

文化は,人々に楽しさや感動,精神的な安らぎや生きる喜びをもたらし,人生を豊かにするものであり,豊かな人間性を 涵養(かんよう) する上で重要です。また,正義感や公正さを重んじる心や,他人を思いやる心などは文化を大切にする環境の中で培われます。
21世紀は,社会の様々な分野で変化が進み,先行き不透明な時代と言われ,私たちは人類の繁栄と平和のために,今までに体験したことのない新たな課題に挑戦していかなければなりません。こうした中で,文化は人々の創造力の源泉である想像力を育てるほか,他者に共感する心を通じて,他人を尊重し,考えを異にする人々と共に生きる資質をはぐくむものです。
また,人間は前の世代からの歴史や伝統を継承し,その基盤に立って新たな創造を行い,生活の豊かさを増してきました。人間の生活における知恵の結晶と言える文化は,次なる時代の新たな創造の基盤となります。
日本古来の文化は,人間が自然を征服していくという意識ではなくて,人間もその一部であり,自然と共生することを前提とした文化であったと言えます。これからの時代にあっては,こうした日本古来の文化を踏まえて,「進歩・発展」という考え方よりは,「循環」という考え方を再評価し,重視していく必要があります。
なお,人間は本質的に,邪悪な心や欲望など,決してきれい事だけでは済まされない部分を持っています。文化を考える際には,そうした部分を無視することなく,むしろそのエネルギーを望ましい方向へ変えていくことについても考える必要があります。

2.社会と文化 〜 共に生きる社会をつくるために

現在,都市化や過疎化,少子化や高齢化が同時に進行する中で,社会に様々な変化がもたらされています。都会では,人々の疎外感や孤立感が高まり,一方,地方では地域住民の流出などにより,連帯意識が薄れるとともに,都会の文化の影響を強く受け,地域の個性が失われてきています。人々が心のよりどころを失い,また,人と人との触れ合いが希薄となる中で,文化は,人と人とを結び付け,相互に理解し,尊重し合う土壌を提供するものであり,人間が協働し,共生する社会の基盤となります。
郷土の豊かな自然や言葉,昔から親しまれている祭りや行事,歴史的な建物,地域に根ざした文化活動などは,それ自体が独自の価値を持つだけでなく,郷土への誇りや愛着を深め,住民共通のよりどころとなります。そして,各地域において多様な文化の花が開くことが,国全体の文化の内容を豊かにし,そうした文化が国民共通のよりどころとなります。

3.経済と文化 〜 より質の高い経済活動の実現のために

文化の在り方は,人間の生き方や暮らし方,生活様式に大きなかかわりのある経済活動に多大な影響を与えます。
同時に,今日の社会においては,文化そのものが経済活動になっています。文化の持つ創造性は経済の発展に欠かせませんし,製品におけるデザインなど様々な産業において,文化は高い付加価値を生み出す源泉となっています。また,映像・音楽産業や余暇関連産業など文化に関連する産業は,今後更なる成長が期待されます。さらに,文化への投資は,投資額の2倍以上の生産誘発効果があるとの調査結果もあり,文化が新たな需要を喚起し,また,知識集約的な産業として,多くの雇用を創出することが期待されます。文化は経済を活性化させ,より質の高い経済社会への転換を促します。
このように,経済活動と文化は不可分の関係にあるわけですが,文化の中には,一見すると経済の発展とは関係のないと思われる基礎的な学問研究や,当面は少数者にしか支えられないであろう先駆的な文化活動,文化遺産の保護など,重要な部分があります。これらの効率性や合理性だけでは測ることのできない文化の厚みが,長期的に見て,国力を支えるのであり,これらに対して国や地方公共団体は積極的に支援していかなければなりません。

4.科学技術・情報化と文化 〜 人類の真の発展のために

急速に発展する科学技術について,近年,地球環境問題や資源・エネルギー問題の立場から,これまでの効率性の追求や量的拡大の方向は修正を求められています。また,クローン技術など生命科学の分野では,倫理観や価値観にかかわる新たな課題を人類に投げ掛けています。こうした問題に対して,人間尊重の価値観に基づき,文化の側からの積極的な働き掛けが求められます。
人類の真の発展のためには,科学技術に文化の視点を忘れてはいけません。
また,情報化の進展は,個人の能力や想像力を発揮する可能性を増大させていますが,その一方で,情報の海におぼれたり,人間関係の希薄化,実体験の不足といった,いわゆる影の部分が指摘されます。こうした中で情報を主体的に活用していくためには,学問の重視や,人間同士の直接のぶつかり合いの中での経験の積み重ねなどが求められ,それらを提供するものとして,文化の役割が期待されます。
他方,科学技術,特に情報通信技術の発達は,一瞬にして様々な音声・画像・映像情報を提供するほか,新たな演出や表現を可能にするなど,文化に大きな影響を与えています。また,コンピュータ・グラフィックスのように新たな表現を生み出すなど,創造活動のけん引力となっています。さらに,デジタル・アーカイブ(大規模な記録や資料などを電子映像にして記録・保管する方法)など,文化に関する情報の膨大な蓄積が可能となっています。

5.グローバル化と文化 〜 世界平和のために

古来,人類は多様な文化を創造し,それらの異なる文化は交流することにより進歩してきました。文化の交流は,それぞれの文化に深さや広さをもたらすものであり,その結果,総体としての人類の文化が発展してきたと言えます。
近年,インターネットの急速な普及などによるグローバル化が進む中で,個人や社会の様々な営みが同質化されることが懸念されています。人々の価値観や思考方法などが多様であることは,個々人の持つ価値観やものの見方,考え方を補完し,一元的な思考が陥る危険を回避するものです。今後世界が共存していくためには,各国,各民族が互いの文化を尊重し,多様な文化を認め合うとともに,文化交流を通じて,国境や言語,民族を超えて,人々の心を結び付けることによって,世界平和の礎を築いていくことが極めて重要です。
文化の交流に当たっては,まず,自らの歴史と伝統を理解し,自己のアイデンティティーを確立しなければなりません。他の文化を理解するためには,自己の文化を知らなければなりませんし,自分という軸がしっかりしていなければ,他の文化を無秩序に受け入れることにもなりかねません。また,自己の文化の持つ良い点を相手に分かりやすく伝えるためにも,自己の文化についての理解を深めることが必要です。こうした中で,他の文化に対する寛容や尊敬の気持ちが育まれます。
また,我が国の文化を支えてきた母語としての日本語を大切にし,継承・発展させていくことは極めて重要です。グローバル化が進む中で外国語の能力を身に付けることの重要性が言われていますが,そのためにも,まず,母語で自分の意思を明確に表現できる言語能力を涵養する必要があります。

第2章 文化を大切にする社会を構築するために

第1章で述べた文化の持つ機能・役割を踏まえ,文化を大切にする社会を構築するため,特に,次に掲げる事項について,取り組むことが必要です。

  • ●  社会全体で文化振興に取り組む
    • 個人,企業,地方公共団体,国のそれぞれが文化の担い手として,その役割を果たし,社会全体で文化振興に取り組む。
    • 文化予算を充実するとともに,寄附促進のため,税制措置の充実を図る。
    • 国,地方公共団体,企業,芸術家・芸術団体,文化施設,教育機関,研究者,マスメディア等のネットワークを形成し,文化に関する情報の交流等を行う。
  • ●  文化を大切にする心を育てる
    • 我が国の歴史,伝統や世界の多様な文化を尊重する教育の充実を図る。
    • 子供が文化活動に参加し,文化に関する様々な体験の機会の充実を図り,豊かな人間性や多様な個性を育む。
    • 教員が豊かな感性や幅広い教養を持ち,学校教育活動全体を文化的なものにする。
    • 文化の基盤としての国語の役割を重視し,国語教育の質的かつ量的充実など,国語に関する施策を推進する。
  • ●  我が国の「顔」となる芸術文化を創造する
    • 世界に誇れる芸術文化の創造活動への重点支援を行う。
    • 世界に通用する芸術家を育成する。
  • ●  
      文化遺産を保存し,積極的に活用する
    • 総合的な視野に立った文化遺産の保存・活用方策を検討する。
    • 人々の主体的な参加による文化遺産の保存・活用の取組を推進する。
  • ●  
      日本文化を総合的・計画的に世界に発信する
    • 国際文化交流を総合的・計画的に進めるためのマスタープランを策定する。
    • 外国人に対する日本語教育を推進する。

1.社会全体で文化振興に取り組む

(1)文化の担い手としての民間,地方公共団体,国の役割

文化は,個々人が創造性を発揮し,個性を伸ばし,自己の啓発を図ろうとする自発的・自主的な営みとしての側面が強く,文化を守り,次の世代につないでいく上でも個人の役割は大きなものがあります。また,企業も文化の在り方に極めて大きな影響を持っています。
このため,まず,大人一人一人が自らが文化の担い手であることを認識し,身近な事柄として文化を大切にする必要があります。特に,社会的な影響力のある各界各層のリーダーが,文化を重視した生き方を実践していくことが期待されます。
また,家庭においては,礼儀,社会のルールや道徳心,言葉遣いなど,基本的な事柄をしっかりと子供たちに教えることが必要です。そして,大人は,子供はみんなの子供であるという意識を持って,責任ある態度で子供に接することも大切です。
企業は本来の経済活動と並行して,社会の一員として,人間を大切にし,質の高い生活の実現を目指して文化に機軸を置いて行動することや,様々な形で文化への支援を行うことが期待されます。また,芸術団体や,文化活動に関する様々な NPO(Non Profit Organization:民間非営利団体), NGO(Non‐Governmental Organization:非政府組織)などの活動の活性化も期待されます。
このように,文化の主役はまず,個人や企業などの民間であるわけですが,民間に任せてしまうというのでは,資金面においても,人的な体制の面においても不十分です。第1章で述べたような文化の機能・役割にかんがみれば,文化は社会的な資産であり,国や地方公共団体がそれぞれの立場から民間のエネルギーを支えていくことが必要です。
地方公共団体においては,それぞれの地域の特性に応じて,幅広い住民の文化活動への支援を通じた文化の 裾野(すその) の拡大,地域の文化遺産の継承・発展,各地域の文化施設の充実などが求められます。
また,国においては,全国的な観点から,我が国の「顔」となる芸術文化の創造を推進し,文化の頂点を高めていくことや,文化遺産の保存・活用,地域における文化振興への支援,国際文化交流の推進,文化振興のための基盤の整備,文化を担う幅広い人材の育成などを行っていくことが必要です。
このように,文化は,社会のあらゆる存在に深くかかわるものであり,文化を大切にする社会を構築するためには,民間,地方公共団体,国それぞれが文化の担い手であることを認識し,相互に連携協力して社会全体で文化振興に取り組む必要があります。
その際,文化振興の方法として,国による支援が中心のフランス型と,民間による支援が中心のアメリカ型がありますが,我が国の現状を見ると,国による文化振興のための支援は必ずしも十分とは言えず,また,民間による支援も,近年,企業メセナ活動が活発になってきているとは言え,まだまだという状況です。したがって,これらの双方をより活性化するための方策を積極的に講じていくことが必要です。

(2)文化予算の充実

国の文化予算は,近年急速に充実されてきていますが,文化の振興に果たすべき国の役割にかんがみれば,今後とも充実が必要です。
一方,地方公共団体の文化予算は,近年減少傾向にありますが,文化の振興は地方公共団体の重要な任務であり,その一層の充実を図ることが求められます。
また,国,地方公共団体を通じ,予算を有効に活用するため,施策の実施に当たっては,文化関係者をはじめ広く国民の意向を汲むとともに,適切な評価方法に基づき,その手法や効果について評価していくことが必要です。
なお,国,地方公共団体による文化団体等への支援に際しては,文化活動を行う者の自主性を尊重するとともに,支援の企画,実施,評価の各段階において,公正性及び透明性の確保が図られる必要があることは当然のことです。

(3)個人,企業による寄附促進のための税制措置の充実

予算による文化の振興も重要ですが,個人や企業が文化を支援することは,文化を大切にする社会を築いていく上で重要です。こうした支援は,多様な文化の進展にもつながります。
そのためには,様々な文化活動に対して,個人や企業が寄附をしやすくなるような税制上の措置を講じていく必要があり,アメリカにおける寄附税制の仕組みなどを参考にして,積極的に対応していくことが求められます。また,あわせて,社会全体で文化活動への支援を促進していくための機運を盛り上げていくことも重要です。

(4)国,地方公共団体,民間等のネットワークの形成

これまで,我が国においては,国,地方公共団体,民間等がそれぞれ独自に文化施策を展開し,相互の情報の交換や連携が十分ではなかったと言えます。そのため,国,地方公共団体,企業,芸術家・芸術団体,NPO,文化施設,教育機関,研究機関,マスメディアなどの間のネットワークを形成し,文化に関する情報の交換や,共同企画,研究などを行うことが必要です。
また,国の各省庁の施策には,文化にかかわるものが多いが,文化行政の中心を担う文化庁がより積極的な役割を果たしつつ,各省庁間の連携協力体制を確立していくことも重要です。さらに,国,地方公共団体を通じ,文化に関する施策の窓口の明確化など,窓口機能の整備が求められます。

(5)文化の発展を支える幅広い人材の育成

優れた文化を創造していくためには,その担い手に優秀な人材を得ることが不可欠であり,創造性豊かな芸術家や文化の作り手と受け手をつなぐ人材の育成など,文化を支える多様な人材の育成・確保が必要です。
このため,優れた芸術家が育つための環境の整備を図るとともに,文化施設や文化団体において,魅力的な活動を効果的に行うことができるよう,その管理運営にあたる者の能力の向上や,アートマネージャー(文化活動の企画,制作,広報などに携わる職員)や,舞台技術担当職員等の養成・研修の充実が必要です。
また,多様な文化財の特性に応じて,文化財の専門職員や保存技術者・技能者の研修の充実や,ボランティア等の育成が重要です。
さらに,公立文化会館,美術館・博物館,図書館等の教育・普及機能を向上させるため,学芸員等の専門家の充実や,ボランティア等との積極的な連携も求められます。
文化行政を担当している職員については,その専門性と資質の向上を図るため,一定期間その任務を継続させるなどの取組が望まれます。
こうした文化の発展を支える人材については,諸外国の制度も参考にしながら,専門性の確立など専門的知識・技術が発揮される環境づくりを併せて行う必要があります。

(6)文化拠点の整備

美術館・博物館,劇場,図書館などが文化振興の拠点となるよう,事業内容や施設・設備の充実を図ることが必要です。その際,芸術家・芸術団体等の専門的な見地からの意見を十分に聴くことや,施設の運営について住民の積極的な参画を求めることが重要です。さらに,これらの施設が,外国の文化施設と交流することなどにより,文化発信の拠点として機能を果たすことが求められます。

(7)著作権制度の整備

文化的な創作活動を促進するとともに,その所産の公正・円滑な利用を図るため,情報化の進展や国際的動向なども踏まえ,知的財産権の一つとして重要性が高まりつつある著作権について,法制の整備を更に進める(例えば,国際的にも検討が進められている実演家・放送事業者の権利の拡充など)とともに,権利者・利用者間の契約システムの構築を促進し,著作権の保護や適切な契約の習慣が,広く多くの人々に受容される状況を作っていくことが必要です。
また,著作権に関する知識と意識を高めていくための施策の充実を図り,著作権の普及・啓発を図ることも重要です。

2.文化を大切にする心を育てる

(1)我が国の歴史,伝統や世界の多様な文化を尊重する教育の充実

文化を大切にする社会の構築のためには,将来の文化を担う子供たちの豊かな感性を育て,文化を大切にする心を育むことが不可欠です。そのためには教育の役割が重要であり,家庭,学校などにおいて,我が国の文化の支えとなる自然,歴史,伝統や,社会のルール,道徳心,生活規律などの規範意識を身に付けさせるとともに,世界の多様な文化を理解し,尊重していく態度を養うことが必要です。
家庭教育においては,日常におけるあいさつの実践,本の読み聞かせ,親子での地域行事への参加などにより,文化の型を教えることが求められます。
学校教育においては,初等中等教育から大学教育までを通じて,歴史,伝統や文化に対する理解を深め,尊重し,豊かな人間性を涵養するとともに,一人一人の個性や能力に応じた教育を展開し,文化を担う個を確立することが大切です。その際,国語,社会,音楽,美術などの各教科や,道徳,特別活動,総合的な学習の時間等を通じ,文化に関する学習,特に,体験を通して学ぶ機会の充実が求められます。また,地域の芸術家や,文化財保護に携わる者,文化団体関係者等を特別非常勤講師や文化活動の指導者として学校に招いて,指導の充実を図ることが効果的です。

(2)子供の文化体験活動の推進

豊かな人間性と多様な個性を育むためには,学校や家庭,地域において,子供たちが参加,体験できる様々な文化活動の機会を充実させることが重要です。このため,地方公共団体において,年間を通じて多種多様の文化に触れ,体験できるプログラムを作成し,実施することや,美術館・博物館,劇場,図書館などにおいて子供向けのプログラムを充実させ,学校においてその積極的な活用を図っていく取組を一層進めていく必要があります。国としても,こうした活動に対して支援していくことが求められます。

(3)教員の豊かな感性と幅広い教養の涵養

学校において,子供たちに文化を大切にする心を育成するためには,まず個々の教員が豊かな感性と創造力を持ち,幅広い教養を身に付けることが強く求められます。教員自らが自己啓発に努めるとともに,教員の養成段階や研修において,このような配慮が求められます。こうした取組により,学校教育活動全体が文化的なものとなることが期待されます。

(4)国語の重視

言葉は,コミュニケーションの手段であると同時に,その言葉を母語とする人々の文化と深く結び付いており,文化を伝えるものです。このような,文化の基盤としての国語の重要性にかんがみ,学校教育においては,国語教育が質量ともに十分に行われるよう努めていくことが求められます。その際,古典の積極的な取り入れ,名文や優れた詩歌の素読・暗唱・朗読,読書や作文などの指導法の工夫・改善に取り組むことが求められます。
また,学校教育に携わるすべての教員が,国語についての意識を高め,それを実際に生かしていくことが重要であり,教員の養成段階や,研修において,国語に関する知識や運用能力を向上させていくための配慮が求められます。
さらに,国語に関する研究を振興するとともに,言葉に関するシンポジウムの開催などにより,地域や家庭など,日常生活の中で自分自身の考えを,相手や場面に応じた適切な言葉で伝えようとする意識の高揚を図ることも必要です。
永い歴史の中で築かれてきた国語の特色ある表現や豊かさは,これからも大切にされ,一層磨かれていかなければなりません。地方の伝統文化や地域社会の豊かな人間関係を担う多様な方言についても,引き続き尊重され,継承されていくことが望まれます。近年,問題になっている外来語・外国語(いわゆる片仮名言葉)の 氾濫(はんらん) は,社会における情報伝達の妨げとなるのみならず,伝統的な国語の良さを損なうおそれがあります。特に,官公庁や報道機関などにおいては,片仮名言葉を安易に用いることなく,個々の言葉の使用を吟味して,できるだけ分かりやすい言葉に言い換えたり,必要に応じて注釈を付けたりするなどの配慮が必要です。また,近年の情報機器の発達・普及にかんがみ,漢字の使用についての再検討も併せて求められます。
なお,テレビ・ラジオ等の放送,新聞・雑誌等の出版物など,様々な媒体が人々の言語生活に及ぼしている影響は言うまでもなく大きく,関係者においては,このことを十分に認識して行動することが強く期待されます。

(5)地域における文化の振興

人々は,より身近な場所で,文化活動に参加し,文化を鑑賞し,創造することができることを期待しています。身近な場所で文化が育つことは,文化を大切にする心を育み,地域における文化の振興にもつながるものです。文化の一極集中により,文化の同質化が懸念されますが,異質なものの活発な共存を基礎としてこそ,文化の更なる発展が期待されます。国や地方公共団体は,それぞれ全国的な視野に立ち,また,それぞれの地域の特性を生かして,地域における個性豊かな文化を育てる必要があります。
このため,身近にある歴史的な建造物や伝統的な行事,祭りなどの継承や,地域の特色ある文化活動の推進,豊かな自然を生かしたまちづくりなどを進めることが有効です。
また,美術館・博物館,劇場,図書館が地域における文化の拠点としての役割を果たしていくことが重要です。このため,来館者に対するサービスの向上,教育普及活動の推進,学芸員など専門家の充実,地域住民やボランティアの運営への参画,芸術家や芸術団体との連携の強化などの取組により,その機能を充実することが求められます。

3.我が国の「顔」となる芸術文化を創造する

(1)世界に誇れる芸術文化の創造活動への重点支援

芸術は,文化の深さと豊かさを端的に表すものであり,特に,世界に誇るべき芸術文化は,我が国の「顔」となるものです。
そのため,我が国の芸術文化水準の向上の直接的なけん引力となる芸術文化団体の活動に対して,伝統芸能も含め,国として重点的に支援を行い,世界に誇れる芸術文化の創造活動を推進していく必要があります。
また,こうした取組と併せて,我が国の文化の頂点を高めていくためには,これらの周辺を支える基盤となる創造活動が幅広く行われることが重要であり,こうした活動に対して継続して支援を行う必要があります。

(2)世界の芸術家等が集う環境づくり

我が国の芸術文化水準の向上を図るためには,世界の優れた芸術家や芸術文化団体と交流し,刺激を受け,国際的評価の中で 切磋琢磨(せっさたくま)していくことが極めて重要です。このため,世界的な芸術家や芸術文化団体の参加を得て,我が国において国際的な芸術フェスティバルを開催することや,海外で行われる世界的なフェスティバルへの参加,海外との共同制作などを積極的に支援する必要があります。

(3)世界に通じる芸術家の育成

国際的に活躍する芸術家が登場することは,人々に夢と希望を与えます。世界に通じる芸術家の育成を図るため,若手の芸術家等の国内研修や海外留学を充実することや,世界的な芸術家等による指導の機会を設ける必要があります。あわせて,国内において優秀な指導者を育てることも重要です。
また,実力がありながら発表の機会に恵まれない若手の芸術家に対して,公立文化会館などにおいて発表の機会を数多く提供していくことも必要です。
さらに,優れた芸術家は,本人の才能とともに,才能を発揮させる優れた環境によって育ちます。音楽や舞踊など,早い段階からの教育や訓練が求められる分野においては,優れた才能を発掘し,能力を引き出すため,教育機関の整備や教育上の特別の配慮などを含めて,教育システムの検討が求められます。

4.文化遺産を保存し,積極的に活用する

(1)文化財の積極的な公開・活用の促進

文化財は,我が国の歴史における様々な時代背景の中で,人間生活とのかかわりにおいて生み出され,現在まで守り伝えられてきた国民の財産です。また,我が国の歴史,文化等を正しく理解するために欠くことのできないものであり,将来の文化の向上・発展の基礎を成すものです。多様な文化財をその特性に応じて適切に保存し,次世代に継承するとともに,その積極的な公開・活用を図っていくことは極めて重要です。
とりわけ,現在の人々が文化財への理解と愛情を深め,関心を持つようにするため,保存とのバランスに配慮しながら,文化財の性質に応じた多様な公開・活用を積極的に進めることが必要です。
そのためには,公開に当たって,必要な解説を加えるなどの配慮をきめ細かく行うとともに,国においては,地方公共団体等の先進的な取組の紹介や優れた取組の顕彰や,望ましい公開・活用の在り方を示すためのパイロット事業などを行うことが必要です。
また,文化財の公開・活用を行う手段としてバーチャル・リアリティー(コンピュータなどで人工的に作られる仮想環境の中に自分がいるような疑似的体験が得られる技術)を用いたり,文化財に関する情報をデジタル・アーカイブ化し,インターネット等を用いて人々の利用に供するなど,情報通信技術(IT)や様々な映像等を積極的に活用した,多様な手法による公開・活用の工夫が求められます。

(2)総合的な視野に立った文化遺産の保存・活用

今日,有形・無形を問わず,歴史的な価値を有する文化的な所産を,広い意味での文化遺産として保存・活用する必要性が高まっています。例えば,文化財の周辺等を含めた総合的な環境や,棚田・里山のような文化的景観,近代工業製品,研究の成果物等の産業的又は学術的な遺産・資料や近代の生活用具等の民俗文化財への対応などが,新たな課題となっています。
これらについては,文化財保護法の改正や運用の工夫に加え,文化財保護法とは異なる新たな枠組みなども視野に入れた総合的な検討が必要です。

(3)人々の主体的な参加による文化遺産の保存・活用

文化遺産の保存・活用を推進するに当たっては,人々が主体的に文化財の保存・活用の活動に積極的に参加できる環境を作ることが重要です。このため,地域において生涯を通じて文化遺産に親しむ機会を提供したり,全国キャンペーンやシンポジウムなど,人々の文化遺産への理解と愛情を深めるための取組を推進することが必要です。
また,文化遺産を支える NPO, NGO 等の活動を活性化し,人々の参加を促していくことも大切であり,こうした活動に対する支援についての検討が求められます。

5.日本文化を総合的・計画的に世界へ発信する

(1)国際文化交流マスタープランの策定

我が国の国際文化交流はこれまで少数の労力による文化の発信に頼り過ぎていたため,分野的な偏りがあったり,継続性に欠ける嫌いがあったりしました。その結果,ややもすれば諸外国においては,日本文化の部分的かつ表層的な理解にとどまり,その魅力が十分に伝わってきたとは言えません。
このため,関係省庁間のみならず,官民の連携・協力の下,伝統文化から現代文化に至るまで,我が国の文化を総合的かつ計画的に発信していく必要があります。国においては,国全体として国際文化交流を進める上での基本的な方針や具体的な方策等についての国際文化交流マスタープランを策定し,積極的な施策の展開を図っていくことが必要です。その際,既に海外でも知名度の高い伝統芸能に限らず,現代の若者文化などの新しい文化にも配慮し,多角的に日本文化を紹介していくことが求められます。
また,海外からの多様な要請を踏まえながら,様々な国際交流事業を機動的に推進していく必要があります。このため,事業の選定方法についての工夫などが求められます。
さらに,政府開発援助(ODA)の見直しに当たっても,ソフト・ハード面のバランスに配慮しつつ,文化面での国際交流・国際貢献のために,一層の活用が求められます。

(2)芸術文化の国際交流の推進

我が国が世界の文化の創造に貢献するとともに,芸術創造活動の水準の向上に資するため,芸術家や芸術団体の相互交流,美術や映画分野における国際交流などを推進する必要があります。
また,地域において国内外の芸術家が一定期間滞在して創作活動等を行う取組など,地域レベルでの国際文化交流を活発化することが併せて求められます。

(3)文化財を通じた国際交流・国際協力の推進

文化財は,一国だけのものではなく,人類共通の財産として守り,伝えていくべきものです。
世界的な文化遺産の保存修復協力について,我が国はこれまでの経験や技術を生かしながら,積極的な役割を果たしていくことが求められており,専門家の派遣,研修生の受入れなどによる人材育成や共同研究などを,二国間または国連教育科学文化機関(ユネスコ)などの国際機関を通じて,より積極的に展開していくことが必要です。
また,日本古美術品の海外展等を通じて,我が国の文化財に関する情報発信に努めていくとともに,保存・活用の取組についても,海外に向けた積極的な情報発信を行っていくことが必要です。
文化財を通じた国際交流・国際協力に当たっては,国が中心となって大学,文化財研究所,美術館・博物館等の文化財に関する専門機関や,民間の活動,地方公共団体との連携を図りながら推進することが求められます。

(4)国際文化交流のためのネットワークの形成

文化の多様性を維持し,なおかつ,国境や民族を超えた普遍的な価値観を見いだしていくためには,文化に関する国際的な人的ネットワークの形成が重要です。このため,外国政府や国連教育科学文化機関(ユネスコ)などの国際機関のみならず,芸術家・芸術文化団体なども含めた国際的な相互交流や意見交換の場として,例えば世界経済フォーラム(ダボス会議)の文化版である国際文化フォーラムを日本において開催することも,一つの方策として考えられます。
また,国家間の持続的な文化交流を進めていく上においては,国立美術館・博物館,文化財研究所,国立劇場等を文化交流の国内の拠点と定め,相手国の対応機関との継続的な交流を進めていくことが重要であり,専門家の交流や各種事業の共同実施などに必要な措置を講じる必要があります。その際,それらの拠点と公立または民間の機関が連携協力することによって面的な広がりと重層的な厚みを持った事業を展開していくことも大切であり,この点も踏まえて,これらの拠点の機能を強化することが求められます。

(5)外国人に対する日本語教育の推進

国際社会において日本や日本文化に対する理解を促進するため,日本語の国際的な広がりは重要です。このため,関係機関が連携を図りながら,インターネット等の情報通信技術(IT)の活用などにより,国内外における日本語教育を積極的に支援することが必要です。
また,我が国の優れた科学技術や映像文化への欲求の高まりの中で,海外における日本語学習者が増加しています。日本語教育がより効果的に実施できるように日本語教師の養成・研修を進め,学習需要に応じて機動的に派遣する方策を,関係機関が連携しながら充実していくことも必要です。
さらに,国内に居住する外国人に対して,日本文化の理解や日常生活でのコミュニケーションに必要とされる日本語能力を習得できるよう,国,地方公共団体,日本語教育機関,日本語教育の専門家,地域住民などが総合的に連携協力してきめ細かな学習支援体制を確立することが求められます。
同時に,海外の図書館や資料センターにおける日本語の図書や資料の充実を図ることや,優れた我が国の文学作品等を各国語に翻訳することは,日本語の普及に資するとともに,世界の文化を豊かにすることにつながるものであり,こうした取組を支援する必要があります。

おわりに

昨年秋の臨時国会において,「文化芸術振興基本法」が成立し,施行されました。今後の文化振興の礎となる法律が成立したことは,我が国にとって大変意義深いものです。文化振興に対する機運が,今,正に高まりつつあると言えるでしょう。
こうした好機をとらえ,政府において文化の振興に取り組む基盤が作られるとともに,社会全体で文化を大切にする環境を醸成していくことが重要です。
このため,国民,企業,民間団体,地方公共団体,国等におかれては,本答申に提言した事項について十分御理解いただき,積極的に取り組まれることを強く望みます。

なお,「文化芸術振興基本法」においては,政府として文化芸術の振興に関する施策を総合的に推進するための基本方針を策定し,これに基づき施策を展開していくこととされています。基本方針の策定に当たって,この答申の内容が十分生かされることを期待します。

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