平成11年4月8日
庁保建第149号
各都道府県教育委員会教育長あて,
文化庁文化財保護部長通知
重要文化財(建造物)の地震時における安全性の確保については,文化庁は,各都道府県教育委員会の協力をお願いしているところであります。
このたび,文化庁では,今後その一層の充実を図るため,所有者等が重要文化財(建造物)の耐震診断を行うに際して推奨される標準的な手順と方法,及び留意すべき事項を示した「重要文化財(建造物)耐震診断指針」を定めました。
本指針は,所有者等が自ら重要文化財(建造物)の耐震上の課題を把握し,また,必要に応じて専門家に依頼してさらに詳細な診断を行うための基本的な事項を示したものであり,具体的な診断項目及び診断方法については別途定める実施要領に示すものとします。
所有者等が,本指針に基づいて自主的に重要文化財(建造物)の耐震診断を行うことが望まれ,また,診断に際しては各都道府県教育委員会及び市(区)町村教育委員会の適切な指導助言が望まれます。
貴教育委員会におかれては,域内の市(区)町村教育委員会及び重要文化財(建造物)の所有者に対して周知していただくとともに御指導方よろしくお願いいたします。
重要文化財(建造物)耐震診断指針
(目的)
- 本指針は,「文化財建造物等の地震時における安全性確保について」(平成8年1月 17日 庁保建第41号 文化庁文化財保護部長通知)においてその必要性を述べている,所有者・管理責任者・管理団体(以下,「所有者等」という。)が重要文化財(建 造物)の地震被害の想定並びに対処方針の策定を行うに際して推奨される標準的な手順と方法,及び留意すべき事項を示すものであり,耐震診断に係る技術的細目については別途定める実施要領に示すものとする。
(診断対象)
- 重要文化財(建造物)の地震時の安全性を確保することは,文化財保護法(昭和25 年5月30日 法律第214号)第31条の規定に基づいて所有者等が管理義務を遂行するために必要な行為であり,所有者等は以下のいずれか一に該当するものを除くすべての重要文化財(建造物)について所有者等が自主的に耐震診断を実施することが望ましい。
- (1)延べ面積10平方メートル以内の建築物
- (2)その他の小規模な建造物(鳥居,石塔,塀等の小規模な工作物など)。 なお,建築基準法(昭和25年5月24日 法律第201号)の適用を受ける登録有形文化財(建造物)及び重要伝統的建造物群保存地区内の伝統的建造物についても,本指針の趣旨を尊重して地震時における安全性の確保に努めるものとする。
(適用範囲)
- 本指針で示す具体的な耐震診断の手法は,重要文化財(建造物)のうち純木造の建築物を対象とする。
対象建築物のうち特に大規模なもの及び特殊な構造を有するものなど本指針の摘用が困難な場合であっても,本指針の趣旨を尊重して当該建造物の構造特性に応じた手法により耐震診断を行うものとする。
なお,木造以外の構造からなる建築物(組積造,鉄骨造,コンクリート造等)及び土木構造物(橋梁,隧道,堰堤等)についても,本指針の趣旨を尊重して当該建造物の構造種別に応じた手法により耐震診断を行うものとする。
(診断方針)
- 本指針に示す耐震診断は,「所有者診断」,「基礎診断」,及び「専門診断」の3段階からなるものとする。「所有者診断」は所有者等が自ら実施に努めるものであり,所有者等はその後必要に応じて専門家に依頼して「基礎診断」及び「専門診断」を行うものとする。(表参照)
- (1)所有者診断は,重要文化財(建造物)の立地環境,構造特性,保存状況について,所有者等が自ら耐震上の課題を把握することを目的とするものであり,原則として所有者等が自ら実施するものとし,必要に応じて当該市町村(組合及び特別区を含む。以下同じ)教育委員会の協力を得るものとする。
- (2)基礎診断は,所有者診断の結果その必要性が認められた場合に,都道府県教育委員会の指導助言を得て,所有者等が適切な文化財建造物修理技術者,建築士その他の建築専門家に依頼して実施するものであり,主として外形的な観察により得られるデータや地質図等の既往の資料に基づいて,当該重要文化財(建造物)の構造物及び地盤の保有する耐震性能(以下,「保有耐震性能」という。)が,文化財的な価値の保存と活用時の安全性確保のために必要な耐震性能(以下,「必要耐震性能」という。)を満たしているかどうかを判定することを目的とする。
- (3)専門診断は,基礎診断の結果等に基づいてその必要性が認められた場合に,修理等の機会に得られる各部位の仕様等の詳細なデータに基づいて,当該文化財建造物の構造特性に応じた適切な手法による詳細な診断を行うことを目的とする。都道府県教育委員会の指導助言を得て,所有者等が適切な建築構造専門家に依頼して実施するものとし,必要に応じて建築歴史,地盤・地震工学,文化財建造物修理等の専門家によって構成される協議の場を設け,その協力を得て行うものとする。
(診断手順)
- 耐震診断は,以下の手順により実施する。
- (1)所有者診断
- ア 所有者等は,所有者診断を実施して別に定める所有者診断書を作成した場合には,当該診断書を都道府県教育委員会に提出して,指導助言を受けることができる。
- イ 都道府県教育委員会は,前掲アの指導助言を行う際には,事前に現地の状況を把握している市町村教育委員会及び文化財保護指導委員その他の建築専門家の意見を聴取するものとし,必要に応じて文化庁と協議する。
- (2)基礎診断
- ア 所有者等は,基礎診断を実施して別に定める基礎診断書を作成した場合には,当該診断書を都道府県教育委員会に提出して,指導助言を受けることができる。
- イ 都道府県教育委員会は,前掲アの指導助言を行う際は,事前に適切な建築構造専門家の意見を聴取するとともに,文化庁と協議するものとする。
- (3)専門診断
- ア 所有者等は,専門診断を実施して専門診断書を作成した場合には,当該診断書を都道府県教育委員会を通じて文化庁に提出して,指導助言を受けることができる。
- (1)所有者診断
(対処方針)
- 所有者等は,前掲5の診断結果に基づいて必要な改善措置についての対処方針を定めるものとし,都道府県教育委員会の指導助言を得ることができる。
- 都道府県教育委員会は,前掲6の指導助言を行う場合は必要に応じて文化庁と協議するものとする。
- 本指針で示す所有者診断の対象は,前掲3に示す木造建築物とする。 対象建築物のうち指針全体の適用が困難な建造物であっても,適用可能な評価事項・項目については所有者診断を行うことが望ましい。
(所有者診断)
- 所有者診断は,立地環境,構造特性,及び保存状況に係る事項について,簡単な方法 による採点を行って重要文化財(建造物)である木造建築物の耐震上の課題を把握する ものであり,具体的な診断項目及び診断方法については,別に定める「所有者診断実施要領」に示す。
- 前掲の調査に基づいて,以下の標準区分を参考にして判定して,所有者診断を確定する。
- (1) 重要文化財(建造物)が構造的に健全である。
- (2) 重要文化財(建造物)本来の構造的な健全性を回復するための措置(簡単な応急的補強を含む),または管理・活用方法の改善措置を行う必要がある。
- (3) 重要文化財(建造物)の根本的な修理(補強を含む)又は使用方法の見直しが必要となる可能性が高く,速やかに基礎診断を実施する必要がある。
(基礎診断)
- 基礎診断の対象とする重要文化財(建造物)は,所有者診断の結果,基礎診断が必要と判断されたものとする。
なお,不特定多数の利用に供し,安全性の確保が特に求められるもの,災害時における機能の継続性が特に求められるもの,その他,都道府県教育委員会が特に必要と認めた木造の建築物についても診断の対象とする。 - 基礎診断は,当該文化財建造物の保有耐震性能が必要耐震性能を満たしているかどうかを判定するものであり,具体的な診断項目及び診断方法については,別に定める「基礎診断実施要領」に示す。
- (1)破損状況については別途調査を実施して,き損や劣化した部位等については補修により復するものとし,建造物が本来の健全な状態であることを前提として診断する。
- (2)地盤・基礎については,必要に応じて別途調査を実施するものとする。
(保有耐震性能の確認)
- 基礎診断の保有耐震性能は,以下の方法により算出する。
- (1)適用範囲
文化財建造物の耐震性能が以下の1)~3)のいずれに該当するかを診断する。
- (1)大地震動時の機能維持及び中地震動時の損傷なし
- (2)大地震動時の非倒壊及び中地震動時の機能維持
- (3)大地震動時の倒壊危険性及び中地震動時の非倒壊
- (2)入力地震動
建築基準法施行令等に準じて,大地震動及び中地震動を想定する。 - (3)限界変形
- ア 非倒壊,機能維持,損傷なしのそれぞれに対応する限界変形は,建築物の構造特性に応じて定める。
- イ 非倒壊の診断に用いる限界変形は,繰返し加力の影響を考慮した各層各階の荷重変形曲線上において,鉛直荷重支持能力を失わない限界の変形とする。
- ウ 機能維持の診断に用いる限界変形は,仕上げ材の落下や建具の開閉障害等により建築物の使用に著しい支障が生じない限界の変形とする。
- エ 損傷なしの診断に用いる限界変形は,各層各階の荷重変形曲線上において,概ね直線域(弾性域)と見なせる限界の変形とする。
- (4)応答予測
- ア 地震時の最大応答変位の予測値は,建築物の各部の質量,積載荷重,積雪荷重,及び耐震要素の荷重変形関係によって求められる層の荷重変形関係に基づき,適当な方法を用いて算出する。
- イ 最大応答変位の予測値の算出に当たっては,水平構面の剛性,質量や耐震要素の平面的偏在,層の剛性耐力の不均一等の影響を適切に勘案することとする。
- (5)建築物の各部の質量
- ア 原則として積算により,各階の質量を算出する。
- イ ねじれや水平構面の変形を考慮した計算を行う場合には,モデル化に必要な各部の質量を算出する。
- (6)積載荷重及び積雪荷重
建築基準法施行令等を参考に,実情に応じた床の積載荷重,屋根等の積雪荷重を算出する。 - (7)耐震要素
主要な耐震要素として,柱,梁,貫,壁等の効果を考慮する。
なお,腐朽,虫害,材の狂い,継手・仕口の緩み,不同沈下等,耐久性に係る項目に基づく耐力の低下は,ここでは考慮せず,健全な状態にあるものとして求める。 - (8)判定
最大応答変位の予測値が,限界変形を越えないことにより,以下の方法に基づいて設定した必要耐震性能の有無を確認する。
- ア 必要耐震性能は,文化財的価値の維持と,活用時の安全性確保の観点に基づいて設定するものとする。
- イ 所有者等は,必要耐震性能の設定に際しては,都道府県教育委員会の指導助言を得るとともに,前掲4(2)の建築専門家の意見を聴取するものとする。
- ウ 必要耐震性能は,大地震動時及び中地震動時に許容される被災程度により,以下に区分する。
- (1)「機能維持水準」:大地震動時に機能が維持でき,中地震動時に損傷がない。
- (2)「安全確保水準」:大地震動時に倒壊せず,中地震動時に機能が維持できる。
- (3)「復旧可能水準」:大地震動時に倒壊の危険性があるが文化財として復旧でき,中地震動時に倒壊しない。
- (1)適用範囲
(専門診断)
- 専門診断の対象とする木造建築物は,基礎診断の結果,専門診断の必要があると認められたものとする。
なお,学校,劇場,集会場,その他の不特定多数の利用に供する大規模なもの,文化庁が特に必要と認めた木造の建築物についても診断の対象とする。
また,木造以外の建築物であっても,延べ面積10平方メートルを越えるものは,原則として専門診断の対象とするものとする。 - 専門診断は,基礎診断に準拠した方法または当該文化財建造物の構造特性に応じた適切な手法により,保有耐震性能の詳細な診断と対処方針の策定を行うものとし,以下に留意する。
- (1)当該建造物の文化財的価値と本来の構造形式,材料,技術について十分理解する。
- (2)敷地地盤で想定される地震力を想定する。
- ア 公的機関が発行する地質図等の資料を入手し,必要に応じて地中レーダーやボーリング等による調査を実施する。
- イ 地盤性状の確認に際しては,局所的な性状にも留意する。
- ウ 過去の災害歴や,土地利用歴について歴史資料や聞き取りによる調査を行う。
- (3)当該建造物の不同沈下,軸組の変形,材料の亀裂,継手仕口の緩みなどの損傷状況とその経年変化についての詳細な観察を行う。
- (4)伝統的構法・仕様からなる各部位の保有する耐震要素としての働きを,可能な限り正確に把握する。
- ア 非破壊調査による判断が困難で,外装の一部をはがしたりコア抜き等の調査が不可欠な場合は,調査方法及び調査箇所について事前に都道府県教育委員会と協議する。
- イ 必要に応じて試供体による材料試験・構造実験を実施する。
- (5)前掲の調査に基づいて,損傷に係る構造的要因の解明と,構造物の耐震性能についての評価を行う。
- (6)診断のために実施した各種の詳細調査についての記録を作成し,技術情報の公開に努める。
(耐震性能の向上措置)
- 耐震診断の結果に基づいて耐震性能の向上措置を行う場合は以下に留意する。
- (1)重要文化財としての文化財的な価値を損なわないように,本来の材料,工法・仕様,意匠を尊重する。
- (2)維持管理の充実を図り,適切な修理を行うなど建築物が本来有する性能を最大限に発揮させる。
- (3)耐久性に係る原因により必要な耐震性能が阻害されていると判断される場合には,補修等の実施に努める。
- (4)管理及び活用方法の見直しによる改善が可能な措置についても併せて検討する。
- (5)補強等の対策によって文化財的価値を損なう恐れがある場合は,活用内容等を見直して代替的措置を併せて検討する。
- ア 本来の建設意図を越えて構造的耐力の著しい増強を要する用途への転用を避ける。
- イ 活用内容の見直しや危険性の明示,避難経路の確保などの代替的措置も併せて検討する。
- (6)建築物の構造的な健全性の回復及び簡易な補強のために必要な応急措置について検討する。
- (7)本来の性能を越えて耐震性能の向上を要する場合は,利用状況の判断と,現状での耐震性能の適切な評価に基づいて,必要耐震性能の設定を行い,これに適合するように耐震要素の量とバランスの確保,荷重の低減,部材,接合部の補強等の根本的な対策を検討する。
- ア 建築構造,文化財建造物修理,建築歴史等の専門家の参画による多面的な検討を経た上で総合的に判断する。
- イ 建築物の構造,意匠,用途や周囲の環境など様々な側面から総合的に検討した上で,必要な措置を定める。
- ウ 間仕切りの変更,構造躯体の変更など現状の大規模な変更を伴う措置,外観及び内部の意匠に大きな影響を及ぼす措置を必要とする場合は,専門診断を実施した上で判断するものとする。
- (8)補強案検討の経緯に係る記録を作成し,公開に努める。