美術・歴史資料分科会関係

平成8年7月8日
近代の文化遺産の保存・活用
に関する調査研究協力者会議

 近代の文化遺産の保存・活用に関する調査研究協力者会議は,近年における社会経済情勢の変化に伴い大きな課題となっている近代の文化遺産の適切な保護を図るため,その保存と活用の在り方について調査研究を行うことを目的に,平成6年9月1日に設置され,記念物,建造物,美術・歴史資料及び生活文化・技術の4分科会を置き,調査研究を進め,記念物分科会,建造物分科会関係については既に報告を行っている。
 このたび,美術・歴史資料分科会における12回の検討を踏まえ,調査研究結果を取りまとめたので,ここに報告する。

1 近代の文化遺産(美術・歴史資料)の保護の必要性

 近代の我が国は,大きな政治的,社会的変革を経験し,それに伴い社会の仕組みも変化し,複雑化した。さらには海外との交流も盛んになった。ことに科学技術の発達と工業化の進展は,新しい製品を生み出すとともに,様々な情報や製品を大量かつ迅速に提供するようになり,社会の活動全般に大きな影響力を持つようになっている。このような近代における人々の諸活動の結果生み出された種々の製品や資料等は,広範な分野にわたって膨大な量となっている。
 しかし,これら近代の文化遺産(美術・歴史資料)(以下「近代の歴史資料等」という。)のうち,今日,保護への取組みがなされているものはそのごく一部であり,その多くは社会変動や生活様式の変化,技術革新,経済の効率化等によって,散逸や滅失の危機に当面している。その中には,我が国の歴史と文化への理解を深める上で重要な遺産となるべきものが多数含まれており,これらを適切に保存し後世に伝えていくことが必要である。

2 近代の歴史資料等の検討の視点

  1. 対象とする時期の範囲
     近代の歴史資料等の対象とする時期は,概ねペリー来航以後の西洋の近代技術や制度等の受容が始まる開国の時期から,政治制度や社会制度に著しい変動が始まる第二次世界大戦終結時までとする。
    なお,現代につながる科学技術・産業技術等は,昭和30年代初頭までにその基礎を持つものが多く,これらに関する歴史資料等については,未だ文化遺産としての認識が一般化していないことにより,滅失の危険が大きいこと等に鑑み,高度経済成長が始まる時期までについても考慮する必要がある。
  2. 対象とすべき歴史資料の分野
     従来,歴史資料の指定基準では,政治,経済,社会,文化,人物の5分野に大別してきたが,近代においては,科学技術の発達と工業化の進展による製品や資料等が社会全般に流通し,残されている。このため,これまでの5分野に加え,科学技術を一分野として設定するのが適当である。各分野の対象領域を小分類として例示すると下記のとおりである。
     なお,従来の分野の中には,新しい要素(例えば,芸術の領域における写真,映画,デザイン等)が現れ,領域の拡大があることに留意すべきである。
    • 政治(立法,行政,司法,外交,軍事,その他)
    • 経済 (土地制度,金融,農林業,水産業,鉱業,建設業,工業,商業,交通,通信,その他)
    • 社会 (社会生活,社会福祉,社会運動,宗教,災害,戦災,その他)
    • 文化 (教育,学術,出版,芸術,スポーツ,その他)
    • 科学技術 (自然科学,工学,技術,その他)
    • 人物 (上記各分野,その他の分野に関する人物で,外国人を含む)
  3. 近代の歴史資料等の特質
      近代の歴史資料等には,従来のような形態,手法,生産手段によるもののほか,科学技術の発達,工業化の進展,新しい芸術領域の出現等により,次のような特質が見られる。
    •  工業技術による多数の機械,器具類や設備等が大きな比重を占めること。
    •  大量に製造された工業製品が現れること。
    •  産業デザインに基づく製品が現れること。
    •  新聞,雑誌等の文字情報資料が大量に製作され,流通すること。
    •  写真,映画フィルム,ポスター,レコード等の視聴覚メディアに関する資料が現れること。
    •  様々な分野にわたる製品や資料が輸入されること。

3 近代の歴史資料等の保護に当たっての考え方

 近代の歴史資料等は形状,構造,材質等の特質が多様であり,大量生産された製品も少なくない。同時に,人々の活動領域も拡大しているため,残存している歴史資料等は広範囲に及んでいる。このような特性を有する歴史資料等を幅広く保護するためには,現行の指定基準を見直すとともに,弾力的に保存・活用が図れるような新たな保護の制度の導入を検討すべきである。また,保護対象の選択についても継続的な検討を進める必要がある。
 さらに,近代に特有な歴史資料等の保護を促進するため,以下のような点を考慮すべきである。

  1. 工場等の設備や大型の機械類で,その全体を保存することが困難である場合は,一部分であっても保護の対象とする。また,機械・器具類は,使用の過程での改造や修理により製造当初の構造が変わり,部品等が替えられる場合が多いが,必ずしもその文化遺産としての価値を減ずる要素とはならないので,保護の対象として把握する。
  2. 科学技術や産業関係の歴史資料等のうち,現在は安定的な評価を得ていないものについても,散逸や滅失の危険がある場合は,施設に保管するなど,可能な限り緊急的な保護の措置を図る。
  3. 大量に生産され流通した製品や出版物などは,選択の幅を広げ,広範かつ柔軟な保護を図る。
  4. 製品の機能や情報の伝達と結びついたデザインは,新たな美術的領域であり,その系統的な保護を図る。
  5. 集積された歴史資料等は,可能なかぎり資料全体としての保護を図る。
  6. 特定の人物・団体や事象に関する歴史資料等のうち,各所に分散保管されているものは,資料全体としての意義を考慮し保護を図ることが望ましい。

4 今後の課題

 近代の歴史資料等については,なお文化遺産としての認識が定着しているとはいえず,保護の前提となる全国的な所在状況も十分に把握されていない。また,その保存・活用については,一部にその取り組みが図られているものの,さらに積極的に進めることが必要であり,特に科学技術や産業,デザイン等に関する歴史資料等の保存・活用は急務である。このような状況を考慮し,今後,近代の歴史資料等の調査・保存・活用を推進するためには,以下のような点に留意すべきである。
 なお,その際,所有者のプライバシーに配慮し,十分理解を得た上で行うことが必要であり,記念物,建造物,生活文化に関わる物品と関連するものの保護については,関係する各分野との密接な調整を行うことが必要である。

  1. 調査
    • 歴史資料等の実態について十分に把握するため,地方公共団体をはじめ関係分野の研究機関,学会,研究者等と連携して,早急に全国にわたる調査を行う。
    • 上記の調査成果についてデータベース化を行い,今後の保護のための基礎資料とするとともに,広く公開を図る。
  2. 保存・活用
    • 新しい素材や機能をもつ歴史資料等について,その特質に応じた保存修理技術の研究開発を促進する。また,形状,規模等の多様な歴史資料の公開・展示に関する手法の開発を図る。
    • 機械類のように,現在なお用いられているものについては,その機能の維持に対する配慮が必要であるので,その現状変更や修理に際して柔軟に対応する。
    • 科学技術や産業に関する歴史資料等の保存と活用については,企業博物館や大学博物館等の果たす役割が大きいので,関係する国又は地方公共団体の諸機関が協力して,その活動の奨励と育成を積極的に図ることが必要である。また,将来的には,この分野に関する新たな構想の博物館の建設についての検討が期待される。
    • 個人や企業等が所蔵している歴史資料等の保存と活用については,博物館・美術館・資料館・文書館等,公共的機関の役割が大きいので,その協力を十分得るため,これらの機関の機能の拡大,充実を図る必要がある。また,歴史資料等に関する所在情報のネットワーク化に努めるとともに,これら機関における保存・活用の連携協力を促進する。
    • 歴史的文化遺産としての近代の歴史資料等の意義や保存の必要性について,普及啓発活動を充実する。

担当

文化庁文化財第一課

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