記念物分科会関係

平成7年1月20日
近代の文化遺産の保存・活用
に関する調査研究協力者会議

 近代の文化遺産の保存・活用に関する調査研究協力者会議は,近年における社会経済情勢の変化に伴い大きな課題となっている近代の文化遺産の適切な保護を図るため,その保存と活用の在り方について調査研究を行うことを目的に,平成6年9月1日に設置され,記念物,建造物,美術・歴史資料及び生活文化・技術の4分科会を置き,調査研究を進めてきている。このたび,記念物分科会における4回の検討を踏まえ,近代の遺跡の保護に関する調査研究結果を取りまとめたので,ここに報告する。

1 近代の遺跡の保護の在り方に関する検討の視点

  1. 近代の建造物の保護の必要性
     国は,遺跡のうち,学術的な調査研究により歴史的な評価が確定した重要なものから史跡に指定しているが,現在のところ,近代の遺跡については,明治中頃以降のものは指定していない状況にある。
     しかしながら,近代の遺跡の中には,既に相当の年数を経て,その歴史的な重要性についての認識がある程度定まっているものも多い。また,近代の遺跡の所在地は現代の生活が営まれている場所と重なっている場合が多いことなどから,土地利用の改変や都市の再開発等に伴い,損壊されるものも少なくない。このため,我が国の近代の歴史を理解する上で欠くことのできない重要な遺跡の適切な保護が急務となっている。
  2. 近代の遺跡の特質と検討の視点
     近代の遺跡は,それ以前の遺跡に比して,
    • ア 多様で,多数かつ大規模な遺跡が存在すること,
    • イ 歴史事象の意義について対立する多様な見解が存在したり,遺跡の保護について国民的合意が得られにくいものもあること,
    • ウ 現在も本来の用途に使用されたり,用途変更により再利用されているものが多く,将来においても継続的に使用されるものが多いこと,
    • エ 現在も機能を失わず使用されていること等のため,現状の恒久的な保存が社会的・技術的に著しく困難なものもあること,
     等の種々の特質を有していると考えられる。
     このため,近代の遺跡の保護を推進するに当たっては,史跡指定の対象とすべき遺跡の時期,対象とすべき遺跡の分野,対象とすべき遺跡の選択に当たっての基準・考慮要件など,近代の遺跡の特質を踏まえた史跡指定の在り方について検討する必要がある。

2 近代の遺跡の保護の指針等

  1. 対象とすべき時期
     史跡指定の対象とする遺跡については,その遺跡に関する歴史事象の重要性及び保護の必要性が十分に認識されている必要があり,通常,これらの認識が広く一般に定着するには,一定の時間の経過が必要であると考えられる。 このような観点から,史跡指定の対象とすべき近代の遺跡の時期について検討すると,当面,第二次世界大戦終結頃までとするのが適当と考えられる。ただし,産業・科学技術等,改変の速度が速い分野のもので,保存の緊急性が高いものについては,別途考慮する。
  2. 対象とすべき遺跡
    • (1)分野
       政治,経済,文化,社会等あらゆる分野における重要な歴史的遺跡を選択することが適当と考えられる。分野別に例示すると次のとおり。
       ○ 政治(立法,行政,司法,外交,軍事,政治運動等)
       ○ 経済(諸産業,金融,土木・建築,交通,通信等)
       ○ 文化(学術,芸術,教育,宗教,情報伝達等)
       ○ 社会(生活様式,都市計画,保健・衛生,福祉,社会運動等)
    • (2)選択の基準
       現行の指定基準(特別史跡名勝天然記念物及び史跡名勝天然記念物指定基準[昭和26年5月10日文化財保護委員会告示第2号])では,「我が国の歴史の理解のために欠くことができず,学術上価値あるもの」を史跡に指定することとしている。これは,史跡指定の目的とその対象の意義付けの点において,特に時代を限定したものではなく,先史以来のいずれの遺跡についても適用されるべき基準である。
       このため,近代の遺跡についても,この基準によることが適当であり,この基準の具体化として,次の2点を充たす必要がある。
      • ア 我が国の近代史を理解する上で欠くことのできない遺跡であって,国として保護する必要のあるものであること。
      • イ 遺跡が歴史上の重要性をよく示しており,学術上価値の高いものであること。
    • (3)選択の際の考慮要件
       上記1の選択の基準に則り選択を行う際の考慮要件を列挙すると,以下のとおりである。
      • ア 歴史事象とそれを表象する遺跡とが直接に又は密接に関係していること。
      • イ 同種の遺跡が複数ある場合には,全国的見地から注目すべきものであること。
         また,その場合,当該歴史事象に関係する資料等の保存状況についても,勘案するものとする。
      • ウ 当該遺跡が歴史的に重要で保護を要するものであるという点について相当の評価が定まっており,国民的理解が得られやすいものであること。
      • エ 宗教に関する遺跡については,特定の関係者・団体を顕彰するなど,これらに特別の利害を生ずる結果となるおそれがあることにかんがみ,慎重に取り扱うものとする。
      • オ 個人に関する遺跡については,当該個人を顕彰するなど,関係者に特別の利害を生ずる結果となるおそれがあることにかんがみ,慎重に取り扱うものとする。
  3. 保存と活用の在り方
     近代の遺跡の中には現在も機能を失わないで使用されているものもあり,遺跡の保存と活用について多様で柔軟な手法を考える必要がある。
     特に,史跡指定された遺跡の現状変更規制,修理,活用等については,個々の遺跡の状況に応じた柔軟な対応が必要であり,また,史跡指定に当たっては,当該遺跡の指定後の保護・管理について,所有者,関係地方公共団体,文化庁等の間で事前に十分な意見調整を行い,当該遺跡の「保存管理方針」を合意しておく必要がある。
     なお,近代に係る埋蔵文化財の発掘調査については,当面,特に必要と考えられる場合に行うものとする。
  4. 今後の課題
     近代の遺跡の遺存状況については,現段階では,文化庁,地方公共団体いずれにおいても十分には把握していない。このため,今後,近代の遺跡の保護を推進するに当たっては,近代の遺跡の遺存状況についての全国的調査を実施する必要がある。
     また,国による史跡指定と並行して,地方公共団体による積極的な保護措置の推進を図る必要がある。
     さらに,史跡に指定する遺跡と関係する資料については,併せて保存の措置を講じ,総合的な保護を図る必要がある。

担当

文化庁文化財第二課

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