Ⅰ. 文化財保護協力の必要性

1 文化財保護協力の意義

 文化財保護に関する国際協力(「文化財保護協力」)は,外国の文化財の保存修復・整備活用などの文化財保護活動に対して行う協力である。
 文化財は,様々な人々と諸民族の国々とが交渉し合って形成された世界の長い歴史の中で生まれ,今日に伝えられてきた人類の貴重な財産である。それは,世界の国々の歴史や文化的伝統の理解に欠くことができないものであると同時に,世界の国々の文化の発展の基礎なすものである。したがって,世界の国々が自国の文化財の保護を図ることは,自らの文化的な基盤を維持し,これを発展させる上で重要であるばかりでなく,世界の文化の多様な発展にも寄与することになる。この意味で文化財保護協力は国際協力の重要な分野として位置づけることができる。

2 我が国の協力が求められる背景

  • (1) アジア太平洋地域諸国は,近年,自国の文化財の保護に積極的に取り組むようになっている。しかし,実際には,多くの国々において,文化財保護行政全般にわたる企画立案や個々の文化財の保護修復に当たる人材の不足,文化財保護行政に関する法律の制度の不備,必要な財源の不足などの理由により,滅失・破損や観光利用のための拙速な修理・復元などの危険に直面している文化財が少なくないとの指摘がある。
  • (2) 一方,我が国は,高度経済成長と固有の伝統文化の保護を両立させてきた国であることが広く認められている。文化財保護制度も整備されており,文化財保護に関する研究,保存修復技術の水準の高さは国際的に評価されている。そのため,太平洋地域の多くの国々は,文化財保護分野での我が国の一層の協力を期待している。
  • (3) 我が国は平成4年に「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(「世界遺産条約」)を締結し,ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産保護活動に協力するとともに,平成10年の世界遺産委員会を議長国として京都で開催することとしている。さらに,橋本内閣総理大臣は平成9年1月14日のシンガポール訪問時の政策演説で,今後,日・ASEANが共同で取り組みを強化していく柱の一つとして,日・ASEAN間の国民の相互理解を一層深め,文化面での多彩な協力関係を樹ち立てることを提唱し,その一環として,同地域の文化遺産の保存修復に積極的に協力する旨表明するなど,アジア太平洋地域における文化財保護協力の推進は,今日ますます重要視されているところである。

3 我が国の文化財保護協力の現状

 我が国においては,文化庁,文部省・日本ユネスコ国内委員会,外務省,国際交流基金,国際協力事業団,大学,地方公共団体,民間団体(NGO)がアジア太平洋地域諸国の文化財の保護に関して各種の協力事業を行っているが,具体的には,以下のようなものがある。

  • (1) 文化庁
     東京・奈良の国立文化財研究所が中心となり,国際共同研究や専門家の派遣による技術協力,招へい研修,国際研究集会の開催などの事業を実施している。
     具体的には,中国・敦煌遺跡,カンボジア・アンコール遺跡などの保存修復に関する共同研究,政府間機関である文化財保存修復研究国際センター(イクロム)との共催による紙を素材とする文化財の修復研修,アジア地域の文化財専門家の意見の交換を目的とするアジア文化財保存セミナーなどを実施している。また,平成6年11月には,国際会議「世界文化遺産奈良コンファレンス」を奈良市で開催し,議論の成果として「オーセンティシティに関する奈良ドキュメント」が採択された。
     さらに,増大する各国からの協力要請に対応し,文化財の保存修復に関する国際的な研究交流・保存修復事業への協力,専門家の養成,情報の収集・活用を行うための組織として,平成7年4月に東京国立文化財研究所に国際文化財保存修復協力センターを設置し,逐次その充実を図っているところである。
  • (2) 文部省・日本ユネスコ国内委員会
     ユネスコにおける文化財保護に関する事業について連絡調整を行うとともに,財団法人 ユネスコ・アジア文化センター等の事業に対して助成を行っている。
     また,科学研究費補助金「国際学術研究」,「在外研究員制度」等を活用して我が国の研究者による諸外国の文化財の調査・研究が推進されている。
  • (3) 外務省
     ユネスコに設置した文化遺産保存日本信託基金及び無形文化財保存振興信託基金への拠出を通じ,アジア地域の遺跡の保存修復事業や無形文化財保護事業を支援している。具体的には,カンボジア・アンコール遺跡や中国・大明宮含元殿の保存修復事業,ヴィエトナムの無形文化財保存に関する専門家会合,アジアの漆技術保存に関するワークショップなどが実施されている。
     また,二国間協力として,文化財の保存活用に必要とされる資機材供与などの文化無償協力を行っている。
  • (4) 国際交流基金・国際協力事業団
     国際交流基金は,我が国の文化遺産保存専門家の派遣や海外の文化財保存・修復専門家の招へい,アジア各国の有形・無形文化遺産の保存,記録,公開に対する支援を行っている。
     また,国際協力事業団(JICA)は,アジア太平洋地域からの研修員を受入れ,文化財修復整備に関する研修を実施している。
  • (5) 大学
     大学は,教育研究活動の一環として,または他の機関からの要請に応じて教員を派遣し,海外において文化財の保護に関する共同研究や文化財保存修復事業に対する技術支導を実施しているほか,国内において文化財保護に関する基礎的な研究や,留学生・研修生の受入れを行っている。
     また,協力人材の養成機関としても重要な役割を担っている。
  • (6) 地方公共団体
     地方公共団体は,近年国際協力に積極的に取り組むようになっているが,文化財保護協力の分野においては,文化庁・自治省・財団法人 自治体国際化協会の支援による諸外国の文化財保護行政担当者,博物館・美術館の専門職員の受入れ協力などが行われている。
  • (7) 民間団体
     我が国の民間団体(NGO)は多種多様な文化財保護協力を行っている。具体例としては,社団法人 日本ユネスコ協会連盟が行う世界遺産に関する広報活動,財団法人 ユネスコ・アジア文化センターが行う文化遺産保護に関するアジア・太平洋地域セミナーの開催や無形文化遺産記録巡回講師団の派遣,財団法人 文化財保護振興財団が行う海外の文化財の保存修復や研究活動に対する助成や海外の文化財に対する緊急支援を行う「文化財赤十字活動」の普及啓発活動などがある。

4 我が国にとっての意義

 一国の文化は近隣の諸国との直接的・間接的なつながりの中で生まれ,培われるものである。我が国が,アジア太平洋地域諸国をはじめとする諸外国からの文化財保護協力の要請に応え,協力を推進することは,我が国の文化財保護に関する考え方や文化財の保存修復・整備活用に関する技術と経験を海外に向けて発信することとなる。このことは,国際的な文化財保護の推進に寄与するという国際貢献の観点から重要であるのみならず,諸外国との文化財保護に関する考え方や伝統的な技術・経験の相互交流を通じ,我が国の文化財保護の水準向上や幅広い相互理解の促進等に寄与することが期待される。

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