第Ⅰ 各部門の指定の現状と課題

 絵画,彫刻,工芸品,書跡・典籍の各部門の指定は,明治30(1897)年から実施され,戦後,考古資料,古文書,歴史資料の3部門が設置され,指定対象分野が拡大し現在に至っている。
 したがって,各部門によって現状と課題についても一様ではなく,各部門による特性も指摘されるところである。
 また,近代の文化財についての保存・活用推進など,時代の趨勢に伴う指定の方向性も視野に入れたさらなる対応が求められるところでもある。
 このような経緯を踏まえ,各部門の現状認識をまとめるとともに,今後の課題に関し,当面の具体的な対応策について以下のように考える必要がある。

絵画

  1. 現状
     絵画部門では,古代から近代に至る各時代の美術的に優れた作品,あるいは各時代を特徴付けている絵画各分野における代表的な遺品が指定されてきている。
     平成11年8月1日現在,絵画の指定件数は1,903件であり,このうち154件が国宝に指定されている。その中には,歴史的に見て我が国の文化にとって意義を持つと認められる中国画や朝鮮画も含まれている。
     日本絵画の指定内訳を見ると,鎌倉時代以前の遺品が半数を超えている。このうち平安時代までの遺品についてはかなり指定が進んできているが,鎌倉時代の絵画については,前代からの仏教絵画・やまと絵・肖像画のみでなく水墨画のような新たな分野においても,指定すべき遺品が少なからず存在している。
     南北朝時代以降は分野がさらに多様化し,様々な画派・画家が輩出している。代表的な画派あるいは画家の遺品については順次指定が進んでいるが,近世については中央諸流派及び特色ある地方画壇の代表的画家,特定の画派に属さない個性的な画家たち,特に非職業的ではあるが見るべき貢献をなした画家等の作品の指定が遅れている。これには桃山時代と近世後期に盛んに描かれた洋風画,江戸時代の町人文化を代表する浮世絵なども含まれる。
     渡来画については伝世品を中心に,中国の元代までは順調に進んでいるが,明代以降の作品の指定は少ない。
     近代画については,美術史上における貢献についてその評価がほぼ固まってきている日本画家・洋画家の遺品について調査するとともに指定を進めつつある。
  2. 課題
    1の現状を踏まえ,以下の課題に取り組む必要がある。
    • イ 鎌倉時代以降の仏画,特に建造物に付属した壁画・柱絵類や垂迹画(すいじゅくが)等については,指定を充実する必要がある。
    • ロ 肖像画の指定を充実する必要がある。
    • ハ 近世絵画,特に洋風画・肉筆浮世絵の指定を促進する必要がある。
    • ニ 明清画の指定を充実する必要がある。
    • ホ 近代絵画の指定を促進する必要がある。
    • ヘ 版画については,その保護の方策を検討する必要がある。

彫刻

  1. 現状
     平成11年8月1日現在,彫刻の指定件数は2,564件であり,このうち122件が国宝に指定されている。彫刻として総称されるものはかなり多岐にわたるが,これを,種別,素材・技法,時代,地域に分けて見ると,次のような特徴がある。
     まず種別では,仏像が圧倒的に多く,指定品の約85%に及び,次いで肖像,神像・垂迹神(すいじゃくしん),仮面・獅子頭,狛犬・動物彫刻等が続く。素材・技法から見ると,木造が指定品のほとんどを占めており,金属造,乾漆造,塑造,石造の順でこれに次ぐ。時代で分けると,飛鳥時代から鎌倉時代の指定品が大部分であり,室町時代以降,特に桃山・江戸時代及び近代は少数である。
     また地域別では,近畿地方が最も多い。都道府県別で見ると,近畿各府県が群を抜いて多く,北海道や沖縄県は少ないが,それ以外の都県の指定件数はほぼ並んでいる。
     地域調査の進展や修理の実施などを通じて価値の見直される古代・中世彫刻がかなりあり,その指定が急がれる一方,膨大な遺品のある近世・近代の資料については,指定作業はようやく緒についたばかりである。そのために,これらの時期の作品は,造形的な面からだけでなく資料性をも考慮した指定を行っている。
     さらに種別から見て比較的少ない肖像彫刻の指定は徐々に行っているが,仮面,動物彫刻,あるいは石仏などは遅れているのが現状である。
  2. 課題
    1の現状を踏まえ,以下の課題に取り組む必要がある。
    • イ 禅宗・時宗祖師,公家・武家などの肖像彫刻の指定充実を図る必要がある。
    • ロ 一括して残る仮面群,獅子・狛犬などの動物彫刻の指定を充実する必要がある。
    • ハ 石仏の指定を促進する必要がある。
    • ニ 南北朝時代から江戸時代までの作品の指定を促進する必要がある。
    • ホ 近代彫刻の指定を促進する必要がある。
    • ヘ 近畿地方以外の諸地域の指定を充実する必要がある。

工芸品

  1. 現状
     平成11年8月1日現在,工芸品の指定件数は2,361件であり,このうち252件が国宝に指定されている。
      宗教・信仰用具類の指定は寺社関係が極めて多い。これらのうち,鎌倉時代前期以前のもので製作が優れているものや資料的に貴重な作品は指定がかなり進められている。南北朝時代以前のもので製作が特に優れ,形式・技法・装飾が特徴的なものや,室町時代以前のもので銘があり,由緒が明確で時代の傾向をよく物語っている作品の指定も進捗している。室町時代から江戸時代の漆工品・金工品・染織品等において工芸技術的に特に優れているものや,宗教用具として一式が完存しており資料的に貴重な作品の指定も行われているが,さらに促進する必要がある。神社関係では,室町時代以前に奉納されたもので特に一群を構成するものや,工芸技術的に優れている作品,南北朝時代以前の年記等を有するもの,その形式・用途が特徴的なもので年記のある作品の指定も推進している。
      生活用具類は漆工品がほとんどであり,江戸時代前期以前のもので工芸的に優れているもの,江戸時代の尾形光琳など著名な作家の作品の指定が進んでいる。
      鏡は,南北朝時代以前の伝世品で大形・在銘のものや,技法・意匠の優れたもの,桃山時代以前のもので蒔絵鏡箱の優品と一具を成す作品の指定が進んでいる。
      武器・武具のうち甲冑類は,室町時代以前の優作や近世初期の歴史的人物が着用した優作の指定が進んでいる。馬具は,室町時代以前の優作,漆工・金工品として優れた装飾を有する作品の指定が進んでいる。
      刀剣類は全工芸品の約4割を占め,912件(うち国宝122件)の指定品がある。したがって,古代から近世に至る各派の代表的優品の指定が既にかなり進展している。
      染織品は,中世以前の繍仏(しゅうぶつ)・上代裂(じょうだいぎれ)・舞楽装束・能装束等の優作,近世初期の歴史的人物が着用した道服・小袖・陣羽織などの優作の指定が進んでいる。
      陶磁器のうち,日本陶磁器では古代から近世に至る陶磁史上の主要な優作,中国・朝鮮陶磁器では主に中世以前から日本に伝世している優作の指定が進められている。
  2. 課題
    1の現状を踏まえ,以下の課題に取り組む必要がある。
    • イ 室町時代以降で技術的に優れている遺品の指定を充実する必要がある。
    • ロ 楽器類等,歴史的・資料的に重要な遺品について指定を充実する必要がある。
    • ハ 工芸資料として貴重な一括遺品の指定を充実する必要がある。
    • ニ 陶磁器の指定を充実する必要がある。
    • ホ 近世の遺品の指定を促進する必要がある。
    • ヘ ほとんど指定が行われなかったガラス・七宝・皮革などによる工芸品の指定を促進する必要がある。
    • ト  近代工芸品の指定を検討する必要がある。

書跡・典籍

  1. 現状
     書跡・典籍の既指定品は,平成11年8月1日現在で1,829件であり,このうち224件が国宝に指定されている。
     書跡は,書道史上に価値のある遺品を中心とし,主として平安・鎌倉時代の名筆,あるいは鎌倉時代の日本・中国の禅僧の墨跡について指定が行われている。
     典籍は,漢籍,国書,仏典,洋書に大別されるが,指定件数では仏典が最も多く,一切経をはじめとする写経,我が国の高僧の撰述書の原本・古写本のほか,近年では寺院伝来の大量の聖教類の一括指定も進んでいる。
     漢籍では,平安・鎌倉時代及び中国の唐時代の写本の主要なものの指定はかなり進捗しており,版本も宋・元版を中心に進めている。
     国書では,我が国の歴史・文学等の研究の基礎となる日本書紀・万葉集等をはじめとして鎌倉時代までの貴重書の指定は順調に進んでいる。中世の文学関係遺品については,先年,冷泉家の文庫が公開され,特に和歌文学書のほぼ全容が知られるようになり,この分野の指定の指標となっている。近世学者の著述稿本類の指定も行われている。
     洋書は,伝世品のうち価値の高いものの指定が行われている。
  2. 課題
    1の現状を踏まえ,以下の課題に取り組む必要がある。
    • イ 我が国の仏典(一切経・大般若経等),元版,明版,高麗版,五山版の指定を促進する必要がある。
    • ロ 南北朝時代以降の墨跡等の指定を充実する必要がある。
    • ハ 近世以降の書跡,国書類,洋書類の指定を促進する必要がある。

古文書

  1. 現状
     古文書部門の既指定品は,平成11年8月1日現在で682件であり,このうち54件が国宝に指定され,古文書,古記録,制札・棟札類,系図,絵図に大別できるが,その中では,古文書,古記録類が9割以上を占めている。
     古文書の中で件数の最も多いのは個別文書であるが,古代・中世の宸翰(しんかん),著名な人物の発給文書や書状等の主要なものの指定が行われている。目下,社寺,公家,武家に伝来した学術上価値の高い文書群の一括指定の促進が図られている。また,古代・中世文書を主体とする文書群において近世まで含めて指定保存を図るだけでなく,一部には二月堂修二会記録文書のように昭和21年のものまで含めているものもある。さらに井伊家文書のように近世文書群のみの一括指定も開始されているが,近世文書一般の調査と指定はおくれている。
     古記録では,古代・中世の貴族の日記の原本・古写本が主であるが,その指定は順調に進んでいる。荘園絵図は鎌倉時代のものを中心に,主要なものは指定が進捗しており,系図も同様である。
  2. 課題
    1の現状を踏まえ,以下の課題に取り組む必要がある。
    • イ 近世文書・記録類の指定を促進する必要がある。
    • ロ 南北朝時代以降の古記録・絵図類の指定を充実する必要がある。
    • ハ 金石文の指定を充実する必要がある。
    • ニ 木簡の指定を検討する必要がある。

考古資料

  1. 現状
     平成11年8月1日現在,考古資料の指定件数は515件であり,このうち39件が国宝に指定されている。過去には美術工芸品的視野に立った単品・優品主義の指定がなされていたが,昭和50年代以降,埋蔵文化財(考古資料)の発掘調査件数の増加に合わせ,かつ資料性を重視して,遺跡出土品の一括指定が多くなる傾向にある。
     旧石器・縄文時代では,従前指定件数が少なかったが,近年の発掘調査の進展によって飛躍的にその重要性が増してきている。特に縄文時代資料については昭和61年度から62年度にわたって縄文時代考古資料の整備に関する懇談会を開催するなどして,一括資料の指定の進捗が図られている。
     弥生時代では,銅鐸をはじめとする青銅器の単品指定の傾向が顕著である。
     古墳時代は,戦前から一括指定が最も進んでいる分野である。
     歴史時代の資料のうち,経塚資料や寺院資料は工芸的にも優れたものが多く,過去においても指定が進んでいる。また,近年の発掘調査方法の進展によって,最も研究が進展したのもこの分野であるが,平城宮跡をはじめとする都城や平安京・草戸千軒遺跡など都市遺跡の出土資料の研究が進んでいるにもかかわらず,指定件数が少ない。
  2. 課題
    1の現状を踏まえ,以下の課題に取り組む必要がある。
    • イ 全体を通じて資料性の高い一括資料の指定を充実する必要がある。
    • ロ 縄文時代遺物の指定を促進する必要がある。
    • ハ 都城,都市遺跡等の大規模遺跡出土資料については,出土遺構を限定する,代表的資料を選別する等の手法を検討し,今後指定を促進する必要がある。
    • ニ 地域性を重視した指定を充実する必要がある。

歴史資料

  1. 現状
     歴史資料部門は,昭和50年の文化財保護法の改正に伴い,昭和52年に新たに設置された部門である。指定件数は,平成11年8月1日現在で102件である。
     当部門は,指定基準に即し,我が国の歴史上に重要な事象(政治,経済,社会,文化,科学技術),及び人物に関するもので学術的価値の高いもの及びそれらのうち系統的にまとまって現存するものを主な対象としている。
     近時,近代の歴史資料の保存・活用についての機運が高まり,平成6年9月,文化庁に設けられた「近代の文化遺産の保存・活用に関する調査研究協力者会議」においても,特に近代の科学技術や産業等に関する資料の保護が急務である旨提言がなされたところである。この提言を踏まえ,文化庁において平成8年10月,指定基準に「科学技術」の項を加えて指定対象の範囲を拡大し,以後継続して近代分野の指定を推進している。
     他部門の既指定物件の多くが古代,中世のものであるのに対して近世以降の資料が多くを占め,また特定の優品を選択して指定するだけでなく,事象や人物に関する資料について包括的な指定を図るのがこの部門の特徴である。
  2. 課題
    1の現状を踏まえ,以下の課題に取り組む必要がある。
    • イ 前近代では,各分野にわたる指定を一層充実する必要がある。特にこれまで指定の少ない経済・社会の分野については指定を促進する必要がある。
    • ロ 近代の歴史資料として科学・産業技術,及び各分野の指定を促進する必要がある。
    • ハ 前近代を含め,各分野について一括資料の指定の充実を図る必要がある。
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