はじめに

はじめに

 本書は,情報通信技術(IT:Information Technology)を活用した日本語教育の在り方について総括した報告書です。日本語教育とITはどう関わるのかを考えますと,直ちに日本語教育だけが特別ではないことに気がつきます。教育にITがどう関わるかを考えることに帰着されます。ITといっても,視聴覚機器まで考えますとメディア(媒体)と言ったほうがわかりやすいのですが,近年の情報通信技術の著しい影響を考えて,IT活用という用語を用いています。

 教育には,かなり以前からテレビ・ビデオなどの視聴覚機器が導入され,現在でも大いに活用されています。紙だけの教材よりも,写真や音声,動画などを併用するほうが,私達の理解を助けてくれることは誰でも経験しています。人間のすべての感覚を使って理解した方が多くの人にとってわかりやすいからです。しかし,いかに優れた写真であっても,いかに優れた映像であっても,聞くだけ見るだけという,文字通り視聴覚の機器だけに頼っていると飽きてしまいます。どうしても受け身の学習になってしまい,学習する側からメディアに関わることが難しいという面があります。もちろん,これを教師がうまく活用することで素晴らしい効果をあげたり,中には主体的に持続的に学習したりする人もいます。しかし,コンピュータという情報のやりとりをする機械が登場して,一方通行的に視聴するだけでなく,双方向的に学習することができないかと考えられて,教育の中に入ってきました。特に,写真も音声も動画もコンピュータ画面上で扱えるようになり,先の視聴覚メディアの持っている機能がすべて実現されるようになって,優れた情報提示と双方向性をもつマルチメディアとして教育に普及し始めました。
 さらに,インターネットのような通信技術とコンピュータ技術が融合された情報環境が登場して,ますますITは重要視されるようになりました。通信という意味で,ITをICT(Information Communication Technology)と呼ぶ場合もありますが,この情報通信技術を活用する能力は,教師に限らず誰でも身につける必要があると認識されて,小学生から高齢者まで修得する時代に移っていきました。すなわちIT活用能力は,誰もが習得しておくべき能力として注目されてきたわけです。
 しかし,単に情報通信技術を利用する能力と教育において情報通信技術を活用する能力には,少し開きもあります。ITを自分で操作できることと授業や学習の中で使えることの間の開きです。ITを操作できても,いかに教育に活用したらいいかというノウハウが無ければなかなか難しいということです。当然ながら,操作できるというITスキル(使いこなす技能)も必要です。

 以上の背景から,視聴覚メディア,コンピュータ,インターネット,通信衛星にいたるまで,様々なマルチメディアと日本語教育のかかわりを総括し,長所も短所も踏まえて,いかに活用したらいいかを報告する意図で本書が刊行されています。教育とメディアの関わりは,試行錯誤と呼んでもいいくらい様々なアプローチ(取組方法)がありました。あるメディアが常にいいという断定は難しく,現在も試行錯誤を繰り返していると言えると思います。その意味で,多くの人の知恵が必要な分野です。

 本書の各章の構成は次のようになっています。

 第1部は,ITと日本語教育の関わりを総括している内容です。ここでは,日本語教育におけるIT活用の現状,特徴,将来展望,いくつかの留意点などについて述べています。日本語教育支援総合ネットワーク・システム(http://www.kokken.go.jp/nihongo)が現在公開されていますが,このサイトにアクセス(接続)すれば現状を概観することができます。ITの活用には,教材としては,CD-ROMを中心とするスタンドアローン(独立型)の教材,インターネットのウェブの活用を基本にした教材,インターネットの電子掲示板やチャット(誰もが自由に意見交換する場)を用いた情報の交流,通信衛星を用いた遠隔教育などがあります。このようなITを活用するには,教員のITスキルが不可欠ですが,それは技術的なスキルだけでなく,教育にメディアを活用するスキルがさらに大切で,そのためには教員研修が大きな課題となります。さらに,ウェブなどに教材を公開する場合には,当然ながら著作権や肖像権の契約をしておかなければなりません。ここでは,このような総括的な内容を協力者会議として取りまとめています。

 第2部では,ITを日本語教育に活用するときのいくつかの視点です。メディアに限らず道具を教育に持ち込むときには,教育や学習や指導に関わる見方や考え方が大切になってきます。そうでなければ,なぜITを教育に持ち込むのかという問いに答えられないからです。その答えは一つに決まっているわけではありせん。多様な見方や考え方があり,各協力者からの考え方をここで紹介しています。
 また,第1部の総括的な内容を踏まえて,具体的なIT活用の事例について,この会議の構成員のみならず,関係者の御協力を得ながら紹介しています。日本語教育へのIT活用の具体的な姿を知りたい場合には,有益な情報になると思います。

 第3部では,参考資料として,これまで文化庁が関係機関の御協力を得ながら実施した調査研究や研究協議会の概要を紹介しています。ここでは,情報通信技術活用の在り方を模索した当時の関係者が,取組の過程で直面した課題や試行錯誤などが盛り込まれています。このような情報は,今後情報通信技術の導入を検討している方々にとって参考になるものと思います。

 以上が本書の概要ですが,言うまでもなく,多くの日本語教育の関係者に,ITを役立つ道具として認識してもらうこと,そして実際に使ってもらうことが重要です。その意味で,実際に日本語教育に携わっている関係者に,本書を活用していただければ幸いです。

 平成15年3月

 

情報通信技術(IT)を活用した日本語教育の
在り方に関する調査研究協力者会議座長

赤堀侃司

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