1 日本語教育推進体制について

(1) 日本語教育推進体制の現状と問題

ア 日本語教育関係機関等の体制の現状と問題

 現在,国内外の日本語教育に対する需要の増大と多様化に応じて,多くの機関・団体等において,それぞれの所掌事務に基づく目的に応じて多様な日本語教育に関連する事業が行われている。すなわち,日本語教育に関係する事務を行っている省庁としては,文部省・文化庁,法務省,外務省,通商産業省,厚生省等があり,その施設等機関としては国立国語研究所日本語教育センターが,また,特殊法人としては国際交流基金,国際協力事業団,日本貿易振興会がある。さらに,公益法人としては(財)日本語教育振興協会,(財)日本国際教育協会,(財)国際学友会,(社)国際日本語普及協会,(社)日本語教育学会,(財)アジア福祉教育財団,(財)言語文化研究所,(財)自治体国際化協会,(財)海外技術者研修協会,(財)中国残留孤児援護基金,(財)国際研修協力機構等が,また,その他の団体としては,国立大学日本語教育研究協議会,日本私立大学団体連合会日本語教育連絡協議会,大学日本語教員養成課程研究協議会があり,日本語教育に関係する事業が行われている。
 日本語教育関連事業がこのように多くの省庁・機関・団体(以下「機関等」という。)において行われているのは,各機関等がそれぞれの設置目的に関連する日本語教育事業を独自の判断で実施してきたことに由来する。そのため,全体としての日本語教育施策が効果的・効率的に推進されているとは言い難い状況が生じている。
 具体的には,(1)個々の機関等が独自に事業を行うことで,類似事業の重複が見られたり,人的・物的資源を集中的に投入して重点的に一つの事業を共同で推進することが難しいこと,(2)指導者や教材をはじめとした日本語教育関連の情報の流通が円滑に行われず,多様な日本語学習者の様々な学習ニーズに迅速に対応しにくいこと,(3)日本語教育施策全体から見た場合には必要な事業ではあっても,例えば,地域に居住する外国人に対する日本語教育等,実際には十分行われていないものがあることなど,多くの問題が生じている。
 現在,機関等の連絡協議の場としては,毎年1回,文化庁の主催により日本語教育機関連絡協議会(以下「連絡協議会」という。)が開催され,主として情報交換が行われているが,恒常的に日本語教育施策全体について連絡調整が行われる体制とはなっていない。
 このため,これらの問題を解決し,日本語教育事業を効果的・効率的に全体として行っていくためには,機関等の間において一定の推進体制を設けることが必要となっている。

イ 日本語教育に関する情報の共有化・発信体制の現状と問題

 日本語教育施策の推進を図る実効性ある体制を構築するためには,指導者や教材をはじめとした日本語教育関連の情報が共有化されることが必要である。そのためには,日本語教育に関する統計資料や調査研究,教材,指導者等の各種の情報を収集,蓄積し,それらの情報を衛星通信やインターネット等をも活用しつつ,各機関等や日本語教育の関係者に提供していく拠点(情報センター)が整備されていることが大切である。
 現在,国立国語研究所日本語教育センターや国際交流基金日本語国際センター及び関西国際センター,(社)日本語教育学会,(社)国際日本語普及協会,(財)日本語教育振興協会などにおいてこのような努力が始まったところであるが,まだ十分な成果をあげるところまでは至っていない。また,例えば,外国人児童・生徒に対する教育について,同様の情報センターが必要であるとの指摘が行われているが,これについての具体的な取組はまだ行われていない状況にある。
 さらに,各機関等の間の情報の共有化のみならず,日本語教員等の間の人的な情報ネットワークが構築され,相互の情報交換等が緊密に行えるようにすることも重要であり,そのための検討が(社)日本語教育学会を中心に行われているが,具体的な成果を得るまでには至っていない。また,日本語教育関係者と国語教育関係者の間での,特に教授法や教材開発等についての連携・協力に関しても緒に就いたばかりである。同様に,日本語教育関係者と他の外国語(英語,中国語,ポルトガル語等)教育関係者及び関連する他の教育分野(異文化間教育,多文化教育,コミュニケーション教育等)の関係者との間における連携・協力も十分なものとは言えない。
 さらに,地域において日本語教育に関係するボランティア等が,地域単位にネットワークを設ける動きが活発化しつつあるが,現在のところすべての地域にこのようなネットワークが設けられるまでには至っておらず,また,これらを包括した全国的なネットワーク組織もまだ設けられていない。

ウ 地域の日本語教育推進のための体制の現状と問題

 現在,地域においては,日系南米人や外国人配偶者など,日本語を母語としない外国人等が増加しており,地域住民として生活上必要とする日本語を習得するための学習機会を充実していくことが求められている。このような地域住民である外国人等に対する日本語教育においては,地方自治体が今後より一層重要な役割を担っていくことが期待されるが,現状においては,地方自治体においてこのための組織体制が設けられている例は少ない。また,国と地方自治体との間,及び地方自治体間においてこのような日本語教育推進のための連絡協議等の場は設けられていない現状にある。さらに,地方自治体と地域において活動する日本語教育関係団体(ボランティア団体等)との間において連携協力関係を築いている例も一般には稀(まれ)であると言える。
 このような推進体制の現状では,たとえボランティア団体等が個々に日本語教育の支援や教材の開発を試みたとしても,地域に生活する外国人の学習ニーズに十分にこたえることは難しい状況になっている。また,日本語教員を地域における人的資源として,このような地域の日本語教育に幅広く活用する体制の確立もまだ不十分であると言える。

エ 海外における日本語教育推進事業の現状と問題

 現在,海外における日本語教育を推進するための事業として,文部省においては,外国の中等教育施設への日本語教員の派遣(REXプログラム)を実施するとともに,国際交流基金においては,海外日本語教育状況調査を行うとともに,日本語教員の派遣,海外日本語教育機関等への助成,海外向け日本語教材の作成・寄贈,海外日本語教員の招へい研修等が行われている。さらに,地方自治体においては,海外姉妹都市等への派遣プログラムを実施している例もある。また,国際協力事業団においては,青年海外協力隊としての日本語教員の派遣や海外移住者子弟に対する日本語普及事業が,日本貿易振興会においては,ビジネス日本語教材の開発やビジネス日本語能力テストが実施されている。
 このように海外においても各種の事業が実施されているが,国内の推進体制の整備が不十分なのと同様に,一部の機関の間を除いては,各機関等の間で海外への支援方策について定期的に連絡協議を行うなどの体制は設けられておらず,海外における日本語教育推進のための効果的・効率的な施策を講じていく状況にはなっていない。
 特に,現地の言語に応じた対照的な教材の開発や現地のニーズに応じた人材の育成・派遣を図る態勢は,各国政府や日本側関係機関の努力により近年整備されつつあるものの,なお十分なものとはなっていない。また,種々の情報媒体を活用した海外の日本語学習への支援方策についても,総合的に推進していく状況にはなっていない。さらに,海外の主要な日本語教育関係機関等と国内の各機関等との間において,現地のニーズに応じた支援方策の在り方等について意見交換を行う場も恒常的なものとしては設けられていない現状にある。

(2) 今後における日本語教育推進のための体制の在り方

ア 推進体制の基本的な在り方

 日本語教育の推進体制として,すべての日本語教育事業を一つの機関等に集中して実施するということは現実的な在り方とは言えない。なぜなら,日本語教育の対象者は,国内においては,留学生,日本語教育施設に在学する学生,外国人研修生,ビジネス関係者等の被用者,地域において居住する成人外国人や外国人児童生徒など,多様な学習目的に応じて非常に幅広い層にわたるものであり,また,海外においても,日本語専攻の研究者・学生や中等・高等教育機関で日本語を学習する生徒・学生,語学学校で日本語を学ぶ者,独学で日本語学習に取り組む者など,多くの層にわたるものであり,教育内容・レベルには大きな違いが見られるからである。
 また,教育の実施場所も,国内・国外の違いだけでなく,初等教育から高等教育までの教育機関がある一方で,地域のボランティアにより運営されている教室もあり,これらすべての日本語教育の領域において,一つの機関等で事業を実施するということは実際には不可能であると言えよう。
 したがって,日本語教育事業が現在と同様,多様な機関等で実施されるものであることを前提に推進体制を考える必要があるが,その場合においては,各機関等の連絡調整を図り,長期的・総合的な観点に立った施策を推進するための連携・協力体制を確立することが重要であると言える。
 各機関等の連携・協力を推進するに当たって,横断的にすべての機関等の間に対等な立場での緩やかな関係性を築き,各機関等が個別的・自発的に連携・協力を図っていくだけでは必ずしも実効性のある統一のとれた連携・協力を確保することは難しい。
 このため,各機関等が行う事業の状況を常に掌握し,各機関等の意向をも踏まえ連絡調整しつつ,日本語教育施策の総合的な計画作りへ向けての連絡調整等を行う中心的な機関を明確に位置付け,そこが連携・協力の核となっていくことが大切である。
 また,このような連携・協力の核となる機関には,日本語教育施策に関する各種情報を総合的に蓄積・整備し,各機関等へ必要に応じて提供していくシステムを備えていくことが望まれる。

イ 連携・協力を軸とする推進体制の構築

(ア) 文化庁を核とした連携・協力の推進

 各機関等の連携・協力を図り,施策を強力に推進していくためには,前述のとおり,連携・協力の核となり,各機関等の事業を連絡調整しつつ日本語教育施策の在り方や方向性をまとめていく中心的な機関を設定する必要がある。
 このような推進体制としては,現在,文化庁において23の機関等から構成される連絡協議会を開催しているが,これを基本として,文化庁が連携・協力の核となる役割を果たし,より緊密かつ実質的な連携・協力を行えるような体制に拡充することが望まれる。
 このため,この連絡協議会を充実強化し,各機関等の間で日本語教育事業の実施に関し実質的な協議を行うことができる「日本語教育推進会議」(仮称)を定期的に,あるいは日本語教育を取り巻く新たな状況の展開等に対応して機動的に開催するなどにより,各機関等の連携・協力の下に施策が効果的・効率的に推進されていくよう,文化庁が主導的な役割を担っていくことが必要である。
 また,このような全体的な推進会議とは別に,国内外の外国人学習者のための教材開発や教育評価,教員養成・研修,マルチメディアの活用方策など,日本語教育の各分野ごとに協議する連絡会議を定期的に開催し,相互の情報交換と連携・協力の具体策について取りまとめていくことも必要である。
 さらには,連携・協力に当たっては各機関等の日本語教育事業等に関する情報を常に掌握しておくことが必要であることから,定期的にこれらの情報の提供を受け,発信していく体制を構築することも重要である。
 また,国立国語研究所日本語教育センターが日本語教育の調査研究や普及指導における中核的な機関としてより積極的な役割を担い,文化庁が行う日本語教育施策の企画や日本語教育関連情報の収集等を支えていくことが期待される。同センターは,昭和51年に設立されて以来,日本語教育の基礎研究,教育内容・方法の改善,教材開発,教員研修,情報資料の収集・提供等を行ってきたところであるが,今後,更に,実践的な研究面での充実を図り,日本語教育の政策的研究機関として中心的な役割を果たしていくとともに,普及指導面の事業についても拡充を図っていくことが望まれる。
 なお,現在,文部省・文化庁において,外国人児童生徒や留学生,日本語教育施設に在学する学生など対象別に日本語教育事業の所管が分散している状況が見られる。これらは,それぞれの対象とする外国人に対する教育施策と不可分一体のものとして個々の事業を行っているものであり,引き続き所管部門において関係施策の充実に努めていくことが望まれるが,日本語教育の総合的な企画や連絡調整に関しては,一体的に推進する観点から文化庁が行っていくことが必要である。また,特に,日本語教育施策全般にかかわる日本語教員養成や日本語能力評価の基本的な在り方について,中心的な役割を担っていくべきである。

(イ) 日本語教育に関する情報の共有化体制

 日本語教育施策の連携・協力体制を実効的なものとするためには,前述のとおり,各機関等の間において,教員や教材等をはじめとした様々な日本語教育関連情報が共有化されることが大切である。
 このため,日本語教育関連情報の収集・発信の拠点としての日本語教育情報センターを整備していく取組が幾つかの機関等において始まっているが,これらの努力が一層促進されることが望まれる。
 また,これら複数の情報センターを相互に結び付け,必要とする情報の検索を容易にするための一元的な窓口となるシステムを設けるなど,衛星通信やインターネット等を活用した情報ネットワークを構築していくことが大切であり,その具体的な方策について検討していく必要がある。
 さらに,各機関等の間のネットワークとは別に,日本語教員や日本語教育ボランティアなどの間で人的な情報ネットワークを設けていく努力が更に一層活発になるとともに,情報センターを媒体として活用するなどして,全国的なネットワークとして育っていくことが期待される。

(ウ) 地域の日本語教育推進のための連携・協力

 地域において居住する日系南米人や外国人配偶者など,日本語を母語としない者に対する日本語教育については,現在,各機関等と地方自治体,及び地方自治体間においての連携・協力体制は一般にはとられていない。しかし,今後,このような地域の日本語教育を充実していくためには,自治体内部の体制整備が望まれるとともに,これらの機関や自治体間においても連絡協議の場を設け,定期的な情報交換を行うとともに,相互に協力していく体制を設けることが重要である。
 また,地域の日本語教育においては,国際交流関係団体やボランティア関係団体がその実施主体として大きな役割を果たしているが,これらの団体と地方自治体の間において連携・協力の体制を築いていく努力も必要である。

(エ) 海外における日本語教育推進のための連携・協力

 海外における日本語教育を推進していくためには,海外の日本語学習者に対する支援をより一層効果的・効率的に行うとともに,日本語学習者の様々なニーズに対応できるような体制を設けていくことが大切である。このためには,海外における日本語教育の推進に当たっても,その特性に応じて連携・協力が図られる必要がある。その際,海外における日本語教育の推進に国際交流基金がこれまで大きな役割を果たしてきたことを踏まえ,更に関係機関が,連携・協力を図っていくことが期待される。これにより,教員研修や教材開発,マルチメディアの活用などに,各機関等が有する人的・物的資源を有効に活用していくことが可能になるとともに,我が国として海外における日本語教育推進のための効率的な施策を講じていくことができると言える。
 また,このような連携・協力に当たっては,国内の各機関等との間のみならず,海外の主要な日本語教育機関や教育関係者との間で,日本語教育に関するニーズや支援方策について協議していくことについても検討する必要がある。

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