我が国の世界遺産暫定一覧表への文化資産の追加記載に係る調査・審議の結果について

平成20年9月26日
文化審議会文化財分科会
世界文化遺産特別委員会

はじめに

世界遺産一覧表への文化資産の記載は,我が国の貴重な文化財の価値が国際的に評価されることを意味するとともに,記載を目指す過程で地域における総合的な 文化財保護の取組が格段に充実するという点において大きな意義を持つ。
我が国においては,平成4年の世界遺産条約締結後,我が国の世界遺産暫定一覧表に記載された資産を順次推薦し,これまでに11件の文化遺産が世界遺産一覧表に記載されている。一方で,近年,新規推薦案件に係る審査は厳しさを増す傾向にあり,我が国の文化資産の世界遺産一覧表への記載を進めるためには,世界遺産の審査に係る基準の適用についての考え方等の世界遺産を巡る国際的な動向を十分に踏まえた上で,顕著な普遍的価値の証明や適切な保存管理計画の作成等を行うことが重要である。
このような認識の下,平成18年9月15日の文化審議会文化財分科会において世界文化遺産特別委員会(委員長・藤本 強 東京大学名誉教授。以下「本委員会」という。)(別紙1)が設置され,世界遺産暫定一覧表への追加記載に係る地方公共団体からの提案案件についての調査・審議を行ってきた。
今回,平成19年度に提案・再提案がなされた32件の文化資産(別紙2)について,現時点において我が国の世界遺産暫定一覧表への追加記載が適当と考えられる「世界遺産暫定一覧表記載文化資産」と,今後,更なる検討を要する「世界遺産暫定一覧表候補の文化資産」とに整理し,本委員会の意見を次のとおりまとめたので報告する。

1.我が国の世界遺産暫定一覧表への文化資産の追加に係る経緯等

世界遺産暫定一覧表は,各締約国が世界遺産一覧表に記載することが望ましいと考える資産の目録であり,世界遺産暫定一覧表に記載されていない資産については,世界遺産一覧表への記載に係る審査の対象とならないこととされている。
世界遺産一覧表へ資産の記載を推薦する場合には,通常,推薦に先立って少なくとも1年前までに当該推薦資産を含む世界遺産暫定一覧表を世界遺産委員会に提出することとされている。また,世界遺産暫定一覧表への文化資産の記載に当たっては,文化資産の直接の保存管理担当者,地方公共団体等の関係者の参加が呼びかけられている。

(1)平成18年度の提案公募について

我が国においても,平成18年度に世界遺産暫定一覧表に記載された文化資産が4件となり,うち2件については推薦書又は推薦書(暫定版)を提出していたことを受けて,世界遺産暫定一覧表に新たな文化資産を記載するため,文化庁において,世界遺産暫定一覧表に追加記載することが適当と考える文化資産について地方公共団体から提案を公募した。調査・審議の対象となる文化資産は,国内における文化財の総合的な保護を推進する観点から,原則として,種別を超えた国指定文化財を中心に,地域に独特の歴史・文化の様相を総体として示し,以て日本の歴史・文化の重要な一端を担っていると判断できるような連続性のあるものとした。
本委員会では,地方公共団体から提出された24件の提案について,別紙3に示す審査基準に基づいて調査・審議を行い,その結果を『世界文化遺産特別委員会における調査・審議の結果について』(以下「前回報告」という。)として平成19年1月23日に報告したところである。その中では,我が国の世界遺産暫定一覧表に記載すべき文化資産として,「富岡製糸場と絹産業遺産群」,「富士山」,「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」,「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の4件を選定した。また,それ以外の20件については,「継続審議案件」として課題等を示し,検討の進捗や提案の修正があれば,あらためて提案を受け付けることとした。

(2)平成19年度の提案公募について

文化庁は,前回報告において「継続審議案件」とされた20件の提案について,平成19年12月28日を日限として再提案を受け付けた。このうち2件の提案が1件に統合(青森県と秋田県の提案が,北海道と岩手県を新たに含めて統合され,「北海道・北東北の縄文遺跡群」として再提案)され,19件の再提案がなされた。また,平成18年度には提案の準備が整わなかった案件も多数あったことから,新規の提案についても,平成18年度と同様に連続性のある一群の文化資産を対象に,平成19年9月28日を日限として受け付け,13件の新規提案がなされた。結果として,本委員会では,平成19年度の提案として合計32件の提案について調査・審議を行うこととなった。
今回,これら32件の提案について,専門的な観点から十分な審議を行うため,平成19年10月,本委員会の下に,専門分野ごとに4つのワーキンググループを設置した(別紙4,5)。各ワーキンググループは,平成19年11月から平成20年6月にかけて5回ないし6回の会合を持ち,併せて,提案地方公共団体からの聞き取り調査を実施し,担当する提案(別紙6)について専門的な見地から詳細な検討を行った。その結果は,平成20年7月22日に開催された本委員会で報告された。
本委員会は,各ワーキンググループの報告を踏まえて,全32件の提案についての調査・審議のとりまとめを行った。これをもって,平成18年度から開始した一連の提案公募に係る本委員会の調査・審議が完了することとなった。

2.世界遺産を取り巻く現状

文化資産の世界遺産一覧表への記載に係る審査は,まず,国際記念物遺跡会議(ICOMOS)(以下「イコモス」という。)(※)が評価を行い,その評価結果及び勧告を踏まえて,世界遺産委員会が当該文化資産の世界遺産一覧表への記載の可否について決定することとされている。

※ 世界遺産条約に定める世界遺産委員会の文化資産に係る諮問機関で,各締約国から推薦された文化資産の評価をはじめ,世界遺産一覧表に記載された文化遺産の保存管理状況等に関し,世界遺産委員会に対して勧告を行う非政府機関。

世界遺産一覧表への記載は,世界遺産条約の締約国及びその地域社会にとって重要な価値を有する資産が全て対象となるものではなく,(1)資産が「世界遺産条約履行のための作業指針」(以下「作業指針」という。)第77節に定める「顕著な普遍的価値の評価基準」(別紙3別添)(以下「評価基準」という。)に照らして顕著な普遍的価値を有すること,(2)資産が作業指針の定める真実性及び完全性の条件を満たしていること,(3)資産の保護を確実とする適切な保存管理体制が整えられていること等が必要とされる。
このように,世界遺産としての評価は,世界遺産独自の観点から行われるものであり,我が国において文化財として高い評価を得ているものが,必ずしも世界遺産にふさわしいと評価をされるものではない。このため,地方公共団体の提案案件の調査・審議に当たっても,以下に示すような世界遺産委員会の方針及びイコモスや世界遺産委員会における新規推薦案件の審査の動向等を十分に考慮することが重要となる。

最近の世界遺産委員会では,世界遺産の記載総数に制限はないとする一方,世界遺産一覧表を管理可能な規模とするために,各年における新規の記載数を極力抑制する方針が採られている。
例えば,平成16年の第28回世界遺産委員会の決議を踏まえた平成17年の作業指針の改訂によって,(1)一締約国からの推薦書の提出は年間2件までとすること,(2)委員会が審査を行う推薦案件数を年間45件までとすること,(3)45件を超える推薦がなされた場合は世界遺産一覧表に記載された資産を持たない締約国からの推薦案件等を優先させること等,新規推薦案件の数を抑制する条件が定められた。また,顕著な普遍的価値を維持し,世界遺産一覧表の信頼性を確保するなどの観点から,専門的な評価を厳格に行うべきであるとの考え方が広がりつつあり,例えば,平成17年に世界遺産センターがロシア連邦タタルスタン共和国のカザンで開催した「顕著な普遍的価値の概念に係る特別専門家会合」においても,価値証明や保存管理等に係る基準を厳格に適用すべきであるとの勧告がなされている。同専門家会合では,世界遺産暫定一覧表についても議論がなされ,締約国の世界遺産暫定一覧表記載資産は国家的又はその他の適切な承認を得ていることが必要であること,締約国は現実的に世界遺産一覧表への記載の見込みがある資産を世界遺産暫定一覧表に記載するように厳格な評価を行うべきであること等の勧告がなされている。
一方で,近年の新規推薦案件の傾向として,文化的景観等の比較的新しい概念に基づいて種々の構成資産を組み合わせ,資産を取り巻く多様な歴史的・文化的背景等を含めて顕著な普遍的価値を証明しようとするものが増えてきている。
上記のような世界遺産委員会の方針や新規推薦資産の多様化等に伴って,結果として,イコモスによる文化資産に係る評価も厳格化する傾向にあり,下表に示すとおり,平成16年は全体の約8割について「記載」の勧告がなされたのに対して,平成19年,平成20年は5割以下となっており,年々「記載」とされる割合が下がっている。

【表:平成16~20年におけるイコモスによる「記載」勧告の件数及び割合】
  平成16年 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年
評価を行った件数 33 25 20 25 30
「記載」勧告となった件数 26 17 10 12 14
「記載」勧告の割合 78.8% 68.0% 50.0% 48.0% 46.7%

この間,我が国からの推薦案件についても,平成18年に推薦した「石見銀山遺跡とその文化的景観」,平成19年に推薦した「平泉-浄土思想を基調とする文化的景観」について,2年連続でイコモスによる「記載延期」の勧告がなされた。 「石見銀山遺跡とその文化的景観」については第31回世界遺産委員会において「記載」の決議がなされたが,「平泉」については第32回世界遺産委員会において,我が国からの推薦案件としては初めて「記載延期」の決議がなされている。評価の対象となる文化資産の分野・性質等は各年で異なるため,イコモスの勧告について単純な経年比較をすることはできないが,上記の状況からも,文化資産の新規推薦に係る審査が厳格化している傾向が見てとれる。
このようなイコモスや世界遺産委員会における審査の傾向は,常に一貫したものではなく,世界遺産の概念や顕著な普遍的価値に関する解釈等についても,遺産の多様化等に対応して変化・発展を遂げてきた。イコモスが本年5月にとりまとめ,第32回世界遺産委員会に提出した『顕著な普遍的価値:文化資産の世界遺産一覧表への記載に係る標準についての概要報告』においても,顕著な普遍的価値に係る解釈の変化・発展等を分析した上で,これらは今後も発展し続けるものであると明記されている(世界遺産に係る参考文献については参考資料参照)。
なお,我が国としても,これまでも世界遺産条約に基づく文化財保護の充実に積極的に協力してきたところであるが,今後とも,世界遺産の望ましい在り方や評価の基準等について積極的に情報発信等を行っていくことが必要である。

3.地方公共団体からの提案に対する調査・審議結果について

今回,地方公共団体から提案のあった32件は,いずれも地域の歴史や文化を理解する上で欠くことのできない文化資産であり,以て我が国の歴史や文化を表す一群の資産として高い価値を有すると評価できるものである。
一方で,先に述べたように,世界遺産としての評価は,我が国の文化財としての評価を前提とするものの,世界遺産独自の国際的な観点から行われるものであり,両者は必ずしも一致するものではない。世界遺産一覧表への記載の可能性という観点からは,世界遺産の新規推薦案件に係る審査が厳しさを増している状況等に鑑みると,いずれの提案資産も,顕著な普遍的価値の証明,資産構成,文化財の指定・選定,保存管理計画の策定等について,既に世界遺産一覧表に記載された文化遺産や世界遺産暫定一覧表に記載されている文化資産と比較しても,世界遺産にふさわしい文化資産という国際的な評価を得るための道のりは相当遠いと考えられる。
本委員会としては,我が国の貴重な文化財の継続的な世界遺産一覧表への記載を推進するために,顕著な普遍的価値を持つ可能性が高いと判断されるものについては積極的に評価することとし,これらの文化資産について,文化庁や本委員会の関与の下で推薦の準備段階において提案内容の見直し等を行うことを前提として「世界遺産暫定一覧表記載文化資産」(別紙7)とすることとした。また,その他の文化資産についても,「世界遺産暫定一覧表候補の文化資産」(別紙8)として整理し,今後の検討の方向性や手順等についてとりまとめた。
なお,地方公共団体の提案の中には,ひとつの提案資産として評価を行うよりも,共通の主題の下での他の提案資産との組み合わせや,他の提案資産との統合による構成資産の組み換え等を行うことにより,顕著な普遍的価値の証明等の世界遺産としての評価の観点からは,より適切な内容になると考えられるものも見受けられた。そこで,別紙7及び別紙8においては,地方公共団体から提案された内容自体に対する評価とともに,他の提案資産との組み合わせ等に係る方向性についても併せて見解を示している。

(1)世界遺産暫定一覧表記載文化資産について

本委員会は,「北海道・北東北の縄文遺跡群」,「金と銀の島,佐渡-鉱山とその文化-」,「百舌鳥・古市古墳群-仁徳陵古墳をはじめとする巨大古墳群-」,「九州・山口の近代化産業遺産群-非西洋世界における近代化の先駆け」,「宗像・沖ノ島と関連遺産群」の5件について,現時点において顕著な普遍的価値を持つ可能性が高く,作業指針に定める評価基準を適用できる可能性が高い文化資産として,「世界遺産暫定一覧表記載文化資産」とする(別紙7)。
 但し,これらの5件についても,今回の提案書に示された内容では,世界遺産にふさわしい文化資産として国際的な評価を得るには不十分であり,相当程度の内容の見直しが必要である。具体的には,世界遺産にふさわしい文化資産としてイコモス等の諸外国の専門家や世界遺産委員会による評価が得られるように,主題の深化や更なる比較研究の実施等による顕著な普遍的価値に関する国際的な合意形成,構成資産の見直し,文化財の指定・選定,景観法等に基づく規制による十分な範囲の緩衝地帯の設定,所有者や地域住民,関係諸機関との合意形成等について改善・充実に努めることが必要である。特に主題や構成資産に係る検討や比較研究等に当たっては,作業指針に定める評価基準に照らした顕著な普遍的価値の証明等に係るイコモスによる専門的な評価が厳しさを増していることを踏まえると,国内外の専門家の協力を得るなどして,学術的な検討を積み重ねることが重要である。
これらの準備には相当の期間を要することは論をまたず,世界遺産としての 評価が確実に得られるようになるまで着実に推薦の準備を進めることが必要であることについて,関係者が認識を共有することが必要である。

今後の推薦に向けた手順については,「北海道・北東北の縄文遺跡群」,「金と銀の島,佐渡-鉱山とその文化-」,「九州・山口の近代化産業遺産群-非西洋世界における近代化の先駆け」,「宗像・沖ノ島と関連遺産群」の4件については,世界遺産暫定一覧表に記載した上で,別紙7に示す課題等を十分に留意して, 着実に準備を進めていくことが必要である。
一方,「百舌鳥・古市古墳群-仁徳陵古墳をはじめとする巨大古墳群-」については,宮内庁が管理する陵墓を主要な構成資産としていることから,他の4件とは異なり,世界遺産に係る評価や管理に対応し得るかという世界遺産暫定一覧表に記載する上での基本的な条件に関する課題が存在する。具体的には,作業指針において求められる世界遺産の構成資産としての適切な保存管理をどのような形で担保するかについての考え方の整理や,世界遺産一覧表への記載に係る審査あるいは記載後の世界遺産としての保存管理状況審査等が陵墓の特性を十分に尊重して行われること等が必要である。そこで,本委員会は,「百舌鳥・古市古墳群-仁徳陵古墳をはじめとする巨大古墳群-」について,現時点において顕著な普遍的価値を有する可能性が高い文化資産として「世界遺産暫定一覧表記載文化資産」として整理し,別紙7に示すとおり,これらの課題について一定の見通しが示された段階で,本委員会における審議を経た上で,世界遺産暫定一覧表に記載することが必要であると判断した。

(2)世界遺産暫定一覧表候補の文化資産について

世界遺産暫定一覧表への追加記載が適当とされた上記5件以外の提案については,現時点においては,世界遺産としての顕著な普遍的価値を有する可能性が高いとまでは評価されなかったものである。
これら「世界遺産暫定一覧表候補の文化資産」については,我が国の歴史や文化を表す一群の文化資産として高い価値を有すると認められるものであり,今後,地方公共団体が中心となって,顕著な普遍的価値の証明等に向けた調査研究や一群の文化資産としての総合的な保護施策等を推進することが期待される。
本委員会は,これらの文化資産について,今後の取組の手順等によって,次に示すとおり「カテゴリーⅠ」と「カテゴリーⅡ」の2種類に分類した。各文化資産に関する今後の方向性や課題等については,別紙8に示すとおりである。
なお,「世界遺産暫定一覧表候補の文化資産」として整理された文化資産については,構成資産の大半あるいは主たる構成資産が文化財として指定・選定されておらず,かつ指定・選定等の見通しも具体的に示されていないものも少なからず見受けられるが,これらについては,世界遺産としての観点のみならず,その前提となる文化財保護法に基づく文化財指定・選定による保護を着実に進めることが必要である。

ア.世界遺産暫定一覧表候補の文化資産「カテゴリーⅠ」について

「カテゴリーⅠ」に該当する文化資産は,我が国の世界遺産暫定一覧表には未だ見られない分野の資産であり,顕著な普遍的価値を証明し得る可能性について検討すべきものと認められるが,主題・資産構成・保存管理等を十全なものとしていくためには,なお相当な作業が見込まれるため,世界遺産暫定一覧表記載には至らないと評価されるものである。
 これらの文化資産については,地方公共団体において取組を進め,作業が相当程度に進展した場合は,その段階で本委員会においてあらためて調査・審議を行い,顕著な普遍的価値を証明できる可能性が高いと評価されたものについては,世界遺産暫定一覧表への記載について検討することが望ましい。
 今後,世界遺産を目指す上では,別紙8に示された課題等を踏まえた作業を進めることが必要であり,その手順については以下の2通りに分けることができる。

  • a) 提案書の基本的主題を基に,提案地方公共団体を中心に作業を進めるべきもの
  • b) 提案地方公共団体を中心に,当面,主題に関する学術的な調査研究を十分に行い,主題及びこれに基づく資産構成に関して一定の方向性が見えた段階で,関係地方公共団体により作業を進めるべきもの

これらの作業を地方公共団体が進めるに当たっては,文化庁においても,必要に応じて適切な支援や指導・助言を行うことが必要である。

a) については,「最上川の文化的景観-舟運と水が育んだ農と祈り,豊饒な大地-」,「四国八十八箇所霊場と遍路道」,「阿蘇-火山との共生とその文化的景観-」のように,資産の範囲が広大であり,文化財の指定・選定を含めた保護措置の改善・充実等に向けて長期的・継続的な取組が必要とされるもの,「天橋立-日本の文化景観の原点」及び「錦帯橋と岩国の町割」のように,顕著な普遍的価値を持つと認められることの前提として必要な国際的な評価を確立するために十分な研究を行うことが必要な文化資産が該当する。

また,b) については,様々な同種資産についての学術的な比較研究等を行い,その代表性や典型性について十分に検討することが必要な資産や,近世の城郭と城下町関連の文化資産,近世の教育資産といった新たな主題の下で,地域横断的に複数の提案における構成資産を組み合わせることも視野に入れつつ調査研究を進めることが望ましいと考えられる文化資産が該当する。

a),b) のいずれの場合であっても,世界遺産暫定一覧表への追加記載に向けては,世界遺産に係る国際的な動向等にも十分留意しつつ,提案地方公共団体を 中心に,長期的な見通しを持って取り組むことが必要である。

イ.世界遺産暫定一覧表候補の文化資産「カテゴリーⅡ」について

「カテゴリーⅡ」に該当する文化資産は,我が国の歴史や文化を表す一群の文化資産としては,いずれも高い価値を有するものであるが,今回の提案内容を基に世界遺産を目指す限りにおいては,現在のイコモスや世界遺産委員会の審査傾向の下では,顕著な普遍的価値を証明することが難しいと考えられるものである。そこで,これらの文化資産については,当面は,文化財の適切な保存・活用の視点を踏まえつつ,まちづくりや地域づくりに総合的に活かしていくための取組を進めることが望ましいと考える。
今後,「カテゴリーⅡ」に該当する資産について,提案地方公共団体において引き続き世界遺産を目指す場合には,イコモスや世界遺産委員会における審査の動向や我が国の世界遺産暫定一覧表記載資産の世界遺産一覧表への推薦・記載の状況等を注視しつつ,別紙8に示すとおり主題の再整理,構成資産の組み換え,更なる比較研究等により,内容の大幅な見直しを行うことが必要であり,本委員会においても,必要に応じてこれらの文化資産の取扱について検討していくこととする。

4.本委員会における今後の調査・審議について

世界遺産暫定一覧表への5件の文化資産の追加記載により,我が国の世界遺産暫定一覧表に記載される文化資産は合計13件となる。当面は,これらの世界遺産暫定一覧表記載資産について,世界遺産一覧表に記載されるべく,推薦の準備を着実に進めることが重要であり,本委員会においても,その準備の進捗状況等を確認しつつ,今後の推薦の在り方等について引き続き審議を行っていくこととする。
一方,「世界遺産暫定一覧表候補の文化資産」とされたものについても,イコモスや世界遺産委員会における審査の動向,我が国の推薦の進捗状況等を踏まえて,それぞれの課題の整理状況についての検証等を行うこととする。
また,今後の世界遺産暫定一覧表への文化資産の追加記載手続きについては,世界遺産暫定一覧表に記載されている文化資産の世界遺産一覧表への記載の進捗による世界遺産暫定一覧表の記載状況を見極めるとともに,今回の調査・審議に係る経験を踏まえて,その手法や時期等について将来的に検討を行うことが必要である。
更に,我が国全体の文化資産の状況を俯瞰した上で,今後,世界遺産の文脈の中でどのように我が国の文化資産を評価し,発信していくのかについて議論を進めていくことが重要である。
加えて,既に世界遺産一覧表に記載されている我が国の文化遺産について,その保存管理状況等を踏まえつつ,今後の在り方等について議論を進めることが必要である。
このように,世界遺産に関連して更なる検討を要する課題は多く,今後,本委員会が果たすべき役割は大きいものと考える。

おわりに

本委員会では,地方公共団体から提案された文化資産について,本委員会が定めた審査基準に基づき,作業指針に定める評価基準への適合性や顕著な普遍的価値を有すると認められる可能性等,将来的に世界遺産一覧表に記載される可能性が高いか否かという観点から調査・審議を行ってきた。
今回,地方公共団体から提案された32件の文化資産について詳細な調査・審議を行った結果,顕著な普遍的価値を有する可能性が高いと認められる5件の文化資産を新たに世界遺産暫定一覧表に記載することとしたことは,今後,我が国の貴重な文化財の世界遺産一覧表への積極的な記載を進めていく上での重要な一歩であると考える。また,調査・審議の結果,「世界遺産暫定一覧表候補の文化資産」とされたものについても,「世界遺産暫定一覧表記載文化資産」と同様に,いずれも我が国の歴史や文化を表す文化資産として高い価値を有すると認められる。このような提案が数多くなされたことは,我が国の歴史や文化の奥深さや裾野の広さをあらためて感じさせるものであり,各文化資産が所在する地域においては,地域住民と行政等の関係機関との連携の下で保護の施策を確実に進めるとともに,魅力ある地域づくりに総合的に活かしていくための取組を積極的に推進することが期待される。
提案公募に当たっては,地域に独特の歴史・文化を総体として示す連続性のある文化資産を対象としたが,各地域における提案に向けた検討を通じて,地域の多様な文化資産の価値を新たに見出し,その周辺環境を含めて総合的に把握し,包括的に保存・活用していく取組が一層進展しつつあるものと考える。また,今回の提案の検討において,それぞれの地域において国際的な評価という観点から地域の歴史・文化や人々との関わり等を総合的に捉えることにより,地域に存在する多くの文化資産の発見につながった。一方,市町村域あるいは都道府県域を越えるような文化資産の発見やその評価を通じて,地方公共団体の行政区分を越えた歴史や文化のつながりの確認や,これに基づく地域間の連携関係が形成される例も見られた。
本委員会は,今回の提案を通じて進展したこれらの取組に注目しつつ,今後,世界遺産を目指すための取組としてのみならず,総合的な文化財保護の在り方として,各地域において同様の取組を推進することを期待する。更に,これらの文化資産について,様々な場面を通じて,地域の歴史や文化に対する関心を喚起し,その理解を深めていくことも望まれる。
また,既に世界遺産一覧表に記載されている文化遺産をはじめ,世界遺産暫定一覧表に記載されている文化資産,及び「世界遺産暫定一覧表候補の文化資産」についてはいずれも高い価値が認められるものであるため,我が国の歴史や文化を表す文化遺産として,その価値を国民が共有していく方策について,今後,更に議論を進める必要がある。
本報告により,平成18年度から開始した一連の提案公募に係る本委員会の調査・審議は完了することとなるが,本委員会としては,今回の世界遺産暫定一覧表への追加記載に係る作業が,各地域における文化資産の保護の充実・発展に寄与することを,大いに期待する。

  1. 別紙1  文化審議会文化財分科会世界文化遺産特別委員会委員名簿
  2. 別紙2  平成19年度 世界遺産暫定一覧表への追加記載に係る提案書の提出状況(115KB)
  3. 別紙3  世界遺産暫定一覧表追加記載のための審査基準
  4. 別添   顕著な普遍的価値の評価基準
  5. 別紙4  文化審議会文化財分科会世界文化遺産特別委員会ワーキンググループの設置について
  6. 別紙5  文化審議会文化財分科会世界文化遺産特別委員会ワーキンググループ委員名簿
  7. 別紙6  各ワーキンググループの担当提案案件
  8. 別紙7  世界遺産暫定一覧表記載文化資産
  9. 別紙8  世界遺産暫定一覧表候補の文化資産

(参考資料)世界遺産に係る参考文献等

Adobe Reader(アドビリーダー)ダウンロード:別ウィンドウで開きます

PDF形式を御覧いただくためには,Adobe Readerが必要となります。
お持ちでない方は,こちらからダウンロードしてください。

ページの先頭に移動